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「何か・・・」 突然訪れた森羅と綺良に対して、シャイナは表情をも変えることなく出迎えた。 側に仕えていた侍女達の方が、王の訪問にあわてて二人をシャイナのいる寝室へと案内したのだ。 ベッドの上に佇むシャイナは、あまり体調が戻っていないのか、顔色は悪くその儚さが際立っていた。 だが危ういその雰囲気は、息を飲むほど美しさを彩る一つの材料となっている。 綺良は見ていられなくて、思わず視線を逸らす。 だが森羅はシャイナの視線を逸らすことなく受け、その紫の瞳を真っ直ぐと見返した。 しばらく続く、沈黙。 絡み合う視線と視線。 そして、それを先に逸らしたのは――シャイナだった。 森羅はそんなシャイナの姿に、フンッと鼻で笑うとゆっくりと彼に近づいていく。 「・・・っ」 俯いていたシャイナの顎に森羅の指がかかると、そのままグッと上を向かされる。 否応が無しに、シャイナの視線に入る赤い瞳。 それは、シャイナの心を酷くかき乱す。 「お前を俺の妻にする」 「・・・え?」 それまで無表情だったシャイナの目が見開かれる。 森羅はその反応に、満足そうに口の端を上げた。 「次の満月の夜の次の日に挙式をあげる。お前はその美しい翼を見せ、参列者を魅了すればいい」 「お・・・しゃっている意味がわかりません」 震える声。動揺を隠せない。 ――今、自分は恐ろしいことを告げられているのではないのだろうか。 頭の中が真っ白になる。 目の前の男――臥雷国王である森羅は・・・。 「臥雷の王である俺とサラディン最後の皇子であるお前とが結ばれるのだ。悪い話ではないだろう? 政略結婚。よくある話だ。我らもサラディンの皇族を妻とするなら、諸外国に色々と示しがつくのでな」 「私は・・・男・・・です、よ」 「女でもある」 「っ・・・」 確かにその通りだ。両性と認めた――だが、確かに女性の部分も持っているが、体の基礎は男に近い。女性のように柔らかな肉体も豊満な胸もない。硬い躯に薄い胸。もちろん男性器だってある。その奥に女性器をも持ってはいるが。 それよりなにより、シャイナには恐ろしいことがある。 「両性は災いを呼びますよ・・・あなたに私は相応しくない」 シャイナ自身が信じていない言い伝え。 それを口にしてでも、目の前の男の考えを覆したかった。 「そんな迷信など信じていない。それにお前は言ったではないか。サラディンでは両性は神聖だと」 「それは・・・」 馬鹿なことを言ってしまった。 天使の完全体として、男と女の性を持つシャイナは、サラディン国内では尊ばれていた。 だが、このミスリン大陸では――両性は不幸の災いの象徴だと根強い信仰がある。 それを臥雷国王が、否定するとは思いもよらなかった。 「もう、決めたことだ。お前は我が后として隣に立てばいい。誰もお前を――両性を災いの元だと言わせないようにしてやるさ。俺が」 近づいてくる森羅の顔。 性的に疎いシャイナは、その理由がわからなかった。 だから唇が森羅の唇でふさがれるまで、呆然とその瞳を見ていたのだった。 「・・・んっ、ふっ」 「やっ・・・ぁ・・・」 経験の無いシャイナは、あっさりと森羅の舌の侵入を許してしまう。 口腔内を蹂躙され、苦しくて苦しくて森羅の肩を押しのけようとするが、まったく力が入らない。 舌先を軽く噛まれ、激しく絡められても、されるがままに身を任せるしかない。 味わいつくされ唇が離されたとき、シャイナは酸素不足でそのままベッドに倒れこんだ。 「・・・・はぁ・・・・はぁ・・・」 「息をしていなかったのか。ふっ・・・これは調教しがいがある」 ゆっくりと己の躯に被さってくる森羅に、シャイナは恐怖を感じる。 ――この男は、私を抱く・・・気か? それだけは、避けたかった。 どうしても、それだけは。 「臥雷国とサラディンの婚姻というのなら、それも受けましょう。