闇の足跡
<後編>







 ―――何を言っているのだろう?

 呆然と彼を見上げる。
 彼の視線は、本棚の向こうに向けられていた。



 ミヤシタ。
 ―――ソコニイルノワワカッテイル、ミヤシタ。

 彼の口から漏れた言葉。
 右耳から左耳に、そのまま抜ける。
 聞こえていても、頭の中では理解ができない。

 ガタン――
 物音のする方向に視線を向けたオレの視界には、信じられない人物が映った。

 「―――寛・・・・・・!」

 本棚の影から現れたのは、寛―――
 でも、一瞬寛に見えなかった。
 こんな寛、見るのは初めてだったから。
 眉間には、いくつもの皺。
 見た事もないような、険しい目付き。

 「一樹! そんな男からは離れろっ!」

 寛の大声にビックリしたオレは、思わず彼から離れようとしたが、しっかりとオレの背にまわされていた彼の腕に遮られ、それは叶わなかった。

 「ど・・・どういう・・・事なんだ?」
 情けないが、今のオレにはこれ以上の言葉を紡ぎ出せない。

] 「こいつがストーカーの犯人だよ。羽田野」
 静かな声で彼は語りはじめた。



 「携帯の頃からおかしいと思い出したんだ。番号を変えたのに何故その日から無言電話がかかるのか・・・?」

 投げかけられる疑問。
 彼はゆっくりと、言葉を続ける。

 「そう考えると、どんどんピースがはまっていった。羽田野は、盗聴器が仕掛けられているのでは? と言っていたが、場所を変えてもそれを録音される。お前達がするときに毎回先回りをして盗聴器を仕掛けれるわけがない」

 そして彼は1枚のMDを取り出した。
 それは、今日ロッカーに入っていた・・・MD。

 「今日のホテルのMDで確信に変わった。コレは本人達にしか録れない、とね」
 「そんな・・・」

 言葉が何も出ない。
 ただ、彼の話を聞くことしか・・・出来なかった。

 「で、羽田野が録っているわけがない。と、すれば犯人は自ずと分かってくるだろう?」
 彼は、冷ややかな視線を、寛に向けた。 
 「・・・・・・・」

 寛は、無言で彼を睨み付ける。
 それは、彼の語る事が真実だから?

 「証拠その2は、写真。コレには色々な羽田野が写っていた。学校で友人達と話している羽田野。図書室で係りをしているときの羽田野。イヌの散歩をしている羽田野。休日買い物をしている羽田野。だが・・・」

 彼の口から、すらすらと紡ぎ出される言葉達。

 「宮下と一緒にいるときの写真が、1枚もなかった」

 そう――だ、一枚もなかった。
 感じた、違和感。それは・・・。

 「この俺といる時の写真でさえあったのに」

 それは――

 「それは、何故か?」

 追いつめられる。そして、沈黙。

 「お前自身が撮っていたからだろう?宮下」

 彼は、オレに向けていた視線を寛に向ける。
 きつい、凍りつきそうに冷たい視線を。
 寛の殺意を込められた視線と、交差する。

 ―――オレは、震えが止められなかった。

 「証拠その3。昨日、羽田野の携帯電話にかかってきた、無言電話の発信元だ」

 彼は、胸ポケットから1枚の紙を取り出した。数字が幾つも書いてある。・・・電話番号?

 「コレが、羽田野の家の前の公衆電話の番号。昨晩は15回かかってる。大体・・・夜だな」

 彼は、一番上の数字の羅列を指して言った。

 「で、こっちの数字が―――」
 「寛の自宅だ・・・」

 何度か、かけたことのある番号。
 見覚えが・・・あった。

 「そう、22回。明け方から朝にかかってる」

 明け方・・・一番無言電話の多かった時間。

 「一番下の番号。これは学校の公衆電話だ。もちろん学校にいる時にかかってるんだ」
 「寛・・・」

 はまっていくピース。
 現実を、突きつけられていく。
 信じられない真実が、オレの前で幾つも重なっていった。 

 「そして、最後に今さっき仕入れた情報。決定的な証拠を掴んだ俺は、放課後ずっと宮下を捜していた。・・・間に合ってよかったよ」

 優しい眼差しをオレに向けてから、彼はまた厳しい視線を寛に向けた。

 「お前、もうこの春に部活は引退しているはずだよな」
 「え・・・?」

 ―――引退?

