SWEET MOON―Full Moon番外編― |
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「あ…、」 会話の途中、シャイナが一言ぽつりと言ったまま、お腹を両手で押さえて動かなくなってしまった。 そこにいた――ちょうど、シャイナを囲んでのお茶会だった――シャイナ付き侍女の露麗と美華と奏春、侍医長の慈玲、臥雷軍総隊長佐布里、そして数人の警護の者は、いっせいにシャイナに注目した。 「どうした、シャイナ。どこか痛いのか?」 声をかけた佐布里に、シャイナはじっと己のお腹――すでにそのふくらみはだれから見ても明らかになっている――を見ていたのだが、そこからゆっくりと視線をあげる。 その目はどこか挙動不審というか、ただ驚きと動揺を隠せないというものだった。 「あの…う、ごいたのです」 「動いた?」 「お、なかが…」 その言葉に、露麗が「ああ…!」と満面の笑みを返した。 一瞬走った緊張は、それにより一気に和やかなものへと変わる。 「御子がシャイナ様のお腹の中で動いていらっしゃるのですよ」 「え…?」 色々文献などを読んできたシャイナだったが、親から子へと与えられるような基本的な知識は乏しい。 妊娠するということは知っていても、実際どう子供がお腹の中で育っていくのかというのを見たことはない。 ふつうは親兄弟や近くの人間が子供を産み育てていくことを身近で見て、自然と知っていくことであっても、ほぼ人と接することなく生きてきたシャイナにはそのような経験が皆無のため、まったく想像もつかないことだらけなのだ。 「お腹の中で動く…んです、か?」 「ええ、もちろんです。生きているのですから。シャイナ様が栄養を与え育てているのですよ、自力で生きていけるまで」 「……」 もう一度、シャイナは己の手をお腹の上に載せてみる。 ――ここに、生きている。 自分ではない、違う生命体が。 己の血を――受け継いだ生き物が。 自覚したシャイナは、その恐怖に言葉を失った。 「具合が悪いのか? 午後から部屋に籠ったきりだと露麗が心配していたが」 相変わらず執務に忙殺されている森羅は、露麗の報告に早々に切り上げシャイナのいる奥の宮へと戻ってきた。 奥の宮とは臥雷王宮の一番奥にあるということからその名がついている。 シャイナは臥雷王である森羅の正式な后として迎えられているので、本来ならば王宮の隣へと建てられている螺鈿宮と呼ばれる王の正妻専用の宮へと移るべきであったのだが、森羅がそれを嫌がったのだ。 王宮と少し距離もあり、王がその宮を訪れるには色々な手続きが必要だった。そんな元来のしきたりが煩わしく――自分の意思ですぐにシャイナに会えないのを嫌がった森羅は、結局最初にシャイナを連れてきてあてがった部屋をそのままシャイナの部屋としているのであった。 もちろんシャイナには異存はなく、古くから仕えるものからは色々苦言は出たが、誰も森羅の意志を曲げることなどできなかったのだ。 「いえ…私は…」 何もない、という表情ではなかった。 元々感情の起伏自体が少なく、それを顔に出すということはなかったシャイナだが、臥雷にきてからは少しずつ己の感情を表に出すようになっている。 こうして今も、彼の中にある何かを隠し切れていない。 森羅はゆっくりと彼に近づくと、彼が横たわるベッドの端へと腰かけた。 シャイナがゆっくりと起き上がろうとするのを、森羅は自然と手を貸し、彼の腰に大きなクッションを並べて躯に負担をかけないよう寛がせる。 臥雷国中の人間が――特に身近にいる臣下たちが、その姿を見ると驚きに口を閉じれないだろうが、特にシャイナが妊娠してから森羅は小さなことでもシャイナの負担になる様な事はさせないようにしていた。 そんな己の行動を、森羅自身も自覚していないのだが――。 「何もない、という顔ではないぞ?」 森羅は手を伸ばして、シャイナの頬を何度も撫でる。 シャイナはそれに自然に身を任せていた。 このように二人の間に穏やかな時間が流れるまで多くのことがあったのだが、今はこうしてお互いがお互いに対する愛情を隠すことはない。 シャイナは森羅に否定の言葉を口にしようとしたが、森羅の瞳はそれを許さない強さがあった。 森羅に隠すことを諦めたシャイナは、己の迷いをポツリポツリと口にし始めたのだった。 「私は…わかっていなかったのです。子を産むということを」 「どういう意味だ?」 「ただ…私は己の血を受け継ぐ子を作ってはいけないと思っていました。だからあなたとの婚姻も拒否していたのです」 「それは前にも…!」 「ええ。それはあなたに,頂いた言葉で、解消されました」 シャイナは触ればわかるほどに膨らんできた己の腹部に、そっと手を載せる。 「けれど…、私は忘れていた。血の事ばかり考えていたから。いや、わかっていたというのに。以前はそれも考えていたのに。ここにきて、私はそのことに関して避けていた」 「どういうこと…だ?」 