3周年記念に連載したお話です。






AngelRing 3周年記念 楽園番外編
Confinement
監禁された小さな小鳥



<scene1-渚>12/8更新



「瀬野渚だな」
「・・・」

 渚が昼食に立ち寄ったカフェを出た途端、渚の左右と背後を見知らぬ男達が囲んだ。
 男達の顔に覚えはない。
 だが、カタギの人間とはどうしても思えない獰猛な雰囲気をもっている男達だ。

 ―――義母の、手のものか?

 渚の躯に緊張が走る。
 渚がアメリカより帰ってきてからは、昔のようにこのような正面からの攻撃は受けていない。
 裏からの陰湿な嫌がらせなら、山のように受けているのだが―――。

 顔を動かさず、逃亡の道を探る。
 このような事は幼い頃から周りには日常茶飯事で、いい加減馴れている渚だ。
 こんな表通りで、派手な事はの男達にも出来ないだろう。

 渚の頭の中で逃げ道のシュミレーションが整った時

「和泉博隆を、知っているな?」
 その言葉と同時に、背中に硬いモノを突きつけられた。

 突きつけられた、棒のようなもの。
 その物体の正体が判った渚は、息を呑んだ。

 ―――博隆。

 右隣にいる男は、確かにあの男のの名前を言った。
 という事は、義母ではなく・・・あの男の関係だ。
 あの男―――和泉博隆は、あの若さで泉龍会系和泉組を率いている。
 渚は、博隆の職業などには興味がなかったから、一度もどういうものなのかも聞いたことがなかった。
 知っているのは、あの男が暴力団―――ヤクザの親分という事だけだ。

 ―――俺は、博隆の知り合いって事で巻き込まれたワケだ。

 渚はそう考えに至り、とりあえず今すぐこの場から逃亡する事を諦めた。
 相手は、いろいろな意味でプロ。
 背中に突きつけられたモノをぶっ放されたら、一環の終わりだからだ。
 まだ、死ぬ気はない。
 あの女を喜ばせる気など、全くない。

「乗れ」
 左隣の男に指示されるまま、通りに停められていた黒いベンツに乗り込む。
 車は急スピードで発進した。

「あんた、なにも喋らないんだな? ちょっと目隠しさせてもらうぜ」
 右隣にいた男は面白そうな口調で渚に語りかけてくると、手に持っていた布で渚の視界を防いだ。
 だが渚は、それでも視線を右隣の男に向けるだけで何も言わなかった。

 ―――よくも、巻き込みやがって。能無しめ。
 心の中で、男に罵詈雑言を並べ立てていたのだが・・・。






<scene2-博隆>12/9更新



 蜷川組の連中がおかしい動きをしている。
 広域指定暴力団・泉龍会の会長をしている父親の右腕である久井から、連絡を受けていたのは数日前の事だった。



 今から数年前。
 博隆の父親が泉龍会の会長職を継ぐ時、組織が二分化するほどの大抗争が起きた。
 結局、古くから泉龍会を仕切っていた人間達が全員博隆の父親につき、和泉組の親分だった博隆の父親が泉龍会の会長職へ就任したのだ。
 本来、極道の世界に血の繋がりは重要ではなく、博隆の祖父から父親に継がれるというのは、自然な形ではない。
 しかし、絶対的はカリスマがあり戦後泉龍会をここまでの組織にした博隆の祖父が望んだ形を実行する為には、まず博隆の父が継ぐのが一番納まりがよかったのだ。
 博隆の祖父を絶対視していた組織の古株達は、博隆の祖父の言葉は絶対だった。
 蜷川組は、博隆の父親の方ではなく、もう一派・・・その頃新鋭で台頭してきていた鬼竜会についていた。
 敗北した鬼竜会は、解散させられ・・・鬼竜会についた組も解散縮小させられた。
 蜷川会も、もちろん―――その中の一つだった。



「まだ、馬鹿なこと考えている連中がいるのか?」
 博隆の言葉に、久井は苦笑を返した。
「小さな組織ほど、夢を見るのです。大きな・・・大きすぎる夢を」

 抗争の時、博隆は前線で活躍した。
 和泉組に和泉博隆あり―――と、誰もが言うまでに。
 若造と舐める連中を、全て投げ倒した。
 頭脳と力とそして誰をも魅了するカリスマで。
 組織の古い人間は、博隆に博隆の祖父を見た。
 そして、博隆の父に・・・博隆についたのだ。

 故に、鬼竜会の関係者は博隆を恨んでいるものが多い。
 派手にやったのは1年ほどだが、鬼竜会を解散まで持っていくのに5年かかっている。その5年間、そしてその後も・・・博隆は何度も命を狙われているのだから。

