angel's voice

「ほら・・・。雪が降ってる」
 俺が指を指すと、彼はその方向を向いた。
 窓の外には、白い雪がチラホラと舞っている。
「ホワイトクリスマスだね―――」
 俺の言葉に、彼はニッコリと笑った。



 相変わらず彼は言葉を発しない。
 閉じこもってしまった殻は固くて、なかなか割れないのだ。
 だが、俺はそれを無理矢理割ろうとは思わない。
 なぜなら、この殻は彼に必要なものだったから。

 壊れてしまった彼の心を守る為には、必要だったから―――。



 無表情だった彼に少しずつ表情が戻り、以前のこぼれるような笑顔を見せてくれる事もある。
 その笑顔を見た時の、俺の心が震えるような喜びは誰にも判らないだろう。

『天使のようだわ』

 彼がこの家に住む事に最初反対した父や母も、今は彼を受け入れている。
 母が彼を見てポツリとつぶやいた言葉に、俺は思わず苦笑した。
 親子共々、感性が一緒なのだな―――と。

 彼を見た時、俺は天使がこの世に舞い降りたのかと思った。
 天使は、求める俺の腕の中に降り、冷め切った俺の心に炎を灯した。
 ―――恋、という名の。

 性別なんて、関係なかった。
 ただ、彼に恋をした。
 天使は、そんな俺に答え・・・俺たちは幸せに―――なるはずだった。
 なのに―――。

 俺の前に舞い降りた天使は、壊れた。

 壊した―――彼を貶める悪魔が。
 彼を取り巻く、柵が。
 彼には必要のない、生臭い血が。

 俺は、彼を救えなかった。
 あれほど、彼が助けてと叫んでいたのに。
 俺は、間に合わなかった。
 一瞬手を離してしまった隙に、悪魔に連れさられてしまったのだ。

 再び逢った俺の天使は、悪魔にずたずた心を壊されていた。
 何にも反応しない彼が、唯一俺にだけ反応した。
 それだけが、救いだった。
 それに、縋った。

 ―――いつかまた、彼は優しく微笑んで俺の名前をよんでくれる。きっと。

 それに、縋ったのだ。



「外に、少し出てみようか・・・?」
 ベッドに横たわる彼を、ゆっくりと立たせる。
 彼の左手を取った時に見えた手首の包帯に、胸がギュッと痛んだ。

 救えなかった。
 己で己を傷つけるなど・・・彼はそこまで追い詰められたのに。
 そんな彼を、救えなかった。
 悔やんでも、悔やみきれない。

 自分の思いに耽っていた俺の手に、暖かいものが絡まる。
 ハッと彼を見ると、彼は心配そうに俺を見ていた。
「ゴメン、大丈夫だよ」
 俺の言葉を聞いた彼は、また視線を宙に戻した。

 夢の世界と、現実世界。
 彼は、行き来する。
 最初は、殆どをその夢の世界・・・殻の中で暮らしていた彼だが、現実世界の―――俺や、そして少しずつ馴れてきた俺の家族の言葉に反応するようになった。
 最近では、現実世界にいる時間の方が、長いような気がする。

 天使。
 俺の、天使―――。
 もう一度、笑いかけて。
 どうかその声で、俺の名前を呼んで。




「ほら、ここ座って」
 庭のベンチに座った俺の膝の上に、彼を座らせる。
 広く草木に囲まれた庭だが、さすがに冬真っ只中の今では、モノトーンな色に包まれている。

「メリークリスマス」
 彼の耳元に、優しく囁きかける。
 その言葉に、彼はゆっくりと俺に振り向いた。
 焦点の合っていない瞳が、揺れる。
「愛してる。愛してる。・・・心の底から、愛している。どんな貴方でも、俺は愛している。愛し続ける―――」
 ギュッと彼を抱きしめ、俺は囁き続ける。
 彼の肩に、額を押し付け。
 閉じこもった彼の中にまで、聞こえるように。

 ―――愛してる。だから、はやく俺の元に戻ってきて。

 彼の肩が、震える。
 寒いのだろうか。
 視線を上げると、彼の瞳からはいくつもの透明な雫が―――。

「だ、大丈夫? 寒かった? すぐ、部屋に・・・」
「・・・っ」

 彼の喉の奥から絞るような・・・。
 それは

 彼の

 こえ―――?

「―――ぅ」





 クリスマスの奇跡。
 サンタクロースの最高のプレゼント。




 ―――俺は、天使をこの手に取り戻したのだ。



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