「遥はっ?!」
突然出入口から顔を覗かせた男の叫び声に、2ーCの教室に居た人間は驚いてその声の主の方へ一斉に視線を向けた。
男は、目的の人物がいない事をその目で確認すると、「チッ」と舌うちをしてその場を去っていった。
残された人間は、呟く。
「東雲のヤツ・・・どうしたんだ?」
「遙がいないっ!」
突然教室に飛び込んできた涼に、智紀は驚いて顔を上げた。
「どうしたんだよ?」
「遙が・・・いないんだ。」
独善的な態度で全てを余裕にこなしていた男が、明らかに動揺した姿で智紀の前に現れたのだ。
智紀は彼に落ち着きを取り戻させるように肩を軽く叩くと、もう一度「どうしたんだ?」と尋ねた。
涼も自分の情けない姿に気がついたのか、右手で髪の毛をかきあげ、小さく溜息をつくと、こう切り出した。
「今日、遙のアパートに迎えに行ったら、誰も居なかった。いつも、一緒に学校に来るのに・・・。」
「ああ。」
続きを促す。
「それで、慌てて学校に来たんだけど、学校にもいない・・・。遙が、行く所なんて考えつかない。行くところなんて、ないはずだから・・・。」
遙は、親が居なく一人暮らしだ。
頼れる人間が、周りに居ないことも聞いている。
「例の、幼なじみには聞いたの?」
智紀の横にいた雅也が、口を挟む。
「あ、アイツなら詳しいから・・・」
その言葉に、涼はキッと智紀睨みつけた。
未だに、涼は遙の幼なじみである智を嫌っている。
自分にはない、あの二人の繋がりと信頼関係が気に入らないのだ。
「ま、どっちにしても・・・遙さん今から学校に来るかもしれないし、幼なじみも学校に行っているから連絡取りようもないね。」
―――雅也の言葉に、涼もしぶしぶ肯くしかなかった。
結局放課後まで、遙が学校に現れることもなく、アパートに電話をかけても留守番電話しか出ない。
涼は、智の高校の前まで来ていた。
「遙はっ!」
「はぁ?」
校門を出たところで、突然現れた涼に詰め寄られた智は、驚きに声をあげるしかなかった。
「なんの事だ。」
「・・・遙が、居なくなった。お前しか思いつかない。」
「・・・・・・・」
涼の言葉に、智は言葉を失った。
そして、己の考えを張り巡らせる。
「・・・残念ならが、俺は遙の行方は知らない」
「嘘だ。お前しか考えられない・・・!」
掴み掛かろうとする涼の手を智は遮る。
「だけど、遙が自分で行方をくらませる理由がない・・・・」
「・・・・」
涼は何も云えずに押し黙った。
今の遙が、涼に何も告げずに居なくなる・・・というのが、考えつかないのだ。
彼はもう、逃げていた以前の彼ではない。
「あの人に会いに行こう。もしかしたら、何かわかるかもしれない・・・。東雲、お前も来るか?」
「あの人・・・・・?」
怪訝な顔をした涼を、智は真正面から見据えた。
「遙の、叔父だ・・・」
「久しぶりだねぇ、智君」
思っていたより若い遙の叔父という人物は、部屋に入ってきた智を見つけると、大きく手を振って歓迎した。
「ご無沙汰しております。」
深く礼をした智にならって、涼も軽く頭を下げる。
「どうしたんだい?今日は遙はいないのかい?」
「それが・・・」
遙を探すように辺りを見回す彼に向って、智は云い難そうに口を開いた。
「遙が・・・昨日から、行方不明なんです。」
「えっ?」
今まで穏やかな笑みを浮かべていた遙の叔父は、智の言葉を聞いて顔が強張る。
「遙が・・・自分から何も云わず姿を消すなんて、考えられない。」
今まで黙っていた涼が、口を開いた。
「君は・・・?」
「彼は、遙と同じ高校の生徒です。」
「遙・・・と?」
不思議そうな顔をした遙の叔父に、智は涼を紹介した。
「遙が・・・心を許した、友人です。」
涼は、智の言葉に耳を疑った。
まさか、智がそのように涼を紹介するとは思っていなかったのだ。
「遙が・・・心を・・・。」
しばらく黙り込んだ遙の叔父は、涼に向き直った。
「・・・遙は、私にも何の連絡もしてきていない。」
「そんなっ・・・」
最後の頼みであった遙の叔父にも行方が判らないとわかった智は、落胆の声を上げる。
「私は、遙の保護者として警察に捜索願を出す。思い当たる場所も、手当たり次第探そう。」
「叔父さん・・・。」
「あの子は私達にも迷惑がかかると断ってきたのだが、私達・・・私と妻はあの子の保護者としての後ろ盾を辞める気はない。どうか・・・君たちも、あの子を見捨てないでやって欲しい」
「もちろんです。」
「そんな事するわけがない。」
遙の叔父の真摯な言葉に、即答する二人。
彼は二人をジッと見て肯き、早速警察に連絡を取ったのだった。
「捜索願いが、取り下げられている?!」
次の日、昼休み。
遙からは連絡が無く、涼は自分の使えるだけのツテを使って、遙を探していた。
「かなり、上からの力が廻されたみたいだよ。」
情報をつかんできたのは、雅也。
彼の情報網は、やはり侮れないらしい。
「芙蓉家・・・。」
「なっ?!芙蓉家が・・・何故?」
芙蓉家とは、東の東雲・西の芙蓉と呼ばれるぐらい、芙蓉グループとして多くの傘下を持ったグループ会社だ。
「何故芙蓉と・・・遙が・・・?」
その関係が判るだろう人間は、一人しか思いつかなかった。
ガッシャーン
地面にガラスが飛び散る。
「す、すまん・・・・」
手に持っていたグラスを落とした遙の叔父は、上の空で謝りながら、それでも涼の口から聞いた“芙蓉”の名のショックを隠しきれない様子で呆然としている。
「芙蓉と、なにか関係が・・・?」
涼の言葉に、遙の叔父はポツリと呟いた。
「芙蓉本家は・・・私の実家であり、遙の母親の実家・・・今の当主は実の兄なのだ。」
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