あ――――だる。
4月。
籐華学園高等部の入学式。
東雲涼は、入学式をサボタージュするため、どこか昼寝でもしやすい場所はないかとウロウロと校内を彷徨いていた。
あの辺はよそそうだな。
樹もあるから、影にもなってるし。
よし。
涼は昼寝場所を見つけ、上機嫌でそこへ向かって歩いていった。
******
桜庭遙は、全員出席義務のある入学式に出席するため学校にきていた。
ただ、早く来すぎてしまったため、いつもの自分のテリトリーへ足を向けていた。
誰もが訪れない校内の裏庭の中の隠れたスポット。
樹齢何年か判らない大木の樹の下で遙は腰を下ろし、鞄の中から読みかけの本を出す。
本を開いた時点で、見にくい字に気がつき、くすっと笑って眼鏡を取った。
今時こんなのが売られているモノだ、と感心させられるほどぶ暑いレンズと野暮ったい黒いフレームの眼鏡を遙はしていた。
眼鏡をするほど目は悪くないのだが、どうしてもこの顔を隠すためには必要だった。
家以外ではずせる唯一の場所。
毎日ぼやけている世界生きている遙は、はっきりとした緑に囲まれ、大きく深呼吸して躰の力を抜いた。
木に凭れながら、もう一度本のページを開く。
ここは、遙の家以外の唯一の居場所だった。
ガサッ
心地よい時間は一瞬にして破られる。
ハッと本から目を離し顔を上げると、一人の制服を着た男がこっちじっと見ている。
ギュッっと遙の躰が固まる。
―――――ヤバイ、顔を見られた……。
しかし、神経はさえてくる。
―――あのバッチは……新入生だ。大丈夫、ばれることはないはず。
このまま、落ち着いてかわせば大丈夫。
きっと迷ってきたんだろう。
入学式がもうすぐ始まるはずだ。
自分も行かなくてはならない。
「新入生だね。体育館はそっちの道を曲がってまっすぐ行けばいいよ。」
しかし、何も反応せずこっちをずっと見つめている男に、遙もだんだん不安になってくる。
―――もしかして……俺のこと知ってるヤツ?
遙もまじまじと男を観察する。
端正な顔だ。
高い背。
がっしりとした躰。
男らしい、しっかりとした眉に切れ長の涼しげな目元。
自分が持っていなくて、あこがれる部分を全部持っているような男だ。
目線を上げると目が合った。視線が絡む。
感じるのは、彼の中から溢れ出るオーラ。
産まれながらにして持ったカリスマ。
人を引きつけずにはいられない、そんな何かを彼は持っていた。
一瞬脳裏に失ってしまった親友の顔が浮かび、遙の胸をチクッとさせた。
お互い目を反らせることができずに、どれくらい見つめ合ってたのだろうか…?
遠くから声が聞こえる。正気に戻ったのは遙だった。
―――これ以上の人間に顔を見られるのはヤバイな……。
「お迎えがきたようだ。じゃあね、新入生。」
動揺を隠してその場から離れる。
そして、眼鏡をかけ直す。
―――もう二度と、彼は今の俺とは会わないはずだ。
「何してるんだよ、涼。サボるんなら俺も誘えよな〜。」
涼を捜しにきたのは、中等部からの連れである赤坂智紀だった。
「涼?どうしたんだ?」
固まって一点を見つめている涼を不審がって顔の前で手をヒラヒラさせてみる。
「天使…………」
「?」
「天使を見たんだ……。」
「………涼。」
智紀は何もいわず涼の額に手を当てた。
「熱はないな……。なにがあった。」
いつもすべてに冷めて、何事にも冷静に対処する友人の初めての姿に、智紀自身も驚いた。
―――が、友人をこんな状況に陥れたモノに純粋に興味を抱いた。
「ああ……それが………」
昼寝の場所を見つけたと思った。
だが、先客がいることに気付いた。
――チッ、違う場所を探すか。
そう思って、身を振り返らそうとしたとき、その先客が顔を上げこっちを向いた。
雷に打たれたような感覚だった。
胸の底から熱くなった。
ただ、ただ見惚れた。
瞬きするのも惜しいくらいに。
手に入らないモノなんてなかった。
日本有数の大会社・東雲コーポレーションの次男として産まれて、欲しい物はすべて手に入れられた。
恵まれた容姿と体格のため、女にも困ったことはなかった。
父の血を色濃く受け継いだカリスマで、人を従わせれないことなんてなかった。
勉強にしたって、スポーツにしたって努力しなくても人以上にできた。
中学生の時、そんな自分に人生に嫌気がさして自暴自棄に裏で遊び回った。
気が付くと、何十・何百と人を従えてた。
暇つぶしに抗争をしてると、いつの間にかここら周辺のトップになっていた。
それもすぐに飽きた。
出来過ぎる脳は、それも「馬鹿馬鹿しいこと」と認識したのだ。
すべてに飽きていた。
高校に入ってもそんな日々が続くのか、と。
いい加減嫌気がさしていた時だった。
天使だと思った。
色素の薄い髪。
クッキリとした二重瞼の、少し大きめな薄いブラウンの瞳に、背筋をゾクゾクさせるような、泣き目ぼくろ。
ビスクドールのような白い肌。
白い肌にクッキリと浮かび上がる赤い唇。
本を握っている手は、白く細くて長かった。
ホントにただ、ただ、見惚れていたんだ。
何かオレに話しかけた。
その声は少し高めで心地よい声。
でも、それにも反応できないほど、俺の思考回路はストップしていて、目の前の天使に見惚れていたんだ。
「で、どんな人だ?名前とかは聞いたのか?」
「いや……おまえの声がするまでただずっと見つめていただけだったから。名前は知らない。この学校の生徒だろう…制服を着てた。」
「珍しいな…おまえがそんなに興味を示した人に声もかけないなんて。」
珍しいなんてモノじゃない。
初めてだ。
こんなに一人の人間に惹きつけられたのは。
「ああ。声もかけれなかった。」
見惚れることしかできなかった。
「で、どうしたいんだ?」
「もう一度………もう一度会いたい。会って話がしたい。」
声が聞きたい。
俺のことを知って欲しい。
あいつのことを知りたい。
2へ続く