永遠の感情
ーact・14ー







「あ・・・」

一樹は、拓巳に引っ張られて部室内に入ってきた人間を見て、思わず呟いてしまった。
その声に反応したその人間は、一樹の方を見てキッと睨み付ける。
しかし、その隣にいた藤岡を見て、パッと目を輝かせると

「藤岡センセイ―――」

その人間―――藤岡の家庭教師先の生徒の奥山美雪は、拓巳の手を振り払うと、甘えた声を出していつものように藤岡の腕に縋ろうとした。
―――が、
藤岡はそれを、鋭い視線で制した。

「美雪ちゃん。どうして、ココに呼ばれたか判ってる?」

穏やかだが、甘えやごまかしは許さない声で藤岡は尋ねる。
途端に美雪は、「知らないっ」と、横を向いてしまった。



「そう―――、じゃあ、まずこれ・・・・」

藤岡はそう云うと、足下にあった紙袋を机の上にひっくり返した。
中から、ザラザラと大量の紙が出てくる。

「コレを、毎日毎日投函していたのは、君だね―――」
藤岡の言葉に、その場にいた全員が美雪の方へ向いた。

「しっ、知らないわ、そんなの!知らないっ!!」

美雪は頭を被り振って、藤岡の言葉を激しく否定する。
しかし、藤岡の鋭い視線が和らぐことがない事を知ると、美雪は見る見るうちに、その大きな瞳を潤ませた。

「―――ヒドイ。美雪、羽田野さんの住所もなにも知らないのに・・・。そんな手紙、知らないのに・・・。どうしてセンセイは美雪を疑うの?そんなの、羽田野さんが勝手に云ったデマなのに・・・。」

事実を知らなければ、切々と訴える美雪の姿は、誰の目から見ても、とびきりの美少女が無実の罪を被せられ、嘆き悲しんでいるようにしか見えない。
だが藤岡は、そんな姿の美雪を鼻で笑った。

「いつ、この手紙が一樹宛のモノだって知ったんだい?俺は一言も一樹の名前を出していないよね?」
それまで俯いてすすり泣いていた美雪は、藤岡の言葉に動きを止めた。

「ま・・・、1つずつ挙げていこうか。美雪ちゃん、、昨日、俺は君の友人佐伯さんに会った。彼女と付き合っている牧田と林にも。」

3人の名前を聞いた美雪の顔色がサッと青ざめるのを、その場にいた人間全てが見て取れた。
藤岡は無言で立ち上がると、窓際においてあったMDプレイヤーの前に移動した。

「コレ―――何だかわかるよね?」
「あ・・・」

藤岡のポケットから取り出されたMDを見て、美雪の顔が強ばる。
藤岡は美雪を流し見ると、手に持っていたMDをプレーヤーに差し込み、そのまま再生ボタンを押した。


『・・・ずき。・・・・・・・・か・・・・ずき。か・・・』


「ひっ!」
「な、に・・・?」
「コレは―――」

一樹は耳を塞ぎ、その場にいた他の人間は不思議そうな顔をしたり、眉をひそめたりした。
藤岡はすぐに停止ボタンをを押すと一樹に近寄り、その背を優しく何度も撫でる。
怯えた表情で藤岡を見上げた一樹に「大丈夫だ。」と藤岡が囁くと、一樹の躰から少し力が抜けた。

「藤岡―――。この声は・・・宮下か?」
沈黙を破ったのは、少し表情を厳しくした麻生英治であった。

「ええ・・・。声は、ね。コレが毎日、一樹の携帯にかかっては流れていたんですよ。」
藤岡の言葉に英治は「なんて、悪趣味なっ・・・」と毒づいた。
「そして、コレを毎日かけていたのも、美雪ちゃん、君だね。」
藤岡は言い訳は許さないとばかりにキツイ視線を美雪に送りながら、ゆっくりと昨日の話を語り始めた。


◇◆◇◆◇


「君は、確か―――」
一瞬目を見張った藤岡だったが、即座に彼女との繋がりを理解し、ニッコリと笑った。

「なるほど、ね。何となく繋がりが見えてきたような気がする。云って貰おうか。お前達の関係と、お前達が何をしたのか。そして、誰がそれを指示したんだ―――」

林達はあきらめの表情を作り、少女は、口調とは裏腹な美しい藤岡の笑みに見とれていた。
藤岡は少女に自分の隣の空いている席を示し、少女は云われるがままにソコに座る。

「君とは先日会ったね。美雪ちゃん・・・の友達の―――」
「さ、佐伯祥子と申します・・・」
ウットリと自分を見上げる少女に、藤岡は惜しみない笑みを振る舞う。
全てを、吐かせるために。

