WeekEnd
〜始まりと終わりの、週末〜



-SATURDAY-


 誰かが、泣いてる。
 誰かが、呼んでる。
 それは、切ない声。
 胸が痛くなるような、悲痛な声。

 ―――どうしたんだ?
 声をかけてあげたい。
 でも、声が出ない。

 ・・・いじ。

 ―――自分を呼んでいるような、気がする。

 愛してるんだ、え・・・・。

 誰?
 誰?
 誰?
 胸が痛いんだ。
 その声を聞くと、心臓が掴まれているような感覚に陥る。

 喉の奥から搾り出したい。
 この言葉を言いたい。
 伝えたい。

 ―――オレもだ。・・・・・・ラ!!



◇◆◇◆◇




 目が覚めると、英治は自分が何処にいるのか判らずに、視線をめぐらせた。
  ―――昨日・・・病院を移ったんだっけ。

 突然の発砲。
 自分が、狙われていた。
 何故?
 記憶を失う以前の自分は、そんな危ない世界に身を投じていたのか?!
 いや、教師だと聞いている。
 銃を向けられるような生活をしていたとは思えない。
 何故?
 何故?

 自分を撃とうとした・・・男。
 何故だろう。
 引っかかる。
 ・・・知っている?
 記憶を失う前の自分は、彼を知っているのか?

 判らない。
 判らない。

 なにも、判らない。



 「・・・ん」

 暖かい感触が手にあたり、思わず英治はその手を引いた。
 恐る恐る視線を向けると、英治のベットの横に座り、顔をうつ伏せで寝ている人間がいる。

 彼は・・・水島亨。
 元、教え子。
 ・・・だと、聞いている。

 彼の痛いほどの視線を感じる事がある。
 目が合うと、優しい眼差しに戻るのだが、合った一瞬その鋭い視線に射すくめられる。
 彼は、オレに何を思っているのだろう?
 隣同士に住むというオレ達は、もっと・・・なにかがあるのだろうか?

 「ん・・・」
 亨はぼんやりと顔をあげた。
 じっと彼を見ていた英治と目が合う。
 うろたえる英治に、亨は手を伸ばした。
 ―――いつものように
 
 「・・・んっ」
 グッと引き寄せられた途端。
 
 触れた、冷たい唇。
 すこしカサカサする感触。
 そして当たり前のように、舌が英治の中に入ってくる。

 「んッ・・・」
 思考が停止する。
 何?
 何が・・・一体・・・何が?
 混乱する英治を放って、亨の舌はその口腔内を思いのまま蹂躙する。

 「うっ・・・み・・・」

 キス。
 彼はオレにキスをしている。
 それは、とても自然に。
 まるで・・・

 毎日のように、交わしていたかのように―――



 「やめ、ろっ!」

 英治は力の限り、亨を押しのけた。

 「え、いじ・・・」
 傷ついた瞳。

 痛い。
 胸が痛い。

 「おま・・・え。な、んで」
 こんな事しか口に出来ない。
 もっと、聞きたい事があるのに―――。

 一瞬目を見張っていた亨だったが、思考回路が戻ったのか、ガシガシッと頭を乱暴にかくと、立ち上がった。

 「悪い・・・寝ぼけてた」
 「ちょ・・・」

 引き止める英治の声も聞かずに、亨は病室を出て行った。


 あの瞳は。
 あの、声は・・・。
 夢の、・・・?
 苦しい。
 胸が苦しい。
 頭が、ズキズキする。



◇◆◇



 余りにも優しい目で、自分を見ていたから―――

 いつものように。
 自然に。
 愛してる。
 そう思って、唇を重ねた。

 彼は、恋人同士の記憶などないのに・・・。

 英治。
 英治。
 英治。
 たとえ、記憶がなくても。
 貴方は貴方だ・・・。
 だけど、つらい。
 こんなにも、つらい。
 貴方に触れられないのが・・・、こんなにも、つらいなんて。

 亨は、思わず触れてしまった彼の唇の感触を思い出す。
 それは、彼が記憶喪失を起こす前と同じで、甘かった・・・。

 英治。
 愛していると言って。
 そして、いつものように俺を抱きしめて。


 亨は高ぶった自分の気持ちを屋上で落ち着けると、英治の部屋に向かった。
 消灯時間の過ぎた病院。
 完全介護なのに、無理を言って泊めてもらったのだ。
 あまり、うろうろするのはよくないだろう。

 ―――?

