13






「痛っ…」

 森羅はまっすぐに己の私室へと向かうと、部屋に入った途端シャイナを己のベッドへと突き飛ばした。

「…佐布里と出歩いたのは楽しかったか?」
 シャイナには、いったい自分の身になにが起こっているのかわからない。
 ただ、森羅が怒っているのだけは理解していた。

「王…?」
「森羅と呼べと言っているだろう!」

 苛立ちを抑えきれないというように森羅は吐き捨てるように言うと、ベッドの上に座るシャイナへと圧し掛かってきた。
 伸ばされた手は、シャイナの頬を掴む。

「佐布里に微笑んでいたな。 滅多に見せないその顔で」
「わ…かりま…せん」

 楽しかった。ただただ楽しかった。
 すべてが新しくて。
 昔から知識欲だけはあった。得ても無駄だとわかっているのに、得らずにはいられなかった。
 書物と違う実際の街。
 臥雷の人々。
 飛び交う言葉。もの。
 シャイナの目にはすべてが魅力的だった。
 だから自分がどんな顔をしているかなんて知らない。
 表情が乏しいシャイナが、めずらしく感情をしっかりと表に出していたなど。
 その余韻が戻ってきてからも続いていたなど。
 軽口を叩く佐布里に自然と笑っていたのを森羅がしっかりと見ていたなど――シャイナは知らなかったのだ。

 シャイナの顔にはめずらしく感情が灯っていた――とまどいと恐怖という名の。
 ――違う。こんな…。
 己の感情がコントロールできない。
 森羅は両手をのばすと、シャイナの服を引き裂いた。

「…やっ」
「お前を俺のものにする」

 逃れようとするシャイナの両腕を掴むと、ベッドへ縫い付ける。
 裂いた服で両腕を縛りあげると、森羅はその首筋へと顔をうずめた。

「やっ…やめて…ください」
 シャイナの中で恐怖の感情が渦巻く。
 今、己の身に起こっていることは…。
 服を脱がされ、体を弄られ。
 シャイナが一番恐れている――その行為。

「黙れ」
 噛みつくように、唇をあわされる。
 入り込んできた舌に驚いてシャイナは目を見開くと、より近い位置に森羅の顔があった。
 目を閉じてシャイナの唇を貪る森羅の表情をシャイナは思わず見てしまう。
 シャイナが見慣れていた――といってもまともに見たのは数人だけだが――サラディン人を含む天の一族とはまったく違う。
 臥雷国の人々は、地の一族とは違うという。
 本で読んだ地の一族との容姿の違いは、シャイナはわからない。
 だが人々は天の一族の血を濃く引いているシャイナの容姿を誉めそやすが、シャイナには森羅の容姿の方が美しいと思う。
 褐色の肌、黒い髪。意志の強そうな眉。筋の通った鼻――そして、新羅は。

「何を見ている?」
 開かれた瞳は、紅い。血の色ように。
「ゃっ…」
 森羅の瞳に欲望を見取ったシャイナは、思いだしたように襲い来る恐怖に再び目を閉じた。
 そして重ねられる唇。
 熾烈をなぞられ、絡められる舌。
 甘く歯を立てられ、体が跳ねる。
 苦しくて離してほしくて押しのけたくても、縛られた手では何もできなかった。

「んっ…ふっ…んんっ」
 森羅の手は、シャイナの体を這いまわる。
 何度も胸の突起をいじられて、シャイナの体が震えた。
 「ほら、勃ってきた」
 耳朶をねっとりと舐められ身を捩るが、森羅は許してはくれない。
 顔から首筋、そして胸元に唇を寄せる。

「あっ…いや…」
 濡れた音と、シャイナの声だけが響く部屋。
「ふうん、ちゃんと勃つんだな」
 森羅の言葉に、シャイナの頬に朱色に染まる。
 森羅の手は、シャイナの下腹部にあった。
 与えられた快楽に、シャイナのそれは力を持ちつつあったのだ。