「佐伯さん。宮下寛・・・って知ってる?」
切り込むような視線を向ける。
藤岡が宮下の名を口にした途端、今まで頬を赤く染めていた少女は、一気に蒼白になった。

「あ・・・・あの・・・・私―――」
テーブルの上に置いた手が、細かく震える。
そんな少女に、藤岡はもう一度優しく微笑みかけた。

「何も、君を責めているわけじゃないんだ。ただ、君の知っている事を俺に教えて欲しい・・・。とても、困っているんだ」
藤岡の笑み、そして助けを求めるような顔と、願い。ソレを断れた女性は、今だかつて・・・いなかった。


◇◇◇


少女と、林達の話を要約すると―――

ユリカモメで一樹と藤岡が降りていった後、祥子は一緒にいた二人に「そういえば・・・」と彼氏の友達から聞かされた話を持ち出した。

「羽田野さんって、以前男と付き合ってたらしいわよ。」
「ええ―――?!」
驚く二人に祥子は有頂天になり、自分の聞き及んだ事をリークした。

「その人とは、もう別れちゃったらしいけど―――羽田野さん、松華じゃ結構もてたらしいのよ。」
「へぇ・・・スゴイね。でも、何だか羽田野さんならって、納得できるところがあって恐い〜」
と、笑って流した一人の少女とは別に、
「ソレってどういう事?!詳しく聞きたい!」
と、もう一人の少女―――美雪は反応したのだ。

詳しくは知らない、と答えた祥子に美雪はどうしても聞きたい、と林と会わせるという約束を彼女にさせた。

誰からも目を引く美少女であり家も大きい美雪は、表ではお嬢様とおとなしくしていたが、実は裏では結構遊んでおり近隣の公立工業校の男子生徒達―――所謂不良と呼ばれる人間達とも親密な付き合いがあり、彼らの中でもアイドル化していた。
梅華における彼女の立場も少し特別で、リーダー的立場にあり強引で我が儘な彼女の願いを断れる人間は、皆無に等しかった。



林から一樹が昔付き合っていた宮下のこと、そして宮下と別れてからすぐ藤岡と仲良くなった事を聞いた美雪は
「きっとセンセイに近付くために、付き合ってた男を捨てたんだわ。センセイは騙されているのよ!」
と激しく憤ったと云う。

そして美雪は、羽田野一樹の行動を追うようになった。
度々会う藤岡と一樹の姿を見ては、「許せない。」と周りに漏らすようになっていく。
そして「少し脅してやるわ」と、最初に起こしたアクション―――強迫状の投函が全くの効果が表れない事に苛立った美雪は次の手を考えた。
そして、ある名を思い出した。

宮下寛。
一樹の以前の恋人。

初め美雪は安直に、「宮下に、一樹とよりを戻すように云って欲しい。」と林に頼んだのだが、一樹と別れた後の宮下が極端に一樹と藤岡を避けていたのを知っていた林は、ソレは無理だと彼女に伝えた。
だが、諦めきれない美雪の執拗な懇願にあい、また「梅花女子とのコンパ」という甘い蜜に負けた林が考え出した打開案が、

“宮下の声を編集してMDに落とし、ソレを一樹に聞かせて宮下とのことを一樹に思い出させ藤岡と気まずくさせればいい。”

という、考えた者にはただのちょっとした脅しで、大したことのない事であったが、一樹にとってはとても追いつめられるモノであった。

打開案に美雪は飛びつき、林達は計画を実行した。



まず、林が宮下の実家に電話をかけ「クラス会の話がある。」という理由で、あっさり今の宮下の下宿先の電話番号を知る事が出来た。
そして、何食わぬ顔で元クラスメイトとして宮下に電話をかけ、たわいもない話をする。
その会話を、全て録音しながら―――

録音した宮下との会話の中から、林と牧田は早速・・・

“カ”
“ズ”
“キ”

