闇の足跡
-前編-




 放課後。

 人気のない、ロッカールーム。
 響き渡る二つの荒い息。

「ん・・・はぁっ・・・」
「一樹・・・一樹・・・!」
「も・・・ダメ・・・寛っ・・・・・・」

 浮き立った白い足が、ビクリッと跳ねる。

「おれも・・・・・・一緒に・・・いこう」
「っぁあ、ああっ・・・」





□□□





 ここは、関東NO1の進学校である松華学園。
 関東一円の秀才達が集まる男子校だ。
 オレは、その学園に通う2年生の羽田野一樹。
 ごく普通の、男子高校生である。

 こうして、同じ男である宮下寛と付き合っているという・・・事実以外は。

 確かにオレは、肌の色は白くて躯の線は母親譲りで余りがっしりしていない。が、背はきちんと日本人男性の平均以上はある。
 色白なのもオレがインドア派で、外で何かをするということが殆どないせいだ。
 顔だって、ごつごつしてニキビだらけの男オトコした顔ではないのは確かだが、どこから見ても男であり、決して女と見間違うような事はない。

 ――しかし信じられない事に、この松華学園に通い出してから何かと男に言い寄られるようになったのだ。

 その事実は、中学まで共学に通っていたオレにとって、青天の霹靂というか、天地がひっくり返るくらい驚いたというか・・・。
 そして当たり前だが、受け入れられるモノではなかった。
 いくら線が細いとか、色が白いとか、女より綺麗だとか言われても、俺はれっきとした男なのだから。
 ここには男しかいなくても、近くには同じ華宮学園グループのお嬢様学校、梅華女子学園もある。ちょっと外に行けば彼女達との出会いの可能性は、多分にあるのだ。
 誰が、男なんかと恋愛しようと思うんだ?
 とにかくオレは、入学してから言い寄ってくる男どもを、片端から振って振って振りまくった。
 おかげで付いたあだ名が『冷酷なる姫君』とかいう、付けた人間の趣味を疑うようなふざけた名前。
 その名前を付けた人間を見つけたら、絶対殴ってやると心に誓ったオレを誰が責める事が出来ようか・・・。

 そんなオレに、諦めもせず言い寄ってくる男がいた。
 それが、この宮下寛。
 いきなり、みんなの見ている校門の前で
「運命の人だ。おれとつき合ってくれ」
 と、切り出してきた事をきっかけに(もちろんその時オレは、持てる最高の冷たい言葉で振った!)毎日毎日、
オレの教室に通っては・・・・・・

「好きだ」
「お前が欲しい」
「つき合ってくれ」
 を、繰り返した。

 その間オレは何度と無く寛を罵り、近付きたくないので友人達を使って逃げた。逃げ回った。
 それでも寛は諦めることなく、バカの繰り返しのような言葉を吐き続け、5ヶ月間オレの元に通い続けのたのだ。
 寛は一学年上で、バスケ部のエース。背も高くて、男であるオレでもあこがれる体格の持ち主。顔もさわやか系。
 実はこの学園ではかなり有名人だった。
 そして5ヶ月間、毎日毎日通われたら、・・・情がわいてくるというのが人間というモノなのだ。
 寛はオレの苦手な体育会系ではあったが、そのさっぱりとした性格に好感を持っていった。
 そして毎日繰り返される「愛してる」という言葉。
 いつだろう? その言葉を不快感なく聴けるようになっていたのは。
 いつの間にか、少しずつ変化していたオレは、文化祭のあった放課後、人のいなかったこの学園の教室で押し倒され、そのままモノにされてしまった。
 もちろんその時は怒りにまかせて寛を殴ったが、それでも本気で寛を嫌いになれないオレ自身が信じられなかった。

 そしてその日から、眠れなくなった。
 毎晩、夢を見るのだ。
 手首を縛られ、引き裂かれるシャツ。開かれた事のない奥を強引に開く寛の熱い塊。忘れられない、痛み。
 そして、耳鳴りのように続く彼の「愛している」という声。

