shine−冬・家族の肖像−
Scene7






 「食事を・・・。とにかく、一口でもいいから・・・食事をお取り下さい」
 相変わらずハンストしていた遙の元にやってきたのは、初老の女性だった。

 「貴方は・・・」
 「わたくしは、身分の卑しいものです。お世話になっていた旦那様に対して・・・言われようもない罪を・・・」
 そこで、女性は言葉を切った。
 こみ上げてくるものがあって、言葉にならないのだろう。
 しわくちゃになった手が震えている。
 遙に彼女の悲しみの理由はわからなかったが、その悲しみと罪の念の深さは、ヒシヒシと伝わってきた。

 そっと手を出して、その震える手に添える。
 女性はハッと顔を上げ、そうしてまた涙が溢れ出した。

 「どうしたんですか? 泣かないで」
 遙には、そう云う事しか出来ない。
 「ああ、貴方はなんとお優しい・・・。祥子様にそっくりです」
 彼女の言葉に、遙はピクリと反応した。
 「母を・・・ご存知なのですか」
 遙の言葉に、女性は小さく肯く。
 「わたくしは、祥子様の身の回りの世話をしていたのです」
 「母の・・・」
 この屋敷での母。
 遙の知らない、母の姿。
 遙は、身を乗り出して彼女に迫った。
 「教えてください。母は・・・この家で・・・どのように育ったのですか。何故・・・この家を出たのでしょうか・・・」
 いつも悲しい顔をしていた母。
 いつも遠くを見ていた母。
 遙には、雲の上を歩いているような人だった。
 側にいるようで、遠い。

 「祥子様は、お優しく天真爛漫で・・・。誰もが祥子様に夢中になったのです」

 あれは、春のある日でした。
 女性は、ゆったりと語りだした。


 芙蓉家当主がある日連れて来た一人の少女。
 可憐で清楚。だが、相反するどこからか醸し出させる妖艶な魅力を携えた不思議な魅力の少女。
 彼女を見た瞬間、そこにいた全ての人間が彼女の虜になった。
 家族も、使用人たちも。
 当主の愛人の子だったという少女はその生い立ちにとらわれる事無く、優しく・・・素直な子だった。
 芙蓉家に天使が降り立ったのだ。
 当主である父は、もちろん彼女を目に入れても痛くないほどに可愛がり、兄3人もそれぞれ側から離さない程に彼女を愛した。
 彼女が悲しそうな顔をするので、ギスギスしていた兄弟親子間の仲はあっという間に修復され、理想の家族が出来上がっていった。
 その関係が・・・少しおかしくなったのは・・・
 いつも断り続けていた祥子の結婚話。
 父も兄達も嫁になど行かなくていいと、一生自分達の腕の中にいればいいと・・・それは口癖だったのに。
 祥子も父と兄の言葉を素直に受けて従っていたのに、その話の時だけはじめて反抗したのだ。

 「わたくし、このお見合い・・・受けたい」、と

 彼女付のお手伝いだけが知っていた。
 その見合い相手というのが、彼女の学生時代の憧れだった人だという事を。
 いや、憧れではなく、お互いを想いあっていた相思相愛の相手だという事を。

 彼女の望みに、彼女に甘い父親は折れかけた。
 
 ―――だが、彼女の兄。
 長兄の遙士が、認めなかったのだ。
 絶対に許さない。
 あんな男の元に、可愛い妹を嫁がせるものか。
 あんな男。
 あんな男。
 あんな男。

 芙蓉家に見合い話が来るくらいの、家柄だった。
 それなりの会社を経営し、安定した数字を挙げていた。

 ―――それを、遙士は片手で握りつぶした。

 芙蓉に睨まれれば、ひとたまりもなかった。

 彼女は悲しみに暮れたが、それでも天使のようだった。
 感情に走った兄を許し、庇ってくれなかった父を許した。
 だれもが、そう思った。


 それから3ヵ月後。
 彼女は、家を出た。




 「まさか、あの子が・・・お嬢様と・・・駆け落ちするなんて・・・・」
 彼女はそこで言葉をきった。
 ―――もしかして。
 その言葉に、遙はピクリと反応した。

 この人は、父・・・父と呼んだ人の母親?
 自分の息子が、勤めている家の娘と駆け落ちするなんて・・・。
 その後、この人はどんなに苦労しただろう。

 彼女の立場を思い、その辛さを考えると遙はたまらなくなった。

 「・・・僕の」
 ポツリつぶやいた遙の言葉に、老女は反応した。
 「僕の、父だった人は・・・幼い頃、キャッチボールをして遊んでくれました」
 ―――あの頃は、幸せだった。父もちゃんと働いていて。母がおやつを作ってくれて・・・。

 「そう・・・。そうですか」
 彼女はそう呟くと、遙の手をギュッと握り締め「ありがとう・・・ありがとう・・」と何度もお礼を言いながら、ハラハラと涙をこぼした。




◇◇◇



 「今日はこちらをお召し下さい」
 「―――なんですか? コレ・・・・」
 突然目の前に持ってこられた服に、遙は訝しげにそのお手伝いを見た。

 「旦那様が、こちらを着て頂いてつれてくるようにとおっしゃってるんです。どうか、お願いします」
 彼女には何の罪もなく、ただ主人の命令に従っているだけだろう。
 遙が拒めば、彼女が困るだけ・・・なのだ。

 遙は小さな溜息を吐くと、ゆっくりとその服に袖を通すために立ちあがった。 



◆◇◆◇◆


 ―――なんなんだ。
 服を着せられつれてこられたホテル。
 突然、遙士に方を捕まれ引っ張り出された舞台。
 大勢の前で、浴びるスポットライト。
 浴びる、視線。

 ―――嫌だ。
 イヤダイヤダイヤダ。

 こんな所、今すぐ飛び出したい。
 帰りたい。
 帰りたいよ。
 あの居心地のいい学校へ。

 そして・・・


 視線をめぐらせた先に、思わぬ人が目に入る。

 幻?
 逢いたいと願ったから
 願いすぎたから?

 幻の口が動く。

 何?
 何を、言っているんだ?

 ハ・ル・カ


 ああ・・・
 涼。
 涼!
 涼―――


 幻でもいいから。
 今すぐ、俺をここから連れ出して―――













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進みません。
夏ですし←意味ナシ
しくしくしく。