-楽園3-
前編





「飯島、この3人ともクビだ。」



渚の言葉に、飯島もそこにいた当事者三人も、目を剥いて驚いた。
それはそうだろう・・・セノ・エンタープライズ社の秘書として採用されたプライドもあり、今までエリート街道を歩いてきた3人だ。
それが突然、社長からの解雇通告を受けたのだから。

「渚様、それは―――」
「俺は、使えない人間はいらない。ましてや社内の秘密を他人にリークする人間など、もっての他だ。」
渚は冷たく3人を見やった。
その言葉に、3人が3人とも視線を反らす。
渚の言葉に、何か思い当たる節があるのだろう。

「お前達には用はない。出て行くんだな。」
何も質問など許さない、という渚の態度に3人の秘書達は、俯いて社長室から出ていった。


◇◇◇


「渚様・・・よかったのですか。」
「何処に、好きこのんで会社の情報を漏らす人間を、側に置いておく社長がいるんだ。」
飯島の言葉に、渚は冷たく応えた。

「しかし・・・笑えるモノだな。同時期に、別の人間が、同じ目的で、同じ所に、人間を派遣してくるなんてな・・・。」

一人は、義母光江の手の者。
一人は、義母と密接な関係にある叔父の手の者。
一人は、最近義母と綿密にコンタクトを取っている人間の手の者。

「飯島、募集をかけろ。秘書の。」
「・・・・一般公募ですか?!」
さすがの飯島も、渚の言葉には驚いた。
秘書というのは、大切な存在である。
ましてや、セノ・エンタープライズ社はそこらの中小企業とは規模が違う。
専門の知識をもったエキスパートを内部から捜すべきである。

「そうだ、一般募集だ。面接と審査は、俺がする」
「渚様・・・。そんな事をしたら・・・」
「そんな事をしたら―――?」
渚の声が一段と冷たくなったのを感じ取った飯島は、口をつぐんだ。
自分が、渚の触れてはいけない所に触れてしまったことに気付いたのだ。

「・・・判りました。すぐに手配をしましょう」
そう言い残すと、社長室を出ていった。



渚は、出ていく飯島の背中を見ながら深い溜息を吐いた。

『そんな事をしたら・・・会長が。』

―――会長が、なんとおっしゃるか

飯島の云いたいことは、判っていた。
確かに、飯島は渚の力になってくれる。
だが、飯島はあの父親の第1秘書。
あの父の、手の者なのだ。
ある意味、義母の手の者よりやっかいかも知れない。

一人でいい。
信頼できる・・・全てをうち明けることの出来る共犯者が欲しい。

渚はそのまま、机の上の書類に目を落とした。


◇◆◇◆◇


「なーぎーさぁ」
「和成・・・」

夕方、いつものように和成が社長室へと尋ねてきた。

「ねぇー。今日は、映画見に行こうよっ」
「・・・和成、俺は仕事中なのだが?」
「いいじゃん〜。ちょっとくらい」
「ダメだ―――」

渚の口調に、和成は口を尖らせた。
こうして、毎日のように和成は渚の所へ来ては駄々をこねる。
本人、デートに誘っているつもりなのだが、渚にすれば可愛い弟に我が儘を云われている感覚だった。

「渚は、働き過ぎなんだよ―――。そんなに働いたら、脳卒中で倒れるよ!」
「・・・お前の父親だって、俺より働いているだろう。」

和成の父基は、瀬野グループ社長として日夜忙しく働いている。
渚の忙しさとは、きっと比にならいほどに・・・。

「おやじ・・・?うーん、いつ以来顔見てないんだろう・・・。」

だが和成にしてみれば、父がいない風景は生まれた頃から当たり前の光景だった。
渚は和成の言葉に、母一人子一人で暮らしてきた自分の姿を少し重ね合わせて複雑な気持ちになる。
きっと彼は、普通の父親と息子のように・・・たとえば、キャッチボールをする、休日は動物園に連れていって貰うなどという事は、してもらった事が違いない。
高校生の渚が、和成を遊園地に連れていった時の彼の喜びの姿を、未だに鮮明に覚えている。
瀬野グループ長男の息子という、恵まれた環境に産まれたと周りから云われている和成だったが、本当にその環境が恵まれているとは、和成の姿を見てきた渚は甚だ疑問だった。

「映画・・・見に行くか?」
だから、どうしても彼には甘くなってしまう・・・渚だった。

「ほんと?!」
この笑顔にも、弱い。

「ああ・・・どれが見たいんだ。もう少し待ってくれ。仕事を片付けるから」

渚の隣で、飛び跳ねるように喜ぶ甥を見ながら、渚は急いで書類に目を通し始めた。


◇◇◇


「おっさん・・・・」
「博隆―――」
「いよ、ご両人。偶然だなっ!」

この男の偶然という言葉は、全く信用してはイケナイモノだと、渚は長い付き合い状知っていた。

「お前、俺に盗聴器でもつけているのか?」
映画館の前で、ポップコーンを食べながら二人の前に現れた男は、「まさか」と大げさな仕草で否定する。

―――何処かに仕掛けているな。

博隆の嘘など、すぐに判る渚である。

「おっさん、どっか行けよ!渚と俺のデートの邪魔すんな!」
「このガキ・・・。お前が邪魔なんだよ」
「―――やめろ、二人とも」

公共の場で喧嘩を始めた二人に、渚は頭を抱えたくなる。

一人は、おぼっちゃん学校の制服の、だが、どうしても人の目を引くオーラを持っている少年。
一人は、どこからどうみてもカタギの人間には見えない、コレもまたなにか凄まじいオーラを持った男。