の3文字を拾い出し、編集した。
機材は学校(林達はメディアの専門学校に通っており、音声を専門に勉強していた。)の機器を使うことが出来たので、何の苦もなく簡単に編集作業は完成した。
藤岡が指摘した雑音は、言葉を切ってつなぎ合わせる際に残ってしまった音であり、ソレは林達が専門学校に行ってるとは云っても、まだまだ音声に関しては初心者だった為である。

一樹の携帯ナンバーは、林は一樹の友人数人と知り合いだったため、すぐに知ることが出来た。
そして、出来上がったMDと一樹の携帯ナンバーを、林は美雪に渡したのだった。

美雪は毎晩かけ続け、一樹を精神的に追いつめることは出来たが、目的であった藤岡と一樹の距離は、美雪の目には逆に近付いているように見えた。
たびたび藤岡のバイクに乗る一樹を目撃しては、美雪は周りに当たり散らしていたという。
そして、その暴走は結局「一樹を力で脅して、藤岡から離させる」という、いたって明快且つ単純な考えに至り、たびたび一樹を尾行するときにも使っていた工業学校の知り合い達に、一樹を襲わせたのである。


◇◆◇◆◇


「その坊や達も、君の名前を吐いてくれたぜ。美雪ちゃん」

それまで壁際で煙草を吹かしていた拓巳が、口を挟んだ。
「昨日ひっ捕まえて、優しく優しく質問したらな、君に“羽田野一樹を痛めつけて欲しい”と頼まれたと、洗いざらい教えてくれたよ。ずっと尾行を手伝ったりした事もな。」
「・・・・・・・・」
俯いたまま、何も云わない美雪に、藤岡は押し殺した声で問うた。

「何故、こんな事をしたんだ―――」

ただの、家庭教師とその生徒。
それ以上、それ以下でもない関係だったはず。
美夏や茉莉耶のような、藤岡が昔遊んだ相手でもない。
なぜ、一樹がこのような理不尽な目に遭わなくてはならない―――?

「だって・・・!!だって、センセイ、美雪が何度云っても、用事があるって云ってデートしてくれないのにっ。なのに、羽田野さんとはいつも会ってた・・・・。」
「―――それが?」

ソレが、なんなのだ。
美雪には、関係のないことだろう。

「羽田野さんさえいなければ、美雪と遊んでくれたんでしょ?!あの日だって、美雪が誘ったのに遊んでくれなくて、羽田野さんと会ってた!!」
あの日―――ユリカモメで美雪達に遭遇した日。
「―――それで?」
どんどん剣呑な目つきになる藤岡に気付かず、美雪は自分を爆発させた。

「羽田野さん、男のくせにっ!男のくせにセンセイに媚び売って・・・・・!!羽田野さんさえいなければ、センセイ美雪とデートしてくれたのに―――!!」

―――男のくせに。
美雪の叫び声は、一樹の胸に突き刺さった。
確かに、自分は男だ。
そして、男である藤岡を好きになった。
愛してしまった。
普通の人間からみれば、自分は男に媚びを売ってるように・・・見えてしまうのかも知れない。

でも・・・。
好きだから・・・・・・・。
そんな言葉では、諦められないぐらい、藤岡零のことが好きだから。
だから、そんな事云われても・・・
絶対に、負けない。

一樹は、罵倒する美雪を正面から見据えた。
◇◇◇


「美雪ちゃん―――。君には、関係のないことだろう?」

美雪と一樹にらみ合いを破ったのは、藤岡。
「だって・・・・」
穏やかな、だが、藤岡のことをよく知っている者には、藤岡がかなり怒っている事が判る声色。

「君は、俺の、何?」
「み、美雪は―――」
今まで見たこともない、冷たい・・・凍ってしまうような瞳を藤岡からむけられ、美雪は動揺する。
「君は、俺の家庭教師先の生徒。それ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけの関係だよね。」
「美雪は、センセイのこと好きだものっ!」
「別に、そんな事を聞いてるわけでも、聞きたいわけでもないっ!」
美雪の意味のない・・・質問の答えにはなっていない反論に、藤岡は厳しい声で返した。

「別に、一樹との約束があろうとなかろうと、君の誘いに乗る気は一度としてなかったよ。だって君は俺にとって、どうでもいい存在だからね。」
「そんな・・・・・・」
「そして、一樹は俺にとっては大切な存在だ。そんな俺にとってどうでもいい存在の君が、何故、大切な存在の一樹を、俺の事で罵倒できるんだ―――なんの権利があって!」
凄みを効かされた声に、美雪はガタガタと震えだした。

