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 両性具有。
 それはこのミスリン大陸の歴史上、常に闇に葬られてきた存在。
 災いの元とされ、生まれると親の手で殺されてしまうことがしばしばだった。
 いつからと言われれば、誰も答えることはできない。 それは、統一歴前の創生の時代から続いているからである。
 最初の両性具有が不幸だったのか、やはり己たちと違う躯を持った人間を排除しようとしたのか――それはわからない。
 数は本当に少ないが、確実にミスリン大陸には両性具有の人間は生まれてきた。歴史の闇に生まれ、歴史の闇に消えていく、それが両性具有の運命だった。
 だが実際は、全ての両性具有が殺されるかとそうではない。
 己の子を全ての親が殺せるわけもない。
 両性具有と隠して育てた例も、少なくはない。
 過去、狂王クラフィスを打ち破った地の国の王の妻は両性具有であったという説もある。
 歴史上隠されてきた存在だが、確実に実在している――それが、両性具有だった。



「な、んと・・・」
「天使の末裔が両性具有か。面白いじゃないか」
 ショックを隠しきれない綺良と違い、森羅はニヤリと笑った。
 表情を変えることなどめったにない己の主に、綺良は今日何度目かの違和感を感じる。
「何を気楽なことを・・・。災いの元ですよ、両性具有は」
「それこそ、何の根拠がある。伝説や言い伝えほどそこに真実が無い方が多い」
 気を失いぐったりとしているシャイナを見ながら、森羅は己に言い聞かせるように呟いた。
 その言葉の意味の奥に隠れた真実を知る綺良は、それ以上何も言えない。
「・・・彼の今後については、まぁおいおい考えましょう。もう、この前みたいに殺してしまえ、とは言わないでしょう?」
 あえてその事には触れずに、綺良は森羅に向き直ると肩を少しあげて明るい口調で彼に問いかけた。
「ああ――」
 邪魔なサラディンの生き残りなど殺してしまえ、と思っていた。
 綺良が言うように、戦いの理由など森羅にとっては必要がなかったから。
 けれど・・・。
「とりあえず、王。シャイナ様が気付くまでしばらくかかりそうですし、あなたは暇ではないのですよ?」
「わかった」
 王という立場では、自由な時間はほとんどない。
 常に戦いの中に身をおいている臥雷では、ゆっくりとお茶を飲んでいる時間さえなのだ。
 主要な家臣との会議の時間が迫っていた。――次の戦いの話し合いの。
 チラリとシャイナに視線をうつす。
 白を通り過ぎて青く見える程の肌。
 人として息をしているのが不思議なほど、作り物めいた容姿。
 手を伸ばして触れた首に力を入れるだけで、壊れてしまいそうなガラスの人形のような・・・。
 ――人形。
 最初、シャイナを見たときの森羅の感想。
 それが人形だった。
 けれど、今は。
 人形ではないことを知っている。
 その指先は、優しく。
 その体温は温かいことを、森羅は知っていた。



「・・・」
 背中の痛みに、シャイナは目覚めた。
 ――私は。
 真っ暗な部屋。
 人の気配は感じない。
 ゆっくりと自分の身に起きたことを思い出す。
「・・・っ!」
 ――知られて、しまった。
 そうだ。
 臥雷の王に、シャイナは己の躯の最大の秘密を知られてしまった。
 両性具有。
 天使の生まれ変わりであるシャイナが、大陸で言われる悪しき災いの元。
 だがミスリン大陸での歴史と。
 サラディンの歴史は、少し違ったのだ。
 両性具有は、天使の躯をした――完全体だと、サラディンでは伝えられてきた。
 いつの時代からか言われていた、王族内の秘密。
 それは、近親婚が多かったサラディン王家では、両性具有が一般より生まれやすかった為作られた歴史だったかもしれない。
 けれど、両性具有ということで、シャイナはさらに大切に大切に・・・傷を一つもつけないように、動かさないように、何もさせないようにと、王宮の奥で暮らしてきた。
 国民さえも、家臣さえも、シャイナの姿をみたことはないほどに。
 シャイナの世界は、王宮の一室のみであったのだ。
 それでも、シャイナが両性具有という己の躯の異質さに気付くのは、物心ついてすぐだった。
 周りのものは否定したけれど、自分が異様だということはわかった。
 閉ざされた部屋での唯一の楽しみが、読書だったからだ。
 シャイナはあらゆる本を読んだ。
 本に関しては、普段言わないわがままを言ってでも、サラディンだけではないほかの国の本までも集めてもらうほどに。
 ミスリン大陸の共通語であるミスリン語の他にも、各国の言葉も独自で勉強をした。
 そして知った。
 己が異様であるということを。
 己の国が異常であるということを。
 それでも本を読むのはやめることができなかった。
 心が腐ってしまいそうなのを、気がふれてしまいそうなのを、必死に現世に繋ぎとめるために。
 それでも、死にたいという要求は年々増していき――ある満月の夜、背中に羽根が生えた時には決定的になったのだった。
 人として異質な己。
 満月の夜ごとに与えられる、死にも勝る苦痛な時間。
 ただ次世代の『天使の末裔』を誕生させるために生かされている――この小さな部屋で。
 苦しくて、苦しくて、苦しくて。
 それでも、己から命をたてない勇気のなさに絶望する日々だった。
「どうして・・・」
 隠そうとしたのだろう。
 今更、彼らに両性具有だと知られたからといって、何の立場も変わるわけが無い。
 サラディン以外では、災いの元とされていると知っていた。
「私は、それでも生きたかったのだろうか・・・?」
 見つかれば、殺されると思って、本能で隠そうとしたのか。
 あれだけ、死にたいと願っていたくせに・・・。
「は、ははは・・・あははは・・・」
 なんと醜い。
 なんと弱い。
 ベッドからゆっくりと躯を起こした途端、背中の重みが消えた。
 バサ・・・バサバサバサ・・・。
 ベッドの上に舞う羽。
 シャイナの背中から落ちた翼。
「醜い私の体には、この翼は似合わない。だから、生えては落ち、生えては落ちるのかもしれない」

 シャイナの心の中の大半を占めるのは、絶望と諦めだったから。


 ――私は天使などではない。醜い、人としても不完全なただの生き物だ。


 ベッドの側にある大きな窓から、シャイナは止まらない涙を拭うことなく空を見上げる。
 そこには美しく丸い月が、青い光を放って闇夜に輝いていた。







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