「博隆さん。とりあえず気をつけて下さい。貴方は、泉龍会を継ぐ人間なのですから」
「まだ、じぃさまの言葉にみんな縛られているのか? もう、死んでから10年近いんじゃねぇの?」
 博隆の祖父の言葉―――泉龍会は博隆に。博隆が継げば、更にこの組織は強大なものとなるだろう。
「あの方は、特別です。ご存知でしょう」
「―――知らねぇ」
 博隆にとって祖父は、眼光の鋭いじぃさまって所だったのだから。
 博隆の祖父が死んだのが、19歳の時。
 流石に、泉龍会を博隆が継ぐのは、若すぎた。
 博隆がある程度の年齢と貫禄を備えるまでの代打―――それが、博隆の父親だ。博隆の祖父の言葉が絶対だった博隆の父親は、もちろんその事を了承している。
 博隆自身は、イマイチ納得していないのだが。

「ま、気をつけるさ」

 その時は、軽く流していた。
 己が狙われたなら、守る自信があったのだ。
 だが、蜷川組の動きは・・・予想を上回っていた。

 ―――カタギには、手を出さない。
 極道の暗黙の了解。
 泉龍会の、血の規律。

 追い詰められた鼠は、猫を噛むのだ。
 常に猫の立場である博隆には、思いもつかない・・・。





「博隆さん・・・これが」
 和泉組若頭の斉藤が博隆に1通の封筒を渡した。
「何だ?」
「蜷川からです」

 博隆は斉藤の言葉に右眉をあげると、その封筒を乱雑に開封した。

 パラリ・・・。
 床に舞う、髪の毛。

「な、んだ・・・?」
 出てきた、一枚の紙。

 『セノ・コーポレーション 代表取締役 瀬野渚』

 名刺。
 ―――渚の?

 裏返すと、ソコには
 『貴方の親友をお預かりしております』
 と、のみ書かれていた。

 そこで、博隆は全てを理解した。




「―――蜷川・・・ふざけたまね、しくさってくれたな」

 低い声。
 そのゾッとするような声音に、側に居た斉藤は思わず自分の親分を見た。




「斉藤。招集をかけろ。俺に売られた喧嘩は、3倍にして返してやる」










<scene3-渚>12/10更新





 抵抗らしき抵抗を一切しなかった渚は、乱暴に扱われる事無く、車を降ろされた。
 目隠しをされたまま、両脇を抱えられ歩かされる。
 ここが何処だか、渚には全く判らなかった。

「兄貴、やりましたよ。連れてきました」
 エレベーターに乗せられ、部屋らしき所に導かれた途端、先ほど渚に目隠しをした男の声が、右脇からした。
「よくやった。お客人、悪いがあんたには暫く・・・ここで滞在してもらう」
 少し離れた場所からのかけられた、低い声。
 視界が全くみえない渚には、自分に向けられた言葉か一瞬理解できなかった。
 ―――が、状況を考えると、お客人とは自分の事だろう。

「・・・この、目隠しはずっとされたままなのか?」
 渚は出来るだけ感情を押し殺して、口を開いた。
 内心、腸が煮えくり返っていたのだが。

 視界が塞がれているという事は、かなり不利だ。
 黙ってこのままされているつもりは、渚にはない。
 隙を見て、この場より逃げる。
 誰もあてになど、しない。出来ない。
 それが、幼い時から危険にさらされ続けたの渚が学んだ事だった。
 その為には、より自分に有利なような状況に持っていく。
 ・・・渚はその事だけを、考えていた。

「悪いな、客人。教育がなってないなくて」
 スルッと、目隠しの布が取り払われた。
 一瞬の眩しさにすぐに開けられなかった渚の瞼が、徐々に開いていく。
 その光景に部屋にいた男達は全員が一瞬息を呑み、そしてその中の数人が下品な口笛を鳴らした。
 渚は、この中で中心の男―――先ほど『兄貴』と呼ばれた男を真正面から見据える。
 渚の瞳に、男はゴクリと喉を鳴らしたが、すぐにニヤリと渚に笑みを返した。

