楽園4
 -後編-





 ケヴィンとバーで会ってから、1週間後。
 渚の元に彼から「明日帰国するから、食事を共にしよう」という連絡が入った。
 もちろん、否なはずは無い。
 渚は、気に入っている日本料亭に予約を入れた。



『まわりに人がいないってのは、落ち着くね』
 ケヴィンの一言目に、渚は笑いを漏らした。

 滞在期間は2週間。
 常に人の目に曝されてきたケヴィンの率直な言葉に、同じ経験をした事のある渚は笑わずにはいられなかったのだ。

『料亭ってのもいい加減飽きたとは思うんだけど、やっぱり落ち着いた個室といえばコレくらいの所に来ないといけないから――』
 確かにこの2週間、接待に次ぐ接待の嵐で高級食材には飽き飽きしている頃合だったが、渚の気遣いにケヴィンは笑顔で答えた。

『ところで、彼を紹介してもらえるのかな・・・?』
 ケヴィンの言葉に、渚は『ああ・・・』と己の隣に座っている志野へ視線を向ける。
 渚は自分の片腕であり同士でもある志野をケヴィンに紹介するため、この場に連れてきたのだ。
『彼は俺の片腕で、志野というんだ。たぶん、これからも志野を通じてケヴィンとは連絡を取ると思う・・・』
『志野晴紀です。ミスターブラナー』
 ケヴィンは志野の顔をジックリと見ると、ニヤリと笑った。
『なるほど、判った。ミスターシノ、宜しく』
『こちらこそ、宜しくお願いします。ミスターブラナー』
 手を出したケヴィンに、志野も右手を出す。
『ケヴィンと呼んでくれ。君の事は、ハルキと呼んでもいいかな』
『もちろんです。ケヴィン』



 大まかな事を、食事を進めながら話を交わす。

 今の渚達状況。
 ブラナーの希望。
 だが、本格的な事はケヴィンがアメリカに戻ってからだ。
『こっちもね、五月蝿い兄弟達が多いんだよ。そっちを片付けてからね』
 ケヴィンは苦笑しながら語った。
 ブラナーとして大きく動かれては、瀬野にその動きが察知されてしまう。
 どこまで、ケヴィン個人として動いてもらうか。ブラナーの名前をちらつかせながら。
 そして、渚側も渚が積極的に動けない分、志野には動いてもらう。

 話し込んでいると、あっという間に時間は過ぎた。
 女将に見送ってもらい、店を出る。
 呼んでもらったタクシーに、乗り込んだ。

『渚のマンションに行きたい』
『・・・何もないぞ?』
 ニコニコ言うケヴィンに、渚は片眉をあげる。
『酒ぐらいあるだろ? 飲もうよ』
『・・・まぁ、酒なら』

 渚のマンションの前でタクシーを止めると、志野は明日も早いので帰るという事で、ケヴィンと渚が降りた。
 セキュリティーを通って、最上階へとエレベーターは昇る。
 鍵を差し込んで回した瞬間、渚の表情が固まった。
『・・・渚? どうしたんだい』
 差し込んだ鍵を持ったまま動かなくなった渚に、ケヴィンは不思議そうにする。
 渚はグッと唇を噛み締めると、乱暴にドアのノブを引っ張った。
 ガンッ、と勢いよくドアが開く。
 渚はその場で叫んでいた。


「博隆っ! てめぇ、かってに入るなと何度も言っただろう!!!」





□□□





 乱暴に靴を脱ぎ捨てると、渚はリビングへと向った。
 そこには、思ったとおりリビングのソファに座った和泉博隆が、ビールを口にしながら「よぉ!」と手を片手をあげている。