 「おかしいと思ったんだ。3年の夏まで普通部活をやっているヤツなんていないからな。インターハイまで行っていて、そっちの方向で大学に進むから練習しているのかと俺は思っていたが、先ほどバスケ部のヤツに聞くと『3年は全員春で引退した』と聞かされたよ」
 「そんな・・・だって・・・」

 いつも寛は朝練行っていたし、放課後も部活があるからって・・・。

 「羽田野。お前、最近宮下が部活している所を見たことあるのか?」

 答えに詰まる。なぜなら、オレは・・・。
 「ないです・・・。オレは、寛が部活をしているところは見たことがないんです」

 興味が・・・・・・なかったから。

 「春に部活を引退していた。そうだろう?宮下。」
 寛は何も答えない。

 「じゃあ、羽田野に部活をしていると言っていた時間、こいつは何をしていたか?」
 彼はフッと冷たい笑いを、寛に向けた。


 「ずっとお前をストーキングしていたんだよ、羽田野」



 それじゃあ・・・。
 感じていた視線。
 夜道に付けられていた気配。
 毎日入っているMD。
 鳴り続ける携帯電話。
 数え切れないほどの写真。
 
 全て寛のしたことだったのか?



「どうして、なんだ・・・寛?」
 震える声。でも、聞かずにはいられない。
 まだ、どこか信じられないモノがあったから。どこかで寛を信じたかった・・・から?

 だけど――

 「お前を、愛してるからだよ。一樹」
 満面の笑みが向けられた。

 「言っただろう。ずっと見ていたって。入学式の日からずっと、ね。お前の一つも見逃したくなくって、写真を撮ってた。オレといないときのお前が見たくて、ずっと見てた。俺達の愛の時を何度も聞きたくて録音してた。さあ、こっちにおいで一樹」

 笑いながら腕を広げる寛。
 好きだった寛の笑顔。

 初めて・・・恐いと思った。

 オレは、無意識に彼にすがりつく腕に力を込めていた。

 「なぜだっ! なぜ、そんなヤツの腕の中にいるんだ! こっちに来い! 一樹!」
 突然の激昂。

 「俺達の声をお前にも聞かせてやろうと思って・・・! 何を言ってくるか待ってたのに・・・・!」
 ブツブツと独り言のように、寛はつぶやく。

 「そんなヤツの言いなりになって・・・。そんなヤツ、頼りやがって! お前の声が聞きたくて、携帯を鳴らしたのに何故そいつが出る? はやくこっちに来い一樹・・・っ!」

 顔を真っ赤にしながら、目には狂気の光を宿しながら、寛はオレに近付いてくる。
 彼はオレを背にかばって、厳しい目つきで寛を射抜いた。

 「違うだろう? 宮下。」
 「なにがだ・・・! はやく、一樹を渡せ!」

 彼は、ゆっくりと首を振った。

 「お前は、羽田野に愛されていないのが判っていた」
 「・・・・・・・・・・!」

 寛の動きが、止まる。

 「何も判っていない羽田野に『俺を愛しているんだ』と吹き込んでつけ込んだのだろう? だから、全力で縛ろうとしていた」
 「・・・違う」

 唸るような声。

 「MDのことも、すがりついて相談してくると思っていたんじゃないのか? そして、それを利用してもっと縛ろうと思っていた。だが、自分には全然相談してこない。俺との距離が近くなっていく。焦ったお前はどんどんストーカー行為をエスカレートさせていった」
 「・・・黙れ」

 絞り出すような声。

 「元々、最初に羽田野を犯した時を録っているなんて・・・。お前、羽田野に抵抗されたらそれを使って脅そうとしたんじゃないのか?」

 一瞬、寛が固まったのがわかった。

 「一樹。こんなヤツの言う事は聞くな。こっちにおいで。おれを愛しているんだろう?愛しているよな」

 寛は、突然オレに話を振る。

 ―――寛を愛してる。

 本当に?

