「おいおい、英治―――いいのか、そんなに・・・」
「いいんだ、マスター。オレ、今日は酔わないと・・・」
英治は、マスター自ら作ってくれたオンザロックをグイッと煽り、テーブルに突っ伏した。
考えたくない・・・。
何も、考えたくないんだ――――――。
悲痛な水島の叫び―――
今でも、頭の中に響く。
『どうして貴方は・・・俺を見ない―――!!』
『こんなに・・・・・・こんなに、想っているのに―――』
悲しみと苦しみを織り交ぜた・・・
それでいて、自分を狂おしいほどに求める瞳。
それに
捕らわれた――――――
あの日から、水島の事がひとときも忘れられない。
―――アキラが好きなはずなのに・・・。
今でも、アキラのことを想い浮かべると、胸が熱くなる。
だが、水島のことを想うと・・・
胸が切なくなって―――――イタイ。
オレはアキラのことが好きなんだ。
好きなんだ。
好きなのに――――
なぜ、水島のことを想うと、こんなに苦しい?
こんなに・・・切なくなるんだ?
それは・・・・・・・・・・
この気持ちは――――――
自分の気持ちが分からなかった。
考えると・・・ただ苦しくて。
考えないようにしても、想い出す。
学校では・・・・
秋良の顔をアキラと見間違えて、思わず抱きしめにいきたくなる。
水島の顔を見て、自然と涙が流れ出してくる。
忘れたくて――――
ひとときでも、この苦しみから逃れたくて
英治は『MISSION』へと足を向けた。
「もう、そろそろ止めておけ―――な、英治」
「・・・・・・・」
もう一杯、と差し出した手を、マスターは優しく制した。
「何か、イヤなことがあったのかも知れないが、そんな酒に飲まれる飲み方じゃ―――忘れられないぜ」
マスターの英治を心から心配する声に、英治も少し正気を戻す。
「・・・うん―――うん。ありがとう、マスター。」
ジャケットを羽織って支払いを済ませる。
「今度来る時は、浮上しとけよ―――」
声をかけたマスターに、英治は儚い笑みで答え、店を出ていった。
その後―――マスターは接客に追われ、英治の後を数人の男達が着いて出ていったのを、見逃してしまった。
「『MISSION』に行こーぜ、アキラ。あそこには美女が多いんだ、なぁ。」
「別に・・・・」
アキラは大きく溜息をついた。
『MISSION』
英治を見失って以来、足を向けていない店。
英治との想い出がありすぎて・・・。
あれ以来、行くことが出来なかった―――
久しぶりに店内に入る・・・。
相変わらず、人が多い―――。
アキラに気付いた何人もの人間が振り返ったり、声をかけてきたりしたが、アキラは全てを無視していた。
そして、いつものカウンターの席に歩いていく。
―――アキラ・・・。
いつも微笑んで近寄ってきてくれていた英治は・・・いない。
―――こんなにも、イタイ。
アキラは無意識に唇をかみしめた。
「―――お前、もしかして、アキラか?」
その時、隣の客を接客していたマスターが、席に着いたアキラを見て声をかけてきた。
「アキラ――だよな。一瞬、判らなかったよ。髪の毛も短くなってるしな―――」
「ああ、コイツ、この4月に髪の毛切っちゃうし、黒髪に戻しちゃうし―――スゲーイメチェンしたんですよ。」
アキラと共にこの店に入ってきた男が、答えないアキラの変わりに嬉々として会話に加わる。
「アキラ―――、お前あれ以来、全然来ないから、心配してたんだぜ」
「え―――?あれ以来ってなんだよ、アキラ」
目の前で繰り広げられる会話に見向きもしないで、アキラは出された酒を静かに飲み干していた。
「しかし、今日は珍しい人間ばかり来るな―――アキラは来るし・・・英治は来るし・・・」
「―――英治?」
思いがけない名前に、アキラは思わず口を開いた。
「そう、英治さっきまで丁度そこで飲んでたんだよ。何かあったみたいで、凄い勢いで飲んでたな・・・。アキラ、お前英治に何かあったのか知らないか―――?」
「知るも、知らないも・・・・俺は英治とは―――」
「もしかして、あれ以来あっていないのか!?」
マスターは信じられないという表情をした。
何も答えないアキラに、マスターはその意味を肯定と取って、そのまま話を続けた。
「アキラ、お前も英治を捜してたけど、英治もお前を捜してたんだぞ―――ほら」
マスターは胸元から1枚の紙切れをアキラに渡す。
「これは・・・・英治の名刺―――?」
「ああ、裏を見てみろ。住所を書いてるだろ?『アキラが来たら渡してくれ―――』って、置いていったんだぜ」
アキラは受け取った名刺を、マジマジと見た。
―――逢いたがっている?
英治が・・・俺に―――?
どうでもよかったんじゃなかったのか・・・?
何も云わず、俺の前から消えて―――
今度、目の前に現れたら『よろしく』と、全く他人の態度で・・・。
―――だが・・・・・・
何も云わず立ち上がったアキラに
「駅の方に向かったと思うよ―――!」
声をかけたマスターには振り向きもせず、アキラは店を飛び出していった。
「友情の復活に乾杯だな―――」
マスターは嬉しそうに、アキラの連れであった男に話しかける。
だが、アキラの気持ちを知っている男は、マスターの“友情”という言葉には、苦笑を返すしかなかった。
ガッシャーン
吹き飛ばされた英治の躰は、ビールケースやゴミの中に突っ込んだ。
英治は店を出てすぐに、後からついてきた6人の若い男達に囲まれ、「お前が『MISSION』にいた頃から、気にくわなかったんだ」とか、何だと因縁をつけられ、突然殴りかかられた。
最初はかわしたり、殴り返したりしていたが、限界をはるかに超えた酒量が足にきている。
ふらつきだした英治を、喧嘩慣れした男達が見逃すはずはなかった―――。
「ほらほら、もう反撃は終わりか―――?顔と同じで甘チャンだな―――」
先ほど、英治に殴られ鼻血を吹いた男は、顔を狂喜に歪めながら、英治の倒れている方へ近づいてきた。
英治の目の前に、足を振り上げた男が迫り――――
蹴られる―――!!
思わず、ギュッと目を瞑り、顔を背けた。
だが、思ったような衝撃は訪れない・・・・。
―――?
いつまでも訪れない衝撃に疑問を感じて、そろそろと目を開けようとした英治の耳に
「あ・・・・、アキラさん―――!」
男達の怯えた声が届いた。
―――アキラ!?
その名前に反応して、英治はハッと顔を上げると
英治を庇うようにして、背を向けている男が、英治を囲っていた男達に、飛びかかって行くところだった。
目の前の男は、次々と男達を倒していく。
この流れるようなフォーム。
スキのない動き・・・
何度も見た―――。
髪の毛が短くなっている。
色も・・・黒くなっている。
でも・・・・・・でも――――
間違いない――――――!!!
アキラ
アキラ
アキラだ―――
最後の一人を見事に右ストレートで倒した男は、肩で大きく息をついて英治の方に振り返る。
「英治―――」
暗闇から近付いてくる男を夢見心地の表情で見ていた英治は、建物の隙間からさす月の光で男の顔が見えた途端、凍り付いた―――。
「―――お・・・まえ・・・・・・・・」
それ以上言葉を紡ぎ出せない英治に、男は深く溜息をついた。
髪の毛をかき上げながら、倒れ込んでいる英治に腕を伸ばす。
「あんたは・・・どうして、いつもそんなに無防備なんだ―――」
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