Would you love me?
−9−







 日は迫っていた。
 合同合宿まで・・・残り1日。

 男の奴隷として従う約束の期間。
 それも、あと1日で終り。

 心の底から、嬉しいと比伊呂は思う。
 それは、本当の事だ。
 自分の躯を好き勝手にした男。
 憎まずにはいられない存在。
 もう、従わなくて良いのだ。
 理不尽な男の言動に振り回される事もない。

 ――解放されて、嬉しい。

 なのに。
 なのに――。

 どうして、胸の奥がキリキリと痛むんだろう?
 この閉じられた檻の解放を思うと、溜息がでるのは何故なのだろうか・・・?





◇◇◇





「よ、比伊呂」
「魁。桜木・・・」

 突然の訪問者は、笑いながら比伊呂の肩を叩いた。

「連絡取ろうと思ったら、合宿に行ったっていうからさ・・・。俺たちも1日早いけど、来たってワケさ」
「な・・・」

 比伊呂は動揺を隠せなかった。

 閉じられた二人だけの世界。
 特殊な環境に身を委ねて、それを当たり前だと思う日々。
 終わりの日は決まっていて、それまでは何処か非現実世界で息をしている感覚だった。
 いつの間にか、受け入れていた男との異常な世界。
 二人の登場は、比伊呂に現実世界をつき付けたのだ。
 最終回を前に『GAME OVER』を告げられた気分だった。



「誰か、来たのか?」
 奥の部屋で衣装の最終チェックをしていた男が、顔を出した。
「東雲さん、比伊呂がいるって聞いたから、俺らも来ちゃいました」
 にこやかに手を振る桜木に目を移した男は、「勝手にしろ」と言い残すと踵を返し、部屋に戻っていった。

「東雲さん、不機嫌?」
「・・・今、ラストスパート中だし」

 男は見るからに不機嫌だった。
 比伊呂には、理由が判らない。
 なぜなら午前中に会った彼は、どちらかというと機嫌がよかったから。
 ―――何かしてしまったのだろうか?
 思わず躯が恐怖ですくむ。

「比伊呂?」
 不思議そうな顔をした魁へ、比伊呂はぎこちない微笑みを向ける。

 ―――そうだ。
 桜木と魁の前で、俺に“お仕置き”をあの男がするだろうか?
 内面は残忍で傲慢な男だが、表向き人柄がよく出来た人間だという話だ。
 賢い男が、本性を覆い隠していたその仮面を取るという愚かな行為をするわけがない。

 ―――そうだ。
 終ったのだ。
 男の下僕という立場は1日早く、思わぬゲストの出演で。

 比伊呂の躯から力がどっと抜ける。
 ホッとした。
 心の底から。
 だが
 ほんの少しだけ、心臓がギュっと締め付けられる痛みを感じていた。






◇◇◇




 男は、比伊呂と桜木・魁のウォーキング練習を見、3人へそれぞれアドバイスをしながら、己のコレクションの最終チェックと忙しそうにしていた。
 比伊呂に向ける言葉も事務的なモノでしかなく、比伊呂にとってはホッとした一方やはり心臓が締め付けられる痛みがその度に走る。
 そんな己の痛みに、比伊呂は心の中で否定の言葉を繰り返し、どうにか平常心を保つ事に成功していた。
 比伊呂のウォーキングについては、男は及第点を出した「ま、ギリギリ間に合ったかな」と。

 男はマダマダやる事があると部屋に籠り、比伊呂達は食事を取ると明日から始まるハードな日々の為に、就寝する事にしたのだった。






 シャワーを浴びた比伊呂は、自室へ戻る前に何か飲み物を飲もうとダイニングに足を向けていた。

 何故・・・。

 男からの解放。
 ずっと・・・この2週間ずっと願っていた事だった。
 遂に訪れた、その時。

 なのに、何故胸が痛む。
 何故―――寂しいと思ってしまうのだろう。

 独裁者のような残忍な顔。
 何度も許しを請うても許されず、蹂躙される躯。
 自我を失い、プライドを捨て、泣き叫んだ夜。

 許せない男。
 仕事が終ったら、一生逢いたくないと・・・そう思っていたのに。

 自分はどうしてしまったのだろう?
 判らない思いが、怖い―――。





「比伊呂?」
 背後からかかった声に、ハッと反応する。
「桜木・・・」
 己の考えに集中していた比伊呂は、桜木の存在に全く気付かなかった。

「風呂、入ってきたら? 空いてるぜ?」
 自分の気持ちを整理したかった比伊呂は、桜木を軽くかわして部屋に戻ろうと横をすり抜ける。
 が、腕をつかまれ壁に押さえ込まれた。

「・・・な、何?!」
「比伊呂、お前・・・東雲さんとヤったのか?」
 桜木の突然の言葉に、比伊呂は思わず息を呑む。
 露骨な反応に、桜木は比伊呂の答えが是だと受け取った。

「お前、男駄目だったんじゃなかったのか?」
「・・・なっ、どういう意味」
「こういう意味」

 桜木はニヤリと笑うと、比伊呂の首筋に唇を近付け軽く吸い上げた。

「やっ! 何するんだっ」
「お前を狙ってたヤツなんて山ほどいたんだよ、俺も含めて。でもお前は男駄目だと思ってたから、みんな指咥えて見てたのに・・・東雲さんにヤらせるなんてな」
「な・・・何、言って―――」

 桜木の言う事は、比伊呂には理解できない。
 というか、したくもなかった。

 狙っていた?
 指を咥えて?
 ヤらせる・・・?

 パニックを起こしている比伊呂に、桜木はシャツの隙間から手を入れ比伊呂の肌を撫でる。

「やめっ」
「東雲さんに、ヤらせたんだろ? 俺にもやらせろよ。なかなか上手いと思うぜ」

 桜木の手は、比伊呂の乳首を掴み、弄る。
 その感触と嫌悪感に、比伊呂は躯中に鳥肌を立たせた。

「嫌、だ―――」
「腰がもう、誘ってるんだよ。比伊呂」

 近付いてきた唇を、必死でよける。
 空いた片腕で男を押し返そうとするが、体格差と力の差はいかんともし難く、虚しい抵抗になっていた。



「桜木? 比伊呂?」
 必死に抵抗していた比伊呂は、ハッとそちらに顔を向ける。
 立っていたのは、魁だ。

「魁っ、たす・・・!」
「魁、手伝え」

 比伊呂と桜木の声が重なる。
 魁が従ったのは―――桜木の方だった。

「一度でいいから、ヤりたかったんだ」
 魁の言葉を、絶望的に比伊呂は聞く。
 近付いてきた魁は、比伊呂の前で跪くとパジャマ代わりに着ているスウェットを一気に下ろした。
「なっ・・・!」
 思いもよらない魁の行動に、比伊呂は目を見開く。
「気持ちよくしてやるよ。んで、俺らも気持ちよくしてくれよ。東雲さんに鍛えられたんだろ? 腰つきがエロイんだよ、比伊呂」
 先ほど桜木に言われた同じような事を魁にも言われる。

 エロイ腰?
 誘ってる?
 知らない。
 知らない。
 そんなの、知らない。

「嫌。嫌だ、嫌だ、嫌だ―――」

「ヨくしてやるって」
 乳首に歯をたてられる。
「イカせてやるよ」
 股間を揉みしだかれる。


―――もう、駄目だ・・・。
 比伊呂が絶望的な気分で天を仰いだ時








「・・・何を、してるんだ」
3人の頭上より、声が降ってきた。








2003.6.17


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