プロローグ |
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「皇子! 皇子! ついに臥雷<ガライ>の国の者が城内に!!」 部屋に飛び込んできた侍女の叫びに、シャイナは窓の外に向けていた視線を室内へと戻した。 「ああ、蛮族が! この高貴なサラディンの国を侵すとはっ。なんという事なの・・・」 まくし立てる侍女の声など、シャイナは右から左へと聞き流す。 高貴な国などとは、聞いて呆れる――と、シャイナは思うのだ。 ただの、天の国の見目に拘り近親婚を繰り返した穢れた血の国・・・それが、サラディンなのだ。 天の国など、もう千年も昔に滅んだ国だというのに。 「どうか、皇子だけでもお逃げ下さい。貴方はサラディンで最も高潔な血を継ぐ方なのですから。我らの希望の光・・・。あんな蛮族たちなどに汚されてたまるものですか・・・!」 侍女はそう言うと、王族のみが許される逃げ道へと、シャイナを導こうとする。 「・・・・・・」 今更、逃げてどうなるというのだろう。 サラディンの国は、滅びる。 臥雷の国は様々な国を併合してきたが、併合された国の王族が生き残っているということは聞いた事がない。 サラディンの国の跡継ぎであるシャイナは、当たり前のように殺されるのであろう。 それが、道理なのだから。 「さあ、皇子! こちらへ」 「私は・・・」 ――もう、いい。 そう口を開こうとした時、部屋のドアが乱暴に開かれた。 「いたっ! いたぞっ!!」 「その容姿っ! 貴様がサラディン国第一皇子のシャイナだなっ!」 次々と中に入ってきた男達。 彼らは、遠い昔に地の国と呼ばれた国の特徴である褐色の肌に漆黒の髪という特徴を色濃く受け継いでいる容姿をしていた。 サラディンではその容姿を異形のものとまで呼んでいるが、このミスリン大陸の人間ほとんどが、その特徴を持っている。 金髪に白磁の肌というサラディンの国の人々の方が、彼らからすれば異形なのだ――。その事実さえ気づかないほど、サラディンは閉ざされた国だった。 「皇子っ、お逃げ下さいっ!!」 侍女は無理やりシャイナの背中を押し、短剣を構えて男達に向かっていく。 「この異形の蛮族どもめっ! 汚らわしいその手で我らの天使に手を触れることなど、許されないっ」 叫びながら、侍女は男へと剣を振りかざした。 だが、侍女の細腕で兵士たちに敵うはずもない。 あっさりその腕を押さえられ、短剣を落とされる。 「キャァァァ!」 そして、あっさりと彼女は切り捨てられた。 血しぶきが飛び、絶叫と共に彼女の躯は床へ倒れていく。 その姿を、シャイナは冷静な目で見ていた。 ――哀れな。 そう、思う。 こんな穢れた存在である自分のために、失われていく命。 守る必要など、ないのに。 侍女を切った兵士は、血に濡れた剣をシャイナに向けながら近づいてきた。 「伝説にはきいていたが、本当にいたんだな・・・。白銀の髪に、紫の瞳・・・天使の末裔」 その言葉を、シャイナは不思議な気持ちで聞いていた。 臥雷の国の人間でも、そんな伝説を信じているのだろうか――と。 「お前は、命乞いをしないのか?」 もう一人の兵士が、シャイナに問う。 身じろぎもせず、どこを見ているかも判らないシャイナを不思議に思ったのだろう。 「私を殺すのでしょう? 私は抵抗しません。さあ、早く――」 殺せばいい。 シャイナは目を閉じた。 早く殺して欲しい。 自分で死ぬ勇気もなく、穢れたこの身に苦しめ続けられた日々。 国の人間が口をそろえて言う。 ――気高きサラディン。正当な天の国の末裔の国家。そして、第一皇子のシャイナ様は天使の末裔なのだ。 と。 それを聞くたび、シャイナは笑い出しそうになった。 何が、正当な末裔・・・だと。 他国との交わりを絶ち、近親婚を繰り返した結果ではないか。 その最大の弊害と象徴が――この自分なのだから。 生きていくことが、苦しかった。辛かった。 期待した目で見られるたびに、その間違った考えに、叫び出しそうだった。 それがやっと終わりを迎えられるのだ。 だが、シャイナが待ち望んでいた言葉は発せられることはなかった。 「宰相に、あなたは殺さず連れて来いと言われています」 「なっ・・・」 閉じていた目を見開く。 ――なぜ? きっと、父王も母も殺されたはずで。 第一皇子で跡継ぎである自分が、殺されないはずはない。 なのに・・・。 「私たちも聞かされていないので。乱暴には扱わないように言われているのです。どうか抵抗されませんように――」 こうして、ミスリン大陸の中で一ニを争う歴史の古さを持った北方の国サラディンは滅び、臥雷の国へと併合されたのであった。 そして第一皇子のシャイナは、捕虜として秘密裏に王宮から連れ出されたのだった。 |
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