 耐えられなくなったオレは、もう関わるまいと決めていた寛に「眠れないのはお前のせいだ!」と直談判しに行き当たり散らすという暴挙に出た。
 そんなオレに、寛は笑って
「それは、お前がおれに惚れてるんだよ」
 と、オレを抱きしめたんだ

 ―――で、現在に至る。






 放課後、体育館のバスケ部準備室。そこはいつも二人の場所。

「綺麗だよ・・・一樹」
 優しくオレの髪を撫でる、寛の大きな手。
「オレは綺麗だって言われも嬉しくない。男なのに」
「仕方ない。一樹は綺麗なんだから、綺麗って言いたくなる」
 そう言いながら、寛はオレの頬に優しくキスを落とす。
「うー。もういい。シャワー浴びてくる」
 そんな寛の口説き文句に絶えられなくなったオレは、シャワー室を求めて立ち上がるのだった。



 準備室の横には、体育館のシャワー室がある。
 オレは、床に散らばっている衣服をかき集めてシャワー室に向かった。
 さっとシャワーを浴びて部室に戻ると、そこには寛の姿がない。
「寛・・・?」

 ―――何処行ったんだよ。

 ムカムカしながら思い当たる場所を捜していると、寛が奥の方から出てきた。
「捜したじゃないか」
 怒るオレに、寛は「悪い、悪い」と笑いながらそろそろ帰り支度をしようと急かす。
「分かった。図書室に本返してくる」
 本日返却分の本がある事を伝えると「下駄箱の前で待ち合わせ」って事で、寛とはその場で別れた。



 図書室に行くと明かりがついていた。
「先客が居たんだ・・・誰だろう。」
 時間は5時を回っている。この松華学園は、進学校らしくあまり部活が盛んではない(唯一寛のいるバスケ部がインターハイに行くぐらいだ。それも、寛の力によるところが殆どである。)
 というわけで、放課後遅くまで生徒が居ることはほとんどない。

 ―――ガラッ

 扉を開けると、椅子に座って本を読んでいる背中が見える。
 その人も、人が来るとは思っていなくて驚いたのだろう、オレがドアを開ける音を聞いて振り返った。
 目と目が・・・合う。
 ゴクリ、息を飲み込んだ音が耳の奥に響く。
 どれくらい時間がたったんだろうか。いや・・・多分数秒のことだったはずだ。
 だがオレには、永遠を感じるほどの時間に感じた。
 その人は、何事もなかったようにオレからスッと視線を外し、読んでいた本に戻す。
 その瞬間金縛りが解けたオレは、そのまま慌てて借りていた本を返して、図書室を後にしたのだった。

 フー・・・・・・。

 思わず息を吐く。緊張していた証拠だ。
 図書室にいたのは、この学園の超有名人。
 藤岡零。
 成績、首位。そしてこの学校の謎とされている、科学部の部長。
 いや、そんな肩書きはどうでもいい。
 180を越える高い背丈に、日本人離れした整った容姿。
 持って生まれた、カリスマとしか言い様のない雰囲気。
 そして、冷たく人を寄せ付けない・・・その視線だけで人を殺せる、印象的な目。
 付けられたあだ名は『クールビューティー』
 ちょうど、オレとつき合っている寛と正反対のような人だ。
 詩的な表現をするとしたら、寛が太陽、あの人は月。
 彼はこの学園では知らない人など居ないくらい有名人で、誰もが彼を意識する。誰もが彼の雰囲気とカリスマ性に惹かれてやまない。だがその冷たい視線に射殺され、迂闊に近寄る事など出来ない。そんな存在なのだ。
 学年が違うということもあり、オレは今までまともに見たことがなかったんだけど・・・。

 ―――綺麗な・・・違う。格好いい。・・・違う。・・・完璧な人。
 そう、完璧な人だ。
 彼を間近で見たオレの感想は、この一言につきた。



 夢中で図書館を出た後、頭は彼の事でいっぱいになりながらも、待ち合わせ場所の靴置き場まで来た。
 迷いもなく、自分の番号の靴箱を開ける。

 ―――あれ?

