やっと見つけた。
やっと会えた。
もう離さない。
もう逃がさない。

視線で殺して、魂で縛れ!

1


麻生英治はドキドキしながら舞台から降りた。

はー…どうにか詰まらず言えた。

4月、新学期。
英治はこの松華学園に新任教師としてやってきた。
今、新任教師の挨拶が終わったところである。

どうにか、始業式も無事に終わり教頭先生の後ろ数人の教師と共に職員室に向かおうとしていた所、一人の教師に呼び止められた。

「麻生君」
ニッコリ笑って手招きしてるのは英治と同じ教科の岸谷だ。
「なんでしょう?」
とことこ歩いていくと、岸谷の隣には数人の生徒がいた。
「紹介しておこう、現生徒会執行部のメンバーだ。ほれ、お前ら挨拶」
岸谷が隣に立っている生徒をつんつんと引っ張った。

「会計の矢野<やの>です。」
「書記の渡辺<わたなべ>です。」
紹介を始めた生徒を次々と目線で追っていく。
「副会長の水島<みずしま>です。麻生先生よろしくお願いします。」
眼鏡をかけた副会長の水島は、ふわり、と人好きのする笑みを浮かべた。
「いや、オレこそきっと君らには色々教わると思うし…よろしくな。」
「こちらこそ……」

そして、最後の一人に目線を写し、目と目があったとき………。
英治はゾクッとした。
視線を反らせなかった。
こんな事は2度目。

アキラ以来だ。

ああ、そうか……雰囲気が少しアキラに似てるんだ。
英治も何も言えずじっと見入っていると、その生徒の隣にいた副会長の水島がそいつの袖を引っ張った。
「おい、何ボゥッとしてんだ?」
「ああ。生徒会長の秋良<あきよし>です。」
「よろしく。」
秋良は、英治ともう一度目があうと
ニヤッ、と笑って髪の毛をかき上げた。


アキラは英治が大学時代バイトしていた『MISSION』というクラブで仲良くなった友達だった。
年は………年上にも見えたし年下にも見えた。
たぶん大学生か社会人だろう。
ただ、なせかあの界隈では有名人で避けて通られることもあったし、吹っ掛けられることもあった。
英治といるときも何度か吹っ掛けられたが、綺麗なモーションでかわして、一人ずつ確実にのしていった。
あまりに綺麗であり、見事であったのでいつも手を貸すことなく見惚れていた。
出会いも喧嘩中助けて貰ったことから始まり、何故か話が合ってよく連むようになった。
バイトが終わる頃顔を出してくれ、飯を食いに行ったり、英治のアパートにに泊まりに来てビデオ三昧なんて日もあった。
お互いのことを話すことはなかったが、一緒にいるだけで英治は居心地がよかったのだ。
就職・引っ越しのことが急に決まり数日前から訪れなくなっていたアキラに連絡しようとして、連絡先を知らないことに英治は愕然とした。
そういえば、お互いのことを話すことはなかったが、英治はアキラのことを"アキラ"という名前以外知らなかったのだ。
結局、連絡の取りようもなく忙しさにかまけて捜すこともできなかった。

(今度『MISSION』に顔だそうかな。アキラ来てるかもしれないし……。)
あれ以来、英治はアキラのことを忘れた日はなかった。


*****



2−3の教室前で、英治は大きく深呼吸をした。
初めての授業である。
―――授業要項は、昨日全部確認した。
用意も万全。…大丈夫だ。
そう心の中で繰り返して、緊張した顔のままガラッと教室の扉を開けた。

ざわついていた教室は、英治の登場で一気に静かになる。
英治は一歩一歩ゆっくりとした歩調で教卓にのぼった。

「今日から、このクラスの日本史の担当をすることになった麻生英治です。新任ということで、君らには何かと物足りないものがあるかも知れないが、自分なりに一生懸命君らに教えれることは教えていきたいと思っているので、どうぞよろしく。」
昨日家で何度も練習したセリフを、よどみなく自然に語ることが出来た。
しかし、クラスの反応は特になかったので、英治は不安になり、彷徨わせた視線が、副会長の水島とあった。
―――水島、このクラスだったんだ。
水島はニッコリ笑って、右手で小さくOKの印を作った。
それを見て英治はホッと息をつき、
「それでは、出席を取ります」
と昨日練習したセリフの続きを思い出すことが出来た。