「不法侵入で、警察に電話するぞっ!」
「不法侵入なんて、ダーリン。合鍵を使って、先に入ってただけじゃねぇか」
「俺は、一度も、お前に、鍵など、渡した覚えはなーい!!」
 以前、合鍵を作られ渚は業者に頼んで、即刻鍵を変えた。
 セキュリティー性の高いカード式などにしようかと思ったのだが、時間がかかるといわれすぐに変えれる鍵にしたのだ。
 だが、このふざけた男に常識など通用するはずが無い。
 またまた、合鍵を勝手に作られていたのだ。
 そんなふざけた男に、渚は怒りで目の前が真っ赤になる。
「ダーリンの部屋の合鍵を、ハニーが持ってるのはアタリマエだろ? ベットも温めておかないといけないしな」
「今すぐ、帰れ!」
 この男とマトモな会話は無理だと判断した渚は、とにかく男を放り出そうと近付いた。
「そりゃ、ないんじゃねぇの?」
 博隆は立ち上がると、近付いた渚の肩を持って、足払いをかける。
 不意打ちをくらった渚は、そのままソファへ倒れこんだ。
「昨日、あのボウヤと一緒にベッドで寝たくせに、ハニーである俺を門前払いにするってのはひでぇと思うぜ?」
「・・・お前、この部屋にも盗聴器しかけてるのか?」
 昨日和成がこのマンションに来た事を知っている博隆に、渚はピンと来た。
 この男は、前科があるのだ。
「タネは教えちゃ、面白くねぇの」
 渚の言葉に、博隆はニヤリと笑うだけで答えない。
 こうして、いつも誤魔化されるのだが。
「それより、コレなんとかしろよ? 昨日乗り込まずに我慢してやったんだからな」
 上から乗りかかられ、腰を押し付けられる。
 既にソコは、布越しにでも判るぐらい熱くなっていた。
「お前は、サルか」
「ボウヤには、触らせてねぇだろうな? 浮気は許さねぇぞ」
「和成とはそういう関係じゃないって、何度言えば判る」
「あのボウヤは、男だと言っただろう? 甘く見てると喰われるぞ」
「和成は子供だ」
 キッパリと言い切った渚に対し、博隆はフフンと鼻を鳴らしてそれ以上何も言わなかった。
「それより、ヤろうぜ」
「ちょ、お前・・・」
 首筋に唇を押し付けられ、慌てて剥がそうと男の髪の毛を掴む。
「暴れんなよ、大人しくしとけって・・・」
「ちょ、博隆・・・ココでする気――」
「ったりめぇだろ?」
 シャツを肌蹴られ、乳首を弄られる。
 ココまで来たら、コノ男が止まるわけがないという事は、渚は良よく知っている。
 何か忘れているような気もするが――仕方ない、と躯の力を抜いた時。

『あの、渚・・・。僕はちょっと困るんだけどなぁ』

 ・・・リビングの入り口から、英語が聞こえた。




□□□



「どけー!!」
 渚のアッパーカットが博隆の顎に見事に決まると、渚は上に覆いかぶさっていた博隆を押しのけ、慌てて起き上がった。

『あの・・・ケヴィン・・・』
 目の前の友人に何と言っていいのかわからず、渚は言葉を詰らせる。
 背中に、冷たい汗が流れた。
 お互いを見つめあう事数秒。
 それをジャマしたのは、もちろん博隆だ。

「なんだ、この外人はっ!」
 暫く痛みに呻いていたが、頭上から英語が聞こえ振り返ると金髪碧眼の外人が立っているではないか。
 しかも、どうやら渚と知り合いらしい。

 そして、博隆はこの男を知らない。
 ――こんな男は、知らないのだ。

「渚、なんだコイツは? 事と場合によっちゃ、ブチ殺すぞ」
 博隆の剣呑な言葉に、渚は慌てて博隆に視線を向ける。
 そこにいたのは、先ほどまでいたニヤニヤしたざけた男ではなく、野獣のような視線で相手を射殺さんばかりに睨みつけている極道の人間だった。
「博隆、彼は俺のアメリカ時代の友人だ・・・」
「・・・アメリカ?」
 怪訝な顔をした博隆に、渚は頷く。
 博隆がケヴィンに視線を向けると、ケヴィンはニッコリと微笑んだ。
「ハジメマシテ。ナギサノルームメイトダッタ、ケヴィンデス」
 ケヴィンは渚とルームメイト時代、渚に習って日本語を勉強していたので、ある程度の言葉を話す事ができる。
 ビジネスでは、一切使わなかったのだが。
「ルームメイト・・・だぁ?」
 博隆の眉間の筋がピクリと動いた。
「おい、渚。ルームメイトってのはケリーとかいう名前じゃなかったのか?」
「・・・よく覚えてるな」
 渚は一度寝言でケリーと呼んで、博隆にキれられた事がある。
「ケリーの本名がケヴィンだったんだ。同一人物」
 渚は仕方なしに答える。
 ピリピリしまくってる博隆に逆らってもいい事などないのだ。
「ほぅ、お前がなぁ・・・」
 博隆はもう一度ケヴィンを見据え、ソファに座っている渚の隣にドッカリと腰掛けた。
 そして、渚の腰に手を廻すと、そのままグッと引き寄せる。
「おい、博隆っ!」
「ケヴィンとやら。渚は俺のモノだ。手ぇ、出したらぶっ殺す」
 博隆の凄みを真正面から受け止めたケヴィンは、渚に視線を移した。
『ねぇ、渚。彼の言ってる事は本当なの?』
 流石にブラナーの人間だとでもいうのだろうか?
 平然とこの事態を受け止めているらしい。
 渚は半分パニック状態だった頭を整理して、溜息を吐いた。

