Would you love me?
−11−





 人。

 人人人。
 煌びやかな人々と、それを取り囲む人々の群れ。
 比伊呂は、そんな会場の様子をバルコニーから見つめていた。


 ――終わった、な。

 小さな溜息と共に。




◇◇◇




 モデルをはじめ、ショーの関係者一同を集めて行われた合宿。
 目も回るような、忙しさ。
 常に出される、男からの注文。
 それに答えようとするスタッフ達。
 全員が全員、ショーを成功させる為に一丸となっていた。
 そこに、個人というモノはなく。
 男との接触も、ほとんど無く。
 会話など、交わされる事もなかった。

 ――アレは、夢・・・だったんだろうか?

 それを現実と認識できたのは、スタッフとして参加いていた小川敦士と目があうと意味ありげな視線を送られたり、ふとした瞬間桜木と魁に舐められるように見つめらている事に気付き、ゾッと背筋を凍らせたりしたからだ。

 だが、男は比伊呂の事を空気のように扱った。
 いてもいなくても・・・どうでもいい存在。
 指示でさえ、あの男直接ではなく他の人間を介するという徹底さだ。

 ――せいせい、したじゃないか。

 むきになって、比伊呂はそう思おうとした。
 思おうといて、虚しくなった。
 自分は意識しているのだ。
 限りなく、意識しているのだ。
 
 男の態度に、翻弄されているうちに合宿や舞台あわせが終わり・・・本番へと突入した。
 


 1日だけのショー。
 話題のケンジ・シノノメ日本進出・第一号店のお披露目であるショーには、服飾関係やファッション雑誌関係などの関係者は当たり前だが、ケンジの服を愛好している芸能人著名人達も大勢詰め掛けた。
 それを追って、ワイドショーやニュースの報道陣も数多く押し寄せる。
 物凄い、人人人。
 たかれるフラッシュ。
 向けられるカメラ。マイク。

 比伊呂も初めてのショーで緊張したが、それは普段の度胸と男に徹底的に指導された舞台技術で見事に男の服を人々に魅せきった。
 他のモデル達も、ケンジの服を魅せ、客達を魅了していく。

 そして、男は――東雲謙司はものの見事に『成功』の2文字を手に入れた。
 舞台上で大勢の人に拍手と喝采を受ける男を見て、比伊呂は本当に彼を遠くに感じたのだった。

 夢。
 ――アレは、夢。


 そして、夢は覚めたのだ・・・。



◇◇◇



 大勢の人間に囲まれる男を見てるのが辛くて、比伊呂は視線を移した。

 ショーの成功を祝うパーティー。
 主役の男は、大勢の人に祝福を受けていた。
 綺麗な外人のモデルにキスをされている男を見て、まるで恋をする女のように胸が痛くなる。

 ――馬鹿みたい。
 これじゃ嫉妬してる、女だ。

 自分で浮かんだ言葉に、唇を噛み締める。

 自分は男に弄ばれた・・・玩具。
 何度も男は言った。
 奴隷。
 玩具。
 ペット。
 屈辱に塗れて、男を憎み続けて――なのに、残った女々しい想い。
 この気持ち。
 判っている。
 判っているのだ。
 判りたくなかったけど・・・。
 男との生活が終わって、離れていた間。
 判りすぎるほど、判ってしまった。
 認めたくないと叫んでも、心は男を求めて啼き続ける。

 「ほんとに、玩具だ――」

 いいように、弄ばれて。
 躯だけではなく、心まで弄ばれて。
 そして、捨てられたのだから・・・。

 シクシクと痛む胸を押さえて、比伊呂は主催者側に用意されたホテルの部屋に戻る事にした。
 これ以上、あの男を見ていても惨めになるだけだ。
 もう、仕事であの男に関わる事は無いだろう。
 もし。
 もし、声がかかったとしても――比伊呂は断るつもりだった。
 きっと、普通に仕事相手として男を見る事はできないと・・・判っていたから。



◇◇◇



「――比伊呂」
 かけられた声に思わず振り返って、そして比伊呂は顔を顰めた。

「そんな顔、する事ないじゃん」
「そーだよ。俺達の仲だし」

 ヘラヘラと笑う男たちに、比伊呂は身の毛もよだつ。

「悪いけど、急ぐんだ」
 2人を無視して、あてがわれた部屋へ向おうと足を進める。

「待てよ、用事なんてないだろう?」
「俺達と、遊ぼうや」
 右腕をつかまれる。
 比伊呂の躯に一瞬で鳥肌が立つ。

『イイぜ・・・比伊呂』
 好き勝手に、自分の躯を蹂躙した男たち。
 あの男――比伊呂の主人だった男は、二人に比伊呂の躯を差し出した。
『抱きたきゃ、抱いてもいいぜ』と。
 比伊呂は抵抗したのだ。
『やめろ。やめて。正気に戻ってくれ。俺達友達だろう――桜木! 魁!』と・・・。
 なのに、2人は嫌がる比伊呂の躯を――欲望に塗れさせた。

