Would you love me?
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「うぁっ!」
 魁の躯は、ドアの中に入り込んでいた手に外へと引っ張られ、比伊呂の目の前から一瞬消えた。
「魁っ」
 桜木が叫ぶ。
 途端iに、桜木に向って魁の大きな躯が吹っ飛んできた。
 突然飛んできた魁に耐え切れず、桜木もその場に倒れる。

「楽しい事、してくれるじゃねぇか。魁。桜木」
 その声は、この数週間比伊呂が求めて切望して・・・そして、一番遠くにいた男――東雲謙司のモノだった。
 比伊呂は信じられない思いで、その声の主の見る。

「し、東雲さん・・・! どうして」
 パーティーの主役である男が、まさかココに現れるとは思わなかった魁と桜木は驚きを隠せない。
「コイツには、手を出すな・・・と、俺は言ったはずだが?」
 冷たく言い放つ男の言葉に、魁はムッとした表情を向けた。
「東雲さんだって、もう関係ないはずでしょう? だったら、俺らが手を出したっていいはずだ」
「確かに、今の俺と比伊呂の関係はない。俺にあれこれ命令する権利もない」
 ――関係ない。
 男の言葉に、今更ながら比伊呂の胸がキュっと痛む。

「だが、それは――比伊呂がお前達を望んでいたらの話だ。比伊呂が望まないのにお前達が無理矢理関係を迫るのであれば、俺はお前達を容赦しない――」
 男のあまりにも鋭い視線に、桜木は「ひぃ」と後ずさりし、魁はゴクリと生唾を飲んだ。
「・・・比伊呂。お前は、こいつらを望んだのか?」
 己に向けられた男の双方の瞳に、比伊呂は思わず見入ってしまう。

 久しぶりなのだ。
 こうして、男が自分を見てくれたのは。
 こうして、声をかけてくれたのは。

「比伊呂?」
 何も言わない比伊呂に、男は不審気な声をあげた。
 その声に我に返った比伊呂は、慌てて首を振る。

「の、望んでなんかいないっ! こいつらが無理矢理・・・。写真撮るって――!」
「・・・ほう、それは楽しそうだな」
 再び男の視線が、2人を貫いた。
 2人は怯えたように、1歩2歩とその場から退く。

「お前達――。これから、楽にこの業界で生きて行けると思うなよ」
 男は2人に冷たくそう言い放つと、比伊呂の腕を掴んでその部屋を後にした。





◇◇◇





 比伊呂は己の状況に戸惑っていた。
 目の前の男に、どう対応していいか判らないのだ。

 男は比伊呂を無言で引っ張っていくと、己のホテルの部屋へと連れてきた。
 視線だけでソファーを示し比伊呂が座ると、部屋に置かれていたコーヒーをカップに注いでいる。
 比伊呂はその姿を、ただジッと目で追うだけだった。

「・・・すまなかったな」
「――え?」

 男からカップを受け取り、その中のコーヒーへ目を移した比伊呂に男が小さく呟いた。
 その言葉が本当に男から発されたものなのか一瞬わからなくて、比伊呂は思わず聞き返す。

「あの馬鹿達・・・。あそこまで行動力があるとは思わなかった。脅しておけば、なんとかなるかと思ったんだが――いや、こうなる可能性だってありえる事だったのに、俺はあの時正しい判断が出来なかったんだな」
「・・・どうして?」
 男の言っている事の半分以上、比伊呂には理解できない。
 だが、口から出た言葉はそんな台詞だった。
 見上げた比伊呂に、男は手を伸ばしかけて比伊呂の頬の真横でグッと握りこぶしを作ってその動きを止める。
「お前には、もう触れない約束なのにな――」
 その言葉に、心臓が鷲掴みにされる痛みを比伊呂は感じた。
「とにかく、お前とあの2人が会場からいなくなった事に気付いてよかったよ――」
 男が微かに笑ったように、比伊呂には感じる。
 しかし、それ以上に比伊呂は男の言葉に慌てた。
「パ、パーティー! あんた主役じゃないか!」
 そう、パーティーは男のショーの成功を祝って・・・という名目で開催されいてる。
 スポンサーも大勢参加しているのに、その主役が途中で抜けていいはずがない。
「別に、いいさ。どうせ、祝賀会ってのはただの名目でみんな騒ぎたいだけなんだからな」
「で、でも・・・」