「お前、出るのか?」
「やっ…離してっ…!」

 根元から上へ。先端の部分を親指で撫でると、シャイナのそれからはトロトロと透明の蜜が溢れだした。
 今まで性欲というものが皆無だったシャイナにとって、その体験は未知の世界だ。
「出そうだな。そうか両性なら、こっちも出て当たり前ってことか」
 納得したように森羅は、さらに強くシャイナのそれを強く擦り上げると、シャイナは耐えきれずに己を解き放った。
 肩で息をして脱力するシャイナの太股を掴むと、新羅は左右へ開きそこへ己の体を割り込ませる。

「い、やっ…」
 何をしようとしているかわかったシャイナは、全力で逃れようと暴れるが、森羅の力にかなうわけもなく掴まれた腕が解かれることはなかった。
「ふうん、前が感じたらここも感じるんだな。トロトロだぜ?」
 森羅は顔を近づけると、シャイナが最も恐れる――シャイナの女の部分に唇を寄せる。
「嫌っ! 嫌だっ! 離してっ!! いやー!!」
 絶対的な拒否。
 さすがの森羅も驚いて顔を上げると、シャイナは真っ青な顔で震えていた。

 ――やはり、何か…あるのか?
 シャイナの中にある心の闇。
 それが何かはわからない――が、シャイナが両性といことに関する何か。
 結婚することは構わないが、体は重ねたくないと――シャイナは言った。夜は女に相手にしてもらえと。
 いつかその理由を吐かせるつもりだったが、今ではなかった。

「ここは、そうだな。結婚してからに取っておこう。だが、ここで俺も止められない…」
 森羅はベッドサイドに置かれたオイルを手に取ると、シャイナの奥に眠る蕾へと手を伸ばす。
「っ…そ、そんなところを…」
「知らなかったのか? 男同士ではここを使うのだ。お前が女に触れるのが嫌だというのなら、ここを使うまだ」



 チュプ…ヌプ…と淫猥な音が森羅の手で奏でられる。
「あっ…やっ…い…」
 森羅の指はシャイナの蕾から奥へと入りこみ、そこを広げるように蠢いている。
 圧迫感と気持ち悪さから、違う感覚がシャイナの中で生まれ、戸惑いがシャイナの中で渦巻く。
「ここが、いいんだろう?」
 ある場所を森羅の指で突かれると、勝手にシャイナの体は魚のように跳ねる。
「やっ…」
「だいぶ、溶けたな。そろそろ、か」
 森羅はゆっくりと己の指を引き抜くと、己の腰ひもをくつろげる。

「あ…」
 熱い何かが、シャイナの蕾にあてられる。
 もうシャイナは何も考えられなかった。
 与えられた強烈な快楽も、何もかもが初めてで。
 もう許容範囲は完全にオーバーしていたのだ。
 ――熱い…。何…?
 体は正直で、誘うように蕾は収縮していた。

「シャイナ…挿れるぞ」
「え…あ、あぁ…!!」
 指とは比べ物にならない圧迫感。
 熱くて、苦しくて。
 息をするのも忘れて、シャイナは喘ぐ。

「力…抜けっ…シャイナ…!」
 思った以上の締め付けに、森羅も苦しい。
 呼吸を忘れているシャイナの頬に手をのばす。

「息を吸え。そしてゆっくりと吐け」
 言われるがままに、シャイナは大きく息を吸って吐いた。
 吐いた瞬間、森羅は狙ったように一気にシャイナの奥へ己のもので貫いた。

「あっ・・あああっ…」
「全部、挿ったぜ」
 森羅は動きを止めると、シャイナへと顔を近づける。

「んっ…んっ…」
 あやすように唇を舐められ、そのまま重ねられる。
 森羅に舌先で優しくつつかれ自然に口を開くと、滑り込んできたそれに舌が絡められる。
 軽く吸われ、シャイナは体を震わせる。
 それは痛みではなく、快楽からだ。
 チュッチュッと、顔中にキスを落とされる。
 力の抜けた体は、圧迫感からは逃れられなくても痛みからは少し遠ざかることができた。
 そして、己の中にある異物をゆっくりと締め上げていく。
「…っ、慣れた、ようだな。動くぞ…これ以上は耐えられん」
 森羅はシャイナの腰を掴むと、ゆっくりと己の腰を動かし始めた。