 小さな物音。
 ・・・割れる音?
 何が?
 ガラスが。
 何処から・・・

 この先は―――

 英治の病室しかないっ!!!!



◇◆◇◆◇



 ズキズキと痛む頭を抱え、英治はどうしても出て行ってしまった亨の事を考えずにはいられなかった。
 彼は、オレの・・・何なのだろう。
 元教え子。
 隣人。

 ―――本当に、それだけの関係?

 何か。
 とても大切な何かを・・・オレは忘れてしまっているのではないのだろうか?


 ガチャ。
 扉の開く音。

 水島が戻ってきた・・・。
 英治が振り向いた先には、

 「・・・誰だ?」

 数人の男。
 見覚え、がない。

 「覚えているだろう、俺だよ。あの夜・・・ぶつかったじゃないか」
 あの夜?
 判らない。

 「テツ。はやくヤれ。てめぇの失敗のせいでこっちまで危なくなる」
 「すみません」

 消灯時間の過ぎた病室。
 近付いてくる、男達の影。

 「オレは、判らない。記憶がないんだ。あんた達の事なんて知らない」
 「記憶がない? また面白いウソをつくもんだ」
 英治の言葉は、もちろん一蹴される。
 「ま、運が悪かったと思ってくれよ」

 キラリと暗闇に光る・・・ナイフ。
 掴まれた肩。
 振り上げられた、男の右腕。
 突然訪れた出来事に混乱しながらも、英治は必死にその腕を逃れようと藻掻く。

 ガッシャーン
 点滴が倒れ、静かな部屋に鉄とコンクリートの床がぶつかる音が響く。

 「やばい。早くしろ」
 伸びてくる腕。
 一人に両肩を掴まれベッドに押し付けられ、英治は身動きが取れなくなった。
 テツと呼ばれた男が、再びナイフを振りかざす。


 「―――てめぇら、なんだっ!!!」
 飛び込んできたのは、先ほど出て行った亨。
 
 「英治っ!大丈夫かっ!」
 亨は英治の安否を気にしつつ、テツと呼ばれた男に飛び掛って行った。
 ナイフを振り回す男をかわしながら、亨は足を振り上げ男の脇腹を蹴る。
 その見事な動きに、英治は目をとらわれた。





 『―――強いんだろう?見ず知らずの者まで助けちゃういいヤツだし』

 誰の言葉?
 誰が言った言葉?
 誰に言った言葉?
 完璧なモーション。
 囲んでいた男達を確実に一人ずつ倒していく。
 その姿に見とれて・・・いたのは―――

 ―――オレだ。

 そして男達を全て倒した彼は・・・
 オレを見て・・・

 『あんたは・・・どうして、いつもそんなに無防備なんだ―――』





 テツの腹に拳を埋め、もう一人の男にまわしげりをしている亨の背後に、それまで状況を静観していた男がふらりと立った。
 その男の手にも、ナイフが・・・・・・

 「危ないっ!!!――――――アキラッ!!!!」




◇◆◇




 慌てて英治の部屋に戻った亨の目に映ったのは、今にもナイフを刺されようとしている英治の姿。

 「―――てめぇら、なんだっ!!!」
 飛び込んで英治の前に立つ。
 「英治っ!大丈夫かっ!」
 肯く英治にホッと息を付き、亨は男達を睨んだ。

 ―――コイツら・・・。
 普通の人間じゃ、ない。
 それでも、勝つ自信はあった。
 亨は殴りかかってくる二人の男を相手に、確実に拳と蹴りをヒットさせる。
 ナイフを持っていた男を倒し、もう一人の男をターゲットにした時だった。

