夜明け





人のぬくもりを間近に感じながら、意識が少しずつ覚醒しはじめる。
無意識に引き寄せると、女にはない均整の取れた筋肉の感触――それでいて、肌触りはどんな女よりも滑らか――に、俺は一気に目が覚めた。

「ん……ひろ……」
「大丈夫。まだ朝じゃねぇ。寝とけ…な…。」
普段では聞かないような、甘い声に自分でも驚く。
「―――ん」
渚は俺の胸に鼻をすり寄せ、また寝息を立て始めた。
そんな渚を見つめながら、自然と笑みがこぼれた。

―――やっと……やっと、戻ってきた。俺の腕に……!



◇◆◇◆◇◆◇



渚が卒業と共に俺の前から姿を消したと知ったとき、

『―――ウソだ』と思った。

しかしそれが真実だと判ると、俺の中に残ったのは
空虚感
焦燥感
言葉では云い表せない虚脱感。
失ったモノの大きさに………ただ、呆然とし続けた日々。

あいつにとって、それほど俺の事はどうでもいい存在だったのか―――?
あの時感じたのは―――俺だけだったのか……?

◇◇◇


入学式。
「今年の新入生にやけに綺麗な男がいる」と、じぃさまが送り込んできた俺の世話係とかいう奴らが話し込んでるのを聞いた。

―――綺麗な男…?でも、男だろう。
チッ、3年間ヤローの中で過ごすのか。

「お前は巷にいると、遊びすぎる。3年間で『和泉組』ひいては『泉龍会』の跡継ぎとして、頭と精神力を鍛えてこい。」
じぃさまと親父の命令は絶対だった。
俺は絶望的な気分で、これからの3年間のことを思っていた。

―――あいつを見るまでは。

桜華学園という名前だけあって、学校に続く桜並木。
学校の中にも、桜の木だらけだった。

風が吹いた。
花びらが中を舞う。
俺は何気なく……そう、何気なく、視線を樹の下に向けた。

サクラの花びらに包まれながら空を見上げている一人の男……

俺は一瞬で心を奪われた―――。
目を反らせずに、見つめ続けた。
こっちを向け。
こっちを向け。
心の中で繰り返した。
俺の祈りが通じたかのように、あいつは何気なくこちらに視線を向けた。

雷が落ちた様な感覚。
そうとしか表現できない。
俺はその時………あの瞳に――あいつに――捕らわれた。



その日から俺はあいつを見つめ続けた。
いや、そんな生半可なモノじゃない。
視線で、犯し続けた。
あいつも俺のまなざしに気付くのか、時折振り返る。
ある日、あいつは俺の目をじっと見つめ、真っ赤になった。
―――捕らえた!!
そう感じた。
俺は視線であいつを抱いて
あいつは俺の視線で抱かれている。

あとは、どうしてあいつ自身をこの手に落とすかだけだった。
不意にあいつに近寄っても、あいつは何かを恐れるように俺から逃れていく。
1つ年上の寮長に「寮の部屋割りは少し細工が出来る」という話を聞いたとき
「コレだ!」と直感した。
後は、部屋割りに小細工を施し、見事に3年での寮の同室を手に入れた。
そして同室になったその日に、手を出した。

『俺と視線を合わせながら何を思っていたんだ』
激しく抵抗するあいつに、そう囁いた。
そうだ……。
同じ事を考えてたんだろう?
こいつは俺のモノだ……!

その後、普段気を張っているあいつが俺の前だと安心したように眠るのを見て、その気持ちは確信に変わった。

俺は、あいつに捕らえられたし
あいつは、俺に捕らえられている。
好き……そんな言葉じゃもの足りない。
愛してる……イヤ、もっと激しい気持ち。

そして……俺達は、狂ったように愛し合った。


◇◇◇


あいつはナゼ…俺の前から消えたのか……?
しばらくたって、少し落ち着いてから考えてみた。
あいつはいつも何かに警戒していた。
深くは聞かなかったが、いつも話題を避けていた実家のことだろう。
まず、あいつの元に度々訪れて世話をしていた、飯島とかいう野郎を捜した。
俺は……あの野郎が嫌いだった。
いつも、あいつの世話を当然のようにし、あいつもあの野郎には頼っている。
俺の知らない世界があった。
そして、あの野郎のあいつを見る目……。
何もかもが、気に入らなかった。

親父のツテ、じぃさまのツテ…使えるものならなんでも使った。
俺があいつに執着しているのが、親父にもじぃさまにもばれたが、そんな事はどうでもよかった。
あいつを見つけるためなら、恥なんて関係なかった。
だが、見つからない。
何年もかかって、見つかったのは………あいつの母親の墓だけ。
あいつの父親の名もわからなければ、あの飯島が何者なのかもわからない。
焦って……
焦れて……
そうしているウチに、じぃサマが死んで家督相続で組内…『泉龍会』が荒れた。
俺はそっちの方が忙しくなって、あいつを捜すことが出来なくなった。
5年。
5年かかった。
血なまぐさい抗争は、親父が勝った。
結局、親父が『泉龍会』を継いで、俺が親父のもっていた組『和泉組』を継いだ。
その後、荒れたシマを落ち着けて、組を自分のものにするまで……また2年。
気が付けば、あいつが俺の側からいなくなって9年が過ぎていた。
このまま、あいつには一生会えないのかも知れない……そう思い出した。
この9年間、それでも生きて行けたから……どうにかなるか、とも思った。

