楽園番外編
70万記念キャラ投票1位SS


 queen and  knight
女王に跪く時。
 




 ピーンと張られた、細い細いピアノ線のような1本の糸。
 あいつは、そこを綱渡りしているようだった。
 常に安息はなく。
 緊張と試練が繰り返される。

 だが、あいつはそれを受け入れ。
 1人で渡り続けていた。
 いつか、あの糸が切れた時。

 あいつは、どうなるんだろうか・・・?







□■□■□■









「渚っ、そっちだ」
「判ってるっ!」

 闇夜に紛れて、襲ってきた人間は4人。
 高校生だからといって、馬鹿にしていたんだろう。
 返り討ちにあって、焦っているようだ。

「引けっ」

 主犯格の1人の男が出した号令に、他の男達が続く。
 バシャバシャと、水溜りを踏み蹴散らし男達は夜の街に消えた。

「無事か、渚」
「お前こそ・・・」
 乱れた前髪を無造作に掻き上げ、渚は小さく息を吐いた。

「悪かったな。巻き込んだ」
「別に・・・。俺は喧嘩なんぞ慣れてる。高校入ってからは暴れたりないと思ってたとこだ」
 俺の言葉に、渚は苦笑する。
「お前、中学の時・・・いいかげん親を泣かしたろ?」
「おやじは五月蝿かったが、じぃさまは奨励してたぜ」
 女関係のだらしなさには、じぃさまも五月蝿かったが。



「あの女、こんな所にまで手を伸ばしてくるなんて・・・」

 無意識に呟く渚の小さな声。
 あの女―――とは誰を指すのか、俺には判らない。
 こいつと同室になって、3ヶ月。
 そういう話は一切しなかったから。

 ―――ただ、渚は・・・あの学校から出ると、トラブルに巻き込まれる事が多かった。



 最初は、俺も偶然だと思っていた。
 だが、2度3度続くと、偶然とは思えない。
『俺とつるんでいると、捲き込まれるぞ』
 渚がある日、俺に言った言葉だ。
 要するに渚は、自分が狙われている事を理解していたわけだ。

 渚に関する噂。
 庶子で、本妻に疎まれてこの学校に入った。
 あいつは、一言もその事についてコメントした事はないが、時々口から漏れる「あの女」というのは、渚の義母の事―――なのではないかと、俺にも思えた。
 だが俺はこれ以上、深く渚の中に入る事はやめた。
 あいつの深淵に触れた時、あいつが俺を拒否するのは・・・目に見えていたから。



 優しい笑みで、級友達を受け入れる渚。
 だが、俺は知っていた。
 それは、全てを拒否しているという事を。
 渚の守る世界へは、一歩も踏み入れさせないようにしている壁だという事を。

 あえて、俺は踏み込まなかった。
 無理矢理踏み込んでも、激しい拒絶にあうのは判っていたから、時間をかけて突破するつもりだった。
 俺には、自信があった。
 あいつの深淵に触れることが出きるのは俺だけだと。
 あの壁を突破できるのは、俺だけだと。

 俺はあいつの闇が、それほど深いとは。
 あいつの壁が、それほど高いとは。
 読みきれなかった。

 だから俺は、9年もの間半身を失ったのだ。











□■□■□■










「おはよう、ダーリン」
「・・・」

 薄っすらと目をあけた渚に、俺は優しく唇を落とす。
 この俺が―――和泉組組長・和泉博隆がこんな事をするなんて、俺を見知ってる人間が見たら、卒倒するだろう。

「何、笑ってるんだ」
 思わず笑ってしまった俺を見て、不機嫌そうに渚は起き上がった。
 低血圧の渚は、寝起きはいつも不機嫌なのだが。
「ん? 思い出し笑い」
「この、エロ男が」
「俺がエロ男だってのは、お前が躯で知ってるだろう・・・?」
 俺の笑いに、渚はキッと睨み返してくる。
「散々・・・教えてもらってるよ」
 嫌味な口調でそう切り返すと、渚は立ち上がった。
「何処に、行く」
「シャワー」
 俺は慌てて、渚を止めた。
「流石に、シャワーはマズイだろ?」
「気持ち悪いんだ」
「我慢しろ」

 渚は、昨日・・・肩口を刺され、数針縫っている。

 9年前、知らなかった事実。
 渚が、瀬野グループの庶子だった事。
 そして、義母から命を狙われているという事。
 幼い時から、その危険と隣り合わせに生きてきたという事を。



『馬鹿な女だ―――』

 ゾクリとさせるような、冷酷な口調。
 幼い頃から修羅の道で生きてきた渚は、修羅の道でこそ輝く。
 俺たちが惹かれ合ったのも、お互いがその道で生きていたからこそ―――。

 唯一の弱点である甥。
 あのガキを使う事が出来れば、渚の戦いは有利に運ぶだろう。
 渚を強くも弱くもさせる―――瀬野和成。
 俺は、注意しなければならない。
 渚は気付いていないが。
 あいつは、あのガキの目は―――子供などではない。
 瀬野の跡取りと言われるだけあるガキなのだ。
 甘いだけの、幼いガキではないのだから。
 
 お互いが、お互いに口を出さない。
 渚との、暗黙のルール。
 だが、渚の身体に危険が伴うのならば
 俺は手出しするつもりだ。
 瀬野から、渚を奪う。

 俺は、俺の半身を失うわけにはいかないのだから―――。

 そう、俺は知っている。
 最大の敵は、渚を瀬野という名で雁字搦めに縛り付けている―――。





「拭いてやるから、それで我慢しろ」
 渚は俺の言葉に、静かに頷いた。






□□□








「そっちの腕をあげて」
「・・・」

 昨日の夜、中出しした俺の精液は、バスルームへ行って洗い流した。
 意識朦朧だった渚は、覚えていないようだ。

 湯で濡らしたタオルで、丹念に渚の躯を拭く。
 下着だけを着てベットに腰掛けている渚は、珍しく俺のする事に抵抗しない。
 上半身を拭き、下半身へ移る。
 下着に手をかけると、「触るな」叩かれたりもしたが。

「・・・渚」
 俺は跪き、渚の太ももから爪先へとタオルを滑らせる。
 腕を組んで俺を見下ろす渚は、まるで頭を下げる事を知らない高慢な女王のようだ。

 足の爪先へ、指が触れた時。
 俺はそのまま、唇を近づけた。

「博隆・・・」

 女王に跪く、騎士よのうに。
 その爪先に、唇をつける。
 俺は一生、渚以外の人間に膝を折る事はありえない。
 俺を従わせる事ができるのは、渚。
 ―――お前、だけなのだから。


 俺だけの、女王。
 もう、お前を失うわけにはいかない。



―――お前に傷をつける人間は、何人たりとも許しはしない。







2003.4.24



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