「・・・何を、してるんだ」
頭上より響いた声が、誰のものであるのか。
もちろん、比伊呂はすぐに判った。
助かった!
そう思った。
そう思って、顔をその主に向けた。
が、その思いは一瞬で砕けたのだった。
向けられた男の視線が、あまりにも冷たいものだったから。
「あ・・・いや、東雲さん」
男の出現に、桜木と魁は焦ったように比伊呂の躯を離した。
比伊呂はその場にずるずると崩れ落ちる。
男は雇い主であり、今度の仕事の絶対主である。
その男の不興を買えば、己の身がどうなるかは想像がついた。
桜木と魁は、どうやって言い訳するか必死に頭の中でめぐらせる。
しかし、比伊呂の口から一言『無理矢理、襲われた』と告げられれば、言い訳など無駄なものとなってしまう。
二人にいい案が浮かぶわけもなく、男が3人の元へ近付いてくるのを目で追う事しか出来なかったのだった。
男は無表情で3人の元へ歩み寄ると、立っている二人の存在は完全に無視した。
「・・・比伊呂」
ビクリと比伊呂の肩が揺れる。
それでも俯いた顔を、あげようとはしない。
「比伊呂」
再び、呼びかけられる。
その声に、恐る恐ると顔をあげた。
「うっ・・・!」
比伊呂の頬が、伸ばされた男の指にグッと捕まれた。
全く加減の無い指先に、比伊呂は痛みで顔を歪める。
「立て」
短く、端的な命令。
その言葉の裏に、男の怒りが見え隠れする。
萎える膝を必死で励ましつつ、壁を伝うように比伊呂は立ち上がった。
「いっ・・・た」
男のあいているもう片手で、比伊呂は思いっきり髪の毛を捕まれ後ろにグイっと引っ張られた。
あまりの痛みに、目には涙が浮かぶ。
「目を離すと、コレだ。そんなに男が欲しかったのか・・・?」
「なっ・・・違っ・・・」
思わず否定すると、更に髪の毛を引っ張られた。
痛みで言葉が詰まる。
不意に男の顔が比伊呂に近付いた。
フッ、と息を目に吹きかけられる。
「友人を誘惑するなんて・・・な。この、淫乱」
淫乱。
男の言葉に、比伊呂の顔色が変わる。
ショックで眩暈がした。
「淫乱には、淫乱の調教をしてやろう。お前はまだ―――」
男がニヤリと笑う。
その表情は、何処か荒んでいた。
「俺の、ペットで奴隷なんだからな―――」
「や、やめ・・・」
比伊呂は逃げようと思わず後ずさるが、後ろの壁に邪魔されて下がれない。
男に腕をつかまれ、強引に肩に担ぎ上げられた。
「暴れたら、放り投げるぞ」
今の男なら、そうするだろう。
比伊呂は大人しく、従うしかなかった。
恐怖で躯が震えても。
そんな二人の状況を、桜木と魁は呆然と見ていた。
二人の関係が、理解できないのだ。
そんな二人に男は振り返ると、無表情で告げた。
「コイツとしたいなら、ついて来い」
男の言葉に、二人は愕然とする。
恋人・・・では、ないのか?
恋人を他の男と・・・?
二人の動揺を見た男は、ニヤリと笑った。
「コイツは俺の奴隷で愛玩具だぜ。俺のしたいようにする――」
奴隷?
比伊呂が、東雲謙司の奴隷・・・?
パニックを起こす二人から視線を外すと、男は再び担ぎ上げた比伊呂を連れて自室へと向う。
そして桜木と魁の二人は、なにかに導かれるように・・・ついていった。
「んっ・・・・むっ・・・!」
比伊呂は獣の格好で、後ろから桜木を受け入れ、口には魁のモノを咥えさせられていた。
その姿を、男は椅子に座って無言で見ている。
比伊呂は、今まで男しか受け入れた事が無かった。
男が初めて比伊呂に後ろで受け入れる事を教え、快感を教えたのだ。
それが、今・・・男以外の人間を受け入れている。
嫌で、嫌で、嫌で――。
鳥肌がたって。
吐き気がして。
それでも、感じてしまう自分に、比伊呂は絶望していた。
「くっ、イキそう――」
口の中の魁のモノが更に大きくなる。
苦しくて、比伊呂は目に涙を浮かべた。
そんな比伊呂の姿に嗜虐心を煽られたのか、魁は比伊呂の頭を掴むとガンガン腰を使ってきた。
「うっ・・・うぇ・・・ぐっ・・・!」
喉の奥まで突き上げられて、苦しくて苦しくて仕方が無い。
こみ上げてくる吐き気に、もう駄目だ・・・と思った瞬間。
「二人とも、顔にかけろ――。」
今まで無言だった男の声が、響いた。
一瞬の間の後、魁が低く呻いて比伊呂の口から己のモノを出すと、そのまま白濁した熱い液体を比伊呂の顔に思いっきり噴射した。
比伊呂はそれを呆然と受ける。
まさか自分が顔射されるとは思っていなかった。
ショックで呆然としていた比伊呂を、今度は桜木が背後から激しく揺さぶる。
「やっ、嫌っ・・・いやぁ・・・」
