―――HI−RO
2年前に、パリコレでも活躍中のMORIE・KINOSITAのモデルとして華々しくデビュー。
色白のほっそりとした肢体に、決して女顔ではないが中性的な顔立ち。
彼が着こなしたスタイリッシュな服は、男ではなくまず女性達が注目した。
カジュアルに、少しボーイッシュに決めたいときに、メンズを着る。
香水と同じように、男性モノに女性が目を付けたのだ。
女性達が騒ぎ出せば、男性達も関心を示す。
そして街中には、HI−ROのファッションをまねた人間が溢れかえった。
「ショー?」
比伊呂は、マネージャーである今西の言葉に反応した。
「そう、ショーだよ。」
「本気でいってんの?」
比伊呂はグラビアモデルとして活躍している。
なぜならショーモデルとしては、身長が足りないからだ。
「誰だよ。俺を使おうなんてモノ好きは?」
「ケンジ。ケンジ・シノノメ」
「・・・・・・マジかよ」
ケンジ・シノノメ。
東雲謙司。
パリで活躍中の新進気鋭の若手デザイナーだ。
「ケンジ・シノノメの日本でのデザイナーズショップ1号店が今度出来るんだ。それの開店イベントの華々しいショーだって。」
「ふぅん。」
「で、今度日本で売り出す新ブランドのイメージモデルにお前が指名されてる。ショーも然りだ。」
比伊呂は今西の話を聞きながら、高いプライドはいたく満足させていた。
ケンジ・シノノメは、今この業界でもカナリ注目を浴びている。
そのケンジ・シノノメが俺を指名したわけだ。
この、俺を。
「出る。」
「え?」
「ショー。出てやるよ、俺」
「そ、そうか。早速返事しておく!」
今西は慌てて部屋を飛び出した。
気分屋の比伊呂が、前言撤回をする前に戻れないところまで話を進く必要があったからだ。
―――比伊呂は後々この時の気まぐれを後悔することになるのだが、この時は全く気付いていなかった。
顔合わせの日。
外人日本人、顔の知れたモデル達が一様に並べられた。
皆一線で活躍している人間達ばかりで、お互い顔見知りも多かったせいかあちこちで雑談が繰り広げられていた。
「比伊呂」
比伊呂も数人の顔見知りに声をかけられていた。
「お前が、この場にいるのは・・・ちょっと驚いた。」
「俺も。」
何度かグラビアで組んだことのある魁と桜木だ。
「なんで?」
「お前、グラビア専門だったじゃねぇか・・・ショーには出ないと思ってた」
「俺も。お前・・・初めてじゃねぇの?」
二人の言葉に、比伊呂はフンッと鼻を鳴らした。
「確かに。この身長じゃ、な。」
比伊呂の態度に、二人は慌てて云いつくろう。
「べ、別にそんな意味で云ったんじゃねーって。」
「ばっか、心配してんだって。初めてでケンジさんはケッコーキツイかもって」
魁の言葉に、比伊呂は小首を傾げた。
「何故、きついんだ?」
桜木も、魁の言葉に不思議そうにしている。
魁は二人に顔を寄せると、ヒソヒソと話を始めた。
「ケンジさんのショーって俺一度パリで出たことあんだけど・・・マジ、キツイんだよ」
「だから、何が?」
容量を得ない魁の言葉に、比伊呂は苛立つ。
「あの人のプロ意識というか・・・服をどう魅力的に見せるというコダワリというか・・・・俺は尊敬してるけど―――容赦ないんだよ。本当に厳しい」
魁の言葉に、桜木は「ひぇぇ」と顔を顰めた。
だが、比伊呂は別段魁の言葉を気にしなかった。
「関係ないね」と・・・・・。
ざわついた部屋が急に静まった。
主役の登場である。
初めて見る男に、比伊呂は息を呑んだ。
比伊呂が見上げるくらいの背。
彫りの深い顔。
スレンダーな出で立ち。
そして、圧倒的な存在感。
男は部屋を見渡すと、その中心部へ足を向けた。
「よく、集まってくれた。俺にとっては今回のショーは日本進出への第一歩であり、非常に大きいモノだと考えている。君たちなら俺の服を最大限魅力的に着こなしアピールしてくれるモノだと信じている。スケジュールは・・・」
男の後ろからついてきていたスタッフらしき人間が数人、紙をその場にいた人間に配り始める。
まわってきたプリントに比伊呂も目を通す。
簡単なスケジュールが書かれてあった。
2週間後全員で合宿に入り、1ヶ月後本番。
―――合宿・・・?めんどくせぇなぁ・・・。
比伊呂は紙を折り畳むと、ポケットに突っ込んだ。
そのまま男の話とスタッフの話が数十分続き、その場で解散の運びとなった。
「比伊呂、メシ食いにいこうぜ」
桜木の言葉に肯いた比伊呂に―――
「HI−RO。君は少し残ってくれ」
後ろから声がかかった。
振り向くとそこには先ほど中心に立っていた男。
「・・・・・俺に、何か?」
「話が、ある。」
「わかりました―――」
桜木と魁に目配せして「先に帰れ」と促す。
二人とも心配した顔をしていたが、結局会場を後にした。
残ったのは、比伊呂と、男タダ二人。
「俺は、お前を認めていない。HI−RO」
「なっ・・・!」
デザイナーである男に告げられた台詞に、比伊呂は言葉を詰まらせる。
「金を出資してくれている会社の1つからお前を使えと、ごり押しされた。」
「―――!!」
比伊呂は唇を噛み締めた。
屈辱的な台詞に、目の前が真っ赤に染まったかのように思えた。
「俺も、タダでは店は出せないからな。オーナー様の云うことはある程度聞かなくちゃならない。だが・・・・・・」
男の目がギラリと光る。
「お前に、とうてい俺の服を着こなせるとは思えない」
「何故、云い切れる!」
ここまで云われて、黙っているわけには行かなかった。
比伊呂だってプロなのだ。
この仕事が決まってから、毎日ウォーキングのレッスンに通った。
ソコの教師には太鼓判を押されるまで、日々トレーニングしたのだ。
着こなせないだと?
何年、俺がモデルの仕事をしてると思ってるんだ!?
「自信があるわけか・・・・坊や」
馬鹿にした口調。
比伊呂には耐えられなかった。
「自信がなけりゃ、この仕事してらんないだろっ!」
噛みつく比伊呂に、男はニヤリと笑った。
「なるほど・・・お前の気質は気に入った。・・・・・比伊呂。」
男は比伊呂に歩み寄ると、人差し指で比伊呂の顎を持ち上げた。
「―――賭を、するか?」
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