WeekEnd
〜始まりと終わりの、週末〜



-Thursday-



 「センセイ、あんた何に巻き込まれてるんだ―――?」



 藤岡の言葉に、考えることを拒否していた亨の脳も正常に戻る。

 「藤岡さん、英治は・・・」
 己を見据える藤岡に戸惑うばかりの英治を、庇う。

 「わかっているさ。だが、あの男は―――」
 誰がどうみても、英治を狙っていた。

 しかし駆けつけた医者や看護婦の視線を受け、藤岡はその言葉を呑み込むしかなかった。



 「今のは、銃声ですかっ」
 「何事なんだ。」

 ざわつく病室。
 集まる人々。
 当事者の4人は、黙秘で通したのだった。






-Friday-


 ―――藤岡総合病院

 英治は昨晩のうちに、この病院に移されていた。



 「ありがとうございます。」
 亨は目の前の男に、礼を述べた。

 「別に、お前の為じゃない。麻生先生の為だ。」

 そう、昨日英治の部屋で発砲事件が起きたのだ。
 狙われたのは、英治。
 もちろん、警察も呼ばれ大きな事件となってしまった。
 そして、病院側より―――トラブルを抱えているであろう―――英治への転院願いが出されたのだった。


◇◆◇


 「何本も骨が折れているんですよっ!退院なんて無理だっ」
 医者の言葉に、亨は噛みついた。
 「いえ・・・退院ではなくてですね、転院をですね・・・」
 亨の剣幕に押された、病院側の人間は額から流れる汗を拭いながら説明する。
 「その、転院先の病院は?もちろん、紹介してくれるんだろうなっ」
 「それはですね、今から・・・」
 「じゃ、今日出て行けってあんた達はいうけど、転院先の病院はいつみつかるんだっ。ソレまで、英治は何処で治療するんだよっ」
 「こちらとしましても、全力で」
 「それまで、何故ここで置いておいてくれないんだっ」
 「いや、やはりここにも何百人もの患者様がおられます。その方達を危険にさらすわけには、私どももいかないのですよ」
 「じゃあ、英治の―――」

 さらに言い募ろうとしていた亨の肩を、後ろに立っていた人物が軽く叩いた。

 「やめろ、水島。これ以上話し合いは無駄だ。」
 「し、しかし藤岡さん―――。このままじゃ、英治は・・・」
 亨の言葉を藤岡は視線で遮り、前に座っている3人の男達を見据えた。

 「いますぐ紹介状を書いていただけますか。転院先は藤岡総合病院。わたくし、藤岡零の名前を出していただければ結構です。」

 「藤岡総合病院―――」
 その場にいた人間達は、驚きに思わずその言葉を口にした。

 選りすぐられた医者達による完全介護。
 治療を受けるなら、藤岡病院で―――と、誰もがそう云う病院だった。

 「叔父が経営する病院だ。俺が云えば、個室を用意してくれるだろう。この病院にいるより、麻生先生も過ごしやすいはずだ。」
 「藤岡さん・・・・・・。」

 そう云うわけで、その夜英治は転院したのだった。


◇◆◇◆◇


 他に人がいない静かな談話室には、3人の男がいた。


 「アレは、確実に狙われていたな。」
 「ええ、どうみても英治を狙っていました。」
 「・・・この事故も、もしかすると事故じゃなくて故意にされたものかもしれない・・・な。」


 藤岡零は、目の前のカップ珈琲を口元まで持って行くと隣にいる後輩に視線を投げかけた。

 「何故、麻生先生が・・・こんな目に遭うか、お前なにか心当たりはないのか?」

 鋭い視線を投げかけられた水島亨は、手元を見つめながら己の記憶を辿っていた。

 「たぶん、センセイは事件に巻き込まれているんだろうな。・・・考えられるのは、この前の事故の前日とか前々日とか・・・」

 煙草をふかしつつ、藤岡拓巳は無精髭が伸びつつある顎を撫でた。

 「あの日の・・・・前・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 『昨日、オレ・・・・・変な車みたんだよ。この商店街で』


 「―――あっ」

 亨の呟きに、藤岡も拓巳も反応した。

 「なにか、思い出したのか?」
 藤岡の問いに、亨はゆっくりと頷く。

 「アレ・・・は。そう、火曜日だ。英治が朝、新聞を読んでいたら大きな声で叫んで・・・・」

 ―――アレはどんな事件だ?

 記事に気も止めてなかった亨は、覚えていない。
 ただ・・・・

 「なんか、学校の近くで事件があって・・・。亨がその場所でへんな車を見たとかなんとか・・・。」
 確か、黒のベンツとか云っていなかったか?
 あんな所に、黒のベンツなんておかしい―――と。

 亨の言葉を聞いた藤岡は、スグに看護婦達の集まる部屋に走った。
 ・・・・火曜日の新聞を貰うために。


◇◆◇


 「―――こりゃあ、アレだぞ。」
 拓巳の言葉に、藤岡も頷いた。
 
 「なん、なんですか?」
 判らない亨は、不安を抱えつつ、二人に尋ねる。

 「ヤクザが絡んでるよ。コレは。」
 「え・・・」

 普通に生きている自分たちには、関わりのない世界。

 「多分、センセイが見た黒いベンツ。アレは、ヤツらにしたら見られたらマズイものだったんだろうな。しかも、ソレに乗っている男の顔も。」

 ソコまで云うと、拓巳は言葉を途切れさせ考え込んでしまった。

 「拓巳、さん?」

 黙り込んだ拓巳に、亨はおずおずと声をかけるが反応はない。
 隣にいた藤岡がゆっくり首を振った。

 「この事件については、俺と叔父にまかせろ。こう見えてもコイツは警察時代から培った人間関係があって、ヤクザ関係にはかなり強い。絶対なんとかなる。麻生先生にこれ以上危険が降りかかることもないと思う。」

 藤岡はそこで言葉を切ると、真正面から亨を見据えた。

 「お前が今、する事は・・・麻生先生の記憶を戻す事だ。」
 「―――っ。」

 「お前、あの人がお前の事も、お前と培った諸々の事も、お前への愛も、全て失うことに・・・・・あの人を失うことに、耐えられるのか?」

 ―――あの人との思い出。
 ―――あの人の愛。
 ―――あの人、自身。

 失う?
 己の心臓を?
 あの人がいなかったら、自分は生きていけるわけがないのに?
 あの人が向けてくれる笑顔がなかったら、自分は呼吸すら忘れてしまうのに?

 ―――耐えられる、ハズがない。

 亨はその場で立ち上がると、くるりと踵を返して、談話室を出た。
 
 1分でもあの人の側を、離れることなど出来ない―――


◇◆◇◆◇


 その姿を見送った藤岡は、考えに込んでいた叔父を見やった。

 「どこか、思いついた?」
 「・・・ああ。一番話のわかる相手だ。」
 
 そういうと、拓巳は立ち上がり、車のキーを藤岡に投げた。

 「零。車をまわせ―――和泉組に、だ。」


次で終わるはずです。たぶん・・・・(涙)





2002年3月10日 水貴伽世 拝
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