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「・・・、これはっ」
 宮廷侍医長の慈玲は、ベッドで横たわるシャイナの姿を見た途端、その姿に言葉を失った。
「他言無用だぞ」
 チクリと針を刺すように、森羅がけん制をする。
 慈玲はもちろんと肯くが、その視線はシャイナから離せないでいた。
「サラディンはが天使の末裔というのは、真実だったのですね・・・」
 天の一族。滅んで久しい今では幻と言われている一族。
 劣性遺伝のため地の一族達と交わるうちに、一族が持つ特徴はあっという間に失われていった。白い肌。金色の髪。色とりどりの瞳。そして、飛ぶ事を忘れた白い翼。その全てを。
「しかし、どうやってこんな羽根が突然」
「それが判れば、誰も苦労しませんよ」
 綺良は、己で考えることを放棄したように溜息をつく。
「完全に背中から、”生えて”いますね。しかも、肌を突き破っている・・・。どうして、こんな風に。ありえない、こんなこと」
 背中から流れる血。肌を突き破って"翼”が"生える”というありえない事実。
「これはもう、目が覚めた彼に尋ねるしかないですね・・・」
「ですね」
 結局、慈玲にもその理由は判るはずもなく。
 ただ血にまみれてるシャイナを手当てするために、慈玲は手を伸ばした。
「・・・これは」
 翼が突き破っている部分をナイフで切り剥がす様に脱がすと、そこには透き通るほど白い肌があらわれた。
 そこにいた3人は、思わず息を飲む。
「血は・・・止まっています、ね」
 他の二人に確認するように慈玲呟くと、そっと生えた部分に、己が持ってきていた消毒液を垂らす。
「・・・っ」
 気を失っているはずのシャイナの方がピクリと揺れた。
「気が、ついたのですか・・・?」
 思わず綺良は、慈玲に確認する。
 だがシャイナの反応はない。
「いえ、たぶん痛みに躯が反応しただけです」
 再び消毒液をたらしていく。その羽が生えた背中の部分に。
 そのたびピクピクと背中が動き、そして白い羽が揺れる。
「とりあえず、血もほぼ止まっていましたし。傷口にする手当ては致しました。あとは本人に聞くしか――」
 そこで慈玲は言葉を切った。
 視線がシャイナの下腹部で止まる。
「・・・ここも?」
 翼の生えた背中ばかり注意がいっていたが、下腹部――いや、下半身の一部分が真っ赤に染まっていたのだ。
 場所が場所だけに、慈玲は首をかしげる。
 慈玲の視線に気付いた森羅と綺良もそこに目を止める。
「・・・・・・」
「こんなに血が・・・どこか怪我をされているのか?」
 綺良の呟きに、慈玲は意を決して血で染まるシャイナの白い衣服に手を伸ばした。
 が、その手を森羅につかまれ阻まれる。
「触れるな」
「王・・・」
 慈玲はもちろんだが、綺良はそんな森羅の行動に驚きを隠せない。
「これに触れていいのは、俺だけだ――」
 先日まで「人形」だと切り捨て、全く興味を示していなかったというのに。
 目の前にいる森羅は、意識を失った天使に独占欲まで見せたのだった――。





「・・・ん」
 シャイナが感じたのは、喉の渇きだった。
 そして、痛み――。
 覚醒してくる意識は、ゆっくりと己の身に何が起こったのかを思い出させる。
 ――また、月が満ちたんだな。
 サラディンの誰もがわからなかった、シャイナの躯の秘密。
 研究所の人間が古文書を紐解いていも、過去にそんな記録もなく。
 調べる事を諦めた人々は、シャイナを天使と崇めたてた。
 そうすることで、シャイナの異端性を隠したのだ。

 うつ伏せになっている己の躯を起こそうと、シャイナは腕を動かし力を入れる。
 が、不意にその手首を何者かに掴まれバランスを崩し再びベッドへと躯を預けた。
「・・・えっ?」
 人がいるとは思ってもいなかったシャイナは、自分の身に起きたことが一瞬理解できない。
 恐る恐る自分の手首を掴んでいる手から視線を上げていく。
「ぁ・・・」
 そこには、一度だけ会った。
 そして、シャイナを「人形」だと言った男がいた。
 燃えるような真っ赤な瞳。
 その視線は、シャイナだけを捕らえている。
 ――あ、つい。
 捕まれた手首が。
 その苛烈な視線が。
 しばらく、二人はお互い目を逸らせないまま、ただ無言の時を過ごした。

