永遠の感情
ーact・8ー






徹夜でこき使われて、藤岡はフラフラでバイクを駐車場に入れた。

―――これから一眠りして、一樹に会いに行こう。
しっかり話を聞かなくては・・・。

重い瞼にカツを入れつつ、アパートの階段を上る。
ポケットを探り、自室の鍵を鍵穴に差し込み左にまわした。

―――ん?

鍵の開く感触がない。
俺、朝鍵していくの忘れた・・・?
しかし、しっかりと鍵をかけた覚えはあった。
ドアノブをまわしてみると、何の抵抗もなくドアは開いた。
藤岡は怪訝な顔をしながら部屋に入っていくと・・・・。

「お帰りなさい、朝帰り―――?」
「・・・美夏」
ベットに座って笑っている美夏が居た。

「どうしてお前がココに居るんだ―――」
「訪ねてきたら、居なかったから上がらせて貰っちゃった。」
ケロッと答える美夏に頭痛を覚える。
「鍵は・・・閉まっていただろう」
「作っちゃった」
目の前に示された鍵を、藤岡は取り上げた。
「乱暴ね―――」
「乱暴も何も・・・お前コレは犯罪だぞ。」
「あら、そんな私と貴方の仲なのに―――」
美夏はアッケラカンと答えた。

こんなに、話の通じない人間だっただろうか・・・。
余りの突飛で非常識な行動に唖然としていたが、落ち着いてくると怒りが沸き上がってくる。
元々この部屋には一樹しか入れる気がなかったのに、勝手に上がり込んで我が物顔でくつろいでいる女に藤岡のイライラは限界に達した。

「俺は、プライベートを荒らされることが最も嫌いな事だと、お前は知ってるはずだよな・・・。」
「えっ、でもいいでしょ?私と貴方の・・・・」
「どんな、仲なんだ―――」
冷たく冴えきった声に、甘い視線を送っていた美夏はビクリッと肩を震わせた。

「出ていけ」
「えっ・・・」
藤岡は、美夏の腕を掴むとそのまま玄関へ向かった。
「痛いっ」
無言で扉を開けると、藤岡は美夏を突き放した。
「きゃっ」
玄関に置いてあるヒールも投げ捨てる。
部屋に戻って、美夏が置いてあったバックや服も―――

「ひどいわっ、何するのよ、零」
「住居侵入。警察呼ぼうか?」
「なっ―――」
藤岡のあまりに、淡々とした声に美夏は初めて藤岡の怒りを把握した。

「そ・・・そんなの、いいの?一樹君―――」
「一樹に何かしたら、絶対許さない。絶対に、だ。」
声は相変わらず淡々としていたが、目が違った。
藤岡の目は、ハッキリと怒りに燃えていた。
美夏は、こんなに感情を露わにする藤岡を初めて見た。
「わかった・・・今日の所は帰るわ・・・」
美夏も馬鹿な女ではない。
引くところは、引くことが出来た。
藤岡の本気が、よく判ったからだ。

藤岡は美夏を追い出すと、そのまま一睡もしていないベットに躰を投げた。

―――香水の匂い?
不快感が躰中を駆けめぐり、シーツを思いっきりはがして捨てる。

―――鍵・・・鍵も変えなくては・・・・
だが藤岡は、そのまま気を失うように睡魔に身をゆだねた。


◇◇◇


―――足が、動かない。

一樹は、女性と藤岡が玄関で話をしているので、出て行けずにいた。
二人が何を話しているかは、一樹には聞こえない。

このまま、飛び出していけば・・・きっと自分の考えなんて馬鹿げた事だと、思えるハズなんだ。
なのに―――動かない。
もしかしたら・・・
もしかして・・・

そうしているウチに、藤岡の部屋の扉が閉まる音がした。
ハイヒールの音。
一樹は、ギュッと拳を握った。

「あらっ?」
頭上で、女の声が聞こえる。

「あなた―――」

一樹が見上げると、綺麗に化粧をした、非の打ち所ない女が一樹を見ていた。
お互い数秒見合った後・・・
その女は、クスリッと笑みを浮かべた。

「朝帰りの現場を見られるなんて、恥ずかしいわ―――」
そう云うと女は、身じろぎもしない一樹の横をすり抜け階段を下りていった。

―――朝帰り。
朝帰りって・・・・
昨日、泊まったって事?