だが、この空虚感は一生埋まらない。



青天の霹靂
そういうのだろうか……?
親父に無理矢理連れて行かされた『瀬野50周年パーティー』
食うだけ食って、さっさと帰ろう。
そう思っていたところに、
『――――――この者は、私の5男の渚であります。―――――』
渚……?
その単語だけが、俺の頭の中に飛び込んできた。
視線を上げる。
スポットライトの中に―――探し求めてきたあいつがいた。
思わず舞台に駆け寄りあいつを抱きしめに行きそうになったところを、親父に止められた。
親父にも―――俺が長年探していた相手が、渚だというのがわかったのだろう。
その後の事は…ほとんど何も覚えていない。
何人もが、俺に向かって挨拶してきたが―――そいつらの声は右から左へ流れたし、顔だって覚えちゃいねえ。

俺は混乱する頭を必死に整理していた。

―――瀬野の5男

高校の時、何かと話題になった『大会社の愛人の息子』の『大会社』とは『瀬野グループ』の事だったのか。
チッ、大会社も何も、日本有数のベンチャー企業じゃねぇか…!
瀬野が隠してたのか―――そりゃ、見つからなかったワケだ。

―――セノ・エンタープライズ社の社長に就任するためにアメリカから呼び戻した

アメリカにいたのか……。
エンタープライズ社の社長―――?
いま、業界ではかなり話題になっていた事だ。
結局、瀬野の3男か4男が就くだろうと云われていたポスト。
それをいきなり―――ずっと隠していた5男に就かせるとは…?
渚の身に何があったんだ―――?



喉が―――乾く。
いや、喉が渇いているんじゃない。
躰が乾いている。
心が渇いている。

『あいつがいなくても―――どうにかなる?』

そんな事…耐えられるわけがないのだ―――。
俺はこんなにも―――渚に乾いている。
こんなにも、
こんなにも……。
あいつを求めていたんだ―――!



パーティーを中座で抜け出すと、ホテルのロビーに行った。
「瀬野渚は帰ったのか?」
「お客様の事は、申し上げられません」と、すげなく断るフロントに普段は使わない権力・脅しを使って、渚の部屋を吐かせた。
あいつの部屋の前に立って―――。
笑っちまうことに、手が震えた。
ドアが開いて―――あいつの顔が見えた途端……理性が飛んだ。
そのまま、欲望が…渇望が…躰が…脳が…俺自身が求めるがままに
あいつを押し倒し、抱きしめた。

荒れ狂ったように抱きながら、無意識に答えてくる・求めてくるあいつに

―――やはり、俺だけじゃなかった。
こいつも、俺に飢えて、乾いて、求めていたんだ。

愛している、愛している、愛している。
そんな言葉じゃ足りない。
俺の――この気持ちは――そんなものじゃ足りない!!


◇◆◇◆◇◆◇


「博隆……」
突然、頬に手が当てられる。
「ん……なんだ、起きてたのか―――?」
渚は、俺の首に鼻をすり寄せてきた。
「何時だ―――今。」
「――4時を過ぎたところだ」
「そうか―――。まだ、早いな……。」
含みのある言葉だった。
「今日はどこか行くのか―――?」
俺の言葉に、渚はフフッと笑う。
「さあ―――?今日は飯島に連れ回されるらしい・・・な。」
あまりに他人事ないい方に、疑問がわく。
「お前、なんで帰ってきたんだ?瀬野を継ぐためか――?」
「――瀬野なんて…関わりたくもなかったよ。突然呼び戻されて、戻ってみたら昨日の茶番劇だ―――」
「社長には―――」
「社長なんてどうでもいい。オレは元々研究者でそんなものはやりたくない。だが、あいつの意志は絶対らしい」
「親父さんのことか―――?」
「父親などと思ったことなどない。」
キッパリと言い切る口調には、俺の知らないところの葛藤があるらしい。
「ま、オレは瀬野も、お前の親父も関係ない―――俺にはお前がお前であればいい」
本心を告げると、渚はフワッと笑った。
「―――だから、お前はいいんだよ」
そういうと、俺の首に腕を回して、情熱的なキスを仕掛けてきた。
「なんだ、誘ってるのか―――?」
合間にそう囁いてやると
「そうだとしたら―――」
普段、ストイックなくらい無表情で冷たい視線しか投げかけないこいつからは信じられないくらい妖艶な……それでいて無防備な笑みで俺を誘う。
眠っていた躰が、一気に熱くなるを俺は必死に押さえながら
「そんなの、有り難く頂戴するに決まっているだろう―――?」
白い首筋に噛みついた。



夜が明けると、戦場に出ていくお前。
だが、それまでは俺の中で安心して眠ればいい。
そして、疲れたらまた帰ってきて俺の元で眠れ。
―――何も聞かないでおくから。
俺はお前の安らげる場所になる。
唯一、お前が眠れる場所になる。


大丈夫―――夜明けはまだ来ない。






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