どうせサラディンは滅んだ国です。しかし、国と国の結婚というのなら――なにも、あなたは私を抱く必要はないでしょう」 「・・・どういう意味だ」 森羅は圧し掛かっていた躯を起こして、シャイナを見据える。 その視線は苛烈だ。 シャイナは飲みこまれそうになりながらも、己を奮い立たせる。 「あなたが私を求める理由は、国と国との繋がりなのでしょう? でしたら、このような中途半端な躯を抱かなくてもいいはず。表向きは妻としてあなたに従いましょう。夜は他の女性に・・・あなたは、跡継ぎも必要な――」 シャイナは最後まで言葉を紡げなかった。 森羅の拳がシャイナの顔の横を掠め、ベッドへと突き刺さったからだ。 「お前は、俺に命令するのか――?」 「・・・そんな、つもりは」 恐怖というよりも、その怒りに満ちた表情に瞳に魅入られる。 生きることすら疲れた己とは違う、生命力の溢れた男。 露わにする獣のような感情。 それは無機の世界に生きてきたシャイナにとっては、初めて触れ合うものであった。 「お前の処遇は俺が決める事だ。お前は――俺のもの、なんだからな」 「・・・・・・」 確かに、シャイナにはそんな権利は無い。 シャイナは滅ぼされた国の皇子。 森羅は滅ぼした国の王。 ――けれど、けれど・・・。 森羅が嫌なわけではない。 ただ、シャイナは誰にも肌を触れさせる気がないだけだ。 触れさせてはならないのだ。 しばらく続いた沈黙のあと、森羅は大きく溜息を吐いて、ゆっくりとベッドから立ち上がった。 「興が削がれた。だが――忘れるな」 「・・・」 向けられる、真紅の瞳。 再びシャイナは肉食獣に睨まれた草食動物のように、身動きできなくなる。 「俺は、お前を抱く。必ず、な」 「・・・・・・!」 否という言葉は認めない、と。 苛烈王と、戦いにしか身を置けない狂王とまで他国に言われ恐れられている森羅の本質に触れる。 「ま、せっかくだから婚礼の日に初夜を迎えることにしようか。それもまた面白いだろう」 「・・・・・・」 再び背を向けた森羅は、もうシャイナを振り返ることはなかった。 その時のシャイナの表情を見れば、決して彼を一人にはしなかっただろう。 俯いたシャイナは、追いつめられ悲壮感でいっぱいの表情で唇を噛み締めていたのだから。 「私の存在を忘れていたでしょう」 「・・・ああ」 いたのだったな。と、綺良に視線を向けた森羅は本気で共に綺良がいたことなど忘れていたようだった。 「あんなことをして・・・嫌われますよ」 「あいつが・・・俺に抱かれなくないなどと言うからだ」 ――おや? 綺良は首を傾ける。 主人の反応が思っていたものと違ったからだ。 「人形に興味は無かったのではないのですか?」 「・・・アレは、ただの人形じゃない」 どうやら、綺良の主人は本気であの天使に興味を持ったらしい。 戦い以外に見向きもしなかった彼の始めての変化。 「それを、あなたは知ったというのですか?」 「・・・・・・なぜ、あれだけ・・・いや」 言いかけた口を閉ざす。 しかし、明らかに変わった態度。 何があったのかは綺良にはわからない。 本当にただの興味だけなのかもしれない。 それでも――心に闇を抱える主人の変化は、綺良にとっては喜ばしいものだった。 「ま、いいです。話したくなったら話してください。私はいつでもあなたの側にいるのですから」 「綺良・・・」 乳兄弟である綺良は、森羅にとっては数少ない心が許せる人間。 今は自分でさえ把握しきれていない状態を、いつか話すこともあるだろう・・・と、森羅自身も思った。 「そろそろ執務室へ。今日は――まだ夜は無理でしょうから」 「ああ・・・そうだな」 綺良の言葉に反応した森羅は、夕闇の空にうっすらと浮かんでいる月を見つめたのだった。 |
あ・・・全然進んでないし。 |
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