-楽園3-
後編


コレは、第一歩なのだ。
あの一族へ復讐するためには、まず信頼を得て一族の中枢部へと侵入しなくては―――




「楽しそうなことをしているな、志野。」
「―――!!!」


◇◇◇


夜中のセノ・エンタープライズ社、社長室。
社長と秘書が、一人ずつ。

「社長しか見ることの出来ない、新しいソフトのプログラム情報。ソレをライバル会社に売るわけだ。」
「・・・・・」
「君は、GTIインターナショナルの手の者かい?それとも、小林情報機器の手の者?」

渚は、どちらもこの世界ではトップクラスに位置している企業の名を口にした。
志野は渚の目をジッと見ると、深く溜息を吐いた。
まるで、全てを諦めたように。

「そうです―――。私は、GTIからまわされた人間です。」
「―――それも、嘘だな。」

渚は志野の言葉をあっさりと否定する。
渚の言葉に、志野は一瞬目を見張った。

「確かに、お前のことを調べさせて貰ったら、すぐにGTIの人間だと判った。いともあっさりと。」
「・・・・何を云いたいんです。」
志野の変わらない表情に渚は感心すると、言葉を続けた。
「その情報を持ち込む先は、GTIなのだろう。だから、GTIの手の者だというのは事実だな。でも、真実ではない。」
「・・・・・・・」
「この情報が漏れると、はっきりいって今の研究全てがパァだ。莫大な損害となる。そして、責任問題に発展するだろう。責任をとるのは?―――俺だな。」
志野の目が少し動いた。渚はソレを見逃さなかった。
「で、誰が得するか?すぐに判ることなんだよ。生憎と俺の敵は多くて・・・けれど、ココまでしてくる人は、一人しか居ない」

交わす視線。
続く沈黙。
だが、ソレを破ったのは志野の方だった。

「―――ソコまで判っていて、俺に何を云わせたいんだ」
開き直った口調の志野に、渚はニヤリと笑った。

「俺と、手を組まないか。」
渚の言葉に、志野は今度こそ驚きの表情を隠せなかった。

「俺の周りには、信頼できる人間など一人もいない。今回入ってきた秘書だって、お前以外もみんなあいつらの手の者だ。」
「―――まさか。」
聞いていない事実に、志野は思わず口を挟む。
「あの女はね、他人を信用していない。そして、人とも思っていない。あの女が信用しているのは自分自身と、自分を崇拝している血族のみ。」
フッと笑う渚の表情の余りの冷たさに、志野は思わず固まった。
「だから、志野。お前だって、きっとこのまま使い捨てにされていただろう。あの女はそう云うことを平気でする人間だ。『約束?知らないわね。』その一言で切られていった人間を、俺は両手の数じゃ足りないぐらい見て来ていた。―――もっとも・・・・」

渚は艶然と唇の端を上げた。

「君は、瀬野グループに取り入りたいワケじゃなく、反対に恨みをもってると、俺は考えて居るんだけどね。」
「な・・・・・・」

「母子家庭で、母親はずっと小さな中小企業で勤めていた。ソコの社長はとてもいい人で、母にも子供にも優しくしてくれた。母親は子供が居るからと、その社長の求婚を断っていたが、誰が見ても二人は両想いだった。息子は、大学まで行かせてくれた母と、そしてずっと息子のように可愛がっていてくれたその社長に報いるためにも卒業してすぐその小さな中小企業へ入社した。」
「・・・・なにを・・」
驚きの色を隠せない志野に、渚は容赦なく続ける。

「そして、息子が独り立ちしたと云う事で母の荷も下りたのだろう、遂に母は社長の求婚を受けた。しかし、そんな幸せな家庭に、突如襲ってきた不幸。系列の親会社である瀬野グループの突然の発注打ち切り。小さな企業には死活問題だった。奔走する義理の父と義理の息子。だが資金繰りはますます悪化。結局会社は倒産。そして莫大な・・・一個人としては返しきれない借金を背負った。そして―――」
「―――やめろ」
「そして、義理の父親は・・・・・・母親を連れて自殺。その保険金でどうにか借金を返したのだった。」
「やめろっ!!」
「残された義理の息子が、君なワケだ。そんな君が、瀬野グループにすり寄って、何を得る?」

渚の言葉に、男は作っていた鉄面皮を脱いだ。

「そうだ。俺は必ず復讐してやろうと思った。あの父に、母になんの罪があったんだ。なぜ死ななければならなかったのだ。何千、何万の人々がその下で汗水たらして働いていることなど全く知らないヤツらの気まぐれな足切り。その気まぐれで、何人の人間が・・・・・。」
志野は唇を噛み締めながら、言葉を続けた。