 本当にいいのだろうか。
 あとで、男の立場が困った事にならないのだろうか・・・。

 比伊呂の不安そうな表情に、男は片眉を上げた。
「それとも、なにか? お前は俺が助けに来ないでヤツ等にやられていた方がよかったって言うのか?」
「違っ・・・!」
 男の言い草に、比伊呂は慌てて否定する。
 あんなヤツ等に、やられるなんてとんでもない。
 男に助けられた時は、心底ホッとした。

 ――だが・・・。

 「でも・・・。あんたには、助けられたくなかった」

 いや、違う。
 比伊呂は自分の言葉を、心の中ですぐに否定した。
 その言葉は半分は真実で、半分は嘘だ。
 男と関わるのが辛くて、もう男を見たくなかった気持ちが半分と
 男が心配して自分を探しに来てくれ、助けてくれたのが嬉しい気持ちが半分。
 ない交ぜになって、ぐちゃぐちゃになってなんと表現していいのか判らない複雑な気持ち――それが、今の比伊呂の気持ちだ。

「ほう・・・それは、そうだろうな。お前を奴隷扱いして玩具扱いした俺なんぞ、二度と見たくはなかっただろう」
「違うっ!」
 男の荒んだ言葉に、比伊呂は全身で否定していた。

「あんたを見てしまうと、期待してしまう。あんたを近くで感じたら、勘違いしてしまう。あんたの声を聞いたら、望んでしまう・・・! もう、もう傷つきたくなんか無いのに――」
 比伊呂の叫びは、伸びてきた男の指に遮られる。
 長い指は、比伊呂の頬に触れ唇に触れた。

「ミイラ取りがミイラになるとは、この事だな・・・。だが、判った以上遠慮はしないでおこう――」
 まるで自分に言い聞かせるように呟く男の言葉の意味は、比伊呂には判らない。
 ただ近付いてくる男の顔を、比伊呂は瞬きもせず見つめ続けた。

「比伊呂。お前の望むものを、与えてやろう――」
「え・・・?」
 比伊呂の疑問は、男の唇に奪われた。





◇◇◇





「い・・・、あっ・・・! あぁ――」
 ずくずくに愛撫を加えられ蕩けた比伊呂の躯は、内部に挿って来た男の楔に歓喜の涙を流した。
「くっ・・・。お前の躯は魔物だな」
 男の言葉に、比伊呂は頬を朱に染める。
 自分でも判るように、比伊呂の内壁は侵入してきた男の熱い塊を嬉しそうに締め付け、もっと奥へと誘うように収縮しているのだ。
「ヤ・・・バイな。そろそろ動くぞ――」
 男はそう云うと、比伊呂の足を抱えゆっくりと腰を引く。
「あっ・・・」
 外に出て行く男のものを必死に引き止めるかのように、比伊呂の内壁は蠢いた。
「んぁっ!」
 ギリギリまで引き抜いた男の楔は、今度は一気に比伊呂の奥まで貫く。
「あっ・・・ああッ・・・」
 そのまま繰り返される激しい抜き差しに、比伊呂は漏れる声を止められない。
 男は比伊呂を激しく揺さぶりながら、顔中にキスを落とす。
 そんな行為は以前――玩具と呼ばれていた時に――一度もされた事が無かったので、比伊呂の胸は熱くなる。
「・・・さっき」
「・・・ぇ?」
 揺さぶりは激しくて、比伊呂は快感に意識を浚われそうになっていた時、男は比伊呂の耳元で小さく囁いた。
「さっき・・・どうしてって・・・言ったな――」
 荒い息と共に囁かれる男の掠れた声に、比伊呂の中心はさらに熱を感じる。
「俺が正しい判断を出来なかった理由――。ただ、嫉妬していたんだ・・・。あの2人に――な。お前があいつらを誘うわけが無いのは・・・判っていたのに――!」
「あぁっ・・・! あ――」
 男の楔が比伊呂の前立腺を擦り上げ、比伊呂の躯は丘に上がったサカナのようにビクンビクンッと跳ね上がると、男との腹の間にあった比伊呂のモノは白濁した液を撒き散らした。
 その瞬間、比伊呂の内壁は男を搾り取るように収縮し、男も己をその動きにあわせて解放したのだった。