「あっ…んっ…」
 グチュグチュという二人の結合部分から漏れる音が、どんどん大きくなる。
 体がぶつかる音も、次第に早くなってくる。
「お前の中…熱い。もう俺をもっともっとと誘いこんでる」
「やっ…」
 嬉しそうに耳元でささやかれ、シャイナは恥ずかしくて顔を背けた。
「そろそろ、俺も…」
 森羅はさらに激しく腰を動かし始めた。
 指で触られ感じた部分を突かるれると、シャイナは悲鳴に近い声をあげ悶える。
 そんなシャイナの姿を満足そうに見ると、新羅はさらに己も耐えられないと、シャイナの奥を突き
上げた。

「やっ…や…! 変になるっ…」
「なればいい! もっと感じろっ」
「やっ! あっあっ…あぁっ――」
 耐えきれないとばかりに、シャイナは己を解き放つ。
 そして誘い込むように搾りとるように蠢くシャイナの内壁に、森羅も耐えきれず己を解放したのだった。



 シャイナがゆっくりと目をあけると、既に真っ暗だった。
 自分がどこにいるのか、何をしていたのか――一瞬理解できないでいたが、記憶というのは覚醒とともに蘇ってくるものだ。

「…痛っ」
 起き上がろうとすると、体中が悲鳴を上げる。
 それが己の身に何が起きたかを、シャイナに自覚させた。

 ――あれは…。
 森羅に拘束され、体を蹂躙された。
 無理やり犯された。
 確かにそうだ。嫌だと言ったのに、彼は聞いてくれなかった。
 けれど――。
 シャイナが頑なに拒否した女の部分に、彼は触れなかった。
 しようと思えばできたはずなのに。
 手首を見ると、そこには白い包帯が巻いてあった。
 考えてみると、服は引きちぎられたはずだったのに…今はこうして着ている。
 意識を失ったシャイナに対して、森羅は甲斐甲斐しく世話をしてくれたということだ。
 シャイナは今隣にぬくもりがないのが、寂しいと思った。
 理由はわからない。
 けれど、本当に寂しかった。



 ――暖かい…。
 ふたたび意識が覚醒したシャイナは、温もりに包まれていた。
 瞼を開けなくても、もう明るい時間になっていることがわかる。
 けれど温もりの理由が知りたくて開けたシャイナの目に入ってきたのは、まだ眠っている森羅の姿だった。
 また夢の狭間にいるのか、彼の瞼は閉じたままだ。
 あまりに近い距離に思わず離れようと体をよじるが、どうやら腰に森羅の腕が巻かれているらしく身動きが取れない。
 仕方なく、シャイナは彼を観察することにした。
 昨日のことは、シャイナの意志ではなかった。
 力づくで体を開かれたのだ。
 恐怖を感じたし、拒否もした。
 だがそれで森羅を嫌いになったかというと――よくわからないでいる。
 元々、シャイナはそういう感情――感情というもの自体に疎い。
 そして森羅に対すると、それは更にひどくなる。
 あの紅い瞳に見据えられると、まるで獣に睨まれた狼のように動けなくなる。
 けれど、触れてくる彼の腕は嫌いではない。
 自分にはない温かい腕は――そう、今のように森羅に抱きしめられるのは嬉しいと思う。
 その気持ちは、どういう気持ちなのか、シャイナに理解はできていなかったが。

「…穴が開くほど俺を見て、楽しいか?」
「あ…」
 閉じられていたと思っていた紅い瞳は、シャイナを見ていた。
 慌てて視線を反らそうとしたシャイナの首に、森羅の腕が回る。
 そのまま抱きこまれ、上に圧し掛かってきた森羅はゆっくりと唇を近づけてきた。