「この子は――私の血を継ぐというこの子は、もしかしたら私に似るのかもしれない」 「…天の一族の血は劣性遺伝だが、それでもお前の子なのだから造形は似るだろう」 森羅としては、自分に似るよりもシャイナに似てほしいと思っていたりもするのだが。 しかし、シャイナは違う違うというように首を何度も振る。 「では…! では、この子は私と同じように満月の夜に翼が生えるかもしれないっ!!」 「そ…っ、れは」 シャイナの特異な体質――というべきか。 どうしてそのようなことになるのか、解明をされていない。理由もわからない。 だからシャイナの子に、シャイナのような翼が生えないとはいいきれない。 その可能性は――その体質を持つシャイナの子である限り、あるのだ。 「あの苦しみを、あの痛みを――この子に与えてしまうなんて…!!」 満月の夜ごとに訪れる苦しみ。 あまりの痛みに、死にたいと殺してほしいといつも思っていた。 「やはり私は…! 子を望むべきではなかっ…」 「シャイナッ!!」 森羅はシャイナの言葉を遮る。 そして震えるその躯を力いっぱい抱きしめた。 「お前がそんなことを言ってはいけない。分かっているだろう? お前も俺も――」 両親に望まれずに、愛されずに産まれてきた。 シャイナは、父と娘という悲劇的な両親の間に誕生したことから。 森羅は、臥雷国では呪われた子とされる紅い目を持って生まれたことから。 「わたし…私は…」 愛する人――森羅との間に出来た子を、自分に与えられなかった分も愛そうと決めていた。 いや、ぜったいに愛するだろうと。 けれど、目の前で苦しむわが子を見て――己は耐えられるだろうか。 自分の罪の深さを、わが子にまで与えてしまったことに。 「たとえ、この子が翼を持って生まれてきたとして――」 その言葉にピクリと肩が揺れるシャイナを落ち着かせるように、森羅はその背をゆっくりと撫でる。 「確かに苦しむだろう。それはお前自身が一番わかっているとは思う。しかし、苦しむこの子を愛してやればいい。満月の夜は二人で抱きしめてやろう。少しでも痛みが和らぐように。少しでも痛みが治まるように。翼が生えるのもこの子の個性だ。それを否定してこの子自体をお前は否定するのか?」 「そ、そんなことは…っ」 少し躯を離して、目と目を合わせる。 森羅が両手でシャイナの頬を包み込むと、その紫色の瞳は涙で潤んでいた。 「この子を否定するのではなく、この子のすべてを愛してやればいい。この子が孤独な夜を過ごさぬように、俺達二人でこの子を包み込んでやればいい」 「森羅…」 満月の夜。 苦しみ助けを求めても、誰も手を差し伸べてはくれなかった。 兄も兄嫁も乳母であった侍女も。 恐れるように、シャイナに近づかなかった。 満月の夜。 己の中に潜む狂気に苦しんでいても、誰もそばにはいなかった。 父も母も侍従も侍女も。 恐れるように、森羅に近づかなかった。 「愛している、シャイナ。だから、俺の子を――お前とおれの子をお前も愛してほしい」 「愛しています、森羅。あなたの子だから――私は生みたい」 ――愛する人との子を、ただただ愛すればいい。 「あっ…っ、あっ」 お腹に負担をかけないように森羅は己に向かい合わせにまたがるようにシャイナを座らせ、双丘に眠る蕾をほぐすために、丹念にオイルで濡らした指を出し入れする。 「前は――我らの子になにかあるとダメだから、こっちでな」 シャイナが妊娠するまで、森羅は女性の部分も奥に眠る蕾も両方を愛してきた。 だから、シャイナはこうして後ろを愛されることに抵抗はない。 「ほぐれてきた…シャイナ少し腰をあげろ」 「え…あぁ…」 言われる通り膝立ちしたシャイナを反対に向かせると、その細い腰をがっちりと森羅は掴む。 「んっ…」 森羅に引き寄せられるまま腰を落としていくと、クチュリという音と共に先ほどまで森羅の指を受けていた場所に熱いモノが当たる。 「そのまま、ゆっくりと腰を降ろすんだ」 「し、んら…」 森羅が何を望んでいるのかわかり、シャイナは頬を染める。 だがさらに森羅の腕に力が入り、シャイナは逃れることができない。 背後から肩口に軽く歯を立てられる。 ピクリと跳ねたシャイナを、森羅は更に力を入れ己の方へと引き寄せた。 「あっ…あっあっ…」 何度も受け止めたことのある森羅の熱い塊を、シャイナの躯はゆっくりと受け入れていく。 待っていたかのようにシャイナの内壁は、森羅をもっと欲しいというように締め付ける。 「熱い…お前の中は、凄く」 以前は毎日のように抱いていたが、さすがに妊娠してからは手を出せていなかった。 最初の半年は、悪阻などでやせ細っていくシャイナをまわりも森羅自身も細心の注意を払って大事のないようにしていたし、その後悪阻が治まってからも主治医である慈玲は森羅に言明したのだ。 『決して、御子を産まれるまでは触れてはいけません』と。 両性具有の子の出産という事例は、常に闇へと存在を隠されてきていたのか過去の文献を読みあさっても見つけることはできなかった。 