SHINE
−春・新入生騒動−




遙は昨日今日と学校を休んでいた。
あの騒ぎの後学校に行って、あれこれ聞かれるのが判っていたから、何か誤魔化す良い考えはないか、と対策を考えているウチに2日間も休んでしまったのだ。

東雲涼
俺が羨んで求めて止まないモノを全て持っている男。
誰もがあこがれる容姿・体格。光り輝いた未来。
自信を持ったオーラ。
人を惹きつけずにはいられない力。

近付きたくなかった。
近付いたら…………惹かれてしまう自分に気付く。
彼の側にいたら、嫌でも光にあたってしまう。
俺は影の中、ひっそりと穏やかに、誰の記憶にも残らない人生を送っていきたい。
高校を出て、社会に出ても…………。

その反面。
このまま埋もれてしまう人生。
それでもいいのか?
と、問う自分にも直面している。

いつもこの相反する気持ちが、せめぎ合っていた。

あいつに関わると太陽の下へ出ていきたい自分が強くなっているのも自覚してしまう。
そしてその先にあるのは………………

血塗れの―――――――父の顔。
俺の顔も判らなくなった母の・・・・・・誘い。
後ろ指を指す大人たち……………。

「くそっ」

あいつのせいで思い出したくないモノまで思い出してしまった。

――――このままでいい。
このままでいいんだ…………。

トントンッ
玄関のドアを叩く音がする。

誰だろう?
何かの勧誘か?
来客ではないのは確かだ。
なぜなら、家に訪ねてくるほど親しく付き合っている人間なんていないのだから。

遙はイスから立ち上がると、玄関に向かいドアを開けた。
「どなたです…………」

立っていたのは東雲涼だった。



とりあえず、玄関の前で話すのもはばかられたので、遙は家の中に招きお茶を出した。
「よく来たね、と言いたい所だけど何の用だい。よく僕の家が分かったね。」
もちろん、家の中では眼鏡はかけていない。
遙の瞳は凍るような冷たい色を湛えていた。
「家は調べた。もう一度、話がしたかった。」
「調べた………ね。僕はもう関わって欲しくないって言ったはずだけど?」
涼は遙の目をじっと見つめた。
その瞳はかすかに揺れている。拒否だけではない何か違う色を見つけ、それを読みとった涼は、単刀直入に遙に切り込んだ。
「俺の存在が、おまえに光をあて、おまえの知られたくない過去もみんな光にあたってしまうからか?」
「な…………!!」
思いがけない涼の言葉に遙は絶句する。
「おまえの過去はだいたい判った。目立ちたくない理由も……。」

判った………?
判っただと!?

「……ハッ!なるほどね。さすがお金持ち様はやることが違うよ。俺の過去を調べるなんて、確かに造作もない事だ。じゃあ、理由が判ったんならもう俺には関わるな!君自身も俺みたいな犯罪者の息子に関わっていると輝かしい経歴にも傷が付くよ。東雲コーポレーションの次男坊様!!」
遙は一方的に捲したて、最後の方は叫び声になっていた。

ハアハアと肩で息をしながら、どこか冷静になっていく自分を遙は感じた。
軽くかわそうと思っていた。
いきなり、包帯で隠していた傷を太陽の下でさらされ、感情的になり爆発してしまった。
"僕"が"俺"になっているのにも気付かずに。

こんな事は……初めてだ。

「嫌だ。」
冷静に自己判断を下して、自嘲していた遙の頭上から低い声が響いた。
「嫌だって………お前、どういう………!!」
また、カッとして睨み付けてきた遙を、涼はグイッと腕を掴み引き寄せた。
いきなりのことにバランスを崩した遙は、涼の胸に倒れ込む。

「は……離………!!」
涼はそのまま腰を抱き、顎を引き寄せ、唇を合わせる。
「ん……!んん………!!」
遙の抗議の声は涼の口の中に消える。
涼は、自分の中に燃え上がり溢れだした遙への想いをありったけ込めて口腔を蹂躙する。
「やめ……んぁ…はぅ……」
遙の口から漏れる声は次第に小さくなって、隙を付いて歯列を割られ舌を絡められると,ガクッと足の力が抜けた。
涼は腕に力を込め、グイッと引き寄せる。
後はなすがまま、涼は遙を堪能する。
飲み込めず、あふれ出た唾液をおって口の端から首筋へ涼の唇が移動する。
項をチュッと吸った時 ・・・