  「危ないっ!!!――――――アキラッ!!!!」

 振り返って、反射的に背後にいた男の腹に蹴りを入れる。
 方膝をついた男に目もくれず、亨は英治を見た。

 「英治・・・今、なんて?」
 「あ、きら・・・」
 「おも、い・・・出したの?」
 亨の声が震える。
 英治は、ゆっくりと肯いた。

 「亨。オレの、アキラ―――」
 いつもの、笑顔。
 全てを包み込む、英治の笑顔。

 亨が彼の元へ行こうと一歩踏み出した時だった。

 「おっと、そこまでだな」
 亨の頭に突きつけられたのは、黒い鉄の塊。

 「人が集まるから使いたくなかったが、そうも言っていられない状況になっちまった」
 男は、足元に蹲っている自分の部下を足蹴にした。
 「この、莫迦。お前がもっときっちりしときゃココまでならなかったんだ」
 「すみません」
 テツと呼ばれる男は、肩を踏まれながらも目上であろう男に謝る。
 「おい、出口を確保しておけ。この二人をヤったら人が来る前にずらからないといけないからな」
 もう一人の男は、慌てて扉の方に向かった。

 「お前らには恨みもなんにもないんだがな。まぁ、運がわるかったと諦めてくれ」
 そういいながら、ゆっくりと引き金を引く。
 「ヤメろっ!!!」
 英治が叫ぶ。
 亨はゆっくりと瞳を閉じた。





 「―――そこまで、だな」
 低い声が響く。
 その声の方に、全員が振り向いた。
 そこには、数人の男。

 「あ、あんた―――」
 「藤岡さん・・・」

 藤岡の叔父である拓巳と、その隣に立っている男。その背後にも数人の男が居た。

 「工藤。別にお前のヤマに口を挟む気はないが、カタギの人間を巻き込むのはどうかと思うな。しかもソイツまで持ち出して」
 男はスタスタと部屋の中に入ると、工藤と呼ばれた男が亨に突きつけていた銃を取り上げた。
 英治はホッと肩から力を抜く。
 「もともとは、あのおっさんに自己破産されたお前のミスだろう? ケツ拭うって言うから、オヤジは許したってのに」



 ヤクザが経営する町金融。
 そこに金を借りていた人間が、多大なる借金を持ったままの自己破産をした。
 町金融の責任者でもある小さな組の頭は、組織の長に何としてでも取り返す事を約束した。このままでは己の立場も危なかったから。
 そして、借金をした男の保険金を目当てに・・・。
 だがその帰り、一人の一般人に顔を見られてしまった。
 このまま、警察に告げられてしまったら・・・。
 完全に、組織には見放され、自分の組は危ないだろう。
 口止めするためには、見た一般人の殺すしかない。
 たとえ、組織がカタギの人間に手を出すことを禁止していても。



 「カタギの人間を巻き込んだら、こっちの身も危ない。お前達は取り返しの付かないミスを犯したんだよ」
 存続していくのが難しくなったヤクザの世界。
 生き残っていく為には、あらゆる面で気をつけなければならない。
 危ないと判断したら、即座にソレを切らなくては、自分達も巻き込まれてしまう。

 「お前の組は今日で、泉龍会から除名された」
 ―――そして明日、商店街の店主殺しで警察がお前の元を訪れるだろう。

 その言葉に、工藤と呼ばれた男はガックリと膝をついた。



◇◆◇◆◇


 「助かったよ、和泉」
  拓巳は己が連れてきた男に礼を言った。
 「いや、元々はこっちが巻き込んだ形だったしな。お前には色々と貸しがあるから」
 男は、ニヤリと笑った。
 「しっかし、探偵だと? しけたモンなってんなぁ。お前が警察だと色々使えたのに」
 男の言葉に、拓巳もフッと笑う。
 「お前にこれ以上貸しを作る気はないよ。ああ、貸しを気にしてるんなら、今度水野に会わせろよ」
 「渚にか? 嫌なこった。お前は昔から渚と仲良かったから気に入らねぇんだよ」
 「俺はお前より、水野と友人だったからな」

