視線で殺して、魂で縛れ!

プロローグ



クラブ『MISSION』
この街の若者たちが集う場所。
いつものように集まった男女が思い思いに楽しい時を過ごす。

若い男たち―――パッと見派手な格好をしているが、未成年であろう―――が1つのテーブルを囲んで剣呑な目つきをしながら、ある方向を睨んでいる。
その視線の先にあるのは、一人の若い―――黒い服を着て、注文を受けた酒を運んでいる―――バーテンであった。
彼の必死に話しかける若い女たち。
彼を呼ぶ―――注文のためだが―――OL達の声。

「くっそー。いつもいつも。」
「祥子も成美も……」
「涼しい顔しやがって」

彼らの目的はナンパであった。
しかし『MISSION』において、女達の殆どの目的は男達の視線の先にある若いバーテンだった。

180弱はあるだろうスラッとした背。
線は細く、色白の肌。
少し大きめの黒い瞳に二重瞼。
サラッとした色素の薄い髪。
少女漫画の主人公を地でいくような男だった。

男は黄色い女達の声を笑顔でかわし、次々と注文を取っていく。
狭い店内でのその洗練された身のこなしに、女達はため息を付いた。

「今日こそ、締めてやる。」
「ほらっ。あいつそろそろあがるぞ」
「よしっ。裏口へ行こうぜ」



アキラはいつも道理、裏道をあるいていた。
親の期待を受けて一心に勉強して入った学校。
入った途端に何かむなしいモノを感じた。
学校生活も何もかもが楽しくなくなった。
それなりに楽しんでやっていた勉強さえも。
何かを求めるように、夜遊びをし始め2〜3ヶ月。
元々武術をやっていた腕で、この界隈ではある程度、顔になっていた。

(つまんねー)
心に空いたこの隙間はいったい何なんだろう。
馬鹿馬鹿しい。
何もかもが馬鹿馬鹿しい。

「帰る…か。」
肩にまでかかる髪を、無造作にかき上げながら、ふと足を止めたとき

「もてないからって、人に当たるな。ガキどもが。」
「るせー。そんな口叩いてられるのは今だけだ。」

喧嘩か。
巻き込まれるのはごめんだ。

回れ右をしようとした時、ふと視線の中ににその男が入った。

あれは……『MISSION』のバーテン?
時々顔を出すクラブのバーテンだ。
いつも女達があいつを見て騒いでいた記憶がある。
確かに、綺麗な顔をしているとは思った。
男は6〜7人の若い男達に囲まれていた。

見覚えのある―――何度かふっかけられてのした覚えのある―――ヤツも何人か混じっている。
1人に対してあの人数か……。
まあ、これも何かの縁だろう。

「その辺にしておけ」

突然の声に男達はびっくりして振り向く。
そこに立っているのは
「アキラさん……!」
ここ数ヶ月で有名になった男の顔だった。
いきなりふらっと現れて、自分からはしないが、ふっかけられた喧嘩なら嬉々として応じる。
強さは並大抵のモノではなかった。
いつも一人で近寄れない雰囲気があり、憧れるヤツ・シンパも出来たくらいだ。

「そいつとは知り合いでな。そいつに喧嘩ふっかけるんなら、俺が相手になる」
アキラ相手に勝ち目がないのはわかっている。
男達は諦めて手を引いていった。


「オレ、君と知り合いだったっけ?」
そこには、私服に着替えたバーテンが立っていた。
「いや。ああ言った方が、奴等がひくと思ったからだ。」
「そっか、サンキュ。流石に7人も囲まれちゃヤバかった。」
男はニッコリ笑ってアキラに近寄ってきた。
「別に、俺は何もしてないし」
「君の名前で引くんだもんな。強いんだろう?見ず知らずの者まで助けちゃういいヤツだし」
「見ず知らずってワケでもない。あんた『MISSION』のバーテンだろ?」
「あ、君もお客さんだったのか?」
「何回か行った時、あんたを見た。見たことないヤツなら助けてねーよ。」
「じゃ、今度こいよ。お礼におごるから」
「ああ。」
「じゃな、サンキュ。終電逃すとヤバイから帰るわ」
「気、付けろよ」
「ああ、君もな。」
男はアキラの横をすり抜けると駅に向かって走り出した。
アキラも反対方向へ歩いて行こうとしたとき