どうして?
どういう事?
どういう意味?

零―――
10歩も歩けば、藤岡の家に行けたのだが、一樹はどうしてもそこから前に進むことが出来なかった。



どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?
一樹は、ふらりと藤岡のアパートから出た。
何も考えられずに、駅までの道を歩く。

「あら、一樹君―――?」

振り返ると、そこには―――
「茉莉耶サン・・・・・」
家庭教師の美しい女性は、嬉しそうに一樹に近付いてきた。

「どうしたの?こんな所で―――」
「茉莉耶サンこそ・・・」
「あら、あたしはこの近所に住んでいるのよ」
思わぬ偶然に、一樹は驚く。

「そうだったんだ・・・」
「一樹君こそ。日曜の朝からなに?デート?」
デートと云う言葉に、ギュウっと一樹の胸が痛んだ。

「違います・・・」
「そうなの?ヒマなら私と遊びに行かない?」
「え・・・?」
思わず茉莉耶の顔を見惚けてしまった一樹に、茉莉耶はニッコリと魅惑的に微笑むと
「ねっ、奢るし。今日は二人で楽しく過ごしましょうよ―――」
と、誘った。
そして、「二人でいれば、少しでもさっきのことを忘れられるかもしれない・・・」と思った一樹は、コックリと肯いていたのだった。


◇◇◇


藤岡が目覚めると、午後をとっくに過ぎていた。
目を覚ますために、シャワーを浴びる。
ようやく覚醒してきた頭で、まず一樹のことを想いおもむろに受話器を上げた。

―――留守電?
何度鳴らしても携帯電話に一樹がでることはなく、最後は“コチラ・・・”と機械的な声で、電話にでることが出来ない旨を告げられる。
次に藤岡は、一樹の実家へ電話をかけた。
すると一樹の母親がでてきて、一樹は朝から出かけていると藤岡に告げた。
「藤岡君と何処かに遊びに行ってるのかと思ってたのにねぇ」、と。

―――何処にいったんだろう?
高校の友人と遊んでいるのかもしれない。
何処か、買い物に出かけたのかもしれない。

なのに、この胸に広がる不安な気持ちは何なんだろうか・・・。

そして結局その日は、携帯に一樹がでることはなく、自宅に一樹が戻ってくることもなかった。


◇◆◇◆◇


―――一樹君、初めてでしょ?

―――それとも、彼女と経験済み?

―――いいのよ。辛いときや寂しいときは、肌で温めあうのが一番安らげるの。

―――一樹君の事を私は慰めれると思う。

茉莉耶サン・・・・。



目を開けると、白い天井が見えた。

ココは・・・。

起きあがると、全身に痛みを感じる。
「くぅっ・・・」
「羽田野、気が付いたかっ!!」
振り向くと、ソコには社会科の麻生英治が居た。

「先生・・・オレ・・・」
「ビックリしたよ。何か大きな音がするから駆けつけてみたら、お前が倒れてるんだからな・・・」

そうだ。
ぼやけていた頭がハッキリする。
茉莉耶サンの車で送って貰い、いつもより早く学校に到着した。
そして靴箱を開けると、いつものように手紙が一通入っていた。
しかし、その内容は・・・。

『放課後、屋上で待つ』

いつもの便せんに、いつものワープロの字。いつもの封筒。
相手は、いつも『藤岡零と別れろ』と云ってくる人間だ。

・・・コレで相手が判る。
放課後になると、一樹は喜び勇んで屋上へ向かった。

相手に会えれば、どうしてこういう事をするのか聞くこともできるし、何とか出来るかもしれない。
解決・・・出来る。
零に頼らず、自分の力だけで。
零の足手まといにならずに済む。

