Would you love me?
−6−


 


 比伊呂は目を覚ますと、ゆっくりと伸びをした。
 時間は、午前11時をまわった所だ。

  ―――だる。

 散々男に弄ばれた躯は、そこかしこ悲鳴をあげている。
 しかし、それさえも最近馴れてきた事を、比伊呂自身感じていた。
 それは比伊呂にとって、屈辱以外何者でもないのだが。

 腹、減った。

 正直な躯は、空腹を訴える。
 いつものようにシャツを引っ掛けると、比伊呂は与えられた部屋を出た。
 階段を降り、ダイニングへと向う。

 ―――あれ?

 人の声がする。
 比伊呂がこの邸宅に来て以来、一度も男と比伊呂以外の人間が訪れた事はなかった。
 男から、誰か来るとも聞いていなかった。
 好奇心に負けた比伊呂は、声のする方へと足を向けたのだった。









◇◇◇




「あ・・・! HI−ROじゃん」
 気付いたの、客人だった。
 こっそり覗くつもりが、すぐに発見され、比伊呂は思わず肩をすくめた。

「そういえば、今度ので使うって聞いてたけど。お前のお気に入りだったのか?」
 客人の男は比伊呂に近付くと、その右手を比伊呂の頬にあてた。
「人形みたいだな」
 客人の言葉に、比伊呂はむっとする。

 人形・・・作り物の美。
 時折、比伊呂はそう評された。
 そんな時、いつも言ってやりたかったのだ。

 ―――オレは生きている、んだと。

「あんたの方が、綺麗じゃん」
 反発心から、そう言っていた。
 実際、比伊呂の頬に触れた客人は、業界にいる比伊呂でさえ思わず見惚れるような美貌なのだ。

 比伊呂の言葉にその客人は面白そうな顔をした。

「謙司、いつのまに子猫を飼ったんだ」
「淳士・・・。その悪巧みを考えてる顔はやめろ。綺麗な顔が勿体無い。ついでに言うと、押し付けられ品だ」
 男は苦笑しながら客人を嗜めると、比伊呂に『向こうへ行け』と目で合図してきた。
 蔑ろにされ、あまつさえ『押し付けられ品』とまで言われた比伊呂の機嫌はさらに悪くなったが、お仕置きが怖くて男の命令には逆らえない。
 仕方なく、その部屋を後にしようとした時―――。

「紹介もしない気か? ある意味、今度の仕事仲間なんだけどな。俺も」
 淳士と呼ばれた客人は、からかうように男に告げた。
 その言葉に、男は少し嫌な顔をしたが、諦めたように比伊呂に近付き肩を抱いた。

「淳士、今度のショーで使うモデルのHI−ROだ」
「比伊呂、今度のショーのスタッフの1人、ヘアーアーティストの小川淳士だ」

 男の言葉に、客人―――小川淳士はニッコリ笑うと、比伊呂の手をギュッと握った。
「宜しくね、HI−RO」
「宜しくお願いします」

比伊呂がペコリと頭を下げると、「なんだ、イイコじゃん。TOPモデルって聞いてるからどんなヤツかと思ってた」と、淳士は男に言った。

「ネコ被ってんだよ。ほら、比伊呂」
 向こうへ行け。
 無言で男に示される。

 ここに来てからの、初めての男以外の他人ともう少し話をしたかったが、比伊呂は諦めて部屋を出たのだった。







◇◇◇





 ―――喉が渇いた。

 目が覚めたのは、午前2時をまわった頃だった。
 ほぼ毎夜男に弄ばれていた比伊呂だったが、流石に客人が来たこの日、男が比伊呂をベットに入れる事は無かった。
 比伊呂としては、久しぶりの安眠を楽しむはずだったのだが―――。

 ぺろりと、乾いた唇を舌で舐める。
 だが、乾きは癒されない。

 ―――喉の奥が・・・乾く。

 我慢しきれなくなって、比伊呂はゆっくりとベットから出たのだった。
 





 階段を降り、水を飲むためにダイニングへと向う。
 夜中、人のいない大きな邸宅は静まりかえっていた。

 ダイニングで水を飲み喉の渇きを一応癒した比伊呂は、もう一度眠る為に己の部屋へと向う。

 ―――あ、れ?
 人の声・・・が聞こえた気がした。
 こんな、時間に?

