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「何を、知りたいと――」
 落ち着いた様子のシャイナの姿に、綺良は驚いた表情で彼を見つめた。
 昨日、自分の秘密を見られて気を失ったのと同じ人間とは思えない。
 すっと伸びた背筋。美しいプラチナの髪はストレートに腰まで伸びている。
 白磁の肌、紫の瞳。息を飲むほどに美しい。
 やはり、その瞳に生気はなく人形のようではあったが。
「その、お躯は・・・」
 両性具有なのか、と聞けずに言葉に詰まる。
 だが、シャイナは淡々とその事実を口にした。
「私の躯を見られたのでしょう? 両性具有なのかと言われれば、そうとしか言い様がございません」
 少し青ざめているが、それでもその口調によどみはない。
「・・・確かに。シャイナ様はそのお体の秘密をずっと隠されてこられたのですか?」
「いえ、サラディンでは・・・両性具有は天使の躯とされてきたのです。ですので――」
「それさえも、尊いとお前はサラディンの宝石とされていたわけか」
 シャイナの言葉を遮ったのは、腕を組んで壁に持たれかかっていた森羅だった。
 森羅の言葉に、シャイナの肩がピクリと揺れる。
 人形が人の反応をしたかのように。
「そう、ですね。宝石は、ただただ誰にも奪われぬよう奥にしまわれていたのです。私などただの穢れた存在だというのに・・・」
 やはり淡々とした口調。
 だったが、森羅は見逃さなかった。
 語尾が震えたことに。
 膝に置いている指に力が入り、傷つきそうなほど握り締めたことに。
「穢れた・・・? あなたが?」
 語り継がれてきた天の国の容姿を持った、輝かしいほど美しいシャイナ。
 天使としか言い様がない彼が穢れているなどと口にした事に、綺良は思わず問わずに入られなかった。
「サラディンは、滅びるべきして滅んだということです――。あなた達の国に攻められていなくても、100年は持たなかったでしょう。しかし、何も知らない国民たちには、どうぞ温情を」
 それ以上、シャイナがその「穢れ」について口にすることはなかった。
 ただ「神の国」だと信じ続けサラディンという国に取り付かれている国民たちを、どうか解放してやってほしいと。臥雷の国民として受け入れてやってほしいと。それだけを繰り返した。





「本当に天使と話をしている気分ですよ。あの方に感情というものはないのでしょうかね」
 シャイナの部屋をあとにした綺良は、ふぅと溜息をつくと己の主人に話しかけた。
「だが、ただの人形ではないな。確かに表向きは感情を表さない人形のようにはしているが。王宮の一室で外部を知らずに生きてきたと聞いていたから、空っぽの人形だと思っていたのだが・・・。アレはまだ己の本心を見せてはいまい」
「要するに、あの姿は本物のシャイナ様ではないと」
 綺良の言葉に、森羅はニヤリと笑った。
「感情を押し殺す・・・というか、諦めることに慣れているという感じだな。だがそれでも、サラディンの国民を救うようにとこの俺に直接頼んできた。臥雷の王であるこの俺に。単に人形として育てられていたのなら、国民など気にしないだろう。そして、己の姿かたちが普通ではないという事も知らないだろう。まわりからは天使と呼ばれ続けてきたのだからな」
 森羅の見解に、綺良もなるほどと肯く。
「前王・・・というより、サラディン王家は選民意識の強いどうしようもない人々ばかりだったのですが、あの方だけが常識人だったと?」
「なかなか面白い。隠しているものすべてを暴きたくなる。・・・それに、いいことを思いついたぞ、綺良」
「あなたのいいことというのは、私にとって悪いことと同意語なんですが」
 己の主の目が楽しそうに光っている時は、常になにかを考えている時であり、そのすべてに綺良は巻き込まれるのだ。
「昼から主だった人間を集めろ。その時に教えてやる」
「はい」
 誰も、森羅を――この国の王を止められる人間などいないのだった。