何不自由なく、今まで全て思い通りになっていた美雪にとって、自分に振り向いてくれない藤岡は、初めての存在だった。
どうしても、欲しかった。
だから、一番近くにいる一樹が邪魔だった。
一樹がいるから、自分の方を見てくれない。
一樹がいなければ、きっとみんなのように自分を見てくれるハズだから。
だから―――


◇◇◇


「恋する乙女心が、暴走したって事だな。」

煙草の煙をフーと天井に向かって吹きながら、藤岡拓巳が評した。
「だ、だからって・・・。いくらなんでも、こんなに羽田野にケガを負わせるなんて・・・やりすぎだ。」
麻生英治は少し憤りながら、厳しい瞳を美雪にむけた、。

「け・・・が?」

今まで俯いて震えていた少女が、英治の言葉に顔を上げる。
「そうだよ。君がしたんだろう!!植木鉢を上から落としたり、階段に糸を張ったり、机にカッターナイフを仕掛けたり!そのせいで羽田野はもうボロボロだ。こんな事、ただの乙女心の暴走などで、済ませるわけにはいかない!」

英治はずっと見ていた。
日に日にケガが増えてくる一樹―――自分の教え子を。
そして、何もできない自分が歯がゆくて・・・。
だから、許せなかった。

「し、知らない!そんなの知らない―――」
「まだ、そんな事を・・・!」

少女が必死に首を振って否定をする。
涙でボロボロの顔だ。
コレも、先ほどの演技の続き―――
そうとしか、今の英治には見えなかった。



「その件は、また違うんです。麻生先生―――」
英治の開きかけた口を閉じさせたのは、先ほどとはうって変わって穏やかな口調になった藤岡だった。

「どう、云う事だ―――」
「彼女が、この男子校である松華学園内で、そんな事を仕掛けること自体、まず不可能です。」
「た・・・しかに。」
「まぁ、彼女がこの学校の生徒に頼んでする事もできるので、不可能とは言い難いですが。」
「し、してないわ!美雪そんなこと―――」
慌てて口を挟んだ美雪を藤岡は一瞥すると、また英治の方を向いた。

「じゃ・・・なにか・・・?別の人間が、羽田野に仕掛けていたって事なのか?」
「そうです。今回のことは、“偶然”にも、“同時期”に、“別の人間”が、“羽田野一樹”に、仕掛けていたって事ですよ。」
「そ・・・そんな事が―――」
ありえるのか・・・?
困惑した表情に英治に、藤岡は無言で肯く。
「そう、だからややこしくなっていたんですがね―――」

「つー事は、ええっとだな・・・。自宅への投函に、つけ回しなのどストーカー行為、毎晩の嫌がらせ電話に、暴漢達の襲撃・・・は、そこのお嬢ちゃんの仕業でぇ―――」
拓巳の言葉を、英治が引き継ぐ。
「学校での3つの事件は、別の人間が起こしたと云う事なのか・・・」
「先ほど云っていた3つの事件に、靴箱への手紙の投函と、先に起きた暴漢達の襲撃も入れておいて下さい―――そうだよな。」
藤岡が振り返った途端、締まっていた科学部部室の扉は開き、そこに立っていたのは―――

「その通りですよ、藤岡さん。ご指示通り、連れてきました―――」

水島亨と、そして俯いている数人の男達だった。



続く



長い・・・。
なかなか切れなくて、長々となってしまいました。

さて、事件の真相デス。
なんか書きながら、水貴自身が混乱していっているんですが・・・(溜息)
ちゃんと・・・書けてる・・・・・・と・・・信じたい。
でもでも、読み返し・・・しないで下さい。
水貴も恐くて出来ません。
だって、絶対つじつまが合わないような気がするから―――(ダメじゃん・・・ソレ。)

次回、藤岡さんブチ切れ編(笑)
今回も、余り表立って出ていませんが、かなりブチ切れてます。
声をあらげるなんて、冷静沈着美形キャラ(爆)には、あるまじき行為をしでかしてるんですモノ。
それでは、(たぶん)残り2話・・・お付き合いをヨロシクです。


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