 靴の上にMDが置いてあった。
 ・・・誰かに貸してたかな?
 あまり深く考えずそのMDを鞄に入れたオレは、靴に履き替えて寛を待ち、いつも通り二人で一緒に帰ったのだった。






 家に帰ると、夕食と風呂を済ませて自室に戻り鞄を開けた時点で、ようやく靴箱に入れられていたMDの存在を思い出した。

 ―――なんなんだろう?

 手近にあったMDウォークマンにソレを入れて、再生のスイッチを押す

 『はぁ・・・イイ・・・ひ・・・ろし・・・・・・』
 『一樹・・・最高だ。愛してる・・・』

 ―――ブチッ
 思わず、ストップボタンを押した

 ―――なんなんだコレは。

 顔が、全身が赤くなっていくのを自覚する。
 イヤ・・・言・・・われなくても分かる。コレは、オレと寛のあの時の声だ。
 何故、こんなモノが・・・・?
 焦る心を落ち着けて、冷静に考えてみる。
 そして考えれば考えるほど、ソレは恐ろしい考えになっていった。
 誰かが、録音したんだ。オレと寛以外の誰かが。
 そしてオレに渡すという事は、何か脅すつもりなのだろうか。
 オレと寛のことは学園の中でも公認というか暗黙の了解だが、こんなあからさまに2人のことがばれたら、退学モノだ。
 いや。世間にばれたら、社会的に抹殺されるだろう。
 実際オレは寛とそういう関係だが、社会を、家族を、しがらみを、棄てる事などできるわけがない。

 ―――脅されているのだろうか。

 相手は、何が望みなのだろう。
 相手の顔が、全くわからない。

 恐い。
 恐い・・・。
 恐い・・・・・・・・・!

 ―――その日、オレは殆ど眠ることができなかった。




□□□





 朝、駅を降りるといつもの場所で寛が待っていた。

「はよ」
「おはよう」

 いつもと変わらない寛に、少しほっとする。

「どうした、元気ないな?」
「そうかな、なんでもないよ」
 心配そうな寛の声。
 オレはきっと、凄い顔色をしているのだろう。朝、家の鏡で確認済みだ。

 ―――寛にも、何か起こってはないのだろうか?
 不安になり、思わず口を開いた。

「寛・・・最近変なことないか?」
「変なこと? 別にないよ」
 その答えに、ホッと息を吐く。
「そう? じゃ、いい」
「一樹・・・・・・」

 じっと寛はオレを見つめていた。
 考えが、バレた?
 オレは、ドキドキする胸をギュッと押さえる。

 しかし・・・・・・
「なんか今日の一樹色っぽい」
 心配するオレに、寛はそう耳元で囁いたのだ。
 その台詞に脱力する自分を叱咤しながら「バカなこと言ってんなよ!」と叫ぶと、オレは安堵した表情を隠す為にも、寛の前を歩いたのだった。

 オレが今回のことを寛に話さない理由は、この寛の性格にある。
 寛はいい意味で言うと、真っ正直で表裏がない。悪い意味でいうと、単純バカということだ。
 つき合っている彼のことを悪く言うのは少し気が引けるが、この事を打ち明けると全校生徒の前で「犯人は誰だ!」とか言いかねない。
 だから、オレは1人でこの問題を抱え込むしかなかったのだった。





 昼休み、ロッカーに行くとまたMDが入っていた。
 緊張しながら聞いてみると、予想した通りオレのあえぎ声と寛の声。激しい息と濡れた音。
 目の前が真っ暗になる。

 何故・・・?
 誰が・・・・・・?

 そのまま一日中ずっと人の視線を意識したせいか、度々誰かに見られているような気がして始終ビクビクした。
 何度も何度も廊下で振り返る。誰も、オレを見てるヤツなんていなかったのだが・・・。



 そして放課後、オレは図書委員の当番で遅くまで残っていた。
 図書室を閉めるのは5時半。今は5時を少し過ぎたところだ。
 でも、誰もいない。

 ―――もう帰ろうかな・・・。
 寛は部活がなかったので先に帰ってもらっている。
 人気のない図書室は、今のオレには辛かった。

 ―――よし帰ろう。
 意を決して、図書室を出た。
 図書室は本館と離れた別館にあるので、本館に戻らなくてはならない。
 俯いて早足に歩く。
 後ろに人の気配を感じるからだ。
 だが、振り返る勇気がない。
 今の自分出来る事は、人がまだ残ってそうな本館に戻るだけ。