「一つ、聞きたかったんだ。客人。あんたと和泉博隆の関係は?」

 ―――何処まで、知っている?
 渚は、男の言葉の裏を探る。
 真実を、告げるつもるはない。

「どうせ、調べはついているんだろ?」
 渚の嘲笑を含んだ口調に、部屋の入り口付近に立っていたアロハシャツを着た若い男が「なにぃ〜」と渚の肩を掴みかかった。
「よせ、正。お客人に、手を出すな」
 リーダー格の男の声に、アロハシャツの男は「すんません」と引く。
「瀬野渚・・・セノ・エンタープライズ社の社長で、瀬野家の5男。和泉博隆とは高校の時の同級生」
 男がすらすらと読み上げる渚のプロフィールに、渚は口を挟まない。
「ただの、同級生なのか? それとも、泉龍会と瀬野コーポレーションとの繋がりなのか?」
「・・・あんたの方が、詳しいんじゃないのか?」
 渚の言葉に、男は少し苛立ちを見せた。
「別に、瀬野の方を脅したって・・・いいんだぜ。たっぷり金が頂戴できそうだしなぁ」
 煽るような男の言葉に、渚は鼻で笑った。

 瀬野を脅すだって?
 そうしたら、俺がが瀬野から切り捨てられるだけだろう。
 瀬野の家は―――あの男は、決して認めない。
 暴力団との繋がり。企業にダーティーなイメージは、マイナスだから。
 決して、渚を助けようとはしないだろう。

 「勝手にすればいい。瀬野は、あんたの事なんて相手もしない」
 「な、なにぃ〜」
 先ほどは若い男を止めた男自身が、渚に掴みかかる。
 胸倉をつかまれ、男の顔が渚に近付いた。
 渚は、瞬きもせず男を見る。
 目を逸らしたのは、男の方だった。

 瀬野の名前を出された渚は、表情には出さないが心の中ではかなり苛立っていた。
 だから、冷静なら決してしなかったであろう男を煽る言葉を続けたのだ。

 「瀬野は俺の事など、切り捨てる。必ず。だから、俺は役には立たない。作戦は失敗じゃないのか?」
 右端の口元をあげニヤリと笑った渚は、間近にあった男の顔に挑発するように、フッと息を吹きかけた。
 「・・・お前」
 男の瞳に今までとは違う炎がともったのに、男を煽った張本人の渚は気付かない。
 だがその光景を見ていた男達は、思わずゴクリと生唾を呑んだ。

 渚の半眼した目、その視線、半開きの口。ソコから覗く紅い舌。

 どう、見ても・・・渚は男なのだが、何故か今の渚の姿を見ていると男達の下半身がググッと熱くなった。
 そして男達の尋常じゃない雰囲気に気付いたのは、やはり己も尋常じゃない状態になっていたリーダー格の男だった。

 「奥の部屋を開けろ。鎖を持って来い。お前ら、和泉組の動きを探れ」

 男の声にギラついた目をしていた男達は、我に返った。
 慌てて、男の指示に従う。
 渚は男に連れられて、奥の部屋へと通された。
 ソファに座らされ、両手首を鎖で繋がれる。



 ―――ギリギリのところで己の貞操を守った渚だったのだが、その事に鈍感な本人は全く気付いていなかった。







<scene4-博隆>12/11更新





「・・・すぐに、だ。草の根分けても、見つけ出せ」

 そう低く命令すると、携帯電話を切る。
 泉龍会の幹部連中を呼び出すと同時に、博隆は己の手の者に渚の調査に当たらせていた。
 蜷川でおかしな行動をとっている人間。
 博隆の情報網を駆使すれば、すぐに判明する事は博隆自身にも判っていた。
 それでも何処か、己の中で焦りを隠せない。

 ―――渚。

 失ったら。
 あの男を失ったら。

 高校を卒業した時に味わった胸を焼くような焦燥感。
 躯の中から一部を持っていかれたような空虚感。
 再び、あの時の感覚を味わうのだ。
 いや、あの時以上だろう。
 今の博隆には、あの時よりも渚の位置は己の中心部に来ている。

 失う事など、許さない。

 何故、コレほどまでに渚に拘るのか。
 それは、博隆自身にも判らない。
 高校入学式。
 櫻の木の下で。
 あの瞳を見た時に―――全てが決まったのだ。
 アレは、俺のもの。
 アレは、俺のものでないと、いけない。
 理由などいらない。理屈などいらない。
 ただ、そう思った。
 心のどこかにあった空虚。
 日々、蝕むほどに肥大していた隙間。
 それは、渚を初めて見た時理解した。
 この、心の闇を埋めるのは、この男なのだ・・・と。