だが、屋上には誰も現れなかった。
1時間待って、一樹は仕方なく屋上のドアから校舎内に入った。
そして、階段を下りようとした時―――

「何か、引っかかったんだ・・・」
「え?」
一樹の呟きに、英治が聞き返す。
一樹は自分の見に起こった事を説明しようと口を開きかけた時、ドアの向こうから走ってくる音が聞こえてきた。
「英治っ!!」
勢いよく保健室のドアが開き、水島が保健室へと飛び込んできたのだった。



水島は、一樹が寝ているベットに向かってくると、一樹と英治の目の前で握っていた手を開いた。
「コレ、コレが仕掛けられてあった・・・」
「なに・・・?」

ソレは透明の―――

「糸・・・?」
「ああ。コレが、屋上から校舎へ続く階段の最上段に張られていたんだ。」
「オレ、ソレに引っかかって・・・」
「最上段から落ちたのか・・・」
「なんて、悪質な・・・。打ち所が悪かったら命を落としてもおかしくないぞ。」
水島は、あまりに悪質な仕業に憤る。

「とっさに、受け身を取ったけど―――」
「でもお前、躰中痣だらけだぞ。きっと。」
「たぶん、そうだと思う。」
確かに、体中が痛い。
そして、何だか右足首もズキズキする。

「足、くじいたかも―――」
「頭とかは、打ってないんだな?」
英治が心配そうに、一樹を覗き込む。

「はい、ソレは大丈夫です。」
「しかし、酷いな・・・イタズラとかそう云うのでは済まされないぞ、コレは。」
「確かに。」
「どうして、ココまでされるか・・・オレには全く―――」
暗い沈黙が続く。


「とりあえず、羽田野。帰りなさい。藤岡呼ぶから。」
一樹はその言葉にとっさに反応した。

「いいです。零は呼ばないで下さいっ!」
「え・・・?」
英治と水島はお互いの顔を見合わせる。

「1人で帰れます。だから・・・」
「ソレは無理だと思うぞ。なんだ羽田野、藤岡さんとケンカしてるのか?」
「亨ッ」
水島の開けっぴろげな質問に、英治は眉を寄せる。

「ケンカ・・・というか、今、会いたくないんだ・・・」
俯いて黙ってしまった一樹に、水島は溜息を吐いた。


「亨。お前、羽田野を家まで送っていけ。」
「ああ。」
「えっ、そんな。いいよ―――」
「良くない。途中で倒れたらどうするんだっ」
本気で一樹を心配して怒ってくれる英治に、一樹はそれ以上何も云えなかった。


◇◇◇


「悪いな。ホントは二人で帰るんだったんだろ?」
とっくに日は暮れていた。
右足をくじいた一樹は、水島に肩を借りながら、ゆっくりと駅へと向かっていた。
「別に。後で、家に行くから―――」
「ああ、そう」
平然と惚気る水島を、一樹は見上げた。

水島と英治の事を知ったのは、去年の文化祭。
もちろん、藤岡から聞いたのだが。
それ以来、二人は一樹を信頼してくれているのか、一樹の前で仲の良さを隠さない。
二人を見ていると、いつも思う。
対等だな・・・と。
お互いのことを信頼しあって、自然に力を貸しあってる。

「何、ジッと見てるんだ?」
「あ・・・ゴメン」
自分の考えに耽っていたせいで、水島の顔をずっと見ていたらしい。

「どうした?」
「いや、お前らはイイナ・・・と思って」
「どういう事だ?」
怪訝な顔をして水島が聞いてくるので、一樹は苦笑して答えた。

「水島と、麻生先生って、対等だろう?お互いがお互いを支えてる・・・」
一樹の言葉に、水島は「ああ・・・」と、納得した顔をし
「対等・・・。どうかな?あの人にはまだまだ敵わないよ―――」
「え?そんな事・・・」
一樹の目から見れば、二人は対等にし見えない。

「俺は・・・あの人の1つ1つの行動で嫉妬して、我が儘を云ってる。でもあの人は、全てを理解し、全てを包み込んで、俺の酷い仕打ちを許してくれる。まだまだ俺はあの人の手の中で遊ばされてるようなモンだ―――」
「そ・・・うなのか?」
自分たちの学年でも、一番大人びているように見える水島が、遊ばされてるなんて―――
「でも、ソレも仕方ないかと思ってる。実際俺はあの人より5歳も年下なんだし・・・。それに、あの人に甘やかされるのもスキなんだ。」
水島はそう云うと、「藤岡さんには内緒だぞ。」と、苦笑した。