「前の会社で、この話を持ちかけられた。なんの縁故もない親戚も居ない俺は、なにかあっても切りやすいと践んで話をもって来たんだろう。表向きはスパイ。だが、裏には、瀬野グループの内部闘争の匂いがしていた。瀬野に復讐するためには、瀬野の内部に入らなければ何もできない。」

志野の言葉に、渚は肯いた。

「確かに。瀬野は血縁関係で固めているところが多い。外部から何を仕掛けても動じないだろうが、内部には穴がなきにしもあらずだ。いい所をついている。」

渚の言葉に、志野は皮肉な笑みを浮かべる。

「だが、失敗だ。瀬野の何も知らないお坊ちゃんに、俺は全てばれてしまったんだからな。さぁ、訴えるなりなんでもすればいいだろう。」

開き直った―――自棄になった口調で、志野は言い放った。
その言葉に、再び渚は微笑む。

「ますます欲しくなったな。志野、俺と組まないか。」

渚の言葉に、志野は眉をひそめた。
「何を、云っているのか判ってるのか?」

復讐するために来たと云っている男を、勧誘する社長。

「ああ―――。云っただろう?俺の周りには誰一人信頼できる人間など居ない、と。はっきりいって全てが敵だ。」
「お、前―――」
「ココに来ているという事は、ある程度ウチのお家騒動も知っているのだろう?」
力を持つ会長の妻と五男の確執。

「俺は、信頼できる人間が、一人でもいいから手元に欲しい。今話していて、どうしてもお前が欲しい、いると確信した。」

―――まるでプロポーズのようだ。
渚の真剣な眼差しを受け、不謹慎ながら志野はそんな事を思った。

「そうだな、仲間にする―――この敵ばかりの会社で背中を預けるべき人間には、全てを話さなくてはならないな。」
渚の言葉に、志野は慌てて口を挟んだ。
「俺は、協力するとは云っていないぞ。」
「いや、お前は俺の片腕となる。俺の話を聞けば、必ずな―――」

既に志野は魅せられていた。
この不可思議な、だが何か惹きつけられずにはいられない光を放つ、瀬野渚という男に。

そして渚はこの日初めて、同志とも呼べる人間を手にれたのだった。


◇◆◇◆◇


「―――渚」
自分を呼ぶ声に、渚は振り返った。



「本当にお前は神出鬼没だな、博隆。」
溜息混じりに、突然現れた男を渚は見上げる。
この世に1つしかないであろうスーツを身にまとい、似合いすぎるほど似合っているサングラスをしている男はこの夜の街に溶け込んでしまってもおかしくない格好なのに、そのあふれ出す存在感のため、何処にいても注目を浴びてしまう。
駅へと歩いていた渚を呼び止めた男は、すでに行き交う人間達の視線を一身に浴びていた。

「来いよ。」
一言云うと、男は踵を返し車へと向かって歩いていく。
フェラーリ。
見るたびに趣味が悪いと渚は思う、男の私的な車。
だがこの車を乗ってきたと云うことは、本当にプライベートで渚の元を訪れたのだろう。
このまま無視して駅に行ってやろうか、と思いつつ渚は男の背中を追いかけたのだった。



「今日は何をしていた。えらく機嫌がいいな。」
男は運転しながら、話しかけてくる。
だが、何処かとげとげしい。
「何を云いたい。」
「社長室で、何をしていた。」
何気なく、そう、男は何気なく云ったつもりなんだろう。
だが、バリバリ意識しているのが判るだけに、渚は吹き出しそうになった。

「やっぱりあの盗聴器達は、お前だったんだな。」
「・・・・・・」

そろそろ志野が動くであろうと予測して、渚は社長室を丹念に調べた。
見つかったのは、7個もの盗聴器。
義母が仕掛けたんであろうと思っていたが、きっとその中の数個は隣で運転している男が仕掛けたモノだったようだ。

「いつの間に、忍び込んだんだ。」
「ヤクザは手の内を明かしちゃ、お終いなんだぜぇ。」

妙に明るい口調。
こんな時は、誤魔化そうとしている時だと渚は長い付き合いの上で知っている。
そして、志野とのことを語りたくなかった渚は、誤魔化さてやる事にしたのだった。


