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――人形。 『美しいね、私の天使。お前がいるだけで、私たちは幸福になれる」 『し、しかし私は・・・』 『いけません、シャイナ様。貴方は何もしなくてよいのです。貴方に何かがあったら、サラディンはどうなるのでしょう?』 『けれど、私は・・・』 『貴方は、ここにいるだけでいいのです。シャイナ様――我らの天使』 けれど、私は・・・私は、生きている。 何もせず、ただ息をしていればいいと。 閉ざされたドアの中で、ただ息をしていればいいと。 人形のように――。 そう、皆は望むというのか・・・? 「下がれ」 赤い瞳の王はそう言うと、二度とシャイナを見ようとしなかった。 「さぁ、こちらへ・・・」 動けずにいるシャイナの手を取ったのは、先ほどこの場所へと導いてきた男。 彼に促されるまま、シャイナはゆっくりと両足を動かし始める。 ギィ―― 大きな扉があけられ、外で待機していた数人の侍女がシャイナに近づく。 そのまま、大広間から出ると先ほどまでシャイナを導いていた男の手がゆっくりと離れた。 男はきびすを返すと、再び大広間へと戻っていく。 「・・・」 「さ、シャイナ様・・・」 思わず振り返ってしまったシャイナは、戻っていく男の背の向こう側に見えた赤い瞳に再び捕らえられた。 「っ・・・」 声にならない声が、喉の奥から出そうになった。 それは恐怖? それとも何なのだろうか。 今まで生きていた中で、味わった事のない感情。 「シャイナ様・・・?」 足を止めてしまったシャイナを、不思議に思った侍女が声をかける。 我に返ったシャイナは、再び導かれるままに足を進めるのだった。 「王、その態度はどうかと思いますよ?」 シャイナが去り謁見の間には、王である森羅と、そして先ほどシャイナの手を取った宰相の綺良と精鋭の家臣が残っていた。 「俺は元から殺せと言っていたはずだが? 綺良」 「王、そろそろ大義名分が必要なのですよ」 臥雷の戦いの初めは、隣国であった啓架の侵略から始った。 その啓架を反対に滅ぼしたあと、その力を脅威に見てきた近隣諸国が次々と臥雷へと迫ってきたのだ。 臥雷の王であった森羅は、それをひとつずつ振り払ったに過ぎない。 初めは――。 そのうち、森羅は戦いの中で生きる意味を見つけてしまった。 血が血を呼び、戦場でしか息が出来ない。 一番の安らぎを、戦場の中で見てしまったのだ。 近隣諸国を押さえたあと、遠征へと打って出た。 理由らしき理由のないままに。 「大義名分? 戦いたいから――では、駄目なのか?」 王の気性も全てを知っている綺良は、小さく溜息を吐いた。 そんな理由が通るわけもない。 「貴方は王だ。だから、みんなは付いてくるだろう。今はまだ――力で抑えている今ならば。臥雷の人間は絶対に裏切りはしない。だが、平定していった諸国はあなたの隙を虎視眈々と狙っています。たとえ、王族を皆殺ししたとしても」 「その時は、また戦えばいい。それで俺が負けたとしたのなら、俺の命運はそれまでなのだろう?」 この世に未練というものがない。 ただ、今を生きているだけの――王。 安らぎという言葉を知らない。 ただ燃える心を抑えきれない王――森羅。 それを知っているから、綺良は言わずにはいられないのだ。 「貴方の滅びは、臥雷の滅びです――それを自覚下さい。貴方は一兵ではなく、王なのです」 この危うい心を持った王が、綺良は幼い頃から心配だった。 いつか、自分で自分を滅ぼしてしまうのではないかと。 宰相の子として生まれた綺良は、そんな危うい彼を支えなければならないと子供の頃から心に誓っていた。 「・・・で。その話と、あの人形はどう繋がるのだ?」 幼い頃から聞かされた説教にウンザリした臥雷は、話を戻す事にした。 「利用、するのです」 「・・・利用、だ?」 やっと自分の話を聞く気になった王に、綺良は向き直る。 「あの容姿――見た、でしょう? 