 失う事など、許さない。
 この手から、逃れる事など許さない。



「博隆さん、久井さん達・・・ほぼ全ての幹部の方が揃いましたが」
「判った」

 博隆はゆっくりとソファより腰をあげた。






「・・・馬鹿なまねを、しましたな」
「蜷川のが・・・」

 博隆の口から事態を聞かされた泉龍会の面々は、沈痛な面持ちで深い溜息を吐いた。
 先の抗争で蜷川組が解散させられなかったのは、組長の蜷川が古くから泉龍会に名前を連ねていたのと、その組長の人柄である。
 鬼竜会についた理由も、鬼竜の組長と杯を交わした兄弟だったから。ただそれだけだった。負ける事が判っていても、義理と人情を立てたのだ。その心根を古くから付き合いのある他の組の人間も知っていて・・・そして、新しく泉龍会のトップに立った博隆の父親もそれを知っていた。だから、解散はさせなかったのである。

「蜷川をつぶす」
 有無を言わせない口調で、博隆は自分より10も20も年上の人間達に告げた。

「ま、待て・・・博隆さん」
「―――坊。何を焦っておられる」

 慌てて止めようとする幹部連中の中で、久井が今まで開かなかった口を開いた。
「久井・・・!」
「焦っては、真実を見誤ります。いつも冷静に判断を下していた貴方らしくない」

 幼い頃から教育係として躾けられた久井には、博隆は口で叶わないところがある。特にこのような時には。
 久井の言葉に黙ってしまった博隆をみて、幹部達はここぞとばかりに口をひらいた。

「蜷川は、今病気で床についてます。その蜷川がこんな事をするとは―――」
「そうです。蜷川はそんな男では・・・」

 博隆にも、判っていた。
 蜷川という男を知っていたから。馬鹿な男では、ないという事を。
 そして、蜷川の組長である男が病床についてから、下の者がおかしな動きをしていると先日久井自身から連絡を貰っていたのだから。
 そう―――。
 理性的に判断したら、蜷川の中で勝手に動いている首謀者を血祭りにあげるべきであって、蜷川自身を潰してしまうのは、行き過ぎた行為。
 組を潰すのは、そう簡単な事ではないのだから。
 それでも―――。
 感情が許さなかったのだ。

「己の組を管理できない、蜷川が悪い」
「博隆さん―――!」
 博隆の切るような言葉に、周りのものから批判的な声があがる。

「本当に、それでいいのですね―――」
 久井が、低い声で問いかける。
 非難の声色を隠さない。

 博隆は拳を握り締め、理性と本能の間で葛藤した。


 静まった部屋。
 ただ、その部屋全員が息を呑んで、博隆の言葉を待った。


 博隆は己を落ち着かせるように、大きく息を吸って吐いた。
「―――蜷川には、あとで事情を聞く。まずは、馬鹿な行動を起こした連中だ。斉藤、場所はつかめたか?」
「は、はい―――」
 斉藤は、慌てて携帯電話をかける。

 博隆の言葉に、そこに居た全員がホッした表情を見せたのだった。








 暫く携帯電話で話していた斉藤が携帯電話をきると、ゆっくりと博隆に向って告げた。

「博隆さん―――。渚さんが連れて行かれた場所がわかりました」


 博隆はその言葉に、ゆっくりと肯いた。









<scene5-渚>12/12更新







 ―――これは、何の真似だ。
 渚は自分の置かれている状況に、眩暈を覚えていた。



 渚は先ほどの事務所の奥の部屋に連れて行かれると、背後に居た男に両腕をうしろに廻され手首を革のベルトで縛られた。
 そしてベルトに鎖をつながれ、動きを封じられたのである。
 渚が動けるのは、鎖が巻かれてある大きな柱の周り3歩ぐらいだ。

 逃げる事がかなり困難な状況へ陥っていた。



「和泉組に、連絡をとったのか?」
 渚を自らの手で繋いだリーダー格の男は、アロハシャツの男に問うた。
「はい、連れ去る際に切ったこの男の髪の毛を同封して・・・」
「よくやった。そろそろ和泉も動くな。よし、もう一通これを和泉博隆に届けて来い」
 男はアロハシャツの男に1枚の紙切れを渡すと、渚に向き直った。
 気がつけば部屋には、男と二人きりになっていた。