バシッ
甘い痛みに意識が現実に戻り、残っていたわずかな力を振り絞って、遙は涼の頬を平手で殴った。

「ど……どういうつもりだよ」
動揺を隠しきれず、涼を殴った手を、反対の手で握りしめながら、遙はガタガタと震えていた。
涼は抵抗する力が残っていない遙を、もう一度抱き寄せ、耳元で囁く。
「好きだ……。桜庭遙、おまえのことが好きなんだ。」
低く艶っぽいテノール。
遙はゾクゾクッとした。

「なにを………」
「好きだ……・好きなんだよ。遙、おまえの事が」

遊び慣れた自分。
女を口説く言葉なんて百も知っていたはずなのに、本命を目の前にすると、出てくるのはこの言葉だけ………。

「好きだ………遙。おまえだって判ってるんだろう?このままでいいはずがないって事は」
思わず聞き惚れていた涼の甘い言葉に、違う意味のモノが混じってきて遙はハッと身を固くした。
「逃げてたって、隠れてたって過去は変わらない。おまえは全てを捨ててきたんだろう?捨てたんなら、隠す必要はないじゃないか。自分を晒してしまえ、太陽の下で。」
何も答えない遙に涼は続ける。
「ここは、あの事件を知ってるヤツはいない。もし知ったヤツが出てきたとしても、7年前の事件だ。風化もしている。事件を起こしたのは、遙、おまえの両親だ。遙自身じゃない。その両親を現実に知ってるヤツもいない。もう高校生だ。何も知らず親の言葉だけを聞いている小学生じゃない。きっと違う反応をするはずだ。少しは傷つけるヤツが出てくるかもしれない。でも、それくらいはおまえなら乗り越えられる。」
「それでも、あんたの心までも傷つけるヤツが出てきたら、俺が全身でかばってやる。俺が全力で戦ってやる。」


「お前は………強いな。」

ずっと黙っていた遙が口を開いた。
涼の告白はあまりにも傲慢で、弱い心を知らない強い自分を前面に押し出したモノだったが、それでも遙の堅く凍った心に小さな火をつけることができた。

「確かに、僕も…………このまま逃げているだけで良いのか、とは思っていた。」
「遙………。」
「僕はここには過去を捨てて生まれ変わるつもりで来た。でも、僕自身が捨てきれずにずっと過去に拘ってきてたんだな。」
「今でも……怖い。昨日まで一緒にあそんでた子が『ハンザイシャ』『お前の母親は人殺し』と手のひらを返したように罵られるのは。昨日まで優しかった近所のおばさんが、目も合わせてくれず、声もかけてくれず僕が通った後で事件のことをひそひそ話をするのも………でも、叔父さんの家族は優しかった。幼なじみで親友の家族も変わらず接してくれた。」
涼はギュッと抱きしめている腕に力を込める。
「もし、あんたの過去がみんなにばれても、少なくとも俺と智紀と雅也は変わらないぜ。他にもきっといるはずだ。」
楽観的な言い方だったが、涼が言うと本当にそんなような気がした。
自分は何を恐れていたのだろう。
「お前は……お前はホントに強いな。」
涼の腕の中で、遙は安心したように息を吐く。
涙が出そうなほど、心が安まる。
こんな気持ち……いつ以来だろうか?
逃げて、顔を背け続けていただけでは、自分は救われない。
向き合って、乗り越えて行かなくては。涼の強さの半分でもあれば、乗り越えられるだろう。
その力を涼がくれたような気がする。


膝を抱えて目も耳もふさいでいた少年は、9年ぶりに顔を上げ、目の前に差し出された優しい手を取ったのだった。





おかしい、5くらいで春編は終わる予定だったのに、まだ半分くらいだ〜。


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