・・・ここは?
―――ダメダヨ。
古びた、部屋。
なにもない、部屋。
ここは・・・・、そうだ。
父と母と暮らした、アパート。
「どうたっていうんですかっ。私が何をしたって云うの?」
温厚な母が、珍しく怒っている。
「はっ、何をしたってかっ!」
父はいつもの事ながら、酒の匂いがしている。
そうだ。
学校から帰ったら、父が引き出しを漁りながら母に金を出せって云っていて・・・。
給食代だって、母の内職のお給料が出るまで待って貰っている状態だったから、当然父に渡すお金なんてあるわけがなく・・・。
母が、父に取りすがって止めていたんだ。
―――ダメ、オモイダイシタラ、ダメダヨ。
「お父さん、やめてよ。」
強引に母を振り払った父に、僕は必死にお願いした。
父は僕の言葉を聞いた瞬間、僕をジッと見つめて、一瞬クシャリと表情を崩した。
そして、そして・・・・・・・・。
「あっはっはっ!!!“お父さん”かっ!あっはっは」
「何を笑ってらっしゃるのっ?!」
お腹をかかえて笑い出した父に、母は必死になって云い縋った。
父はひどく歪めた顔で―――
「これが、笑わずにいられるって云うのか?祥子―――清純そうなお前に騙されて、舞い上がって、お前をあの家から連れ出した馬鹿な男を笑わずにはいられないじゃないかっ!」
―――ダメ。タエラレナクナルヨ。オモイダシチャ、ダメダ。
「何を、何をおっしゃってるのですっ!!!」
母が、見るからに青ざめて・・・震え出した。
僕をギュッと胸の中で抱きしめながら。
「俺が、気付いていないと思っているのか?一生騙せると踏んで、俺を選んだのか?はは、俺も軽く見られたもんだな。」
そういうと父は、僕の髪の毛を掴んで母から引きず離した。
「あなたっ」
「痛いっ、お父さん―――」
「お父さん、ね。遙、お前なんか、俺の子じゃねぇ。」
父は、残酷な笑みを浮かべていた。
―――ダメッ!ダメッ!!!
「何を云ってるの・・・あなた。遙は、貴方のコドモよ」
「いつまでも、俺を騙せると思うな!!判ってるよ・・・あいつは、お前と遙士のコドモだろう」
「!!」
顔をゆがめ唾を飛ばしながら、母を罵る、父。
母の顔面から表情は消え、顔色は青から真っ白になっていった。
「実の兄貴との子を、俺に押し付けたんだよなっ。ははっ、笑えるぜ。兄と妹で子供を作るなんてな。信じられねぇ・・・。」
僕は、父の言葉の意味がわからなくて。
ただ、父は悲しそうだった。
悲しそうだったんだ。
だから―――
震えていた父の手に、そっと自分の手を伸ばしてみた。
だけどその大きな手に触れたとたん、父は僕の手を振り払った。
「・・・・・・汚らわしい。禁断の子供め。」
母の躰が、グラリと揺れた。
父は、玄関に向かうため、僕たちに背を向けて・・・
―――母が、父に追いすがったように見えた。
「・・・お、前」
倒れた父に、母は圧し掛かり何度も腕を上下させる。
深紅の飛沫が、母の躰中に飛んだ。
母は、何度も何度も・・・。
しばらくして、腕を下に下ろしたきり、母の動きは止まった。
ただ、荒い息遣いが、静かな部屋に響き渡る。
俯いていた母が、ゆっくりとこっちに視線を向けた。
焦点の合わない視線はしばらく左右に揺れていたけど、呆然と座り込んでいた僕、ゆっくりと母の視線の焦点はあわされていった。
真っ赤に濡れた躰がゆらり立ち上がる。
ゆっくりと、ゆっくりと僕に一歩ずつよってきて、座り込んでいた僕を・・・・力一杯抱きしめた。
「遙士、兄さん―――兄さん。兄さん。」
僕の耳元で、母は必死に呼びかける。
噎せ返る血の匂い。
僕の目の前は、紅い色しかなかった。
「遙士兄さん、結局私幸せになれなかった。貴方の云った通りね・・・」
ぶつぶつと、僕にはわからない言葉をつぶやく。
そして母は、僕の頬を、ねっとりと濡れた手で挟んだ。
「でも、貴方の前で死んであげる。これが、貴方への私の最後の抵抗よ―――!!」
ドンッと僕を突き放した母は、躊躇いもなく・・・手に持っていた紅く染まった包丁を、己の手首に振り落としたのだ。
血が―――
真っ赤な母の血が―――
僕の全身に、降り注ぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――ダカラダメダッテ、イッタノニ・・・・・・・・。
「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!!!」
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