Tomorrow is another day
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 最悪だ。
 最悪だ。
 最悪だ。

 裕太の頭の中は、この言葉がグルグルと回りまわっていた。





□□□





 東京のビジネス街の一角に、三園裕太が勤める外資系のC&C社がある。
 C&C社が取り扱うのは、ベビーローションから医療器具までと幅広い。
 裕太が、営業社員としてこのC&C社に入社したのは4年前。
 営業でも扱う商品によって色々部署が異なるのだが、裕太は医療器具等を医療関係者へと営業をするメディカル部に配置されている。
 人当たりのいい性格と、元来の真面目さ。
 豆に商売の相手である医者の元へと訪れ新商品の紹介。
 細やかなケア。
 必死に働き続けた4年間。
 気がつけば、若いながら日本での売り上げ上位の営業マンへとランキングされていた。
 C&C社は、外資系だけあって実力主義なところがある。
 売れば認められる。
 認められれば、給料も上がる。
 26歳という若さで、裕太は中々の収入を会社から貰っていた。
 そして、先日。
 日本での若手ホープという事で、世界中のC&C社に配信されている社内報に裕太は紹介されたのだ。
 まさかそれが――こんな事になるとは思ってもみなかったのだが。





 「はぁ!? 本社から見習い!?」

 3日前。
 直属の上司である部長から、呼び出された話はこうだった。
 『アメリカ本社から1人新人がくるから、裕太の下につけたい』
 新人の面倒を見るなんて、お断りだ。
 「本社の暇つぶしに、付き合ってやる余裕なんてないですよ」
 上位の営業マンとしてランキングされる裕太は、もちろん忙しい身だ。
 新人教育なんて、そんな事絶対したくない。
 だが部長に断りを入れた次の日、裕太はC&C・JAPANの社長室に呼び出された。

「なぜ、そんな強引なんですか!?」
 ――断る事が出来ない。
 社長にキッパリ言われた裕太は、そう噛み付いた。
「なぜ、私なんです? 日本で新人教育をする理由も判りませんが、100歩譲ってそれが必要だとしましょう。では、なぜ私が指名されるんです? 私が新人教育がとても上手いという噂なんて、聞いたことがないんですが――」
 絶対嫌だと言い切った裕太に、社長は大きく溜息を吐いた。
「指名なんだよ。向こうからの・・・。三園君」
「私が指名される理由が判りませんが」
「コノ前の社内報。アレをみたらしい。それで君に興味を持った――という事らしいんだが」
 どうも、社長の歯切れが悪い。
「誰が、来るんです」
 嫌な予感がした。
 ココまで抵抗して、抵抗しきれない相手。
「・・・本社社長の長男だ」
「はぁ!?」

 結局はこういう事だった。
「未来の社長様なんて、経営学勉強しとけばいいんでしょ? なんで、こんなアジアの小さな国に来る必要があるんです?」
 未来の社長様は、もちろん経営学・帝王学を学んでおられる。
 それで、一番会社の前線にいる営業の実態を知りたくなったそうだ。
 現場を知れば、何が必要で何が不必要かも判るだろう。
 現在、未来の社長様は開発部の方を仕切っているので、更に現場の欲しているものを知りたかったらしい。
 そんな時に、社内報を見て裕太に白羽の矢がたったわけだ。

「ま、満足するまでの数週間だと思うから。彼も、自分の仕事を放ったらかして来るわけだから、そんなに長居はできないだろう」
 社長の言葉に、裕太は結局しぶしぶ承諾したのだった。
 気に入っている会社を、未来の社長の気まぐれで辞めるのも馬鹿らしいと思いなおしたのだ。
 そして――。





□□□





「はぁ? もう来てる? 夕方じゃなかったんですか!?」
 携帯の先の上司に、聞きなおす。
 が、空耳ではなかったらしい。

 本日の夕方到着するから、会社に戻って出迎えるように。
 そう、言われていた。
 なのに、今は12時過ぎ。
 12時を夕方という人がいたら、顔を見てみたいものだ。
 とにかく今すぐ帰って来いという。
 裕太は1時からアポが入っていたというのに。
 不幸中の幸いは良くして貰っている医者だったので、電話で断りを入れたら笑って許してくれたという事だった。
 イライラしながら、本社ビルへと戻る。
 受付の前を通り過ぎると、受付嬢から『お待ちですよ』と言われ、営業スマイルで答えておいた。
 彼女達を敵にすると、色々困るので愛想は振りまいておかなければならない。
 エレベーターで、上階へと昇りながら
 
 最悪だ・・・。
 そればかりを、裕太は考えていた。





 来客用の応接室の前で、大きく深呼吸する。
 鉄壁の営業スマイルを作った。
 未来の社長様に、数週間キモチヨクキモチヨク見学してもらう。
 油断したら、嫌な顔してしまいそうだったので、自分で自分を洗脳しておくのだ。

 ――よし。

「失礼します。三園裕太入ります」
 ドアを叩いて、開けるとその場で深く礼をする。
「遅れて申し訳ございませんでした」
 折っていた腰をゆっくりと伸ばしていく。
 視線を床から、正面へと。
 目の前には、社長と部長とそして――。

 バタンッ。

 裕太は思わず、目の前の扉を閉めていた。
 反射的に。

 ――駄目だ。駄目だ。駄目だ。
 ドアの前で裕太は立ち尽くす。

 ――俺はあの男の教育なんて、絶対出来ない。
 隣に連れ立って歩くのだって。
 一緒の空気を吸うのだって嫌だ。


 アソコには、俺の天敵がいる――。



 未来の社長様は、裕太のトラウマを絵に描いたような人物だったのだ・・・。






新連載です。初?リーマン。 
サブタイトル『ハレンチおじさん』
 タイトルが決まらなくて決まらなくて苦しんで
「考えてー」とお願いした、某Yさんに考えてもらいました。
 数分前まで本タイトルでした。マジで。
 でも、ハレンチなおじさん出ないしなぁ・・・と諦めました。
 今のタイトルも、どうもしっくりと来ない。
うう・・・。

2003.10.6
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