-楽園3-
中編



トントントン・・・・・・



「私は、以前はK商事でも社長秘書をしておりました。」

渚は目の前で熱く自分の経歴を語る男を、無表情に見つめながら、人差し指で机を叩く。

トントントン・・・・・・

「私は御社でも必ず力を発揮できると自信があります。」

トントントン・・・・・・

トントントン・・・・・・

トントントン・・・・・・


「あ・・・あの―――」
静かな部屋に響く音。
遂に耐えきれなくなった男が口を開いたとき―――

「ありがとう。判ったよ。」
渚は、男に退出を求めた。


◇◇◇


イライラする。
理由はわかっている。
あの男の言葉が、頭から離れないから。



「―――甘いな、渚」
朝までホテルで過ごした後、会社の近くに車を付け、助手席のドアを開けた渚に、男は一言云った。

「何のことだ・・・」
「弱味や、守るモノを持つと、勝負には勝てないぜ」

「・・・・・・」

「あのガキを近付けないようにしたのは、お前とあのババアの争いを見せたくなかったからだろう?」

「――――――」


渚は言い返せなかった。
なぜなら、男の言葉は、全くの事実だったから。
義母との争いが見えたとき、目の前の少年を見て渚の脳裏に浮かんだのは、

『彼は、何も知らなければいい―――知らない方がいい』

という事だった。

和成は渚に懐いているが、子供の頃から目に入れても痛くないという風に可愛がってくれている祖母にも懐いていた。

だから、慕っている二人の醜く壮絶な骨肉の争いなど―――知らない方が。


「その甘さは、いつかお前の足下を掬うときが来る―――お前の戦いは、人を守るほどの余裕はないはずじゃねぇのか?お前が側に置くべき人間は、自分を守る事が出来、且つ、お前を守れる人間のみにするべきだな。」

瀬野の家の事情など全く知らないはずの男の、だが常に闘争の中に身を委ねている男の鋭い指摘に、渚は何も言い返せなかった。



甘い
甘いと自分でも思う。
守るものは、今の自分にはマイナスなだけだという事は判っている。

だが―――

和成だけには、ドロドロとしたこの争いを見せたくはなかった。
なぜなら和成は、自分の中で唯一綺麗な部分だから。
感情のままに振舞える彼を見ると、全てを押し殺していたあの頃の自分の比べて憎らしくも羨ましくもあり、そんな風に生きている彼を眩しくも思う。
そして、穢れなき彼に・・・・・・・汚い世界を見せたくはなかった。

―――和成は使える。

たとえ、頭のどこかでそう判断していたとしても・・・。


◇◇◇


「―――渚様」
「飯島。次を―――」

飯島が口を挟む隙もなく、渚は素気無い口調で告げた。



「失礼します」

入ってきた男を、渚はじっと見据える。
男は戸惑うことなく、渚の視線を受け止めた。

―――ほぅ。

淡々と自分の経歴を語る男を、渚は興味深く見ていた。

目が―――
目が、いい。

どこか、自分のつながる部分がある。
何かに飢えた。
何かを求めている。
そんな、目。

「名前は?―――」
淡々と自己PRを渚の前で述べている男に、渚は一言云った。
「―――先ほど、申しましたが。」
もちろん男は一番に名前を云っていたし、渚の前に自分の履歴書が置かれていることも判っている。
しかしあえて自分の名を問いただした社長に、男は不信な目を向けた。

「名前は?」
「―――志野晴紀です。」
反らさない目。
渚の厳しい視線をじっと男は受け止めた。


◇◇◇


「気に入ったみたいですね、渚様」
「・・・まぁね。」
渚の心は決まっていた。
別にたいした学歴のある男ではない。
以前も小さな会社で秘書をしていたようだ。
その会社が倒産し、他の会社で営業をしていたときに渚の会社の求人募集をみたらしい。

高学歴、そして一流の企業に勤めていた人間なんて山ほどいたのに、渚の心は決まっていた。



結局、採用されたのは、渚が選んだ男が一人に、飯島や他の会社役員が選んだ人間他二人。
合計3人の秘書だった。


◇◆◇◆◇


「ダーリン、最近冷たいじゃないか―――」
「・・・博隆。お前の冗談は面白くないぞ」
会社からの帰り道、相変わらず突然現れた男に、渚は冷たい視線を向けた。

「ホテル暮らし、してるんだろう?俺を誘ってくれればいいのに」

―――コイツ、絶対盗聴か何かをしているな・・・
渚は心の中で、そっと呟く。

渚はあの日以来、自分の部屋には戻っていない。
義母を警戒して、だ。
それでホテルを転々としているのだが、その事を誰にも告げた覚えはなかった。

「冷てぇなぁ、ダーリン。俺を頼れっていっただろう?」
「やくざに頼りたくないね―――」
渚の言葉に、博隆はニヤリと笑い―――

「使えるものは、使っておけよ、渚」

そう云って、自分のマンションへと車を走らせた。


◇◆◇◆◇


3人の秘書達は、よく働いた。
渚の独断で志野を第1秘書にしたのだが、志野は思っていた以上に使える男だった。
志野の学歴を盾に、反対しきっていた幹部達も文句の付けようもないほどに。
仕事もずいぶんはかどり、渚としては上機嫌だったのだが・・・。



「・・・・・・?」
何かがひっかかり、渚はもう一度その画面をジッと見た。
いや、なにもおかしくないはずだ・・・・・。
だが―――
もう一度、渚はキーボードを叩いた。

いや、通常だ。
おかしいところは、ない。
ないが・・・・・・。

渚は、自分だけ知っている機密文書ページの解析用パスワードを打ち込む。

―――なるほど、ね。

渚は画面を見ながら色々なことを頭に巡らせ、フッと笑った。



続く







2001.2.11


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