「・・・王、そろそろ会議の時間が――」
 その沈黙を破ったのは、森羅を呼びにきた綺良。。
 綺良は部屋に入り、ベッドの中で眠っているであろうシャイナに視線を向けると、閉じられているはずの紫の瞳が見えた。
「って、目覚められたのですか」
「ああ・・・」
 その質問に答えたのは、今まで無言を通していた森羅である。
 逸らす事のできなかった二人は綺良の登場により、森羅は視線を綺良に移し、シャイナは視線を下に落とした。
 そしてゆっくりとうつ伏せで寝ていた躯を起こす。
「シャイナ様、ご気分はどうですか・・・?」
 綺良はシャイナの側へ寄ると、跪いてその紫の瞳を見上げた。
「綺良・・・」
 どこか叱責するような口調で、森羅は綺良の名を呼ぶ。
 だがそんな主人の声など微塵も気にしない綺良は、あいているシャイナの手を取り己の手の平の上に乗せた。
「痛みなどは、いかがですか・・・」
「痛み・・・? ああ――大丈夫、です」
 シャイナは一瞬、何を言われているのか判らなかった。
 覚醒していない状態で、森羅との無言の時間をすごし、自分がどういう状況に陥っているのか理解していなかったのだ。
 昨日、満月の時を向かえ、シャイナの背からは翼が生えた――生まれてから幾度となく繰り返された地獄の時間。
 人目を逃れるように城を出たシャイナは、広場の噴水で一度気を失い、再び目を開けたが次に襲ってきた下腹部の痛みに再び意識を遠のかせたのだった。
 ――そういえば。
 あの時であった狼。
 痛みに苦しむ己に、心の安らぎをくれた温かい生き物。
 あの狼は、どうなったのだろう。
 血の匂いに惹かれてきただろうに、シャイナに歯を立てるどころか、優しく慰めてくれた。

「では、質問を許してくださるでしょうか?」
「ええ・・・」
 聞かれることは判っていた。
 この奇異な背中のもの。
 だから、身を隠そうとしたのだ――無駄な努力ではあったけれど。
「その背中の翼は、一体どうなっておられるのですか? 昨日までは、ありませんでした・・・よね」
 当たり前の疑問。
 当たり前の質問。
 だから、答えるしかない。
 奇異や異端の目で見られても――それが、当たり前なのだから。
「私にも、わからないのです」
「・・・わからない?」
「突然変異、としか言い様がないのです。ただ、満月の夜に私の背の皮膚を破りこの翼は生えてきます。そして、1日で背から落ちる――」
「・・・落ちる?」
 シャイナの言葉に、初めて森羅が口を開いた。
 その声に、ピクリとシャイナの肩が揺れる。
 シャイナは綺良からゆっくりと森羅へと視線を移した。
 森羅の赤い瞳。
 己の全てを見据え、暴かれてしまいそうな錯覚に陥り――恐怖を感じる。けれど、その真っ赤に燃える瞳に魅入られてもしまうのだ。
 だから、シャイナは合わさった視線を自分からはどうしても外せない。
「神経が通っているわけではないのです、この翼に。自分の意思で動かすことも出来ない――退化した翼。そうサラディンの学者は申しておりました」
 かすかに震える語尾。
 経験したことないその苛烈な視線は、シャイナの全てを焼き尽くすように熱い。
「突然変異――、ですか。なるほど、サラディンの知識と資料でもわからなかったということか」
 綺良は結局シャイナの躯の謎が解明されないことに、見るからに落胆したように肩を落とした。
 自分自身でも判らない躯なのだ。シャイナにも答えようがない。
「・・・では、この血はどうした」
 再び森羅が問う。
「血――?」
 森羅の視線を追い――、そのままシャイナは凍りついた。
 昨晩の下腹部の痛みの原因。
 己が身に着けている白い服の下半身の部分が、真っ赤に染まっている。
「どこか、怪我でもされているのですか? もう止まっているみたいですが、これだけの血・・・治療された方が。場所が場所だけに、気を失っている時には何もできなかったので・・・」
「いえ・・・いえ、大丈夫です。何も――」
 あからさまに動揺した表情のまま、シャイナは綺良の言葉を真っ向から否定した。
 だがそれは誰がどうみても、何かあるとしか思えない。
「しかし、そんなに血が・・・」
「怪我とかでは無いんです。気にしないで・・・」
 続けようとした言葉は、森羅によって遮られる。
 突然立ち上がったかと思うと、シャイナの肩を掴みそのままベッドへと押し倒す。
「っ・・・」
「王、何を――」
 シャイナの翼が下敷きになるが、神経の通っているものではないので、痛いとは思わない。
 ただ、森羅の行動に、驚き動けない。
「何を、隠している――?」
 赤い瞳が、さらに赤く染まった気がした。
 すべてを見透かされている気さえする。
 それでも、シャイナは――口に出来なかった。
「な、なにも・・・」
 その言葉に、森羅はシャイナの躯を覆っていた血にそまった衣服の裾を両手で手にするとそのまま左右に開き――裾から見事に引き裂いた。
「なっ・・・」
「ちょっ!」
 シャイナも、そして綺良でさえも、森羅の行動に驚き一瞬動けないでいた。
 それでもそのあと、森羅がシャイナの両足を手にして、我に返ったシャイナはその腕から逃れようともがく。
「や、嫌っ・・・!」
「王、なんて野蛮な・・・」
 森羅がそのような行動に出たのに、綺良でさえ動揺した。普段の森羅からは考えられないのだ――何事にも何者にも興味を示そうとしない、ただ戦いの中にだけ生きる意義を見出している己の主が、一人の人間、それも滅ぼした国の何の力さえない一人の男などに、こうしてあからさまな興味を持つことなど。
「暴れるな・・・」
「いや、だ。やめっ・・・」
 恐怖と焦り。
 シャイナはパニックに陥る。
 それでも、一つだけ。
 ――見られては、いけない!
 その意志だけで、力の限り森羅の腕から視線から逃れようと、暴れていた。
 しかし、シャイナの力など、森羅にとって微々たるものでしかなかった。
 体格の違いもある。
 そして、外出さえほとんどしたことのない――城の一室で息をしてきたシャイナの力と体力など、常に戦場に身を置いてきた森羅に敵うはずもない。
 手に腕に力を入れれば、シャイナの両足己の意志と反して開いていく。
「い、いやっ。嫌だ――!」
 過度のストレス。
 見られてはいけない部分。
 知られてはいけない真実。
 それを暴かれようとする恐怖。
 良く言えば穏やかで悪く言えば何もない世界で生きてきたシャイナにとって、それは耐え切れない重みとなり――、そして意識を飛ばしたのだった。