やっと自由になった口から出る言葉は、否定のものばかりだった。
「イイ・・・イイゼ・・・」
比伊呂の言葉など聞いていない桜木は、呟きながら激しく腰を使う。
奥の奥をつかれ、毎日抱かれ馴れた比伊呂の躯は喜びに跳ねる。
更に大きくなった・・・と思った瞬間、桜木は比伊呂の中から出て、そして比伊呂の躯を仰向けへとひっくり返した。
「あ・・・」
再び顔から首にかけて、桜木のモノが撒かれる。
目の前で自分に向って放出される白い液体を、比伊呂はまるで自分の事では無いかのように目で追っていた。
「コレでいいだろう? お前達は出て行け。こいつの躯を自由に出来るのは今だけだ。そして、それも終わった。次に手を出したら、こいつの事務所に訴えられるぜ」
男の言葉に、再び圧し掛かろうとしていた二人は凍りついた。
「東雲さん・・・」
「俺が許したのは、今のダケだ。それ以降は俺は認めない。俺が認めないなら、コイツはお前達を許さないだろう。そしてコイツの会社はデカくて、こいつは看板だ。お前達はあらゆる手で潰されるぜ? 今まで手を出せなかったのも、そういう理由だろう?」
男の言葉どおりだ。
比伊呂がノーマルというのも大きかったが、比伊呂のバック――所属事務所は最大手であり、そして比伊呂はその中で一番の稼ぎ頭なのだから、それは大切に大切にされていた。
比伊呂に手を出そうとした人間を、何人も業界から葬ってきたというのは、有名な事なのだ・・・。
二人は顔を見合わせると、部屋を出て行った――。
「満足か――」
呆然と天井を見ていた比伊呂に、男が声をかけてきた。
自分にかけられている声だとも気付かず、比伊呂の目は未だに宙を彷徨っている。
男が濡れたタオルを、比伊呂の顔にあてた。
「あ・・・」
少し乾いてこびり付いているモノを、男は無言で拭き落としていく。
「誘惑した二人にヤって貰えたんだ。満足しただろう?」
「ちがっ・・・!」
男のひどい言葉に、思わず反論する。
「安っぽいAV女優のようじゃないか――男の精液に濡れてな」
「ひどい・・・」
嫌だった。
本当に、嫌だったのだ――。
「うっ・・・ううっ・・・」
耐え切れずに、涙が溢れた。
どうして、この男はこんなにひどい事を言うんだろう――?
こんなに、こんなに苦しい思いをさせるのだろう――?
なのに、どうしてどうして・・・
触れてくる手を、暖かいと感じてしまうんだろう――?
「泣くな・・・」
少し掠れた男の声に、比伊呂は目をそっとあける。
目があうと、男はペロリと比伊呂の潤んだ目を舐めた。
そして、目じりに溜まっている涙を吸い上げる。
「ぁ・・・」
小さな吐息をも飲み込まれ、男に口付けを落とされる。
優しく、激しいキス。
入ってきた男の舌が嬉しくて、比伊呂は夢中で吸い付く。
もっともっと欲しくて、男の首に両腕でしがみ付いた。
「あ・・・うっん・・・く・・・」
流し込まれる唾液を飲み込んで、もっともっと欲しくて強請るように喉を鳴らす。
チュっと離れた時の音と、二人の間に繋がる唾液に比伊呂は何故か居た堪れなくて頬を染めた。
男は頬に唇を落とすと、そのまま鎖骨を吸い上げる。
「んっ・・・」
チリっとした痛みが走り眉間に皺をよせるが、それでも離れていく熱に物足りなさげな声を出してしまう。
再び閉じていた目をあけると、男がシャツを脱ぎ捨ていていた。
その男らしい姿を、比伊呂は思わず目で追う。
男は視線を感じたのか、比伊呂の方へと顔を向けた。
お互い、無言で見詰め合う。
そして、男はその逞しい躯で比伊呂に覆いかぶさってきたのであった。
「あっ・・・いっ・・・ソコ・・・!」
ギシギシとベットが鳴る。
両足を抱え上げられ、比伊呂は男に翻弄されていた。
いつものような、罵る言葉もない。
ただ、無言で。
ただ、熱く。
ただ、優しく――。
――男は、比伊呂を抱いていた。
どうして、こんな風に抱くんだよ。
どうして、いつもみたいにしないんだよ。
ひどい人のくせに。
他の男に、俺を抱かせたくせに――。
こんな風にされたら。
こんな風に抱かれたら。
比伊呂は叫びたかった。
やめてくれ・・・と。
このままだったら、躯だけではなく。
ココロが
ココロまでもが――喜んでしまうから。
それでも、言えなかった。
既に喜んでいる自分に――勝てなかったのだ。
男は、まるで愛しい恋人を抱くかのように比伊呂を抱き、一晩中甘い吐息で啼かせ続けた。
――こうして、2週間の二人だけの生活は終わりを告げたのだった。
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