天使の再来と噂には聞いていたのですが、本当にあの姿の人間がこの世にいるとは・・・」 「銀髪に、紫の瞳――か」 確かに、美しいとも思った。 そして気持ち悪いとも。 許されざる色彩――滅ぶべきして滅んだ天の国最後の王が持っていた色。 かの王が死んでからはや千年。 劣等遺伝である天の国の、しかも最後の王クラフィスと同じ容姿をした突然変異としかいいようのないサラディン最後の皇族シャイナ。 「近親婚を繰り返した結果の、突然変異でしょうが――彼は使えます。戦争が続くこの大陸で求められているのは救世主。天使の再来・・・天の国の生き残りである彼が望んだのです。この臥雷による大陸統一を――と」 綺良の言葉に、森羅は全く興味を得ない。 そして、あの死んだ目をした――人形にも。 「ふん・・・。好きにするといい。俺はただ戦えればいいのだ」 シャイナの国サラディンが滅びて、半月ほどが過ぎた。 王に気に入られる事もなかったシャイナは、直ぐに処刑されるのかと思っていたが、今でもこうして生きている。 ただ、王宮の奥にある一室に軟禁されているといった状態だ。 起きて、運ばれてきた食事をして、窓の外を見たり与えられた本を読んだりして、そして寝る。 単調な毎日。 サラディンでもしてきた毎日――。 あの日以来、王に呼ばれることもなく。 ――なぜ、私は生きている。 変わらない。 臥雷にくれば、何か変わると期待していたのだろうか? それとも、安らかな死に期待していたのだろうか? 自ら命を絶つこともできない、弱い自分に絶望しつつ。 「・・・っ」 シャイナは、喉の渇きに目をあけた。 ――これ、は。 身に覚えのある感覚。 ベッドから立ち上がろうとすると、足が震えた。 それでも立って、窓際へと躯を向ける。 見上げる空には、大きな月。 丸い月が輝いていた。 「ま、んげつ・・・そうか。もう・・・」 恐れていた日が。 恐れていた日が来てしまった。 「うっ・・・」 背中が熱い。 いつになっても慣れない、慣れることの出来ない感覚。 今まではコレの時は、侍従たちがシャイナの手押さえ、苦しみから暴れるシャイナを押さえてくれていた。 だが、誰も今はいない。 自分で耐えるしかない。 ――ここにいたら。 叫び狂う己を、見せてしまう。 それだけは、避けたかった。 寝静まった夜中。 騒ぎを起こしたくない。 自分は天使ではないと――見せ付ける姿ではあるのだけれど。 ふらつく足取りで、シャイナは部屋を出た。 軟禁状態といっても、半月もたてば監視されていることもない。 シャイナが逃げ出すことも出来ない身でもあるのだが。 とりあえず、外へ。 人目のつかないところへいきたかった。 背中の痛みは、次第に激しくなっていきている。 時間がない。 王宮の奥にある宮には、元々多くの侍女や侍従がいるわけではなく、寝静まった夜中にこっそり部屋をでるシャイナを見咎めるものはいなかった。 「はぁ・・・、はぁ・・・」 宮から出たのはよかったけれど、そこからどうすればいいかわからない。 とりあえず、人気のないところへ――と、思った瞬間、シャイナの背中に激痛が走った。 「うぁっ・・・!!」 ミシッと、背中が鳴る。 シャイナは数歩あるいて、丁度その場にあった噴水のところでうずくまる。 「うっ、ぐあぁぁぁ――!!」 耐え切れずに、シャイナの喉の奥から悲鳴が漏れた。 更にミシミシミシッという音がシャイナの躯の奥から、聞こえてくる。 「あっああぁぁぁ――!!」 もう、耐えられない。 誰か。 誰か、私を殺してくれ。 叫び、願う声は――誰にも届かない。 バサリッという羽音が、闇夜に響いた。 ぐったりと噴水の壁際に倒れこんでいるシャイナの背からは、真っ赤な鮮血の染まった見事な白い翼が生えていたのだった。 |
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<読み方> 臥雷・・・ガライ 森羅・・・シンラ 綺良・・・キラ 啓架・・・ケイカ |