「な、何を仰ってるの?! 貴方っ」
「兄さん! 正気かっ?」
気を失った遙を抱き上げた遙士に、隆子と敬二は詰め寄る。
ゆっくりとベッドに遙を下ろし、遙士は二人に向き直った。
「血液型が、ヤツとは合わない」
遙士の云うところの“ヤツ”とは、遙の母祥子と一緒に駆け落ちした男。
「祥子は、A型。ヤツはO型。遙はAB型。・・・A型とO型の親でAB型の子供は出来ない。絶対にな」
満足そうに微笑む遙士を、隆子と敬二は信じられないような目で見る。
「祥子は、何人もの男を咥え込む女ではなかったからな。あの頃ヤツ以外で考えられるのは私だけだ。私が抱いた時、祥子は処女だったから、それ以前の男はありえないしな。そして、私はAB型。血液型も合う」
「あ、貴方・・・貴方は祥子とは、兄妹でしょう! そんな―――」
隆子の言葉に、遙士は口の端をあげ、馬鹿にしたような目で己の妻をみた。
「それが、何だというのだ。兄妹だから? それで何が悪い。私はあの男に・・・祥子を連れて行かれそうになって、決めた。欲しいものは絶対手に入れると。その為に邪魔なものは全て潰してやると」
あの男とは、祥子が結婚を望んだ男。
遙士は、己の力が持てる全てを使って男を潰した。
二度と、祥子の前に現れる事のないように。
「祥子が・・・そんな・・・」
呆然とした敬二の言葉に、遙士は鼻で笑う。
「お前も・・・省三も、そして父さえも。私と同じ事を考えていたはずだ。私はただ行動しただけの事だ。祥子も、私には結局逆らえない」
ありし日の祥子を思い出し、遙士はうっとりと瞼を伏せた。
「あれほど可愛がっていたのに、クズと駆け落ちして子供まで産むとは信じられなかったが、帰ってきたら許してやろと思っていた」
すぐに根をあげて帰ってくると思っていたお嬢様育ちの祥子が、あそこまで強かったのは遙士の誤算。
無理矢理戻していれば、あのような最後にはならなかっただろう。
「―――俺との子を宿して、この家から出たと判っていれば・・・」
「祥子は恐れたんですよ。自分と兄の子なんて―――」
兄から強要されたSEX
そして妊娠。
片親とはいえ血が繋がっているのだ。
彼女はどれほど恐れ、神に懺悔した事だろう。
だが中絶という言葉は、彼女は思い浮かばなかった。なぜなら彼女は敬虔なクリスチャンだったから。
「兄さん、貴方から逃げたんですよ、祥子は。それが何故判らない・・・」
「何故、逃げる必要がある。兄妹同士が罪? 誰が決めた。昔は同腹じゃなけりゃ普通に結婚出来たんだ。奇形児が生まれやすい? 遙を見てみろ」
遙士は遙の髪の毛をすっと撫でる。
「祥子に似た完璧な容姿。そして私に似た完璧な頭脳」
遙士の視線が、隆子に移る。
「私の子さえ孕めない役立たずの女」
「・・・なっ!」
そして、隣の敬二に。
「生まれてくる子供たちは、無能ばかり」
「兄さん・・・」
「祥子だけだ。祥子は私に全てを与えてくれた。愛も嫉妬も憎しみも。そして最高傑作の子供まで―――」
何も言えなくなってしまった二人から視線をはずすと、遙士はもう一度遙の髪に手を触れる。
その時、静まり返った部屋に、機械音が響き渡った。
「私だ。・・・判った、すぐ行こう」
携帯を切った遙士は、今だ呆然と立ち尽くす二人の脇を通ると、ドアまで歩いていった。
ドアに手をかけ、振り返る。
「隆子。いつでも実家に帰っていいぞ。私の欲しいものは祥子が与えてくれた。お前はもう必要ない。お前の実家も、もう既にうちに組み込まれていてお前と私が離婚したところで影響がないしな。好きにするがいい」
言いたい事を告げると、遙士は出て行った。
「なんて事だ・・・」