◇◇◇


「来いよ、博隆―――」
バスルームから出てきた男を、渚はベットの上で誘った。
「お・・・?明日は嵐か?」
ココまであからさまに渚が誘いをかけることなど滅多にないので、男は軽く口笛を吹きながらベットに近寄った。
「・・・・・・・じゃあ、来るな。」
「ダーリン、冗談だって。」
ムッとして背を向けた渚を背後から抱き込む。
首筋にキスを落とし、耳朶を噛むと、フッと力が抜ける。
ゆっくりと仰向けになり、渚は男の逞しい首に両手をかけたのだった。



「うんっ、くっ・・・あぁ・・・」
暗闇の中で、宙に放り出された足がその動きと共に揺れている。
「相変わらずお前のココは、ギュウギュウ締め付けてくるぜ」
自分の腰を激しく動かしながら、余裕のある表情で男は渚を煽った。
「・・・・・だ、まれ」
息も絶え絶えながら、渚は男を睨み付ける。
しかし欲情に潤んだその瞳は、男を煽るだけだった。
「んで、お前はそんなに色っぺ−んだ。」
耐えるように、男は呟く。
「っ知るか!」
「ココまで俺の勃起中枢を刺激する人間は、お前以外いねぇ・・・」
―――責任取れよ。
男は渚の耳元で甘く囁く。
「め、いわくだ・・・・・・あぁ・・・」
男の勝手な言い分に反論しながらも、次第に激しくなる動きと、どんどんと膨れ上がってくる男のソレに、渚は声を耐えきれなくなってきた。

「うっ、あぅっ、ああ・・・・・くっ―――」
「―――くっ」
渚のキツイ締め付けに、博隆は耐えきれず低い唸り声をあげると熱い液体を渚の奥に叩きつける。
そして渚も、博隆のソレを感じながら己も解放したのだった。


◇◆◇◆◇


「―――このような勝手な行動は、断じて許すわけにはいかない!」
瀬野グループ本社ビル最上階。
月に一度行われる、親族のみの会議。
やり玉に挙がったのは、渚の強引な秘書の取り替え劇。
急に秘書全員を解雇したと思ったら、なんの承諾もなく一般公募。
そして先週、急にその雇った秘書のウチ2人を再び強引に解雇したのだ。

「私が任された会社ですし、私に人事の件では権限があると思っていたのですが?いちいち自分の秘書を雇うのにもお伺いを立てなくてはならいのですかね。」
「何を、生意気な!」
「新米のくせに、何が判る!」
「コレだから・・・・・!!」
渚の言葉に、次々と意見があがる。
渚は黙って状況を見ている、影の支配者である唯一の女性に視線を向けた。

「今回の人事異動に文句があったのなら、是非前回の会議で云って頂きたかったですね。前回の時には既に以前の秘書を辞めさせ、新しい秘書は雇っていたのですから。それを今頃・・・・ねぇ。」
そのまま、数人の役員に目を移す。
「その理由は―――送り込んでいた人間が、解雇されたとか?それとも、情報提供を約束していた人間が突然裏切ったとか?」
「な、何を云ってるんだ?!」
「し、知らないぞ」
明らかに動揺する数人の人間。

―――馬鹿馬鹿しい。

「今まで何も異論などおっしゃっていなかったのに、使おうと思っていた人間が使えなくなった途端きゃんきゃんと噛みつかれるのはどうかと思うんですがね?私は会社の内情をリークしようとする人間を排除しただけなんですが?」
「私がしたとでも云うのか?!云いがかりだ!!」
「暴言だ!!」
渚の―――お前達が潜入させてきた人間を切っただけだ―――という言葉に、一気にその場はヒートアップした。
渚を罵る声が、会議室いっぱいに響き渡る。
そしてその状態を止めたのが―――

「―――静かに」

社長である、瀬野基だった。


「渚、なんの証拠もないのにその発言は軽率すぎる。」
基は、渚を見据えて静かに云った。
基の有無を云わさぬ口調に、渚も思わず反論したい気持ちを押さえ込んだのだった。

「そして、セノエンタープライズ社の人事異動に、他の役員や幹部が口出しするべきではないな。もし云いたかったのなら前回の会議でも云えたはずだ。なのに、何故今頃なのだ?」

基の言葉にその場にいた人間達は、何も言い返せなかった。
そしてそのまま、その話題は会議の最後まで上る事はなかった。



「渚。」
会議室を出ていこうとする渚に、後ろから声がかかった。
「・・・・・兄さん」
渚は基を複雑そうに見た。

兄の・・・・考えがよく判らない。
基は、以前のように渚をいない者として扱うことはなくなった。
それどころか、今回のように対立したときは他の者より渚の意見を優先するのだ。
意図は・・・・?