◇◇◇





 荒い息を吐きながら、倒れこんできた男を比伊呂は受け止める。
 お互い声も発せ無いくらいになっていたのだが、復活するのは男のほうが早かった。
 そのまま男の腕に抱き込まれて、比伊呂はウットリ身を委ねる。
 近付いてきた男の唇に、目を閉じた。
 舌の先を噛まれ、ジンと躯が奥が熱くなって震える。
 チュっと音を立てて、男は比伊呂から唇を離した。
 目をあけると、男と目が合う。
「魔性の瞳だな――。判っていたら、手なんか出さなかったのに・・・」
 ペロリと目を舐められる。
「恋人なんざ、作る気無かったのになぁ――。しかも、同業者なんて・・・」
 恋人という男の言葉に、夢うつつだった比伊呂は反応した。
 
 あまりにも早い展開で混乱している比伊呂は、先ほどから男が言っている意味が、ほとんど判らなかった。
 だが男と比伊呂の『主人』と『奴隷・愛玩具』という関係は、2週間ほど前に終了している。
 2人で交わした取り決めでは、その後は一切触れないという事だった。
 なのに、男は――比伊呂を抱いた。
 これは、どういう事なのだろう――。

「恋人って・・・誰?」
「・・・!」

 ポツリと呟いた比伊呂に、男は驚いたように比伊呂を見た。
「誰ってなぁ・・・。お前以外、いないだろう?」
 少し乱暴な口調で、男は言う。
 どうも、言葉尻に照れが入っている。

 ――恋人? オレが・・・?

 比伊呂は、男の事が好きだった。
 憎くて憎くて殺したいほど憎かったのに、好きになってしまっていた。
 だが、男は最後まで比伊呂との関係を遊んでいたのに・・・。
 脳内にぐるぐる色々な事が駆け巡っていて、どうもそれを整理整頓できない。

「・・・奴隷じゃないの?」
 比伊呂は呆然と、男がつい先日まで比伊呂に言い続けていた言葉を口にした。

「お前・・・。奴隷の方がいいのか?」
「嫌だ。あんなのは、もう――嫌だ」
 男の言葉に、比伊呂は反射的に答えていた。

 あんなつらい日々は、嫌だった。
 屈辱的な言葉と、屈辱的な格好。
 ずたずたにされたプライドは、未だに疼くのだから。

 ――奴隷じゃなくて、恋人?
 恋人。
 男は、比伊呂の事を恋人と言った。

 ――東雲さんは、オレの事・・・。

「東雲さんは、オレの事を好きになってくれたの? 愛してくれるの――?」

 比伊呂の台詞に男は「お前なぁ・・・。さっきからずっと俺が――」といいかけたが、比伊呂の表情を見て口を閉じた。

 比伊呂の瞳は、不安を訴えていた。
 男の自分に対する気持ちを、理解できず――いや、信じる事が出来ずに。

 確かに今までの比伊呂と男の関係が前提にあるのだ。
 いきなり全く180度違う事を言い出しても、信じる事などできないだろう。
 それは、男の――東雲謙司の罪であり、比伊呂を信じさせるのが彼の責任なのだ。
 男は小さな溜息を吐くと、比伊呂に顔を寄せた。

「俺はこういう事を言うのが苦手なんだから・・・しっかり聞けよ」
 真剣な瞳。
 比伊呂は男をジッ見つめる。

「お前が、好きだ。愛している――。お前が俺を愛してくれるというのなら、お前を・・・お前だけを恋人にしたいくらいに――」
 真摯な男の言葉に、比伊呂は男の首にかじりついた。

「オレも。オレも、アンタだけが好きだ――」



 グッと力のこもった男の腕の中で、比伊呂は一筋の涙をこぼしたのだった。






残りは終章。

2003.9.9


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