「…んっ」
 昨日のことを思い起こさせられるような、感応的なキス。
 無理やりだったとはいえ、森羅は丁寧にシャイナを抱いた。
 強引に体を開くこともなく丁寧な愛撫をし、しっかりとシャイナを感じさせたのだ。
 だから、シャイナもこうして今キスされているのに、そこまで恐怖と嫌悪感を抱かないでいる。
 森羅は抵抗されないのをいいことに、シャイナの口腔内を味わう。
 恍惚な表情を浮かべてキスを受けるシャイナに満足して、森羅は己の唇を離した。

「今日は一日、横になっているとい」
 ゆっくりと起きあがる森羅に視線を向ける。
 離れていく彼の体温を寂しく感じているのにシャイナは気づいていない。
 彼の背中にはいくつかの擦り傷があった。それが昨日の夜自分がつけたものだと気づいたシャイナは、思わず頬を染めた。

「何を赤くなっている…?」
「い、いえ…」
 服を着終えた森羅が振り返り、シャイナの覗きこむ。
 こうして色々な感情が顔に出ているシャイナは珍しい。
 森羅は満足げに微笑むと、シャイナへ手をのばす。
 銀糸のような髪に触れると、それをゆっくりと撫で上げる。

「部屋の外に出るのは、許さない」
「え…?」
 突然告げられた言葉を理解できなくて、シャイナは茫然と森羅を見上げた。
「侍女たちが出入りするのは許そう。だが、他の人間は許さない」
「な、にを…」
「佐布里は近づけさせない」
「……」
 否定も拒否も認めない。
 森羅の目はそう語っていた。
 言葉を発しないシャイナの髪から手を離すと、森羅は再び背を向けた。
 そして、もう一度シャイナを見ることはなかった。





「度量が狭いですね」
「…言っとけ」

 部屋を出た森羅を待ち構えていたのは、綺良だった。
 森羅の――森羅さえ理解していない心情も、綺良にはしっかりとバレているらしい。

「ちゃんと言うこと言わないと、嫌われますよ?」
「…好かれている、とは思ってはいない」

 綺良には、わかっている。
 昨日森羅は嫉妬したのだ。佐布里に。
 佐布里に対して笑顔を向けていたシャイナに。
 怒りはそのまま欲望となり、嫌がるシャイナを組み伏せた。
 それでも最後の理性が、本気で嫌がるシャイナの女性の部分を犯すことを踏みとどまったのだが。
 シャイナの心の中にある闇。
 それが何であるか、知りたいと森羅は思う。
 人と関わることは煩わしいとずっと思っていた。
 人に執着することなど――ましてや愛することなどないと。
 それは己が特殊な体質であるとか臥雷の王であるとか、もろもろの理由も含めてだが、森羅は人を信用していない。
 ずっと孤独でいるのが当たり前だと、それが当然だと思っていた。
 だが、シャイナに対してはどうだ。
 己の気持ちさえ理解できない――いや、わかってはいるのだ。
 執着しているということに。
 それは、あの手が心地よかったからか。
 それとも――。

「もう、あと伸ばしせずに。とりあえず自分のものと宣言することですね」
「わかってる」

 まずは形だけでも、シャイナを自分のものにする。
 その後ゆっくりとシャイナの抱える問題を解決すればいい。
 人と関わることさえ避けていた森羅は、その自分の考えに思わず笑いそうになった。
 ――これはもう、執着というだけではすまされないな。
 ただの人形だ。殺してしまえ。
 そう言っていた自分を、嘲り笑ってやりたい。
 いや、あの時の自分が今の自分を見たら、鼻で笑っていただろう。
 侮蔑の表情を浮かべて。
 それほどまでに、今の森羅はシャイナとシャイナに対する感情に振り回されている。
 それを自覚していた。





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