 ――今更・・・。先ほどの光景をみられたのだ。何を言っても仕方ない。

『不本意ながら・・・な』
 渚の言葉に、ケヴィンは目を見開く。
『へぇ・・・。君がねぇ。思わぬ収穫だよ。ホント』
 ニコニコしながら、ケヴィンは再び博隆に視線を向けた。
「ボクトナギサハトモダチダ。コイビトタチノジカンヲジャマスルノハ、ボクノホンイジャナイカラ、キョウハタイサンスルヨ」
「ああ、とっとと帰れ」
 手を振って帰れ帰れとする博隆の足を思いっきり踏んで、渚は立ち上がった。
『ケヴィン、すまない。こいつはこうなったら、たぶん何をしても帰らないだろう』
『コチラこそ、邪魔してしまってゴメンね』
『邪魔はあいつなんだがな・・・』
 渚からは溜息しか出ない。
『ウチの人間呼ぶから、場所だけ説明してもらえるかな?』
『ああ・・・』
『それと、あの目の毒だから、シャツのボタン閉めてくれる?』
『えっ!? あっ!! あああ・・・』
 渚のシャツは、先ほど博隆に肌蹴られたままの状態だった。
 慌てて、ボタンを留める。頭の中では博隆に呪詛を吐きながら。
 その間にケヴィンが携帯をかけ、電話の相手に渚は詳しく場所を教えた。
 すぐに到着するというので、渚はマンションの出入り口までケヴィンを送る為に再び部屋を出たのだった。
 何故か、博隆がついて来たが。

「こんなの放っておけばいいだろ?」
 エレベーターの中。ケヴィンを指差しながら、博隆はまだブツブツ言っていた。
 どうも今日の博隆は、いつも以上にケヴィンの事で絡んでくる。
 渚は鬱陶しげに、博隆の顔の前で手をヒラヒラさせた。
「お前が帰れよ。ケヴィンは友人だが、取引先の大事な相手なんだ」
「つー事は、この先もこいつと付き合うのか?」
 さらに不機嫌さが増す。
 渚は本気で、このまま博隆も帰って欲しくなっていた。
 この後の事を考えれば考えるほど。
 それでもケヴィンに迷惑をかけるわけにはいかないので、ココで本気で言い争うのは耐えているのだが。
「仕事だ。お前には関係ないだろう?」
 暗に決めてある不可侵条約。
 それを言葉尻に込めると、博隆はそれ以上何も言わなかった。



 マンションの入り口から出るとすぐに、黒いベンツが1台目の前に停まった。
 ケヴィンと渚はその車に近付く。
 運転席から出てきた男が後部座席のドアを開いたので、ケヴィンはそこにゆったりと後部座席に座ると、渚に視線を向けた。

