「遙君の・・・お友達」
「はい」
涼が訪れた葉山かおりという人は昔、警察病院に勤めていた。
そして、入院していた遙の母祥子の面倒を見ていた人だ。
涼は、祥子の入院時代の話を聞く為に来た。
たとえ、それが役に立たないとしても。
もしかしたら、何かに繋がるかもしれない。
藁にも縋る気持ちだった。
「祥子さんは、綺麗な人でした。そして、いつも私に喋ってくれたわ。『優しい父親、優しい兄さん、大好きな家族』、と」
「家族の話・・・ですか」
「そう、彼女は丁度・・・10代前半の頃に戻ってしまっていた。だから、家族と過ごした時代の話ばかり」
「じゃあ、遙の事は―――」
祥子が遙を産んだのは18の時。
「もちろん、全く覚えていなくて・・・。彼女は遙君の事を“遙士兄さん”と呼んでいたわ。きっと似ていたのね―――」
涼は、かおりの何気ない言葉に、目を見開いた。
そして、慌てて彼女に聞きなおす。
「遙の母親は、遙の事を『遙士兄さん』と呼んでいたんですかっ!?」
「・・・ええ」
涼の迫力に驚いたものの、かおりはその言葉を肯定した。
「遙君は悲しそうな顔をしていたけれど・・・仕方ないと笑っていたわ。そして祥子さんの話にあわせていた。夢の中で幸せなのだから、壊したくない・・・と」
涼は一通り話しを聞くと、御礼を言って葉山家を出た。
そして、考えをまとめる。
遙と遙士
甥と伯父。
―――似ている? 見間違うほどに?
いや、そこまでは似ていない。
血の繋がりが、あるのだが―――それほど、面影があるとは思えない。
だが、祥子は・・・『遙』を『遙士』と呼んだ。
何故?
遙士の異常な程の執着。
祥子の妊娠。
そして、駆け落ち。
自分が想像した事に・・・そして、真実であろう事に、涼は眩暈を覚えた。
そして遙の言葉の意味も、なんとなく判った。
抱きしめたい、遙。
今すぐに。
そんな事は、どうでもいい事だと・・・貴方に言いたい。
ポケットの中で震えた携帯電話を取り出すと、涼は通話ボタンを押した。
「・・・省三さん? どうしたんですか?」
遙は、あまりの苦しさに目を覚ました。
「・・・っ!」
喉が。
空気が―――。
吸えない。
目を開けると、目の前に鬼の形相をした人間の顔があった。
「あ、ら―――。目が覚めたの? このまま夢の中に落ちてしまえばよかったのに」
遙士の妻、隆子。歪んだ口元に遙はゾッとした。
遙の首に隆子の爪が刺さる。
遙は苦しさと痛さにに藻掻いた。
流石に細身とはいえ男である遙の力に、隆子が叶うはずはない。
遙の首に伸びていた隆子の腕は、取り払われた。
「お前なんて、死んでしまえばいいのよ!」
遙に腕を払われた隆子は狂ったように叫んだ。
「兄と妹の子供ですって! 禁断の子よ!! 汚らわしい! 汚らわしい! 汚らわしい!!!!」
叩き付けれる、言葉。
容赦ない、罵り。
「人として、生きていてはいけない存在なのよ! お前はっ! 許されない存在なのよっ」
―――ケガラワシイ、キンダンノコ。
隆子の言葉が、遙を貫いた。
「お前の存在が、あの使用人の子供を殺し、祥子を狂わせたんだわっ。そして、遙士さんも狂わせるのよ! お前さえいなければっっっ!!」
再び、隆子は遙に手を伸ばす。
遙は、一切抵抗しなかった。
「おっ、奥様っ!!」
遙の首を絞めている隆子を発見した使用人が、慌てて止めに入る。
何人もの使用人に抑えられ、隆子は引きずられていく。
「殺してやるわっ、祥子! お前なんか・・・! お前なんかがいたからっ!!」
隆子には、いつの間にか遙が遙の母祥子に見えていたらしい。
殺してやる、祥子! と
隆子は呪詛をはきながら、部屋を出て行った。
人としては、生きていてはいけない存在。
父を殺し、母を狂わせた。
俺さえ、いなければ・・・。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
ケガラワシイ。
汚らわしい。
お前なんて、死んでしまえばいいよの!
―――ああ、そうか。
遙は夢遊病のように、歩いた。
―――涼。俺さえ、いなければ・・・皆が幸せになれたんだって。
蛇口を捻る。
水が勢いよく、流れ出した。
視線を上げると、大きな鏡に色白い人間が写る。
いつも悲しそうな顔をしていた、母の顔。
「ごめんね、母さん。ごめんね、父さん」
二人とも、大好きだった。
俺さえいなければ、幸せになれたのに。
「涼・・・」
愛していた。愛している。
自分には、そんな資格はないのだけれど。
遙は、右手に持った剃刀を、力いっぱい左手の手首にあてた。
「きゃ、キャ――――――――――!!!!!!」
その使用人が見つけたのは、倒れた遙と、あたり一面の真っ赤に染まった水だった。
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