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ミスリン大陸。 東の果てにあるといわれる、伝説の大陸。 だがそれは決して夢でも幻でもなく、実際に存在する大陸である。 もちろん、大地があれば生き物は住み着く。 遙か昔、どこからか流れてきた人々が、ミスリン大陸に二つの国を作った。 ちょうど大陸の中央にそびえ立つケースィール山脈が大陸を北と南にわけ、北に住み着いた種族が起こした国を天の国。南に住み着いた種族が起こした国を地の国といった。 金色や銀色の髪に、白い肌。青や緑の目を持ち、華奢な躯に美しい容姿。そして白い羽を持った天の国。 黒い髪に、褐色の肌。黒や茶色の目を持ち、逞しい躯と強靭な容姿。そして黒い羽を持った地の国。 お互い、野蛮だと天の一族は地の一族を馬鹿にし。何もできないひ弱な存在だと地の一族は天の一族を鼻で笑った。 決して仲のいい国同士ではなかったが、ケースィール山脈のおかげで特に大きな戦いが起こることもなく長い時を暮らしていた。 その均衡が崩れたのが、統一歴前5年。 天の国を治めた狂王クラフェスが、地の国を攻めてきたのだ。 長い戦いの末、地の国が勝利を収め、地の国と天の国統一国家を作った。 それが統一歴元年。 国という概念が無くなった天と地の国の人々は、徐々に交流をし多くの血が混じった。その結果、人々は既に退化していた羽を完全に失い、産まれ難くなっていた子供を得て、純粋な天や地の血を継いだ人間は完全にいなくなったと、統一国家の元平穏な生活を暮らしていた人々はその存在遠い過去の記憶として認識していった。 だが統一国家という名の平和な日々も300年程しか続かなかった。人口が増え、豊かになった人々は、隣の土地が欲しくなる。 気がつけば統一国家はいくつもの国に別れ、どこかで戦争をしながら、大きな国や小さな国が生まれたり滅んだりした。 そんな中、北の端の国でサラディンという国が生まれたのだ。 その国の人々は、ほぼ失われたと思われた、天の国の容姿――金の髪に白い肌を持った国民達。そして王として立った男は、銀髪に紫の瞳を持っていた。それは、天の国最後の国王クラフェスが持っていた特徴だった。 サラディンは天の国の末裔――天使の末裔として、それだけを矜持として持ち、他国との交わりを拒み続けた。 王族は近親婚を繰り返し、国に入る外部の血を極力避ける。 そんなことをしていれば、いつか自ら滅びるだろう――そう、他の国は見ていたが、サラディンは滅びなかった。 どの国よりも長い歴史を刻み、相変わらず他国を拒んで、小さな国は細々とやっていたのである。 統一歴1020年。 ケースィール山脈付近の小さな国だった臥雷が、突然他国をみるみるうちに侵略していった。 強靭な肉体と圧倒的な戦力を持った臥雷になすすべもなく、みるみるどの国も臥雷に組み込まれていった。 それでも、サラディンはそんな事を気にしていなかった。 天の国の末裔であるサラディンに刃を向ける国などない――と。 それは、外を見ようとしなかった国の最後の奢り。 そして、サラディンは臥雷の襲撃を受け、一晩で滅んだのであった。 ――ここは。 サラディンの王宮から連れ出されたシャイナは、馬に乗せられ一晩中休まず走らされた。 元々王宮をほとんど出た事のないシャイナにとって、それはかなりの苦行ある。 そして意識を失いかけた頃を馬を止められその場におろされシャイナは、崩れ落ちる膝をどうにか両腕を兵士にかかえられる形で歩かされた。 降ろされたのが目的地だったのか、すぐに白く大きな建築物がシャイナの目の前へと立ちはだかる。 普通の意識であれば、その豪華さにどこかの城だということがシャイナには判断できただろうが、あいにくシャイナには考える力など残っていなかったのだ。 連れられるがまま、シャイナはその大きな城へと足を踏み入れたのだった。 「こちらへ・・・歩けますか?」 フラフラとしているシャイナに声をかけてきたのは、城に入ってすぐに広がっている大きなホールの中央に立っていた男。 男に対して皆が膝を折っていることから、身分の高い人間だという事が察せられる。 もうろうとしながらも声をかけてきた人間へと、シャイナはゆっくりと視線を向けた。 褐色の肌に黒い髪。地の国――今では典型的なミスリン大陸の人間の容姿を持った男である。 体格はシャイナと比べれば、同じ性を持った人間化と疑いたくなるくらい屈強な体つきをしていた。それも、今では全てミスリン大陸では当たり前なのだ。 ――自分だけが、その輪から外れてしまっている異端の人間。 「・・・は、い」 「王がお待ちです。こちらへ・・・」 王・・・。 声にならない声でシャイナは呟いてみた。 彼が言う王とは――シャイナの母国を滅ぼした臥雷の国の王という事か。 次々と、ミスリン大陸の国を平定し――いつか統一国家を作るかもしれないと言われている炎の遠征王。臥雷国・国王・・・森羅。 開かれた大きな扉。 背中を押され一歩一歩と両足を前へと進めた。 大きな広間に、ずらりと並ぶ屈強な男達。 その奥に、遠目から見ても金細工と宝石で飾られているのが見て取れる程の豪華な椅子に座っている一人の男。 ――・・・っ!! シャイナはギュっと射すくめられる。 その男の赤い両の目に。 「お前が天使の末裔か――」 低く響く声。 背中にゾクリと何かが走り、あった目が全く逸らせない。 何も言葉を発しないシャイナに飽きたのか、男はそのシャイナを射すくめた鋭い目を半眼させ、言い放った。 「ふん、つまらん。・・・ただの人形だな」 |
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