 さしのべられる寛の腕が、恐くて気持ち悪かった。



 「来るなっ!」

 叫んでいた。
 これ以上近、寄らないで欲しかった。

 「何を言っているんだよ。一樹」

 ストーカーという行為をして、それでも笑いながらオレに近寄ってくる寛の神経が信じられなかった。

 いや。今の寛はまともではない。
 とにかく、これ以上寛の顔を見ていたくなかった。

 「行きましょう。藤岡先輩」
 オレは彼の腕を取って寛に背を向けた。

 「一樹!」

 寛の血の叫びを背後に聞きながら、その場を後にしたのだった。








 図書室の出たオレと彼は、無言のまま科学部部室の前まで来ていた。

「少し、茶でも飲んで落ち着くか・・・?」
 彼はそう言うと、オレを労わる様にゆっくりと腰に手をまわし部室の中へ導いた。




 混乱していた。
 犯人・・・信じられない事に寛だった。
 寛の狂気。
 いつも明るく笑っていた寛ではなかった。
 話が・・・かみ合っていなかった。
 一つ判った事は・・・オレは寛を愛していなかったという事実。それは自覚できた。
 好きだった。
 でも、LOVEではなかった。
 LIKEだったんだ。
 経験不足なオレは、それが判らなかった。
 寛に迫られ、そう吹き込まれることによって、そうだと勘違いしていた。
 今日の寛を見て、一気に覚めていく自分が判った。

 ―――なんてバカなんだろう・・・・・・オレ。

 勘違いして、男に抱かれ続けていた自分。
 愛しているから、許せる行為だと思っていた。
 今は、自分の躯も汚らわしい。


 「羽田野」
 ハッとして目の前を見る。
 「余り自分を責めるな。お前は何も悪くない。騙されていただけなのだから・・・」 
 「先輩・・・。藤岡先輩・・・!」
 情けないことに、声をあげて彼の胸の中で泣いた。
 彼は泣きやむまで、優しく優しく背をなでてくれた。
















 一晩たって、冷静に考えてみる。
 このまま、うやむやに終わらせてしまうのは嫌だった。
 ちゃんと自分の気持ちを寛に伝えよう。
 オレのはっきりとしなかった気持ちが、寛をあんな風に追いつめたのかもしれない。
 きっと話せば寛も判ってくれるはずだ。

 ―――オレは、ほんとうの寛の狂気に気付いていなかったんだ。






 「一樹、よく来てくれたね」
 今日は日曜日。
 学校では会えないから、寛の自宅を訪ねた。

「おいでよ。ほら」
 昨日のことは何もなかったかのように、寛はいつも通り・・・本当にいつも通り、オレに接してきた。

 寛の部屋に入ると、オレは意を決して寛に迫った。
 「寛・・・。今まで録ったMD全部出せよ」
 キッパリと言い切る。
 「え・・・?」
 「出せよ」

 別れる前に、ちゃんとコレは処分しておきたかった。
 こんなおぞましいモノ、はやくこの世から消してしまいたい。

 ビックリしていた寛も、オレの本気の目つきを見て、諦めたようにMDを数枚机から出してきた。
 「コレで、全部か?」
 「ああ。後は一樹にプレゼントしただろう?」
 嬉しそうに、寛は言う。
 「プレゼントって・・・!」
 出されたMDのケースを乱暴に取り去り、本体を一気に割にかかる。
「な・・・!何をするんだ! 一樹っ」
 なかなか、割れない。折れない。焦って周りを見渡すと、ハサミがあった。
「判ってるいだろう。処分するんだよ。」
 ハサミを掴んで、強引に刃をあてる。
 バキッ。プラスチックの割れる音。中のROMにもヒビが入る。これで、いい。
 「な・・・何故・・・?」
 「何故って・・・。寛、おまえ・・・」

 判らないのか?
 判かってないのか?
 あれだけオレが嫌がっていて、怯えて、恐れて、やつれていたのを。
 お前、ずっとオレを見ていたんだろう?