「なー」
さっきの男の声がした。

振り向くと、男はもう一度走ってこっちに戻ってきたみたいだった。
「オレは、名前言うの忘れてた。オレは英治。麻生英治だ。」
英治はニコッと笑って
「じゃな、アキラ」
と去っていった。
その笑顔が何故か心にくるモノがあって、アキラは英治の姿が見えなくなるまで見送った。

その一週間後から『MISSION』ではたびたびアキラの顔を見るようになり、彼はいつも、カウンターの端に座り一人のバーテンを独占していた。
そのバーテンを目的にやってきている女達も二人のあまりに親密で楽しそうな雰囲気に声をかけるのを躊躇するくらいに……………。


どうしようか迷っていたが、英治を助けて一週間目にアキラは『MISSION』を訪ねた。
クラブの入り口を潜ったときに
「アキラ!」
という声が聞こえてきて顔を上げると満面の笑みを湛えた英治が立っていた。

「もう来てくれないかと思ったよ」
どこかの女に言われているセリフみたいだ……とアキラは思い、フッと口元に笑みを浮かべた。
「奢ってくれるんだろう?」
「ああ。そこのカウンターに座りなよ」
英治はカウンターの端の席を示した。
「マスター。今日のこいつのはオレの奢りだから」
「おう、英治太っ腹だな」
髭面の人の良さそうなマスターが英治に答える。
「恩人だから。ほら、この前言ったっしょ。絡まれたときに助けてくれた」
「あー、あの時の。」
「というわけで、今日はカウンター入ってていいでしょ」
「OK。おい、アキラだっけ?英治が世話になったな。こいつウチの看板だからカウンターで酒作らしてるよりウェイターしてる方がウチとしては良いんだけど、お前が来た時にはアキラはカウンターに入れてやろう」
マスターの言葉を聞いて英治は嬉しそうに指を鳴らした。
「ラッキー!オレ、ウェイターよりカウンターの中の方が好きなんだよ。アキラこれから毎日来てくれよ」
「おいおい、英治」
アキラはマスターと英治の会話を聞きながら、知らずに微笑んでる自分に気がついた。

その後も英治を独占し、たびたび会話に入ってくるマスターと共に楽しい時を過ごした。
アキラは気がつくと『MISSION』へ足を向けるようになった。
「アキラ」
とニッコリ笑って迎えてくれる人のために。

そのうち、英治の勤務終了時間間近になって『MISSION』を訪れ一緒に帰るようになり、たびたびご飯を一緒に食べるようになった。
ある日「帰りたくないな」と呟いたアキラに「オレん家泊まるか?」と英治が聞き返したのをきっかけに、アキラは英治の家によく入り浸るようになった。


季節は夏を過ぎ、秋を追い越し、冬も終わり、春を迎えようとしていた。

親を黙らせるためには、いい成績を取るのが一番手っ取り早いとわかったアキラは、勉強のため試験1週間前から『MISSION』を訪れてなかった。
試験の終わった今日、アキラは『MISSION』に足を向けた。
2週間ぶりに英治に会うために。

しかし…………。

「英治なら1週間前に辞めたぜ。聞いてなかったのか?アキラ」
マスターもびっくりした顔でアキラに聞いてきた。
「あいつ、今年大学卒業だったからそういう契約だったし。就職先は聞いてないな…………。」

大学………。
アキラは英治が大学生だったことを初めて知った。

「おい!アキラ?!」
マスターの呼び止める声も聞かず、アキラは走り出した。
向かう場所はただ一つ。

しかし、2週間前まで英治が生活していた場所は誰もいなかった。

アキラは愕然とした。
気付いてしまったのだ。
自分は英治のことを何も知らなかった、と。
学生ということも知らなかったし、連絡先も何も知らない。
知っていたのは『MISSION』と、このアパート。
この二つから姿を消した英治を捜すツテは何もないことに。

そして………………………。

残ったのは、誰にもはかり知ることの出来ない空虚。
行き場のなくなった、熱い想い。
そしてアキラは気が付いた。
自分は英治に惹かれ、心燃やしていた事に。友達として、居心地がよかった……それだけじゃない事に。
それ以上に激しい想い。
恋。
甘く切ない想い。
英治を失った日アキラは、彼に恋している自分に気が付いた。



やっと見つけた。
やっと会えた。
もう離さない。
もう逃がさない




続く・・・・



次の更新は・・・3000の時になる予定です。


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