「あんた・・・。和泉博隆とは、ただのダチじゃねぇだろう?」

 問いかけられた言葉に、渚は眉をひそめる。
 男の下品な笑みに、質問の内容を察したからだ。

「あの男が、度々あんたに会いに行っている。おかしな話じゃないか。俺も気付かなかったぜ・・・女を何人も囲っているのを知っていたからな」

 ニヤニヤと男は笑いながら、渚へと距離を詰めた。
 渚は、なにもコメントしない。
 近付いてくる男から視線逸らさず、じっと見つめているだけだ。

「あの男に、抱かれているのか? いつも誘惑してるんだろう? さっきの凄まじい色気は男を喰わねぇ俺でもおかしくなっちまいそうだったぜ」
「・・・どう言う意味だ」
 渚にとって男の言葉は理解不能だ。
 だんまりを決めていた渚だったが、侮辱的な男の言葉に思わず男を睨みつける。
 渚の反応に、男は更に下品な笑みを浮かべて渚に近付いた。
 男の顔が間近に迫る。
 睨み上げる渚に対して、相変わらずニヤニヤと下品な笑いを向けた男は、渚のネクタイを外し始めた。
 「何・・・を、する?」
 男の行動に、渚は驚きの声をあげる。

 ―――男の自分に、同姓であるこの男は何をする気なのだ? 

 渚には理解できない男の行動。
 だが男は渚の問いかけには答えず、シャツの襟元を持った。
「無意識・・・? あんたは男を誘ってるんだぜ。こんな風にな」
 男の腕が、左右に開いた。
 ビリビリビリッと渚のシャツのボタンが飛び、シャツの布が破れる音が部屋に響く。
 まさかの男の行動に、渚は抵抗らしき抵抗も非難の言葉も口に出来なかった。

 曝された渚の素肌に、男は口笛を吹く。
 渚の肌には、数日前博隆によって残された紅い痣が無数に散っていたのである。

 ―――あの、馬鹿。
 いつもの事ながら、数日前見事にお持ち帰りされた渚は、この無数の痣を付けられたのである。

「男を喰うヤツの気が知れんかったが、あんたならいいと俺も思うな。・・・和泉博隆の女を喰う―――なかなか、いいじゃないか」
 男は自分の言葉に、一人で満足していた。
 だがその横で渚は、男が自分を指して言った『女』という言葉に、ス――と、頭の中が一瞬真っ白になっていた


 『女』
 目の前の男は、自分を博隆の『女』と言ったのだ。
 俺を喰う?
 ・・・ふざけるな。


 さらに手を伸ばし、渚の肌に触れてきた男の後頭部に―――渚の廻し蹴りが見事に入った。

 我を忘れ、思わず出た行為だった。








<scene6-渚>12/13更新






 ―――しまった。

 前のめりに倒れてくる男を見ながら、渚は自分の取った行動を既に後悔していた。
 渚は従順に従いながら、まず不足している情報を引き出すつもりだったのである。
 今の渚には、何故自分が連れてこられたかさえ判らないのだから。
 話を聞いた上、自分の身の上を確認した上で、この場からの脱出方法を考えるつもりだったのだ。

 だが男の『博隆の女』という言葉で、渚は珍しくキれてしまった。
 考えるより先に、足が出ていた。

 ―――まずいな。

 従順な振りをして情報を聞き出すのは、もう無理だ。
 とりあえず、倒れて来た男を取り押さえるべく、渚は両足で男の躯を挟みそのまま床に倒してその躯の上に乗り上げた。

「ううっ・・・」

唸っている男を見ながら、男が先ほど持っていた渚の両手首を縛る革のベルトの鍵を探す。
 スラックスの右ポケットに入れていたはずだが、なにしろ両手がうしろに固定されているのだ。なかなか上手く探れない。
 躰を逸らしつつ、男のポケットに両手を伸ばした。
 何か硬いものに、指先が触れる。
 渚がソレを掴みかけたとき、その両腕をグイッと引っ張られた。

「っ・・・!」
「よくも、やってくれたな」

 男は見るからに怒り狂った表情で、渚をその場に押し倒した。
 渚は抵抗を試みたが、両手を使えない状況ではなんともし難く、暴れながらも男の抑えられてしまった。

「はっ、なせ―――」
「ヤッてやるぜ。俺の挿れてガンガンに攻めてやるよ。俺のは真珠入りだぜ」

 再び形成逆転した男は、再び下品な笑みを浮かべながら舌で己の口の周りを舐めた。
 既に肌蹴られた渚の素肌に、男の手が触れる。
 渚の躯に、一瞬で鳥肌がたった。

「俺のテクはすげぇぜ。アンアン言わせてやるよ。そうだ―――お前が俺のでヨガッてる所をビデオに撮ってヤツに送ってやろう」

 渚の乳首を弄りながら、男は自分の思いついた事に満足したように肯き、大声を出した。

「おーい! ヤス! ビデオカメラ持って来い!!」

 しかし扉の外からは、なんの反応もない。
 なにか、話し声が聞こえる。

「ヤス! 来いって言ってるだろう!」

 痺れを切らした男がもう一度叫んだとき、その扉が開いた。
 だが、そこに立っていたのは男が呼んだヤスという男ではなく、スーツを綺麗に着こなした背の高い男だった。
 男は苦渋の表情を浮かべていた。