 王を頂点とした臥雷の主だった人間が謁見室に集められた。
 外の国では恐れられているが、臥雷内部では森羅は国民からも尊敬されるカリスマを持った王だ。
 そして、森羅の信用できる人間のみで国は動かされている。
 この場にいる8名は、森羅に心酔し敬愛し仕えている。
 そして森羅も、己の家臣として彼らを信用していた。

「忙しいところを、急に集まってもらって悪かった」
 集まったところで、森羅は口を開く。
「突然だが、俺は后を迎えようと思う」
 その場にいた人間が全員、えっという表情で主を見る。
 常々、家臣達がそろそろ妻を迎えろと言っても、首を縦に振らなかった王なのだ。
 それが急に、この言葉だ。
「そ、れは・・・おめでたい事です。で、そのご相手とは・・・?」
 それでも、なんとか言葉を紡いだのは、幼い頃から森羅を見守ってきた宰相である初老の男――玄地だ。
 森羅は玄地の顔を見ると、ニヤリと笑った。
 それは玄地が何度となく見た、何かをたくらんでいる時に見せる顔だ。
「サラディン最後の皇族、シャイナだ。身分的には問題あるまい?」
 森羅の宣言に、その場にいた人間は凍りついた。
 己の主が何を言っているのか、一瞬理解できなかったのだ。
「な、何をおっしゃられて・・・」
 綺良は思わず、森羅の正気を疑うほどだった。
「あ、あの方は・・・男です、よ?」
 普段戦場では、先頭をきって走っていく森羅軍の長という名をもつ景尊は、自分の声がどもってしまうのも気にせず、王の顔をマジマジど見つめる。
「アレは、男であり男ではない」
「それは・・・どういう?」
 言い切った森羅の言葉に、綺良以外の人間が理解ができないという顔をした。
「アレは、両性具有だ」
「両性具有!」
「なにをっ・・・! そんな・・・」
「サラディンの皇族で、そんなわけが」
 次々と否定の言葉が飛び交う中、森羅は「なぁ、綺良」と、確かにその事実を知っている己の片腕に話を振った。
 確信犯のような顔をする己の主を、心の底から憎々しく思いながらも、綺良は、全員の視線が集まる中「ええ、そうです」と肯くしかない。
「そ、そんな災いの元をおいておくのは危険でございます! ましてや后にするなど・・・!」
 なんとか言葉を紡いで玄地が反対する。
 玄地の言葉に、他のものも続いた。
 だが、森羅はフンッと鼻で笑うと、全員を見る。
「両性具有が災いの元だという――その理由をお前達は口に出来るのか? それこそ根拠のない天と地の一族がもたらした迷信だろう。それを、我ら臥雷族が信じるのがおかしい。お前達も臥雷の誇りを捨てミスリンの世俗に染まるというのか?」
 森羅の言葉は、臥雷の人間の根本――一族のプライドを揺さぶる言葉。
 その場にいた人間はハッと息を飲み、そしてその目は一瞬屈辱に染まる。
 その様子を見た森羅は、満足そうに己の家臣達を見た。
「そう――我らには、関係ない。そして、綺良。お前は理由が必要だと言ったな。戦いの理由が。我らがこのミスリンを統べる」
 綺良は思わず己の主をみた。
 彼は何を言おうとしているのかを。
 その言葉の続きを待った。
「天使の末裔。天の一族の純血を継ぐ最後の生き残り。その人間を后とし、ミスリン大陸を統べる――これは順当な理由にならないか? そう、千年前の地の国の王がそうしたように」
 千年前に天の国と地の国に分かれていたミスリン大陸を統一したのは、地の国の王だった。
 そして、その傍らには天の国の皇族が妻として立っていたという。
 森羅の言葉に、誰も反対の言葉を紡げない。
 身分としても立場としても、シャイナが森羅の后として相応しくないとはいえないからだ。
「反対は、ないな? では、解散する」
 戸惑いの中、話し合いは一方的に終わりを告げられた。
 森羅は王座から立ち上がると、その場を動けないでいる家臣たちに見向きもせずさっそうと歩いていく。
 謁見室から出る直前、森羅は立ち止まり謁見室内を振り向いた。
 その場にいた一人の人間を見据える。
「雪那、婚姻の儀は次の満月の夜の次の日に。翼の生えた天使を俺は妻とし、諸外国に見せ付けてやるのだ」
「・・・王っ」
 雪那と呼ばれた男は驚愕の表情をしたが、再び背を向けた森羅はそれ以上の質問を許さなかった。