ショックと屈辱で震える義姉を見つつ、己も突きつけられた事実にショックを隠しきれない敬二は、呆然と呟くしかなかった。
―――闇に捕われていた遙は、この会話を聞かずに済んだのが唯一の救いだった。
涼は、とある家に来ていた。
ピンポーンとチャイムを鳴らす。
「はーい」と出てきた女性は、涼を見て不思議そうな顔をした。
「葉山かおりさん・・・ですね?」
「はい・・・そうですけど、貴方は?」
「桜庭祥子さんと、その息子の遙君の事を聞きにきました」
かおりと呼ばれた女性の目は驚きに見開かれた。
涼は兄に頼み込んで、遙とそして遙の母親の事を小さなことでもいいからと調べてもらった。
もちろん、雅也にも頼んだ。
そして集まった資料を片っ端から目を通す。
遙の母、桜庭祥子・・・旧姓芙蓉祥子。
芙蓉家の長女にして末っ子。
愛人の子で合った為、その存在は隠されていた。
そこまでは、遙の伯父である省三にも聞き及んでいた。
省三が、家を出てから・・・。
祥子の見合い。
そして、破談。
相手の男の没落。しかも、それをしたのは・・・芙蓉だ。
見合い相手の男は、芙蓉の系列の社長の息子だった。
つりあいの取れた見合い相手。
なのに、その男の実家の会社を潰したのは、芙蓉家自身。
それは、何故か?
祥子を異常な程に愛していた家族。兄・・・遙士。
―――他の男に渡すぐらいなら・・・と、相手の家自体を潰した?
芙蓉なら、出来るだろう。
だが、そこまでする程の執着とは・・・。
自分の想像に、思わず涼は吐き気を覚えた。
その見合い話から・・・3ヶ月後。
祥子は家を出た。
使用人のロクデナシの息子と駆け落ちという形で。
祥子は・・・やはり、許せなかったのだろうか?
自分の見合いを潰された事を。
それならば、その場で―――なんらかの抵抗をしたはずではないのだろうか?
3ヶ月で使用人の息子と恋に落ちた?
ありえない話ではないが、これも考え難い。
なぜなら、二人はそれなりに昔から面識があった。
ロクデナシの息子は定職に就かずブラブラしていた所を、縁のある芙蓉家で庭師として働かせて貰っていたのだから。
二人が元々恋心を抱いていた同士だったら、見合い話が出た時点で駆け落ちしていただろう。
では、何故?
祥子は・・・見合いを潰された時でさえ父を・・・兄を許したのに、3ヵ月後に家を出たのだろうか?
それが、判らない。
判らないが、引っかかる報告書を見つけた。
遙の産まれた時期。
駆け落ちから7ヶ月後。
子供が妊娠して生まれるまでは、10ヶ月を要する。
―――つまり、駆け落ちした時点で妊娠していたという事だ。
誰の子を?
涼は大切な事を忘れていた自分に、歯軋りをした。
言っていたではないか。
遙・・・自身が。
『でね、ひとつ思い出した…大きな事を』
断片的に記憶を失っていた遙。
少しずつ、取り戻していた遙。
屋上で語ってくれた・・・真実。
『僕は……父さんの子じゃなかったんだ』
そう、遙は―――駆け落ちしたロクデナシの子供ではなかった。
では・・・誰なんだ。
祥子は真相の令嬢で、男遊びなど知らないお嬢様だった。
過去の友人達の証言。調べ上げた素行。
男の“お”の字も出てこない。
いや、一人だけ。
そう。見合い相手の男。
調べ上げると、二人には繋がりがあった。
いや、付き合っていたのだ。
お嬢様とお坊ちゃんの清い交際。
その、男の子供?
相手はそれしか考えられない―――が。
その事実をしった兄と衝突して、家を出た・・・という事か。
だが、本当に?
『君を、汚してしまう・・・』
遙の言葉。
それが、どうしても引っかかってくるのだ。
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