「お前が何を思い悩んでるか知らないけど、全て自分で解決できることなんて無いと俺は思うんだ。だから、自分が出来ることは精一杯するし、出来ないことは頼ればいいと、俺は思うけど。実際、俺はそうしてる」
「そう、だな・・・」

確かに、自分で・・・自分で・・・と云う気持ちが大きかったかもしれない。
出来ない事は、出来ない・・・。
オレは、出来ない事を抱え込みすぎたんだろうか。
何でもできそうな水島でさえ、頼る時は頼る・・・と云ってる。
オレも、出来る事は自分でやって、出来ない事は、頼ろう。

零に、今起こってることを相談しよう―――
と、思った瞬間、一樹の胸はギュッと痛んだ。

あの女性―――
あの人は、誰?
「朝帰り」って云ってた。
零はもう、俺の事―――


「お前ら、誰だっ!!!」
水島の大声に、一樹は思考の中から現実世界へと戻ってきた。
辺りを見回すと、数人の男に囲まれている。
その男達はみんな、キャップにサングラスにマスクと、完全防備をしていた。

「お前には用はない。そっちの男を渡せよ」
マスク越しのくぐもった声。
「嫌だと云ったら・・・?」
水島の声は、何処か弾んでいた。
「てめえも一緒にやっちまうぜ―――」
その言葉に、水島はニヤリと笑うと、かけていた眼鏡を外し一樹に渡す。
「羽田野、さがっとけ」小声でそう呟くと、
「望むところだ―――!!」
と、目の前の男に、飛びかかっていった。
「水島っ!!」

5対1
完全に、水島の方が不利だ。
自分も加勢したいが、足が動かないのでは足手まといになるだけだ。
一樹は仕方なく、壁際まで下がる。
だが―――

水島は、一樹の想像と違い、1人1人確実に、地面に沈めていった。
学校では見たことのない獰猛な瞳。
口元が笑っていて、何処か嬉しそうだ。
そして、最後の1人を左ストレートで殴り飛ばしたとき、その男のサングラスが飛んだ。

「お・・・お前―――」
水島の動きが止まる。
一樹には、その相手の顔は見えなかった。
「ひ、引くぞっ―――」
リーダー格らしいその男の声に、地面でうめいていたヤツらは、立ち上がり逃げていく。

「水島・・・お前、強いんだな・・・・」
固いというイメージしか無かった水島の、また違う一面を見たような気がする。
「ああ・・・」
しかし水島は、一樹の方を見ずに何か考え込んでいるようだった。
「水島?」
一樹が不思議そうな顔をすると、水島は「送るよ」と云って、何事もなかったように一樹を自宅まで連れて帰ったのだった。


◇◆◇◆◇


藤岡は、1日中不機嫌だった。
一樹は捕まらない。
しかし友永に捕まり、大学が引けると一日中パソコンの前でプログラムを打っていた。
真っ暗の中駐輪場にバイクを止めると、アパートの階段を上がっていく。
昨日変えた、新しい鍵でドアを開けると、真っ暗な部屋に入る。
暗闇の中で、赤いランプが点滅しているのに気が付いた。

ボタンを押すと、“ケンスウハ・・・イッケンデス”という機械音の後

『零、オレだ。全て調べがついたぞ。明日にでも取りに来い。今日は事務所にはいねぇから』
用件だけ述べた男の声はそこで終わっている。

暗闇の中で、藤岡の右口端がグッとあがった。



続く



ダブル不倫??(爆)
昼ドラよ!昼ドラ!!あはははは。

というわけで、act8です。
そろそろ、佳境に入ってきた模様。
やっと、終わりが見えてきて、水貴もホッと一息です。

水島君。何だか活躍してますね。
ファンが増えるといいんだけど(笑)
でもそろそろ、藤岡サンにも復活していただかないとね・・・


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