その二人が、はっきりいって小学生のケンカのような事をしているのだ。
映画館の前で。

「・・・・・・・帰る。」

渚の一言は、二人には絶大な効果を現した。

「うわっ、待って!渚ぁ。もうしないからっ!」
「渚、何処へ行く気だ!」

取っ組み合いの喧嘩を始めようとしていた二人は、渚に縋り付く。

「お前達となんか、映画なんて見ていられないね。帰る。」

「そんなぁ・・・」
心の底から、残念そうな声を上げる和成。
「帰って・・・・・・・眠らない夜にするのか?」
ニヤリと笑う博隆。
博隆の言葉に、鋭い視線を返そうと渚が振り返ったとき―――

「危ないっ!」
「てめぇ!」



「「「キャ―――!」」」





渚は視界の端から、自分へ突進してくる男を、その特質した反射神経でかわした。
そして、殺伐とした世界に生きている男も、すぐに気付き、渚へと向かってきた男を力任せに殴りつけ、組み伏せる。

一瞬の出来事だった。

人通りの多かった場所の所為で、すぐに人だかりが出来た。
警察が来るのも早いだろう。

「チッ・・・」
暴漢を押さえつけていた男は舌打ちをすると、携帯電話を取り出し何かを告げる。
すると、真っ黒のベンツが人通りの多い通りを縫って、3人の前に止まった。

「乗れ、二人とも。警察沙汰にはなりたくねーだろうが。」
博隆の言葉に渚は頷くと、未だに呆然としていた和成の肩を抱いてベンツに乗り込む。

アッという間の出来事だった。



「アレ・・・一体何?」
瀬野グループ直系として産まれ、常にガードされてきた和成は、あのような目に遭うのは初めてだった。

「・・・・・博隆、和成の家まで。」
「渚!!」
「了解。」

博隆は運転手に行き先を告げる。
和成は、何も答えてくれない渚に苛立ったように捲したてた。

「なんなんだよ、あの男。いきなり渚にナイフを―――」
「ビビッちゃたのか?坊や?」

博隆の揶揄う口調に、和成はカッと頬を染める。
渚は終始無言だった。

車は高級住宅街に入り、瀬野家の前で止まった。
何も答えてくれない渚に、和成も諦め、すごすごと車を降りる。

「・・・和成、しばらく会社にも来るな―――」
渚の一言に、和成は「そんな・・・!」と、反抗しかけたが、その言葉の続きは渚の鋭い目配せで呑み込まれてしまう。

「また、連絡するよ」

そう渚は和成に言い残すと、黒のベンツは瀬野宅の前から走り去った。



「博隆、ホテル取ってあるか?」
「もちろん、ダーリン。スウィートを用意してございます。」
「そこへ、行くぞ」

甘い雰囲気など、全く皆無の車内で、渚は男にそう告げた。


◇◆◇◆◇


「ん・・・・あ・・・!」
広いベットの上で、渚は妖艶にダンスを踊る。

「いつになく、激しいなダーリン?」
自分の上で踊り続ける渚を、博隆は端から端まで目で視姦している。

「う・・・るさい・・・。お前も・・・うご、け!」
「判りましたよ、女王サマ」
そう云うと、博隆は下から渚を激しく突き上げた。

「あぁ・・・!」
渚の白い喉が、グッっと逸らされる。
全身に震えが走り、博隆の肩口に爪が立てられた。

「くっ・・・お前、締め付けすぎ」

「っ!る、さい―――」

博隆は、ニヤリと笑うと二人の腹の間で限界までに打ち震えていた渚のソレを掴み、少しの刺激を与えた。
「っ・・・ひっ―――」
渚が息を呑んだ瞬間、彼の先端からはジワリと白濁とした液体が溢れてくる。
「いっちまえよ―――」
博隆はそう渚の耳元で囁くと、己の腰を激しく動かした。
「うっ、くっ・・・!!」
渚は唇を噛み締めて耐えたが、最後は博隆の思うがまま、彼と自分の腹を汚した。


◇◇◇


「で、あいつは何者だ?」

ベットの上で、博隆は煙草を吹かしながら、隣で俯せている恋人に聞いた。
「・・・今日クビにした秘書」
「はぁ?」
驚いた声を出した博隆を、渚は五月蠅げに見やった。

「義母の手の者だから、今日首を切った俺の秘書だった人間。義母に俺をやくたたずは刺してでもこい、とでも言われたんだろう?必死な目をしてたからな。」
「・・・」
高校時代、渚がなんども義母の手によって危険な目にあっていたことは博隆も知っている。むろん、何度も手をかし助けたのだから。
だが、博隆はあえて渚の実家のことを深くは聞くことはなかった。



それが、二人の付き合いのスタンスだったから―――



続く







2001.1.18


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