「―――相田」
「はい」
「―――秋良……」
秋良怜一。
出席簿の文字をみて、ハッと視線を上げる。
「はい」
やはり、不敵に笑いながら返事をしたのは、会長の秋良だった。
このクラスには、会長と副会長がいるのか。
なんだか、緊張するな…・。

「……牧村」
「はい」
「―――水島」
水島亨。
視線を上げると、やはり優しい微笑みで水島はこちらを見ていた。
英治も自然と笑みがこぼれる。

きっと、このクラスでは、うまくやっていくことが出来るだろう。
英治は自然にそう思った。


***




英治が新任教師として赴任して、1週間。
どうにか、学園生活にも慣れてきた。
新任教師が珍しいのか、若い教師が珍しいのか、英治は気が付くと生徒によく囲まれていた。
男子校というのは初めてだったが、きっと兄貴分として慕ってくれているのだろうと、英治も悪い気はしていなかった。


放課後。
質問に来た生徒達に請われるまま、図書室で勉強会を開いていた英治は、このまま一緒に帰ろうという生徒達を振りきって、職員室に向かって歩いていた。

―――さすが、進学校だな。みんな勉強熱心だ。
毎日が新鮮で、毎日が楽しい。
鼻歌を歌いながら、生徒会室の前を通った。

「先生」
呼び止める声に振り返ると、副会長の水島が生徒会室の扉から顔を出していた。
「おつかれさまです。こんな時間までお仕事ですか?」
「ああ―――なぜだか勉強会を開いちゃって……。水島も、こんな時間までどうしたんだ?」
「春は、生徒会は引継とかで何かと忙しいんですよ。―――でもうれしいなぁ。先生がもう、俺の名前覚えてくれるなんて。」
「ハハッ、水島は特別だよ。他の生徒の名前なんて全然一致してねーもん、オレ。」
「先生、どうですか?コーヒーでも一杯飲んでいかれませんか?」
「え?いいのか?仕事は??」
「先生なら大歓迎です。仕事は俺一人で事務処理してただけですから、俺も休憩をかねて…ね。でも、一人分入れるのもなって思ってた所なんですよ。」
「じゃ、甘えようかな。」
ニッコリ笑うと、水島は眼鏡の奥の瞳をスッと細めた。
その視線にゾクッとして、英治は水島を凝視した。
だが、その視線も一瞬で、水島は、すぐにいつもの人好きのする笑みに戻っていた。
「どうぞ―――」
水島は、まるで女性をエスコートするかのように英治を生徒会室へと導いた。

「うまいなぁ」
「みんな五月蝿いんで、豆からひいてドリップで入れてるんですよ―――」
「高校生のくせに贅沢だな〜。オレの家なんてインスタントだぜ。」
二人は和んだ雰囲気になってソファーに座りながらお互いのことを話し込んだ。


「うわっ!もうこんな時間だ。」
時計を見て思わず英治は叫んだ。
時間は7時を回っていた。
「じゃ、オレそろそろ帰るよ。水島、お前も程々にして帰れよ。」
そう言って、立ち上がった途端クラッと目眩がして英治は躰を支えきれず、片膝をついた。

「―――なっ…!!オレどうし……」
「やっと効いてきましたか。ヤツに偽物を掴まされたのかと思いましたよ。」
「―――え?」
英治は水島の言葉を一瞬理解できなくて思わず見上げる。
水島は悠然と微笑んで、
「貴方は今から俺のモノになるんです、英治」
と、英治の頬に手を伸ばした。
「―――何を!?」
言ってるんだ―――!
と水島に掴みかかろうとし立ち上がった英治は、再び激しい目眩に見回れ、頭から倒れそうになる所を水島の胸に抱き寄せられる。

「は……な…せ――――!」
遠くなる意識の中で、水島の心臓の音だけが妙に大きく感じた。

続く・・・

つーわけで、3000HIT小説です。
次の更新予定は・・・カウンター4000の日です。


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