「酷いことを・・・」
 気を失ったシャイナに気付いた綺良は、溜息をつきながら己の主を批判した。
 繊細な小鳥。
 傷つけられることも、傷つけることも知らないのだろう。
 小鳥は小さく鳴いて、動かなくなってしまった。
「別に暴力を振るったわけじゃない」
 こんなことで意識を失うとは思いもしなかった森羅も、少し驚いた顔をしていた。
 それでも、抵抗がなくなったことで、シャイナが必死に隠そうとしていた真実を暴こうと、シャイナの両足を左右いっぱいに開いて、これもまた血にそまった腰布を外した。
 現れたのは、男性にしては少し小ぶりで何者にも汚されたことがないとしか思えないピンク色の性器。
 プラチナブロンドの淡い毛が、気持ち程度にそこを守ろうと生えている。
 特に何の変哲も無い、少し幼い感じはするが普通の男性体であった。
 怪我をしている様子も無い。
 それでも何かひっかかかって、森羅はシャイナの両足を開いたまま持ち上げた。
 そして、目の前に入ってきたものに、息を飲む。
「どう、されましたか・・・」
 流石に主と一緒に、シャイナの躯を覗き込むということは躊躇われた綺良は、視線を外していたのだが、驚いた様子の森羅に思わず声をかけた。
「・・・驚いた、な」
 持ち上げていたシャイナの足を降ろし、足を閉じさせる。
 そして、綺良を見据えて、森羅は言い放った。


「こいつは――両性具有だ」





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ちょっと復習人物紹介(自分のために)。

シャイナ・・・サラディン最後の皇族。皇太子だった。透き通る白い肌と銀髪に紫の瞳を有している。
森羅・・・臥雷国国王。近隣諸国をどんどんと支配下に置き、ミスリン大陸を侵略している。真っ赤な目を持ち血に餓えた王だと恐れられている。サラディンを滅ぼし、シャイナの父と母も殺した。
綺良・・・森羅の臣下。片腕であり、何よりも森羅を理解している。
慈玲・・・王宮医師。

4人しか出てないじゃん。
両性具有は、ぼーいずらぶとちょっと違うのか。まぁ、いいや。