 全てのMDを壊し、オレは意を決して寛に告げた。
 「今日は別れを言いに来た。もう、寛とは付き合えない。オレ、寛を愛していない事に気が付いた」
 寛の表情が、固まる。
 「な・・・何を言ってるんだよ。一樹」
 握っている拳が、震えている。
 「オレは、寛を愛していない。それなのに、こんな関係を続けるのは不毛だし、嫌だ。それに、オレはあんなコトされて、寛と付き合っていく神経はない」
 「好きって言ったじゃないか・・・」

 「勘違いだった。それを気付かせてくれた」

 彼が―――



 「愛してるから、したんだ」
 「そんなの、愛じゃない。オレはあんなコトした寛を、もう好きとは言えない」
 「嘘だ・・・うそだうそだうそだ!」
 寛はオレの肩を持つと、前後に大きく強く揺さぶった。
 「お前は、おれを愛しているんだ! 何故そんなことを言うんだよっ! 藤岡か? あいつがお前に、そんなことを吹き込んだのか!」
 「な・・・何を」
 寛の激情についていけなくて、答えも出ない。
 「そうなんだな! お前あいつが好きなのか!」

 ―――彼が? 藤岡先輩が好き?

 考えたことなかった。
 でも、頬が熱くなる。

 「そうなんだな・・・! 許さない。お前はおれのモノだ。おれの・・・・・・・・・・・・!」
 そう言うと、寛はオレをその場に押し倒し馬乗りになる。
 「何を、する気だっ!」
 身の危険を感じる。力一杯抵抗しようと、腕を振り上げ足をバタつかせた。

 バシッ!

 目の前が真っ白になる。
 そして襲ってくる頬に感じる痛み。
 寛がオレを殴った・・・
 驚いて、寛を見上げる。
 そこには・・・・・・・・・。

 凶暴な――否、狂気の目をした寛がいた。

 そこで、初めて気が付いた。
 オレが好きだった、明るく笑う寛はもういないんだ。
 いや、それがニセモノ。
 本当の寛は、この寛なんだ。
 狂気と狂暴を躯いっぱいに表すこの男が、本当の寛なんだ。
 オレは、ここには来るべきじゃなかった。
 もう、寛には会うべきじゃなかったんだ。

 気がついた時には、もう遅かった。



 「やめろ! 寛!」
 一瞬気を失っていた隙に、寛はオレのパンツからベルトを引き抜いて、両手首を縛っていた。
 そしておもむろにオレの服に手をかけると、一気に引き裂く。
「やめっ! 誰か・・・誰かぁ―――」
 恐怖と、絶望。
 それでも、叫ぶ。
 「誰もいないよ。2人きりだよ。一樹」
 嬉しそうに、寛は言った。

 その目が、恐い。

 寛は一気にオレのパンツを下着ごと下ろすと、猛りきった己のモノで、オレを貫いた。
 「うぁ、あああ――!」
 痛みの為、また気を失いかける。
 「一樹・・・かずき・・・!」
 寛はゆっくりと動き出した。
 ヌチャヌチャッという音が、部屋全体に響き渡る。
 鼻につく、血の匂い。