だから、慈玲は細心の注意を図るべきだと森羅に訴えてきたのだ。 けれど今夜は――特別だと、森羅はシャイナに手を伸ばしたのだった。 「前も、こんなになっている」 「んぅ…あっ…」 森羅は片手少しふくらみを帯びてきた胸へと、そして反対側の手を勃ちあがり震えていたシャイナの前へと伸ばしていた。 ゆっくりと上下に擦ってやると、耐えきれないとばかりに躯を震わせる。 誰も知らなかったシャイナの躯を、こうして感じやすいように変えていったのは森羅自身だ。 だから身もだえるシャイナを、森羅は満足そうに見つめる。 「イきたいか…シャイナ?」 「…ぁ…んっ」 コクコクと頷くシャイナは、既に意識が散漫になっていて、与えられる快楽に身を委ねている。 自然とシャイナの腰が動き、もっと森羅に動いてほしいと強請る。 「だめだ、あまり激しくすると、中にいる子が驚いてしまうだろう?」 「やっ…もっと…」 いつも与えられていた激しいものが欲しくて、シャイナは己の腰に回されていた森羅の腕を掴む。 首筋に顔を埋めていた森羅が視線を上げると、シャイナは森羅を見つめていた。 その潤んだ紫の瞳が、半開きに開いた口から覗く赤い舌が――森羅の理性を崩壊させる。 「あっ…あっ――!」 森羅はシャイナの両太股に手をかけると、そこから己の腰を思いっきり突き上げた。 その激しさと、感じる部分を森羅の熱い楔が狙ったように擦り上げるせいで、シャイナの限界は一気に頂点へと達する。 「やっ、イ…イ、ク――」 「イケ。ほら…」 限界に打ち震えるシャイナのそれを数度擦ってやると、シャイナは耐え切れないとばかりに白い液体を森羅の手の中に放出した。 そしてそれに合わせて締め上げるように蠢くシャイナの内壁に、森羅も己自身を解き放ったのだった。 シャイナを抱いたことは、翌日しっかりと慈玲にバレた。 ぐったりとシャイナがベッドから起きれなくなったので、大騒ぎになったからだ。 森羅はそれでも、時折不安にかられるシャイナを抱きしめ慰め愛する。 そしてそれでシャイナも安心して、森羅へと身を委ねるのだ。 そうしているうちに、十月十日が過ぎ――その日は訪れた。 「くそっ、まだか…」 「初めての出産ですし、なにより両性具有という性で――シャイナ様はほぼ男性体ですから」 イライラと部屋の前をうろつく森羅を、綺良が宥める。 産気づいてから、もう半日以上が過ぎようとしていた。 時折、シャイナの苦しそうな声が聞こえるが、赤子の泣き声は聞こえてこない。 執務に手がつくはずもなく、綺良もあきらめて一緒にこうして付き合っている。 慈玲の他、露麗や侍女たちはシャイナについているのだが、森羅は出産に立ち会うことを許されていない。 それが臥雷の慣例だったから。 『あっ――! んっ――!!』 一段と大きな声が部屋から聞こえてきた。 そして、それを励ます露麗や慈玲の声も聞こえてくる。 『やッ…し、んら――!』 シャイナが己を呼ぶ声が聞こえたとたん、森羅は思わず部屋へかけ込んでいた。 「森羅様っ…!」 綺良や他の人間が止める声に、振り返りもせず。 「シャイナ!」 「森羅様! どうして…」 露麗が驚いたように森羅を見たが、森羅は構いもせず横たわるシャイナの元へと駆けつける。 「シャイナ…頑張れ…もう少しだ」 意識が朦朧としていたシャイナだったが、森羅の声にうっすらと目をあける。 「シャイナ様っ! もう少しです。ほら、力を入れて――」 「んっ! あっ――」 慈玲に言われたとおり、シャイナは下腹部に力を入れる。 躯中に力が入り、ベッドに爪を立てているシャイナの手に森羅は思わず己の手を伸ばした。 普段では考えられないような凄い力で握り返された細い手を、両手で包む。 「シャイナ…愛している」 耳元で囁くと、シャイナは一層手に力を入れてきた。 「あっ…あぁ――」 その時、部屋には赤子の泣く声が響き渡った――。 「よく、やった――シャイナ」 「あ…私は…」 一瞬意識を失っていたシャイナだったが、うっすらと目をあけるとそこには森羅の姿があった。 森羅はシャイナの手を両手で包むと、その指先に唇を寄せる。 「ありがとう、シャイナ…」 「いえ…私は…私も望んだのです…」 森羅の肩は少し震えていた。 握りしめられている手が暖かくて、シャイナはうっすらと微笑んだ。 「王…! おめでとうございます。男児です。お世継が…!」 慈玲の興奮した声に、二人は視線を向ける。 露麗に抱かれた子は、盛大に泣き声をあげていた。 「あなたに似て、強い子になればいい…」 「お前に似て、穏やかな子になればいい…」 同時に正反対のことをいった両親は、お互いに視線をあわせて笑いを洩らす。 「シャイナ…ありがとう――お疲れ様」 森羅が贈る優しいキスを、シャイナはうっとりと受け止めたのだった。 |
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END |
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