「あの夜の事、忘れられないんだ」
「俺もお前の後ろの口に挿れさせてくれよ――」
「やめろっ!」
 その手を振り払う。

「オレに触るな。お前達とは、口も聞きたくない――!」
 とにかく、部屋に――1人になりたかった。
 躯が震えるのだ。
 あの夜を思い出して。

 だが――。

「今更、なに気取ってるんだよ。俺の挿れられて啼いてたくせに」
「もう、男無しにはいられない躯なんだろ?」
「黙れっ!」

 ――男無しには、いられない躯。

 一番聞きたくなかった、言葉。
 一番恐れていた、言葉だ。
 自分では判らないが、確実に男に変えられた躯。

 比伊呂は聞きたくなくて、叫んだ。

「オレに触るな。よるな。もう、構わないでくれ――」
 比伊呂の言葉に、桜木がニヤリと笑う。
「お前の躯が忘れられないんだよ。俺のを締め付ける、お前のココが――」
 腰を捕まれ、比伊呂は桜木に抱き寄せられる。
 そして、パンツの上から比伊呂の臀部を撫で上げた。
「お前のココで、もう一度俺のを咥えてくれよ――」
 魁が比伊呂の唇をその人差し指でなぞる。
「嫌だ! 嫌だ! 離せよっ!」
 暴れる比伊呂を、2人は抱えあげた。
「俺達の部屋で楽しもうぜ」
「みんな、まだパーティーの最中だから来ないよ」

 2人は本気だ。
 本気で、部屋に連れて行く気だ。

「う、訴えるぞ・・・」
 男が2人に対して脅していた言葉を思い出す。
 幸いにして、比伊呂の事務所は大きい。
 どうにかしてくれるはずだ。

「訴えれないように、たくさん写真撮ってやるよ。ビデオも。恥ずかしい格好で」
「なっ・・・!」
「お前が事務所に言ったら、全部売り込んでやる。ビデオも裏で流通させてやるぜ。それでもいいのか?」
 ニヤニヤ笑う2人に、比伊呂はグッと唇を噛む。
 そんな写真が・・・もし、写真誌に載ったら――事務所はどうにか乗らないように対応してくれるとだろうが――もう、モデル生命どころか、比伊呂の人生自体終わってしまう。

「ホラ、部屋だぜ――。ようこそ、快楽の部屋へ」
 桜木はカードキーを取り出し、部屋のドアをあける。

 このまま部屋に入ってしまったら・・・。
 もう、戻れない。

「嫌、嫌だ――! 誰かっ!」
 ――関係者じゃなくてもいい! 一般の人か誰か通りかかれば!!
「ムダだって。このフロアは関係者で貸切なんだから」
 あざ笑うような魁の言葉に、目の前が真っ暗になる――が、それでも諦めたくなかった。
 触られたくない。
 もう抱かれるなんて、絶対嫌だ。

 あの男――東雲謙司以外に!!

「離せっ! 嫌だぁ! 誰か! 誰か――」
 比伊呂は、力の限りドアにしがみ付いて叫んだ。
「ちょ、黙れって」
「魁、中に入れちまえばこっちのモンだって――。手、外させろ」
「おう。ほら、外せよ」
 しがみ付いてるドアの指を、魁が一本ずつ外していく。
 桜木が腰を掴み部屋の中に引っ張る。
 比伊呂の指が、腕が震える。
「うぁっ」
 親指から中指まで外された所で、力に負けて比伊呂の手はドアを離れた。
 そのまま部屋の中に引きずり込まれる。
「嫌っ! 嫌だっ! しの・・・東雲さんっ――」
 思わず、男の名前を呼ぶ。
 ほとんど、無意識だった。

「東雲さんは、来るわけないっしょ。来ても、もう関係ないんだろ? 最初は信じられなかったけど、全員が集まっての合宿の間もショーの間も一切比伊呂とは関わってなかったもんな」
 桜木の言葉が、胸に突き刺さる。
「ほんと、遊びだったんだな。あの人もいい加減遊びなれてるから、色々思いつくんだよ。あれから抱かれて無いんだろ? 疼いて仕方ねぇんじゃねえの? 可愛がってやるよ」
 魁が後ろ手にドアを閉める。

 ――もう、駄目だ。
 比伊呂は、ガックリと項垂れた。



「・・・ん?」
 ドアの閉まる感触がおかしくて、魁が振り返ると後ろ手に閉めたと思っていたドアは、少し開いていた。
 そして、その隙間から腕が1本ドアの中に入り込んでいる。
「誰だ・・・?」

 魁がゆっくりとドアを開くと、そこには――。








2003.9.3


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