楽園2
前編






 人の腕の感触
 いつ以来だろう―――
 このぬくもりを味わうのは―――





 伸びてきた手に、渚は思わずいつものように声を出した。
 「Kerry,please・・・・・・」
 「―――誰のことだ。それ・・・・・・」
 地を這うような博隆の声に、微睡んでいた渚は一気に目が覚めた。

 「博隆・・・・・・・」

 しまった。
 そう思ったが、もう遅い。

 目の据わった博隆は、渚に覆い被さると、首筋に歯を立てながら、答えを求めてくる。
 「ええっ!?誰だよ!!!ケリーって云うのはよぉ―――」
 「ん・・・・同居人だよ。アメリカにいた時の・・・・・・・・ちょ、やめろ。」
 そう昨日、正確に云うと一昨日まで渚の同居人だった人間の名前。
 「お前、同棲してたのか―――」
 「同棲じゃなくて、同居人だ。―――博隆、何処触ってるんだ・・・・・。」
 博隆の手は、渚の下腹部に伸びてくる。
 冷たく返す渚の言葉に、博隆はニヤリと笑った。
 「何って、きまってるだろ。するんだ。」
 「―――昨日、散々やっただろう。明け方起きてまで・・・・・・・」

 9年ぶりの再会。
 お互いの溝を埋めるかのように愛し合った昨晩。
 そして、夜明けにももう一度・・・・。
 9年ぶりに男を受け入れた渚の躰は、疲労でふらふらであった。



 「ほら、もう溶けてるじゃねぇか」
 散々博隆を受け入れた渚の奥は、溶けきっていた。
 だから博隆が入れてくる指を、簡単に受け入れてしまう。
 「んっ・・・・・」
 そして、眉を寄せて耐える渚は、得も云われぬ艶がある―――。
 ゴクリと喉を鳴らすと、博隆は高ぶった自身を、そのまま一気に渚に突き挿れた――――。


◇◇◇


 相変わらずの、絶倫男め――――。

 渚は腰を抱えながら入ったバスルームで溜息を吐いた。
 忘れていたわけではなかったが、高校時代、朝・昼・晩と、あの絶倫男に付き合わされたことを思い出した。
 あの頃は自分も若かったから付き合えたが
 この歳になると・・・自信がない。
 9年も経っているから、もう少し落ち着いてると思っていたのだが―――。
 相変わらずの絶倫ぶり・・・であった。

 腰が重い。
 今日一日、飯島に連れまわされるのだが・・・・耐えられるだろうか。

 渚は深く溜息を吐きながら、バスルームを出た。

 出た途端、話し声が聞こえる。
 誰か来たのか・・・。
 飯島―――?



 バスローブを羽織りながら、渚はベットルームへ戻ると、電話ごしに怒鳴っている博隆がいた。
 「るせーな。渚は俺の腕の中で寝てるって云ってるだろう?」

 「ああ?関係ないね。―――もう切るぞ」
 博隆はそう云い切ると、受話器を投げつけた。

 「―――博隆。今のは誰だったんだ。」
 聞かなくても判ってしまったが、あえて渚は聞くことにした。
 「・・・・・・・・お前には関係ねぇよ」
 「飯島だろう―――。相変わらずだな、お前は。」
 「判ってるなら、聞くなよ。ちっ」
 不機嫌な顔をして、枕元にあった煙草に火を付ける。

 そう―――。
 何故か、博隆は飯島を嫌う。
 高校の頃からだ。
 飯島は俺が高校時代、瀬野の家と俺との間を奔走してくれていたため、よく桜華学園にも訪れた。
 博隆と同室になってからも、当然でよく訪ねてきたのだが。
 そんな飯島の前で博隆は何故か挑発的な態度をとった
 例えば、俺に強引にキスしてみたり
 来るのが判っていて、押し倒してみたり―――
 自分たちの関係を見せびらかせるかのように
 『飯島と俺はそんな関係ではないのだから、そんな事をしても無駄だ―――』
 何どうそう云ってても、博隆は止めることがなかった。
 飯島も、博隆の挑発的な態度に最初は戸惑っていた様子だったが、すぐに何でもないような態度をとるようになったのだった。



 「相変わらず。飯島は嫌いなのか。」
 「嫌いだね―――」
 「何故だか、聞いてもいいか?」
 「・・・・・・きっと、お前にはわかんねぇよ。」
 博隆はそう云うと、白い煙をはきだした。

