「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!!!」
遙は一瞬ココが何処かわからなかった。
思わず、手を見る。
血が・・・。
血の匂いがするような、気がした。
「だ、大丈夫・・・・ですか?」
ジッと手を見つめていた遙は、頭上からかけられた声にビクリと肩をゆらした。
「あ・・・あの」
遙がぼんやりと自分の手から視線をあげると、そこには見た事のない女性がいた。
「あ、なた・・・は?」
「あ。私はここのお手伝いの者で・・・。あの、遙様、ご気分は。」
ここ
ここは、何処なんだろう。
遙は記憶を探る。
そう。
そうだ。
母の兄という人から、連絡を受けて。
母の、兄。
遙士。
母の兄。
そして自分の―――
これ以上思い出さないように、遙は深呼吸をした。
心臓が、ドキドキしている。
心に鍵をかけて、閉じ込めていた真実。
それは、あまりにも辛い現実。
自分が壊れないように、そうせざるを得なかったのが判る。
そして、今になって思い出したということは、ソレを耐えうることができると判断したから?
―――思い出したく、なかった。
それとも、思わぬ人が目の前に現れたから?
伯父であり、
そう。
父親であろう、人の。
―――思い出したく、なかった。
涼。
涼。
涼。
君に、会いたい。
でも、会えないよ。
ギュッと手を握り締める。
だって、
洗っても、洗っても・・・。
血の匂いが、消えない―――
「食事をしないようだね。」
夜更け、遙が寝かされていた部屋に訪れたのは、遙が一番会いたくない男だった。
「・・・家に、帰して下さい。」
まだ、顔を見る勇気がない。
遙は俯いたまま、男に告げた。
「家?家とは何処だ。君に帰る家など、あったのか?」
「どういう、意味ですか」
遙の言葉を無視して、男は続ける。
「君には、うちの籍に入ってもらうよ。来週からお披露目パーティーが詰まっているから今のうちにはやく元気になってもらわないと。」
「・・・・・・・・・・・・どういう、意味ですか」
男の云っている意味がわからない。
遙は、意を決して顔を上げた。
視線が合う。
予想に反して、視線を外したのは男だった。
「―――芙蓉には、跡継ぎがいない。」
視線を外した男は、ベットから少し離れ窓際に立った。
満月の光が煌々と部屋に差し込んでいる。
「私と妻の間には、残念ながら子供が出来なくてね。そして弟の子供たちは、使えない。」
外を見ていた男が、遙を振り返る。
「お前の存在など、芙蓉の中では抹殺していたのだがね。まさか、藤華に行って主席だとは。初めて聞いたときは耳を疑ったよ。」
「私を、どうする気ですか。」
遙の言葉に、男は口の端を上げた。
「お前も一応は、芙蓉の血を・・・私の父の血を継いでいるからな。継ぐ権利はあるというものだ。弟の息子などにこの芙蓉を継がせたら、10年持たない事が目に見えている。お前の頭があれば大丈夫だろう。このまま藤華を首席で卒業してT大の経済学部にでも進んでもらおう。そして、私の跡を継いでもらう。」
「なっ・・・」
思いがけない言葉に、遙は言葉を失う。
芙蓉の、跡を継ぐ?
母の捨てた、この家を?
母を捨てた、この家を?
―――母の人生を壊した、この男の下で?
男はゆったりと遙の側まで来ると、顎をその指で捕らえた。
「祥子にそっくりだな。魔性の顔だ。・・・・・あの男の血が入っていると思うと汚らわしいが、仕方ない。」
それだけ云うと、男は部屋を出て行った。
遙の意見など、聞く気もないように。
自分は、どうなるんだろう。
遙は暗闇の中で、本気で怯えた。
涼。
涼。
君に会いたい。
会って、夢だと云って欲しい。
抱きしめて欲しい。
「愛している」と囁いて欲しい。
それだけで・・・。
助けて、涼。
頭が、オカシクなりそうだよ。
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