楽 園-rakuen-
<中編>







 「渚様、今日はこのホテルに部屋を取っております。このまま、ここを出てもマスコミに囲まれるだけですから」

 飯島は、渚をホテルの一室に案内した。
 案内された部屋がロイヤルスイートでなかった事にホッとしながら、ドアを開けた飯島について部屋に入った。

 「飯島。俺は、社長などになる気はない。明日アメリカに戻る」
 「――渚様。もう遅いと申し上げたでしょう。今頃渚様の研究所では退職願が受理され、アパートは綺麗に処理をし、荷物は日本に向かっているはずです。2、3日内に貴方のために用意されたマンションに届くでしょう。」
 「な…に…!?」
 「今回のことは50周年パーティーに合わせて綿密に計画されていたことなのです。指揮は…私がとりました。」
 「飯島……」

 わかっていたハズだ。
 いくら親身になって、本気で心配してくれていたとしても、飯島はあの父の秘書なのだ。
 父の命令には従わなければならない。

 「わかった…考える」
 「渚様。」
 飯島がホッとした顔をした。

 考える?
 何を?
 考えても無駄なことだ。
 俺は日本で新会社の社長になる。
 これしか選ぶ選択肢はないのだから…。

 「明日お迎えにあがります」

 パタン
 ドアが閉まって、飯島の足音が遠のいていく。
 「……」
 渚は、無言で部屋の内部に歩いていく。
 ベットの上に、渚が唯一アメリカから自分でもって来た、アタッシュケースが置いてあった。
 開けてみる。
 システム手帳・読みかけの本・資料・etc…
 持ってきたモノがそのまま入っていた。

 ――パスポート以外は。

 ガンッッッ!!!!
 渚はアタッシュケースを力一杯、壁に投げつけた。

 「くそ…くそっ…!くそったれがぁ!!!!」

 アメリカには戻れない。
 平穏な日々には、もう戻れない。

 日本にいた時は、いつも気を張っていた。
 瀬野一族からの妨害や、冷たい世間から守ってくれていた母を助けるため。
 瀬野の家に入ってからは、直接渚に手をかけてきた正妻から。
 追い落とすために、隙を探り続ける血族から。
 好奇心の目で見てくる世間の人々から。

 それから逃れた9年間。
 "自分"を見てくれる友人達。
 温かい愛情で包んでくれたガールフレンド。
 優しい眼差しで導いてくれた恩師。
 全てはアメリカの生活で手に入れたモノだった。

 ――もう戻れない。
 あの穏やかな日々には。
 全ては終わってしまったのだから。


*****




 フゥ――――――。

 渚は、湯を這ったバスタブの中に身を沈めた。
 疲れが溶けだしていくようだ。
 色々なことがあった。
 ありすぎた。
 アメリカのアパートを飛び出してきて以来。
 休んでいなかった事に今頃気付く。

 明日からは戦場のような日々が始まるのだろう。
 兄弟、血族、そして義母。

 ――自分を陥れてくる者との。

 そして父との―――戦い。
 正面では勝てないのはわかっている。
 ならば横から、斜めから、後ろから、挑めばいい。
 負けない―――。
 負けるわけにはいかない。

 でも、今日だけは……休息が欲しかった。




 バスから出た渚は、バスローブを着て届けさせたワインを楽しみながら、久しぶりに見る東京の街を見入っていた。

 トントンッ

 ドアを叩く音がする。

 誰だ、今頃……。
 飯島が明日のことを何か伝えに来たのだろうか?
 他に訪問者など思い付かない。

 渚はワイングラスをテーブルにおいて、ドアの方へゆったりと歩いていった。
 ドアをそっと開けゆっくり目線を上げながら
 「飯島、何か……?」
 用か、と続けようとした時

 ドンッ

 渚の躰は思いっきり突き飛ばされた。
 不意打ちを食らった渚は、4・5歩後退して、仰向けに倒れた。

 バタンッ
 そのままドアは思いっきり閉められる。

 部屋には渚と、渚を突き飛ばした人間。
 電気を消していたため、顔がはっきりとは見えないが、影から体格のいい男だとはわかった。

 「誰だ!?」
 早速、義母が仕掛けてきたのか、と渚は急いで立ち上がろうとした。
 その時、まっすぐに渚に近付いてきた男に腕を捕まれ引き寄せられる。

 「何を……ンゥ」
 渚は顔に何かがぶつかったのだと思った。
 しかしそれが男の唇だと判ると、全力でもがいた。
 男は渚の顎をしっかりと掴むと、渚の口腔内を激しく蹂躙し始める。

 「は……ウ…」
 二人は激しくもつれ合いながら、ベットへとダイブした。
 絡み合う舌、混ざり合う唾液。
 激しく、熱いキス。
 こんなキスをする人間は一人しか知らない。
 9年前は毎日のように受けていた。

 男の唇はそのまま渚の項へと移り、的確に渚の弱いところを付いてくる。

 「離…せ、博隆」
 「……離さねぇ」

 熱い息と共に耳元で囁かれる。

 変わらない。
 変わらない低い低い欲情で掠れた声。

 「ぁ…何故……ここが判った…んだ」
 しかし、男は渚の質問には答えず、男の肩を必死に押し返している渚の両腕を掴むと、バスローブの腰ひもできつく縛る。

 「博隆……!!」
 「離さねぇ……もう逃がさねぇ」

 その瞬間、男の指は渚の奥を一気に貫いた。
 「うあぁっ!!」
 渚は痛みのために目を見開く。
 「固いな……この9年間誰にも触らせてなかったのか?」
 「くっ」
 強引にうごめく男の指は渚に痛みと不快感しか与えない。
 2本3本と無理矢理つっこみ、抜き差しして、そこしその強ばりが解けたのを確認すると、男は渚の両膝を抱え上げ、必死で顔を振って抵抗している渚をじっと見つめながら

 「うあぁぁ……!!!」

 一気に貫いた。


 9年前。
 俺は毎日このたくましい腕に抱かれていた。
 この、男らしい匂いに包まれていた。
 そこが……唯一安心して眠れる場所だったから。

後編へ続く・・・



1999.12.1

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