 トゥルルルルル――――。
 無言の部屋に、機械音が響き渡った。
 渚は、腕を伸ばすと受話器を掴む。

 「はい―――」
 『渚様。起きられましたか。』
 「ずっと、起きてたよ。悪かった、風呂に入ってたんだ。」
 『そんな事かと思っていました・・・。和泉様・・・・・・昨日いらしたんですね。』
 「パーティーに呼んでたんだろ?お前知らなかったのか―――」
 『今回、私は渚様のことに回っていましたので、そちらの手配は別の者がしたのです。』
 「そうか」
 『はい―――。私でしたら、渚様が出るこのパーティに和泉様は呼びません』
 「飯島―――?」
 淡々と語る飯島の口調に違和感を感じて、渚は語尾を上げた。

 『渚様。あと、どれくらいで用意できます?』
 「え・・・ああ。30分あれば出来る」
 突然の話題転換に戸惑いながらも、渚は答えた。
 『それでは、昨日のスーツでよろしいんで着ておいていただけますか』
 「ああ―――わかっ・・・・・・・」
 「スタイリストの方をこちらで用意していますので、そのまま記者会見を・・・・。渚様―――?」
 「き・・・・・いてる・・・・続けろ」
 『はい―――。そのまま記者会見を終えましたら、瀬野エンタープライズ社の方へ顔を出して挨拶をしていただきます。社員の方が渚様をお待ちしていますので―――。』
 「・・・わ・・・かった。30分後に―――」
 そこまで云うと、渚は受話器を置いた。
 そしてそのまま、自分の下腹部に顔を埋める男を怒鳴りつける。

 「博隆―――。お前電話中に何するんだ――――!!」
 「なにって、フェラ・・・・」
 「黙れ――!そして、今すぐ止めろ!!その手を離せ―――」
 叫ぶだけで息の上がった渚に、博隆は淫靡な笑みを浮かべた。
 「お前、こんなになっているのに―――?」
 そう云うと、博隆の所為で高ぶってしまった渚自身に、ペロリと舌を這わせた。
 「くっ―――!!」
 渚は唇を噛み締めたが、その端からも声は漏れだしてしまう。

 ―――殴ってやる。絶対殴ってやる。
 そう心の中で誓い目を瞑ると、渚はシーツをギュッと掴んで、思いっきり仰け反った。


◇◆◇◆◇


 「渚様・・・。大丈夫ですか。」
 「何が―――」
 凍るような渚の声に、流石の飯島も黙り込むしかなかった。

 渚はかなり不機嫌だった。
 そして見るからに不機嫌な渚に、誰も近付けない。

 博隆を殴り飛ばして、ホテルを出てきた渚だったが、やはり躰はフラフラであった。
そんな渚に記者達は、瀬野家の確執やら、話したくもない事を質問責めにして、精神的にも散々疲れさせた。
 そして本社に行くと、副社長のイスに義母の弟である叔父――血族の中で義母側に立つ人間の筆頭の一人――が堂々と座っていた。
 そのまま、何時間にも及ぶ嫌み責めを、社員の前で繰り広げたのである。
本社から戻ってきた渚の瞳は、見るだけで傷つけられそうなきついモノになっていて、オーラが近付けないほどに・・・怒っていた。

 車は無言で走る

 渚はこれ以後の今日のスケジュールを聞いていなかった。
 時間が時間なだけに、ホテルの戻れるのかと、ホッとしていた。

 だが―――。
 車は高速に乗ると、そのまま少し郊外に出た―――。
 見覚えのある高級住宅街。
 母が亡くなってから引き取られた・・・・・・・大邸宅。
 暗いものしか甦ってこない・・・思い出。

 「飯島――どう云うことだ」
 「貴方を呼べと云う、会長のお言葉です。」
 「俺は―――」
 「否とは云えません。会長のお言葉は絶対です。貴方も知っているでしょう。渚様」
 拒否を認めない飯島の言葉に、渚は深い息を吐いた。

 車は高級住宅街の中を進み、大きな家の建ち並ぶこの住宅地の中でもひときわ大きい家の前へと進んでいった。
 セキュリティに連絡を取って、大きな門が開く。
 9年ぶりに見るこの大邸宅は、相変わらず渚を拒んでいるように見えた。
 庭を通り抜け邸宅の前で車は止まる。

 開けられた車の扉。
 ニコニコと渚を迎えたのは、9年前と変わらぬ執事長の老人。
 「さ、渚様。ご主人様他、ご兄弟の皆様がお待ちしております。」

 白々しい言葉を吐く。
 待っているわけがない。
 いや、待っているのか・・・。
 どのように、俺をいたぶってやろうかと手ぐすねを引いて。

 負けない。
 負けるわけにはいかない。

 渚は閉じていた目をキッと見開くと、足を一歩踏み出したのだった。

続く・・・・




2000.2.22

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