4月。
桜華学園高校は久しぶりに賑わっていた。
大きなボストンバックを抱えた生徒が友人達に会っては挨拶を交わす。
桜華学園は、東京郊外の山奥に建っている全寮制の男子校である。
関東有数の進学校でもあるため、全国から優秀な生徒が集まっていた。
しかし自然の中に囲まれたせいか、結構自由でのんびりとした校風で、同じ華宮学園グループの進学校である松華学園とは違った雰囲気を持っていて大変人気があった。
「よっ、水野。久しぶり」
「水野、はよー」
「水野、どの寮になった?」
バス停からゆったりとした歩調で歩いていた、水野渚にも次々と声が掛かった。
声をかけた者には視線と短い言葉で返事をしながら、渚は寮の事務所へと向かった。
「3年の水野渚君ね……第3寮の205号室だわ、はい、鍵」
渚は事務員の女性に黙礼すると、鍵を受け取って自分の新しい部屋に向かった。
鍵は開いていた。
――今年1年の同居人か。
寮は二人一部屋である。
他人を自分の空間に入れるのが苦痛な渚は、1年・2年と慣れるのに苦労した。
――自分を不愉快にしない者なら……耐えれるだろう。
そう思ってドアを開けた。中にいたのは……。
――和泉博隆!!!
最悪だ。
よりによって一番なりたくなかったヤツだ。
渚は、目の前が真っ暗になった。
「よっ、水野。初めましてかな。今年一年よろしく頼むぜ。」
ベットの上で胡座をかいて煙草を吸っていたヤツは、ニヤッと笑って手を振っていた。
***
博隆と渚。
二人は桜華学園の中では有名人だった。
和泉博隆。
関東一円を締める『泉龍会』の会長の孫。
入学式の日、博隆を守る為・博隆の世話をするために桜華学園に入学していた2・3年の者達が、登校してきた博隆を見つけて、校門の前で一列になり、「お待ちしておりました!」と、ビシッとそろって礼をした姿は今では桜華の伝説となった。
そんな博隆は敬遠されるかと思われていたが、元来の明るさと、憎めない傍若無人さ、人を惹きつける魅力を持って、いつも大勢のものに囲まれていた。
水野渚。
どこかの大会社の愛人の息子だというウワサが入学と同時に流れた。
本人はその事については全く話そうとはしない。
どこか醒めた目をした、それでいて目の離せない、どこか惹き寄せられる存在。
話しかけると無視されるわけでもないし、一見冷たいが義理堅く、頼まれると断れないさり気ない面倒見の良さに、生徒達はその外見と共に渚に見せられ惹かれ、渚はいつもどこからか声をかけられ、何人もの人に囲まれていた。
二人は今まで全く接触がなかった。
クラスはずっと別々だったし、寮も一緒になったことがなかった。
しかし、お互いの存在は入学式の時から意識し合っていた。
*****
いつも視線を感じた。
振り返ると、男がこちらを見ている。
――誰だアレは…?
そうだ、今日みんなが話していたどこかのやくざの息子。
何故俺を見ている?
渚は視線を反らすことができなかった。
そして、その視線はその後2年間ずっと感じる事になった。
視線の元をたどれば、必ず和泉博隆に辿り着く。
意識する。
ずっと意識してきた。
だが、話しかけることはなかった。
ただ………
視線と視線が絡み合う
それはまるで激しく躰を絡み合わせてるみたいに……
熱い愛撫を受けているように……
逸らせない。
逸らすことができなかった。
誰も恐いと思ったことはなかった。
だが、和泉博隆だけは渚は恐れた。
本能的に……感じていたのだ。
***
恐れていたことが起こったのは、その日の夜。
渚はベットに潜り込み浅い眠りについていた。
温かい感触に身じろぎをする。
「――そのまま寝ておけ」
「……和泉?」
闇の中で温かい手が、渚の躰を這い始めた。
「ちょ…待て……!和泉」
「待たねえよ」
そう言いながら、博隆は着々と渚の服を剥いでいく。
「な……何するつもりだ」
博隆の手を必死に阻止しながら、渚は質問を投げかけた。
「判ってるだろう。俺は今からお前を抱く」
「抱く……っだと……!」
一瞬何を言うわれているか、渚には理解できなかった。
「お前はこの2年間ずっと俺に抱かれていた、そうだろう?」
「なにを……」
「俺と視線を合わせながら何を思っていたんだ」
「――――」
耳元で囁く声。
息が熱い……。
何も言わなくなった渚の様子を見ながら、博隆の手は渚の一番敏感な部分に伸びる。
「なっ…!!やめっろぉ!……うっ」
ビクビクッ、と反応する渚を博隆は嬉しそうに見つめる。
「お前は俺のモノだ。わかってるんだろう?」
博隆の右手は渚自身を育て上げつつ、左手は胸の突起物を掠める。
そして耳朶を噛みながら、少し掠れた声で渚の耳元に熱い吐息を吐きかけた。
「は……そんな…知らねぇ…!」
「俺が決めたんだ。あの日、お前と目のあった入学式の日に―――」
「かってに…!!」
決めるな、という言葉は博隆の口腔内に飲み込まれる。
熱く……激しい……キス。
口内を博隆は好きなように蹂躙しながら、渚の足を抱え上げる。
目を見開く渚を無視して、博隆の指は渚の固く閉ざした場所へと進んでいった。
「痛っ…」
グッと突き進まれる。
痛みと不快感で、思わず渚の口から泣き言がでる。
「やめっ!やめてくれ…!!」
一本の指を入れるのにも、渚のその部分は固かった。
「チッ、やっぱり潤滑剤使わなきゃダメか…。」