「早川さん。何を・・・! その人は―――」
「新島! 何しに来た」

 新島と呼ばれた男は、渚の存在を確認した途端見る見るうちに真っ青になった。
「その人は、和泉組・組長の関係者だろう。今、和泉組が泉龍会の幹部を呼び集めているんだ」
「セノ・エンタープライズ社の社長様でもあるらしいぜ。しかも、和泉博隆の女―――だ」
 早川と呼ばれた男は、渚の頬に手をかけるとクックックと声を出して笑った。

「しかも、瀬野の・・・! なんて事だ。早川さん、このままじゃ蜷川が潰されるぞ」
「この男がいる限り、大丈夫だ。手をだせねぇよ」
 早川の言葉に、新島は怒鳴り返した。
「和泉博隆は、そんな甘い男じゃない! 今の泉龍会を事実上率いてるのはあの人なんだぞ」
「あのガキさえいなければ、俺たちだってこんな日陰モノにならなくてすんだんだぞっ! あの時―――」

 数年前の大抗争。
 先頭をきって和泉組を率いた男。
 和泉博隆。
 あの若者に鬼竜会側は、何度苦渋を飲まされたか。
 蜷川組の人間であった早川も新島も記憶に新しい。

「おやじは、負けると判っていて鬼竜についていた。兄弟の杯を交わした義理でな。和泉博隆には、叶わないとあの頃からおやじは言っていた・・・!」
「うるせぇ! あのガキさえいなくなれば、蜷川はもっと大きくなれるんだ」

 早川が叫んだ瞬間、ドォンと低い音が響いた。
 部屋の外の事務所の方から、何人もの怒鳴り声が聞こえる。

 早川も新島も、そして渚も入り口に視線を向けた。

 現れたのは二人が口にしていた人物。
 和泉博隆―――その人だった。


 渚の状況を見た博隆は、さっと顔色をかえ鬼神のような表情で怒鳴った。






「・・・てめぇ、渚に何をしやがった!!!」














<scene6-博隆>12/15更新









 博隆はイライラと落ち着かない状態で、真っ直ぐと前方を睨みつけていた。
 乗って居る車は、先ほど入った渚が連れて行かれたという蜷川組の事務所の一つに向っている。
 もう少しで着くと判っていても、焦りは隠せない。

「もっと、とばせねぇのか!」
「無茶をいっちゃいけません、坊」

 博隆が荒っぽい口調で運転手に命令した途端、嗜めるように博隆の隣から声が飛んだ。

 渚の居場所が掴めた博隆は、招集させていた泉龍会の幹部を蜷川組本部―――組長である男がいる所に向かわせた。
 博隆自身が組長である男に今会ったら、どうしても感情的になってしまうのが自分でも判っていたので、信頼が置けてきっちりとした判断が出来る人間達に組長である男の話を聞かせて、処分を決めさせる為である。
 一人で向うと言った博隆に、右腕である斉藤と元教育係であり泉龍会の重役である久井は着いてくると言い張った。
 斉藤も、久井も・・・博隆が心配だったというより、何を仕出かすか判らない博隆を躰を貼って抑える為だ。



 車は、事務所の前に止められた。
 黒いベンツが5台並ぶ。その居様な光景に、通りかかった人が眉を潜めて走って行った。
 和泉組の精鋭を、博隆は連れてきた。
 話し合いなど、する気はない。殴りこみと思われて結構だった。
 
 ―――俺に喧嘩をふっかけて来たのは、そっちだ。
 売られた喧嘩は、博隆は一つ残らず買う人間だった。

 先行部隊が既に事務所に飛び込んで行っていた。
 博隆も、車から颯爽と降りる。
 両脇に、斉藤と久井が並んだ。

 博隆が事務所の扉を潜ると、そこは既に和泉組の人間で制圧されていた。

「早川は何処にいる」
 既に調べのついていた人間の名前を博隆は口にした。
 地面に這いつくばって呻いていた男が、博隆を睨み「てめぇ、誰だ」と呻いた。

「和泉組の、和泉博隆だ。早川は何処にいる」

 博隆の名前を聞いたこの事務所に居た蜷川組の人間は、ギョッとした。
 そして、無言で視線を奥の扉へと移す。
 博隆は、事務所の真ん中を通りその扉のノブを掴んだ。
 もちろん、斉藤と久井が従う。