 「うう・・・嫌だ、いやだ・・・」
 「かずき・・・かずき・・・」
 馴れたオレの躯は、痛みから逃れようと、快楽を求めていく。
 「やめ、あぁ・・・」

 ―――感じたくないっ

 「かずき」
 オレから発せられた甘い声に反応して、寛はまた激しくオレを揺さぶり出す。

 「イヤ・・・ぁん・・・・・や、だよぉ・・・誰かぁ・・・」


 浅ましい自分の躯に感じる、嫌悪感。
 それでも、躯は快楽を感じようと動く。
 矛盾した心と躯。
 寛に揺すられながら、壊れそうな・・・壊れていく自分を感じた。


 誰か・・・。
 誰かオレを助けて・・・・・・。



 最後の時、脳裏をかすめたのはあの、麗容な顔と冷たい瞳を持つ、それでいて優しく微笑んでくれる藤岡零の顔だった。











 どうやって、寛の家を出たのか覚えてはいなかった。
 気が付くと、学校の前にいた。
 ふらつく躯を叱咤しながら、誰もいない学校に入っていく。
 こんな躯のまま、家には帰れない。

 とにかく躯、躯を洗いたい・・・・・。

 体育館にあるシャワールームへと足を向けた。
 壁にもたれ掛かりながら、遠くなりそうな意識をどうにか保ちつつ一歩ずつ歩く。
 しかし、それでも限界を超えているオレの足は殆ど前に出ようとしない。
 「・・・はぁはぁはぁ」
 電車にも乗れず、寛の家から一駅分歩いてきた。

 ―――ここまできて動けないなんて。

 体力のない、ひ弱な自分に情けなくなる。
 こんな事なら、少しぐらい運動とかしておくんだった。
 そうしたら、もっと寛に抵抗できたかもしれなかったのに・・・・・・。
 無理矢理犯された躯を自身の手で抱きしめ、力尽きたオレはその場にと座り込む。

 ―――藤岡先輩・・・。
 遠くなっていく意識の中で、今一番会いたい人の声を聞いたような気がした。





 目が覚めると、見覚えのない白い天井だった。
 柔らかい感触。
 洗い立てのシーツと薬品の匂い。
 ベットの中で寝ている事を認識する。

 ―――ここは・・・?

 オレはどうしたんだ?
 ぼやける頭で考える。
 そして・・・
 今日一日の出来事が、走馬灯のように頭の中で駆けめぐった。
 オレは・・・寛に・・・・・・
 それで、学校に来たところで力つきたんだっけ。

 ―――ここ・・・どこだ?
 確か、体育館で気を失ったはずだぞ?


 「そのまま、寝ておけ」

 横から声がかかる。

 ―――この声は・・・。
 ずっと、ずっと聞きたかった声。

 「藤岡先輩・・・何で」
「何でも何も・・・俺が、今日部室に来ていたから良かったものの・・・あんな所でぶっ倒れてるから、ゾッとしたぞ。何であんな所に・・・・・・?」
「ああ。オレ、シャワーに…」
 そこで思い出した。
 オレは、自分の躯を洗いに来たんだ。
 起きあがろうとして、躯中に走った痛みのためオレは固まった。

 「バカ。寝とけっていっただろう。汚れなら落としておいた」
 「え・・・」
 「ボロボロだったからな。意識失っているお前には悪かったが、怪我も治療しておいた」

 怪我・・・どこの・・・
 あっ―――
 顔、いや、躯中が赤くなるのを感じた。

 ―――躯中を洗って貰って、治療って・・・あそこだよな。
 怪我したの、あそこしかないし・・・。
 あそこを治療って・・・全部見られたんだよな。

 「お前・・・何があった。顔も殴られているよな。何をされたかは・・・」
 そこで、彼は言い淀んだ。
 オレが犯されたことは判っているのか。
 力がふっと抜けた。そうだったよな、寛との事も全て知られている。
 何を今更・・・何を彼に求めようと言うんだ。
 こんな汚れた躯で・・・。

 「オレ、今日寛の家に行ったんです」
  彼が、息を呑んだ。
 「うやむやにはしたくなかったから、ちゃんと別れようと思って」
 「バ、カ野郎っ!」
 彼はいきなり怒鳴った。