『じゃ、渚。細かい事はアメリカから連絡するから』
『ああ、宜しく頼む。・・・今日はすまなかった』
 渚の言葉に、マンションの入り口でタバコを吹かしている見て、ケヴィンはニヤリと笑う。
『いや、向こうでは散々言い寄られてたの断ってたから、駄目なんだと思ってたんだけど、本命が日本にいたんだね』
『・・・あいつ以外の男は、絶対お断りだ』
 博隆に聞き取られないように、渚は小声で言った。
 博隆も日常会話程度の英語は判るからだ。
 だてに桜華学園を卒業していない。
 渚の言葉に、ケヴィンはピューと口笛を吹いた。
『なんだ、ちゃんと想いあってるんだ』
『――あいつには、一生言わない』
 フイっと視線を反らした渚に、ケヴィンの腕が伸びてきた。
 グイっと頭を引き寄せられる。
『コレくらいのイジワルは許されるよね』
 そういうと、渚の唇にそっとケヴィンのそれが重なった。
「あ、お・・・お前――!!」
 背後で博隆の叫ぶ声が響く。
『じゃあね、渚。また会おう』
 ドアを閉めると、ケヴィンは中からニッコリ手を振る、
 渚が呆然としている間に、ベンツは走り去っていった。




□□□




「ああ、もう五月蝿い」
「とにかく、あいつとはもう会うな!」
 ケヴィンの置き土産に、博隆が怒りを爆発させたのは言うまでも無い。
 このまま帰ってくれないだろうか? と渚は何度も思ったが、もちろん博隆が帰るはずもなく部屋まで一緒に戻ってきた。

「ケヴィンは仕事相手だと言っただろう。会わないわけにはいかない。お前に口を出される分野じゃないはずだがなっ」
 いい加減五月蝿い博隆に、渚もキレ口調だ。
「俺のモノに手を出されるのを、むざむざと目の前で指を咥えて見てるわけにはいかねぇ」
「俺はお前のモノじゃない」
 “モノ”呼ばわりされた瞬間、渚は言い返していた。
 そんな渚を見た博隆は、犬歯を見せてニヤリと笑った。

「お前は、俺のモノだろう? 渚」



「いやだっ、離せ! 離せ離せ!!」
 問答無用でソファに押し倒され、博隆の腕の中で渚は暴れる。
 渚の言葉を聞いているが聴く気の無い男は、渚の纏っている衣服をどんどん剥いで行く。
 剥き出しになった肌をスルリと撫で上げると、博隆はニヤリと笑った。
「判ってんのか? 今日は寝かせねぇぜ。浮気には、オシオキが必要だからな」
 見えた犬歯に、渚はゾクリと鳥肌を立たせたのだった。





「・・・くっ・・・うっ・・・・」
 唇を噛み締めても、揺さぶられるうちに口の端から声が出てしまう。
 躯と躯がぶつかり合う音が、妙に生々しい。
 獣の格好で一体自分は何をしているんだろう、と声にならない声をあげながら渚は自分に問いかけてみる。
 その答えは、出ないのだけれど。
「ガキとニャンニャンしてると思ったら、今度は金髪の外人かよっ。外人はデカイからな、お前にはキツイんじゃねぇの?」
「ばっ・・・、ぶち、っぅ、殺・・・すっ・・・ぁ」
 渚の腰を抱えガンガンに己の腰をつき立ててくる博隆に、文句を言おうにも言葉が中々でない。
 快感と苦痛の狭間で、渚の意識は途切れ途切れになっていく。
 乱れる吐息と、生々しい音とが、部屋には響いていた。

「浮気なんて・・・許さねぇからな」
 男なんて、お断りだ。
「他のヤツの咥え込んだら、ぶっ殺してやる」
 こんな事する物好き、お前だけだ。
「俺しか、満足できねぇだろ?」
 お前が好き勝手にしていくだけじゃないか。
「俺でしか、イけないようにしてやる――」

 ――何故、こんな男捨ててしまわないんだ。

 今更ながらに渚は思うが、その答えも既に判っているのだ。
 ・・・ムカつくから、一生言わないけど。

「うっ、んっぁ・・・!」
「すげぇ、締め付けてくるぜ。中で出してやる」
「そ、とに・・・」
「奥の奥まで、俺でいっぱいにしてやるよ、渚――」
「う、あ・・・ぁ――」

 獣の夜は、まだまだ長い・・・。
 オシオキという名の熱い夜は、明け方まで終わる事がなかった。







 ――渚のプライベートなメールアドレスに、ケヴィンからメールが届いたのは、それから1週間後の事だった。





終わり




2003.10.2


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