 ドアを開けた瞬間、眼の中に飛び込んできた光景に、博隆は絶句した。

 床に寝転がされた、渚。
 その腕から伸びる、鎖。
 肌蹴られた、上半身。
 ―――そして、男が渚の上に馬乗りになっていたのだ。

 博隆の怒り―――という言葉では表せない程の激情が爆発した。


「・・・てめぇ、渚に何をしやがった!!!」


 博隆は戸惑い無く、右手を左内ポケットに伸ばした。
 博隆は本気で、男を殺す気だった。
 己の手で。

「博隆さんっ! ダメです」
「坊!!」

 渚の状況を見て、咄嗟に博隆の行動を読んだ二人が、博隆を慌てて止める。

「離せっ! ぶっ殺してやるっ!」
「今のご時世、こんな真昼間にチャカをぶっ放したらヤバイですって」

 博隆の登場に呆然としていた早川だったが、目の前で博隆を止めている斉藤と久井の登場で我に返った。

 和泉博隆。
 飛んで火に入る夏の虫。

「ぶっ殺してやる」
 早川の手も内ポケットに伸びた。
「早川さんっ!」
 それを止めたのは、側に居た新島だ。
「蜷川を潰す気ですかっ」
「殺らなきゃ、殺られる!」

 お互いがお互い、身内で口争いを始めた。
 その中で一番に動いたのは―――渚だった。



 自分を抑える力が緩んだのを感じた渚は、上半身を起こすとそのまま肩で男にぶつかった。
 自分の躯から退いた男に、自由になる足で蹴りを入れる。
 渚の行動で、やっと我に返った博隆が、早川の側に寄り足で顔を踏みつけた。

「よくも、楽しい事やってくれたじゃねぇか。早川とやら」

 革靴で、グリグリグリと顔の真ん中を踏む。
 斉藤がその間に素早く、早川の懐にあった銃を取り上げ、抵抗できないように縛り上げる。

「も、申し訳ございませんっ」
 土下座をして謝ったのは、その隣にいた新島だった。

「私の管理不行き届きです。組長は関係ありませんっ!」

 博隆は目の前で土下座する男をフンッと鼻で笑った。
「お前確か・・・若頭だな。蜷川の」

 泉龍会の会合で、蜷川組長に連れられて歩いているのを、何度か見ていた。組長自身が『若いが良く出来る』と言っていたのも、覚えている。

「お前は、どんな事をしでかしたが、判っているわけだ」
「・・・はい」
「蜷川は、俺に真正面から喧嘩を売った。しかも、カタギに手を出した」
「わ、判っております。しかし―――組長の指示ではないのです。決して。あの人は泉龍組や和泉組に歯向かうつもりなど全く・・・!」
 新島は、更に床に額を擦りつけた。

「この早川って男が独断でしたってか? だが、こいつは蜷川組の人間だ。蜷川の責任じゃねぇのか?」
「・・・は、い」
 新島の手が震える。
 蜷川組の終わりを宣告されるのを必死に絶えるように。
 だが、博隆が口にしたのは違ったことだった。

「処分は、泉龍会の幹部がする。俺は口を出さない」
「・・・え?」
「俺じゃ、冷静な判断は出来ないからな。お前の言い分は、そいつ等に全部言え。―――だが」
 博隆の目が鋭く光る。

「この、男は・・・東京湾に沈めろ。蜷川組が責任を持ってな。破門なんかじゃ、許さない」

 博隆の射殺すような視線に、顔を上げていた新島は再びそれを伏せた。
 その反応に博隆はニヤリと笑う。。

 そして、先ほどから突き刺さるような視線を感じていたうしろに振り向く。
 そこには、憮然とした恋人がいた。

「渚・・・」
 博隆は口を開きかけたが、ピシャリとそれは遮られた。

「―――よくも、ふざけたマネしてくれたな、博隆。今すぐ、この鎖を外せ」

 半眼して博隆を見た女王は、ジャラリと鎖の音を鳴らしたのだった。










<エピローグ>12/16更新






 ようやく腕が自由になった渚は、無言で立ち上がった。
 屈強な男達は、その様子を口を挟めず見ているだけだ。
 渚は、博隆を真正面から見据える。
 博隆は思わず、ゴクリと生唾を飲んだ。

「ちゃんと、教育しておけ」

 『よくも巻き込んだな』や『こんな事が起きるなら、お前とは付き合わない』とかいう言葉を投げかけられると思っていた博隆は、渚の言葉に拍子抜けした。
 その表情が思わず顔に出たのだろう、渚は「何か言いたい事でもあるのか?」と聞いた。