そんな渚の複雑ば心情を、基は理解しているのかしていないのか、いつもながらの無表情で渚に問うた。

「飯島は、どうするんだ?」
「先日メールでもお話ししたように、私は志野一人で秘書は充分です。彼には元々父の第1秘書という仕事もあるんでしょうし、そちらのほうに戻って頂くようにお願いしたんですが?」
「―――お前は、どうしてもあの人の神経を逆撫でないと気が済まないんだな?」
あの人―――二人の父である男。
「これ以上見張られるのは、真っ平御免です。」
あの男の事を聞くと、思わず本音がでてしまう。
口に出しながら、渚は自分の甘さに舌打ちをした。
―――まだ、基のことを何処まで信用していいか判らないのだから。

そんな渚の言葉に、基は小さく溜息を吐いた。

「・・・・わかった。あの人には上手く云っておこう。ただ・・・・・あの人の事も、もう少しお前は知るべきだな」
「―――」
基はそう云うと、渚の肩をポンっと叩き、会議室を出ていった。

―――判らない・・・

渚はさっき以上に複雑な表情でその後ろ姿を見送ったのだった。



東京のビジネス街一等地に建っている本社ビルを出ると、車とその前に―――

「和成・・・」
制服姿の和成は、上目使いに渚を見ていた。

「来るな、と云っただろう?」
「だって・・・」
「まだ、完全に安全とは・・・・」
「だって!」
渚の言葉を、和成は遮る。
「だってこのままだと、絶対渚は会いに来てくれない!危険だっていって、俺にはずっと会いに来てくれないんだ。俺、足手まとい?俺だって、俺だって、渚を守れるよ!」
どれだけ危険か、知らない人間の無謀な言葉。
だが、それだけ慕ってくれているという彼の一生懸命さが、渚には愛おしかった。

「お前に守られるほど、俺は弱くないよ。」
クシャリと和成の髪の毛をかき乱す。
渚が怒っていないと感じ取った和成は、満面の笑みで渚に抱きついた。

「映画―――見に行こうよ」


◇◇◇


車を降りた途端だった。

―――殺気?

辺りを見回す。
和成をさり気なく後ろに庇った。

斜め後ろだ!

「和成!あっち行ってろ!!」
叫んで、飛び込んできた男をかわす。
「渚!!」
突然押された和成は、驚いた声を上げる。
そして目の前の光景に、一瞬唖然とした。

大柄の男。
右手には、バタフライナイフ。
その右手を掴んで、渚の顔の前でギリギリの攻防をしている。

「渚―――!!」
叫ぶことしか出来ない自分が和成には悔しかった。


街中でその姿は目立った。
人だかりになりつつある。
―――まずいな、早く済ませないと。
渚は男と力比べをしながら、内心悪態を吐いていた。

この男、プロじゃないか。
それほど、あの女も焦ってきたワケか。
こんな公衆の面前で襲わせるなんて、馬鹿なことを・・・・。

大男にケリを入れる。
急所を突く渚の攻撃は、確実に相手の男を弱らせていた。
ジリジリとを間合いを詰めて、男の攻撃をギリギリでかわしつつ次の行動を考えていたとき

「渚―――!」
「バカッ、和成!」

和成が二人の間に飛び込んできた。
丁度、男がナイフをもった腕を振り上げた時だ。

―――まずい

渚は、和成腕を思いっきり自分の側に引っ張る。

「くっ」
走る、右肩への熱い痛み。
「渚ぁ!」
渚は、左腕を振り上げた。
男の顔に、渚の拳が当たる。
その途端、男のサングラスが地面に落ちた。

「あっ・・・・」
渚の肩越しに、和成が息を呑む。
「は・・・・やま。」
和成の声を聞いた途端、男は動揺した。
「知っているのか?」
「お・・・ばあ様の―――」
呆然と、和成は呟く。
男は、落としたサングラスを拾い上げると、慌てて人混みへと姿を消した。

―――おばあ様の、か。

馬鹿な女。
自分のボディーガードの一人を使うなんて。
そんな、足のつくことをするなんて。
まさか和成に知られるなんて、な。

「な、渚!渚!!大丈夫?!」

渚の怪我を思い出した和成が騒ぎ出した。
ざわめきと共に、救急車の音がする。
誰か、見ていた者が呼んだのだろう。

―――自分で、自分の首を締めるなんて・・・・。

片膝をついて、俯いてる渚を和成は泣きそうな声で心配している。

まさか、渚が笑いをこらえるのに必死になってるとも知らずに―――。





ポタリ、ポタリ、と渚の右肩から流れ出た紅い血が、アスファルトの上を染めていた。






End







2001・4・1 

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