博隆は渚の言うことなど全く聞かず、取り出した潤滑剤を指にたっぷり付けて、もう一度渚の奥を指で犯した。
ヌルッとした感触に、渚の肌は総毛立つ。
しかし、躰の方は先ほどほどの抵抗もなく、博隆の指を2本3本と受け入れた。
「も…やめ……」
あまりの不快感と痛みに無意識に渚の瞳から涙が一筋流れ出た。
その艶っぽさに、博隆は一気に熱くなる。
乾いた唇をペロッと舐め指を引き抜くと、高ぶった博隆自身を渚に押し当てた。
熱いモノを感じ、意識が飛んでいた渚はハッと気が付き
「和泉!!ヤメロッ!」
と叫んだが遅かった。
その日から毎日、渚は博隆に抱かれた。
渚の抵抗も言うことも博隆は全く聞かず、毎日渚の躰を蹂躙した。
しかし渚は・・・・・・。
その胸に抱かれて安心している自分に気付く。。
二人だけの空間に戻ってきたとき、肩の力が抜ける自分に気付く。
部屋で二人だけで話しながら、ココロから笑っている自分に気付く。
――どこかで、抱かれることに期待している自分に・・・・・・気が付いた。
***
季節は1月を過ぎていた。
卒業。
この閉ざされた空間との別れ。
……博隆との、別れ。
自分は……あの胸を失って生きていけるのか。
初めて手に入れた安住の地。
このまま依存し続けると……。
失ったときに絶えられるはずがない。
今なら……
今ならまだ間に合う……。
そんな時に来た一通の手紙、義母・光江からだった。
海外に留学し、そのまま、日本には帰ってこない事。
そうしたら、自分も渚の存在を忘れましょう。
今まで、何かにつけ母と渚を抹殺しようとしてきた存在。
母を失ってからは渚一人を。
渡りに船だった。
渚は、これ以上めんどくさい瀬野の家と関わりを持つのもいい加減嫌気を刺していた。
母の事で恨みは消えていない。
だが、その感情を持て余していた。
――そして、博隆のこともある。
義母も、渚の優秀さを知った父が会社に招き入れようとしてるのを知って焦っていた。
両者の利害が一致したのだ。
義母に承諾の手紙を出すと、そのまま手続きし卒業式のその日にアメリカに発った。
博隆には一言も告げずに。
そして、そのまま日本には全く戻ってくることはなかった。
自分は逃げたのだ。
瀬野の家から。
博隆の胸から。
*****
温かい感触が頬に触れるのを感じ、渚は意識を取り戻した。
「……博隆?」
「気が付いたか」
渚は博隆の胸の中にいた。
変わらない……
いや、9年前より厚く、逞しくなった。
「何故、俺がここにいることが判った」
「お前、知らないのか。俺はあのパーティーに出てたんだぜ。瀬野と泉龍会の仲は先代の頃からの付き合いだ」
「それで……」
「そりゃ、びっくりしたぜ。いきなり行方不明のお前が、瀬野の新会社の社長。しかも、謎とされていた5男として、舞台の上に登場したときは。お前、名字は水野じゃなかったのか」
「水野は母親の姓だ。戸籍もそっちだしな。今更瀬野なんて……」
「そう言えば、高校ん時、実家のこと全く言わなかったもんな、お前。くしょー、瀬野だって知ってたら、あっという間に見つけれたのに。」
「……捜してたのか」
「当たり前だろう、いきなり居なくなりやがって。調べても全く見つかりゃしねぇ。当たり前だな、瀬野が隠してたんじゃな」
博隆の腕の力がグッと強くなる。
「もう離さねぇからな」
「何を……」
「逃がさねぇ、逃げんなよ」
チュッチュッと音を立てて顔中にキスを落とす。
「ちょ……博隆」
「お前は俺のモノだ。そうだろう。」
博隆は真剣な目つきで渚をのぞき込んでくる。
逃げれないのだ。
家からも。
博隆からも。
じゃあ、もう、向かって行くしかないではないか。
捕まったのだ、自分は。
あの入学式の時のあの強い視線に。
それからがんじがらめに縛られたのだ。
身動きのとれないように。
この男なしでは生きられないように。
アメリカの日々は穏やかだった。
だが、この男といた時のように心から安心することも心から安らげる時も……手には入れられなかった。
そして、この心に吹き荒れる激しい嵐も。
「逃げないよ、もう。」
家からも。
お前からも。
自分の心からも。
ひもを外された腕で博隆の顔を引き寄せ、渚は自分から熱いキスを送った。
*****
「んぁ……!はぁ」
「いいか、渚…?イイか」
激しく腰を打ち付けながら、耳元で囁いてくる。
「ん……イイよ、博隆。あぁ……もっと……」
博隆に合わせて自らも腰を揺らしながら、渚はキスをねだる。
「くそっ!何でテメーはそんなに色っぽいんだ」
博隆は噛みつくようなキスを渚にぶつけた。
「んあ…ふぁ…」
溢れる唾液もそのままに、唇を離した途端博隆は強い口調で渚に迫る。
「渚……アメリカで浮気してねぇだろうな」
「ん……浮気…?」
「俺以外の男とヤッてねぇだろうな!」
「…んぁ、スル……わけない…だろうが!」
二人とも限界が近付いてきて、博隆は渚を激しく揺さぶった。
ベットは男二人の躰を支えきれずにギシギシと鳴る。
「んぁ……も…ダメだ―――」
「渚…なぎさ――!」
「あっ…ひろ…たかぁ―――」
熱い腕に包まれながら渚は意識を飛ばした。
楽園。
やっと戻って来れた、楽園。
俺の楽園はこの腕の中以外にはナイのだから……。
END
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