「いや・・・別に」
「別にって顔じゃないね。お前、俺がもっと色々言ってくると思っていたんだろ?」
 渚のずばりな言葉に、博隆は思わず肯く。

「まぁ、な。お前が来るまで何を言ってやろうかと思っていたけど・・・。考えたら俺もお前を何度も巻き込んでるしな・・・」
 特に高校時代。
 義母によって放たれた者に渚が襲われた時、丁度一緒に居た博隆に手を借りた事が何度かある。
 そして、日本に戻ってきてからも―――。



 ―――お互いの事。
 たとえば、仕事。そして、周りの環境。それには、口を出さないというルールが二人の中にあった。
 口に出して、決めたわけではない。
 出合った頃から渚は自分の環境を語ることはなかったし、博隆も自分の事を語る事が無かったからだ。
 その事に関しては無言を貫いた二人の中で、いつの間にか、出来上がっていたのだ。
 それでもこれだけの長い付き合いの中で、博隆は渚の置かれている状況などは判っていたし、渚も博隆の立場というモノは理解していた。

 だから、博隆は渚の危機には無言で手を貸す。
 だから、渚は博隆の背後の事など一度も聞いた事はない。

 それが、お互いのスタンスだった。



「度々、こんな事されちゃ流石に参るけど。もう、ないだろう?」
「当たり前だ。こんな事今後、絶対させねぇ。俺のメンツにかけてな。和泉博隆の名を落とすわけにはいかねぇから」
 博隆の言葉に、渚は肯いた。
 この男は、自分で言った事は必ず守る。

 博隆の言葉に満足した渚は、もう一つ釘を刺しておきたい事を口にした。
「じゃ、もういい。もう一つ言っておく。今後―――俺の事をお前の“女”なんて言うヤツがいたら、許さないからな」

 博隆の“女”扱いされた事を、心の底から怒っている渚だったりする。
 その言葉に、博隆はニヤリと笑った。
「それも、言わせないようにするが・・・。実際、俺の下でアンアン言ってネコになるのはお前だしなぁ」

 博隆の言動に、その場にいた久井と斉藤と新島は思わず息を呑んで渚を見た。
 渚は博隆の言葉を聞きながら、再びどんどん目が据わって剣呑になって行く。
 その目付きに、博隆以外のそこに居た全員がゾッとした。
「・・・お前がそう言うのなら、今後お前の前では決してそんな姿は見せないでおこう」
 そう言い切ると、渚は出口へ向って歩いていった。
「ちょ、ちょっと待てよ、渚。それって、どういう意味だ」
 博隆は慌てて追いかける。
「言葉の通りだ。『アンアン』も『ネコ』も一生お前の前では見せない」
「俺に、抱かれないって事か?」
 博隆が渚の肩を持った途端、渚の右ストレートが飛んできた。
 予想外の事に、博隆は避けきれない。
 見事に左頬に入り、博隆は蹲る。
「博隆さんっ」
「坊っ」
 駆け寄ろうとした斉藤と久井を、博隆は手で制す。

「今度、人前でそんな事言ってみろ。俺がチャカぶっ放してやる」
 渚はそう宣言すると、扉をバタンと閉め出て行った。

 博隆は口端の血を拳で拭うと、斉藤と久井の方を向いた。

「ここの処理は、お前達に任せた。明日報告頼む。―――俺は、今日はもどらねぇ」
 そうニヤリと笑うと、博隆は渚を追って出て行ったのだった。







「坊も・・・いつもああやって渚さんを煽っていたら、いつか本気で捨てられるだろうに」
 あきれ口調の久井に
「まぁ、ソレが博隆さんでしょう」
 斉藤が、フォローといえないフォローをしたのだった。

 二人はお互いの言葉に苦笑して、そして自分の周りを見て大きな溜息を吐いた。
 博隆の処理しろと言われた事を処理するのに、今日は1日つぶれるだろう・・・と。





END




→その後の二人を見てみたい?









<3周年記念時のコメン↓>



あああ・・・最後までごめんなさい。
急なトラブルで、ネットが繋げられなくなり、1日更新遅れました。
うう。
しかも、最後までエロなし。
期待した人います?
読者様サービス少なすぎ。
せっかくの、記念なのに。
・・・よし。
この後の二人・・・を、ちょっと書いてみましょう。
16日の夜中から17日の朝、更新予定。
エロの神様が光臨してくれる事を祈りつつ。

あと、公開期間延ばします。日曜更新できなかったお詫びに。週末じゃないと見れない環境の方とかいるでしょうから。
 

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