 比伊呂は好奇心から、聞こえた方へと足を向ける。

 それは後々、後悔という名の色に染められるのだが・・・。




◇◇◇






 『・・・ぁ』



 聞こえてきた声と、漏れる光。
 嫌な予感がした。
 このまま、戻るべきだと理性が告げている。

 しかし比伊呂はその声の聞こえた部屋へと、まるで夢遊病者のように一歩ずつ近付いていた。





 「い、イイ―――」

 開いている扉の隙間から、そっと覗き込む。
 心臓がバクバクと鳴っているのを感じた。


 「ソコ、突いて。あっあ―――」

 聞き覚えのある声。
 そう、今日紹介された小川淳士の、声。

 比伊呂の目の前には、ベットに組み敷かれた淳士と、その上で激しく動く男―――比伊呂を玩具と呼ぶ東雲謙司の姿があった。

「イイッ。謙司、イイ―――」

 淳士が放つ、艶っぽい声。
 パンパンと二人の躯がぶつかり、響く音。

 見ては、いけないモノを見てしまった。
 比伊呂は、そう感じた。
 今なら、引き返せる。
 そう思うのに、足が一歩も動かない。

 比伊呂の目は、男に釘付けだった。

 毎日、自分を蹂躙する男。
 淳士は、いつもの自分。
 本当は、アレは比伊呂自身ではないのだろうか?

 何故、今―――あの男の下で啼いているのが比伊呂自身ではないのだろうか?


 頭の中に浮かんだ考えに、比伊呂はギョっとした。

 ―――オレ、何を・・・。



 何故、あの男に抱かれているのが、自分ではないのか?



 抱かれるのなんか、嫌だったはず。
 毎日、抵抗していた。
 している。
 なのに、今―――

 男に組み敷かれている淳士の姿を見て・・・

 ―――オレは・・・。

 何を、思った。



 部屋に。
 部屋に戻ろう。

 動揺した比伊呂は、とにかくこの場を離れなければ・・・と、踵を返した。


 キィィ

「何ッ!?」
「誰だっ!」


 比伊呂は扉から離れる時、思わず手を触れてしまった。
 それで、隙間しか開いていなかったドアが大きく開いてしまったのだ。

 男の声に、比伊呂はビクリと躰をすくめた。

 ―――逃げ、なければ。
 けど、躯が動かない。
 足が、震えて動かない。



 背後に気配を感じて、比伊呂はゆっくりと振り返る。
 
 そこには、無表情の男が立っていた。

 「飼い主の部屋を覗くなんて、いい趣味をしたペットだな。比伊呂」

 その口調は淡々としていて、それは男が怒っているという事を比伊呂は知っている。



 どうしよう。
 怖い。
 どうしよう。

 ガクガクと震えだした躯を両腕で抱きしめて、比伊呂は足元を見た。

「ご、ごめんなさ・・・」
「別に、謝れとは言っていない」

 開きかけた口に、容赦ない言葉が降り注ぐ。
 比伊呂はそれ以上、言葉を紡げなくなった。



「まーまー。そんなに怒らなくても。いいじゃん、子猫ちゃんも参加させてあげれば」
 ノンビリした言葉が、比伊呂の頭上から降って来た。
 顔をあげると、真っ裸の小川淳士がニコニコ笑っている。

「3Pしようよ、ね」
「・・・淳士、お前は」

 男の言葉を無視して、淳士は比伊呂の腕を掴むと、部屋へと導いたのだった。










2003.4.7


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