 「あいつはおかしいんだ。今あいつに近付いたら、お前何をされるか・・・!」
 「無理矢理、犯されました」
 冷静に答えることができた。
 「ええ。オレは気が付いてなかった。いや、目を背けていた。どこか、あのいつもの明るく笑う寛を期待してた・・・でも違った」
 「お前・・・・・・」
 「ちゃんと言いに行った。『寛のこと愛していなかった』『あんなコトされてこれ以上付き合えない』って。そしたら寛は・・・」
「・・・言うな」
「寛は・・・・・・いきなり襲いかかってきた。いやだって言うオレを殴って、手首を縛って・・・・・・何度も何度も、おかしくなるくらいオレを犯し続けたっ!」

 最後の方は、悲鳴のような絶叫。
 目の前は涙で何も見えない。

「もういい!言うなっ!」
 彼はオレを抱きしめた。
 力一杯。熱く優しく力強く・・・。
 オレは苦しくて苦しくて・・・胸が苦しくて。

「どこかで、信じてた。寛を。憧れていたんだ、オレにないものを持ってる寛に。それを、恋だと愛だと錯覚していた自分が悪かっただけだったって。でも・・・・・寛は、寛の瞳は獣のようだった」
 肉食獣のような目でオレを揺さぶり続け、オレの名前を呼び続け、オレの言葉を全く聞かなかった、寛。
 「もういい、忘れろ。あいつは、俺がなんとかしてやる。あんなやつ、忘れてしまえ。一樹」

 名前・・・・・・?
 オレの名前・・・・・・先輩が初めて、オレの名前を呼んだ。

 「先輩・・・・・?」

 見上げると、麗容な顔。
 そしてオレを見つめる切れ長の瞳。オレはこの瞳が好きだった。
 この瞳に映されるだけで、胸が高鳴った。
 そして、瞳の中に現れる、優しさや切なさに。

 ―――オレは初めて恋をしたんだ。



 「一樹・・・・・・一樹。俺が守ってやるから。これからは俺が守ってやるから、全部忘れてしまえ」
 近付いてくる彼の瞳に、オレは自然に目を閉じた。













 ふぅぅぅ〜。
 風呂の中で息を付く。信じられない・・・。
 あの、藤岡零とキスをしたんだ。

 『俺が守ってやるから。これからは俺が守ってやるから、全部忘れてしまえ。』

 彼は優しく、オレを抱きしめてくれた。
 顔中にキスをくれた。
 それだけで溶けてしまいそうな幸せ。
 寛としてたSEXよりも感じてしまう、この躯。

 『オレも・・・オレも先輩の事が・・・! こんなに汚れてしまったけど、オレ先輩の事好きでいい・・・?』

 自然に涙が出た。
 コレが、好きという感情。
 寛の時には感じなかった、涙が出るほど甘く切ない・・・。

 『俺はお前のどこが汚れているかわからないよ。ほら、こんなに綺麗だ。』

 彼は寛のように躯を求める事なく、傷ついたオレを優しく抱きしめ、キスを沢山くれた。
 そして、家まで送ってくれたのだ。
 帰り際――

 『宮下のことは忘れろ。これからは、絶対お前の半径100メートル以内には近づけないようにするから』
 ニヤリと笑いながら告げられた、彼の言葉。
 自信・・・有り気だった。
 『先輩・・・?』
 『お前は、何も心配することはない』
 優しくついばむようなキスをして彼は帰っていった。

 何をする気だろう。
 あれだけオレに執着していた寛を・・・近づけないようにする?
 ・・・判らない。
 伝説の、科学部の部長だ。
 オレの頭ではない策があるんだろう。
 これ以上、考えるのは無駄だな。
 そう考えをまとめて、オレは風呂を出た