 ―――うわっ。
 不意に何かにぶつかって、バランスを崩し仰け反る。
 だが、頭の上から伸びてきた手にグイッと腕を引っ張られ、そのまま抱きこまれた。
 どうやら、頭から倒れるのは免れたらしい。
 「大丈夫か?」
 低い声が、耳元で響く。
 顔を上げると、端正な顔がオレをのぞき込んでいた。

 ―――ふ、藤岡零だっ。

「すっ、すみません」
 オレは、彼に持たれかかっている体制をあわてて立て直した。
「いや、俺も本を読みながら歩いていたから・・・・」

 本?
 そういえば、この前も図書室で会ったっけ?
 あっ・・・。今頃別館に居るっていったら・・・・・・・・

「もしかして、図書室に行くんですか?」
「ああ」
 オレの質問に、彼はあっさり頷いた。
「すみません、さっき扉締めて来ちゃったんです。一緒に戻ります」
「え・・・?」
「あ、オレ、図書委員で今日の担当なんですけど」
 不思議そうにした彼に、必死に弁明する。
「知ってる。いつもいるもんな」
 あ、そうか。彼はよく図書室通ってるんだ。2年連続図書委員のオレの顔ぐらい見た事あるよな。
 しかしオレも、よく今まで気付かなかったもんだ・・・。

「もう、閉館したのか?」
 恐くて逃げてきたとは。流石に言えない
「ええ。ぜんぜん人がこないから、ずるしてきたんです。ですから一緒に戻ります」
「いや、じゃあいいよ」
 時間はまだ5時15分。普通なら開いている時間だ。
 この人をこのまま帰してしまうのは、図書委員として許せないモノがある。
 そして、今・・・一人になるのは嫌だった。
 この人と話しているうちに、背後から感じる気配がなくなっていたのだ。誰かと一緒にいたかった。

「いーえ。戻ります。行きましょう。藤岡先輩」
「俺のこと知ってるのか?」
 驚いた表情の彼に、オレはニヤリと笑った。
「先輩、何かと有名ですから」
「そうかな? 有名といえばお前の方が有名のはずだがな・・・羽田野」
「オレのこと知ってるんですか?」
「冷酷なる姫君」
 フッと笑う彼に、オレは頬が熱くなるのを感じた。 
「それは言わないで下さい」
 大嫌いなあだ名に、自然と目つきが鋭くなる。
 彼はニヤリと笑って、それ以上何も言わなかった。



 駅のプラットホーム。
「じゃあ、オレはこっちなんで失礼します」
 結局、図書室に二人で戻り、その後も「帰る」という彼に便乗して駅まで一緒に帰ってきたのだ。
 これまでは、あの冷たい感じの表情に近づけないと思っていたが、実際話をしてみると気さくに答えてくれるし、本の趣味が結構合って、話に花が咲いた。
 おかげでオレは、楽しい時間を過ごすことができたのだった。

 ―――視線のことも忘れて・・・。





□□□





 それから数日間、相変わらず視線を感じ続け、一人になるとよく後を付けられていることに気付いた。
 MDも、ほぼ毎日靴箱かロッカーに入れられており、その内容が毎回違うことが判った。
 最初は、寛との逢瀬を偶然見つけられ、それを録られたのかと思った。
 だが毎回違うということは、録られたのは一回ではない。
 という事は、盗聴器が仕掛けられたということか?
 寛とヤル場所は色々あるが、一番多いのはバスケの部室。
 というわけで、部室に行って捜してみたが・・・オレにはそれらしいモノを見つけることはできなかったのだった。



 視線・追跡・テープ。




 ――どうやら、オレ・羽田野一樹は、ストーカーにあっているのだ。




<中編>へ続く・・



水貴「Boy’sLove」小説初書きの作品。
一人称って難しい・・・。

1999.11.30UP
2002.8.10改稿
2003.10.7再UP

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