「王! 王お待ち下さいっ!」
 追いかけてきたのは綺良だった。
 ある程度予想していた森羅は、足を止める。
「な・・・何を考えていらっしゃる」
 責める口調の綺良に、森羅は平然と答えた。
「何って、先ほど言った通りだがな」
「シャイナ様の秘密をあのような場で・・・しかも、それを政治の道具に使われるおつもりですか?」
 綺良の言葉に、森羅は半眼する。
 その厳しい視線に、綺良は言葉を飲み込んむ。
「あの天使に魅入られたか、綺良? シャイナをこの臥雷につれてきた理由など、政治の道具でしかないだろう。今更なにを言う」
「そ、それは・・・」
 言葉を失った綺良に、森羅はニヤリと笑った。
 確かに、殺せといっていた森羅に反対してこうして臥雷につれてきたのは家臣たちだ。
 それは政治の道具以外、何物でもない。
「本音をいえば、別にミスリン大陸を統一するなどという大義名分はどうでもいいのだ。お前は知っているだろう。俺は血に餓えている。この欲求を止めることができない。常に戦いに身を置く事になるお前達や臥雷の人間は不運としか言い様がないが、それはこの俺を王に据えることにした前王を恨んでもらうしかない」
「王、そんなことはございません。我々はあなたの――」
 ずっと側で仕えて来た綺良は、森羅の苦しみを知っている。
 どうしようもない血の欲求に一番苦しんでいるのが森羅だということも。
 その上で、彼を王として心酔しているのだ。
 だから彼が指し示す道ならば、と――ともに歩んできている。
 罪は、森羅のみが背負うべきではない。
「滅ぼしていくだけならば、俺たちにはできる。だが、その後平定した国を取り込むのは難しい。我らは最初からその問題をわかってはいたが、あえて考えないようにしていた。そしてその問題に、シャイナは使えるのだ。臥雷の人間は一番ミスリンの血には染まっていない。だから、そこまで天の国――天使の一族には縛られていないが、ミスリンには根底に流れる天の国の信仰が残っている」
「シャイナ様を妻とし、反乱分子を押さえる・・・ということですか」
 ここまでくれば、綺良にさえ森羅の考えは手に取るようにわかる。
 ミスリン大陸に住む者。
 どの国の人間も、元は天の国と地の国の人間だ。
 だが天の国は早々に滅びたことと、劣性遺伝で他の血が入れば消えてしまうその神々しい容姿から、どこかミスリン大陸に生きる者達は、天の国の人間を――その皇族を信仰する傾向、というよりもその血がそうさせるところがあった。
 だからミスリン大陸内で大小さまざまな国が勃興していた中で、天の国の血を唯一残していたサラディンが臥雷に滅ぼされるまで、一度も攻められたことがなかった。まともな軍を持っていなかったというのに。
「ああ、そうだ」
 シャイナを妻に迎えれば、サラディンが天使が臥雷についたということになる。
 それでなくても、反乱分子――特にその国の王族たちは例外なく滅ぼしているのだ。反抗してくる人間など、皆無に近いだろう。
「人と関わる事など殆どなく生きてきたシャイナ様に、臥雷王の妻とは・・・お互い苦労されるとは思われますが」
「ふんっ、俺はやりたいようにするだけだ」
 すでに綺良も反対する言葉は紡がなかった。
 森羅もそれで、納得する。
「それに、アレは――」
 森羅は何かいいかけて、口を閉ざした。
 綺良もあえて言及はしない。

 二人の足は、シャイナがいる部屋へと向かっていた。




新しいキャラの説明

玄地(げんち)・・・宰相。生まれた時から森羅を見守ってきた。
景尊(けいそん)・・・臥雷軍将軍
雪那(せつな)・・・侍従長であり、城内の事や祭事等を取り仕切る。

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