 翌朝、駅で彼が待っていてくれた。
 「先輩」
 オレは、うれしくって駆け寄る。
 「おはよう」
 穏やかに、彼は微笑んだ。
 それだけで胸が熱くなる。

 ―――好きなんだなぁ。
 実感した。



 駅から学校への道のり、オレと先輩はたわいもない話をしながら歩いた。
 靴箱で靴を履き替えたところで、先輩はいきなりオレの耳元に顔を寄せた。
「しかし、せっかく両想いになったのに『先輩』はつまらないな」

 いじわる顔で囁く。
 頬が熱くなる。
 この人は・・・・・・!
 そんな恥ずかしいことをさらっと・・・・
 キッと睨みあげる。

 「ほら、零だ。零」
 しかしオレの睨みを受けた彼は、逆に嬉しそうに、囁き続ける。
 低い低いバリトン。
 この声だけで、オレの躯は熱くなる。

 ―――判ってやってるんだろうか・・・この人は。

 「一樹・・・言ってみて」

 ドキン
 名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴る。

 靴箱の前でそんなことをしているオレ達を、周りの人はをチラチラと見ながら通りすぎていく。
 傍目から見れば、何か内緒話をしているだけに見えるんだろうか。
 まさか、完璧な美貌とクールな目をした『冷徹の藤岡』が、こんな事を言っているとは思わないだろう。

 「言わなきゃ、離さないよ。一樹」
 いつの間にか肩に手が回されている。
 本当に言わなきゃ・・・離してくれないんだろうか?

 ・・・だろうな。
 実はこの人・・・いじめっ子?
 はぁ――。
 ため息を付いて、オレは口を開けた。

 「―――れ・・・・!」
 その時、オレの目の端に

 ―――宮下寛の姿が、入ってきた。

 躯が一瞬で固まる。
 オレの緊張が肩越しに伝わったのだろう。先輩はオレの顔を怪訝に見て、目線を追う。
 そして、寛の存在に気付いた彼は、オレの背中を優しく撫でる。

 「大丈夫だ。もう、何もしてこない。近付いても来ないよ」
 寛は、オレ達に気が付き一瞬固まる。
 そして、真っ青になって走り去ってしまった。

 え―――?

 あの寛が、真っ青になって・・・?
 昨日までオレを力でねじ伏せて、自信たっぷりだった寛が?
 驚いて見上げると、彼は余裕の笑みを浮かべていた。

 「な、大丈夫だろう。あいつはもうお前には決して近付かない。」

 な、何をしたんだろう・・・・。
 寛・・・・・・
 腕に、包帯巻いて吊っていた。
 恐ろしくて聞けない。

 でも・・・。

 それが何でも構わない。
 オレのために、彼は『何か』やってくれたんだろう、きっと。
 やっぱり、彼が好きだ。
 この完璧な顔も好きだけど、少し意地悪なところも、けど、凄く優しいところも。
 とても頭の回転が速いところも。

 全部好きだ。

 「好きだよ・・・・・・零」

 オレは、彼の耳元へ囁き返す。
 その言葉に、彼は目を見開いてオレを凝視する。
 でも、それも一瞬。
 直ぐに彼は、今まで見た中で一番綺麗な顔で微笑んだんだ。

 「俺も・・・だよ。―――一樹」



 オレは、知らずにいた。
 無意識で告げた『好き』という言葉は、その後零を苦しめ続けるという・・・事実を



END


一応終わり。
ハッピーエンド
無理矢理終わらしたの・・・かも。
このまま続けても、たぶん二人のラブラブ編になるだけだしね。(目指せ!ラブラブじゃなかったんか>私)
一人称じゃないと、一樹の恐怖は伝わらないかな・・・?
と思って一人称で書いたんだけど、そうすると藤岡の謎解きが全くかけない事に途中で気が付いた。
せっかく色々な設定を考えたのにぃ。
「闇の足跡」藤岡バージョン・・・書いてみるかな。
藤岡両想いになったけど本懐も遂げてないし(寛との絡みはあるんだけどねぇ)
感想頂けると、水貴泣いて喜びます。



1999.12.8UP
2002.8.10改稿
2003.11.15UP
余りな文章に、涙で前が見えない

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