 拓巳と男の軽口のやり取りに、英治も亨もワケがわからず見ているしかない。
 その視線に気付いた男は、ゆっくりと英治の側に近寄ってきた。

 「あんた。悪かったな、こっちの不始末で。病院代やその他の経費はこちらが払わせてもらう・・・。が、今回の事はサツには黙っておいて欲しい」
 「そんなっ・・・!」
 亨の言葉を、英治は手で制止する。
 「病院代とかの件はそちらにお任せします。警察に通報するしない・・・は、今後の私達そして身内の安全が条件です。それを守って頂かないとこちらは承諾しかねます」
 英治の言葉に、男は笑って肯いた。
 「しっかりしてるな。さすがセンセイだ。あんた達の身の保障は俺が約束する」
 「それでは、貴方の言葉を飲みましょう」
 英治のしっかりとした言葉に、亨は何も口を挟めなかった。
 英治を怪我させて、記憶を失わせた相手の仲間だというのに。

 男はその後2.3言拓巳と言葉を交わすと、後ろに控えていた数人の男と、そして病室を襲った3人の男を連れて出て行った。

 「すみません、一つお聞きしたいんですが・・・あの人は何者です?」
 亨の言葉に、拓巳は笑って答えた。



 「泉龍会系和泉組組長・和泉博隆―――」





-SUNDAY-


 

 夜が明けた。
 亨は、寝息を立てる英治をジッと見つめる。

 彼は、俺の名前を呼んでくれた。
 ―――アキラ、と。
 夢のような気がして・・・寝てしまったら覚めてしまいそうで、寝れなかったのだ。
 英治の左手を両手で握り締め、そっとその手の平に口付けをしながら、昨日の拓巳の言葉を思い出した。



 「あいつは、高校の同級生なんだ。まぁ、あいつよりあいつの恋人との方が俺は仲がよかったんだけど」
 今回は運がよかった。泉龍会系じゃないと、こうもスムーズに話が進まなかったよ。
 拓巳は笑いながら、自分とヤクザの関係を話した。
 泉龍会は、関東一の暴力団組織だ。
 その泉龍会系列のヤクザと元警察の拓巳が友人だったという事実を、二人は信じられない思いで聞いた。
 だが、拓巳と和泉という人間がなければ、自分達の命は今頃なかっただろう。
 助けてくれた拓巳と男の為にも、今回の事は黙っておくしかない。
 身の安全に関しては、あいつが身の保障をしたのだから大丈夫、と拓巳は太鼓判を押した。



 ―――無事でよかった。
 突然襲い掛かった、日常とはかけ離れた世界。
 英治を失ってしまうかもしれないという事態に、亨は自分の世界が足元から崩れ落ちるくらいの恐怖を知った。
 彼が自分の元から居なくなってしまったら・・・なんて事は考えられない。
 こうして、側にいる。
 それだけで、幸せなのだ。


 頬に触れる温かな感触に、亨は視線を上げた。
 「英治・・・」
 彼の伸ばされた手は、自分の頬を撫でていた。
 「アキラ。何を泣いているんだ?」
 「―――え?」

 サッと自分の頬に手を伸ばす。
 濡れた感触。

 「オレは、大丈夫だよ」
 「英治」
 「・・・忘れてしまって、ごめん。お前には辛い思いをさせてしまった」
 優しく微笑みながらかけられる英治の言葉に、亨の視界はゆがんだ。

 ―――この微笑を。自分だけに向けられるこの微笑をまた見れるなんて・・・。

 「まいったな。もう、泣くなってば。お前に泣かれると、オレはどうしていいかわからないよ」
 溢れ出る涙を一生懸命拭ってくれるその手を、亨はギュっと握った。

 「英治、愛してる。愛してる・・・」
 「亨・・・」
 「愛してる。愛してる・・・」
 繰り返される言葉に驚いた表情をした英治だったが、すぐに笑みを取り戻し、亨の手を握り返した。




 「オレも、愛している。亨。お前だを、愛している」



 こうして、亨には生きた心地のしなかった1週間が終わりを告げた。


終わり



ゴメンなさい・・・って毎回謝ってます。
強引、に終わらせてしまいました。
記念小説なので、他シリーズのキャラも総出演させたかった(らしい)けど、
企画倒れらしい(笑)
なんか、言い訳ばかりになりそうなので(涙)コレ以上はなにも言いますまい。

とりあえず、20万記念から1年半
読み続けて下さった方たちに感謝!!
このサイトを訪れて下さった方達に感謝します!


2002年7月17日 水貴伽世 拝
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