A lie and real intention・・・
−嘘と本音と恋心-






−1−





 「お久しぶりです。水野さん―――」

 電話口から聞こえてきた声に、渚は眉をひそめた。
 己の旧姓を呼ぶ人間。
 ―――誰だ。

 警戒しつつ聞いた次の男の言葉に、渚は驚きを隠せなかった。

 「以前会ったのは、坊の高校卒業前でしたか・・・。」
 坊――和泉組組長・和泉博隆――を、そう呼ぶ男を、渚は一人しか知らない。

 「お、久しぶりですね。久井さん・・・・」








 この受話器の向こう側から聞こえてくる、低い声の持ち主。
 それは、前和泉組組長――現泉龍会会長――の右腕・・・久井武蔵。
 博隆の教育係でもあった男である。

 博隆の家の人間達とは、渚は一切関わりを持たなかったが、この久井とだけは面識があった。
 というか、博隆はこの男にだけは渚との関係を隠さなかったのである。
 男は、静かに二人の関係を受け入れていた。

 ―――坊のする事には、なにも口出しは出来ませんから。

 18歳の渚が、己と博隆の関係を止めないか?と問うた時の、久井の台詞である。
 他人には冷たい博隆だが、この男だけは無条件で信用しているように、渚には感じた。








 「水野さん、コレから迎えに行きます。」
 「・・・・久井さん。あの馬鹿に、私は忙しいのでお前に付き合う暇はない。と伝えて下さい。」

 最近の誘いを己の忙しさのために、降り続けていた結果、博隆が久井を使ってきたのだと思いこんだ渚は、久井の言葉を断った。

 しかし・・・。

 「坊が、狙撃されました―――」
 「―――!!」
 「坊が、貴方を呼んでいます。私は貴方を縛ってでも、坊の所へ連れていきます。」

 博隆が、狙撃―――?!

 きな臭い世界で生きているのだ。
 ありえない話ではない。

 ―――いや。
 今まで、無かった方がおかしいくらいではないか。

 渚は、グッと唇を噛んだ。



 「今すぐ、来て下さい。お待ちしています。」






−2−






 ――――――。

 渚は車の窓から流れ行く夜の街の情景を視線の端でとらえながら、声にならない溜息を吐いた。



 俺は、動揺している―――?



 軽く瞼を下に落とす。



 今までだって、ヤツがいない長い年月を過ごしてきた。
 だが別に不便だと、思ったことなどなかった。
 あの9年間ヤツの顔を思い出した事なども、ほとんどなかったはずだ。

 ―――たとえ今、ヤツが命を落としたとしても以前の生活に戻るだけだ。
 変わらない。
 俺は、変わらない・・・・・・はず、なのに。

 ―――なのに、なんなのだ。
 この、落ち着きの無さは。



 握り締めた手のひらは、じんわりと湿っている。



 ―――博隆を失うと考えただけで、こんなに・・・・・・。



 渚は、噛み締めた唇を緩め、今度は大きな溜息を吐いた。



 思っていた以上に、俺はヤツに依存してい、という事か。

 無理矢理日本に連れて帰られてから。
 渚が心から安らげる場所。
 それは、和泉博隆という男の腕の中のみであったのだ。

 弱味というモノを持たないようにしていた。
 それは、己の命取りになるから。
 他人を守る余裕など、今の渚にはなかったから。
 だから・・・・・





 己の考えに、渚はフッと笑った。



 守る・・・。
 俺が、ヤツを?
 守られていたのは、いつも俺ではないか。
 頼りきっていたのは、俺。
 ヤツという存在に安らぎを感じ、依存していた。



 渚は、真っ直ぐと前を見据えた。



 大丈夫。
 ヤツに何が起こっていても、俺は―――。

 ヤツの前以外では、取り乱したりはしない。





 車が止まった所は、病院ではなかった。

 「・・・ココは」
 何度と来たことがある。
 博隆の家の1つだ。

 「病院には、連れていけなかったのでね。抱えの医者をこっちに呼んでいるんですよ。」
 警察沙汰には、出来ませんので―――

 久井の言外の言葉に、渚は博隆の世界を垣間見る。

 「こちらへ―――」

 招かれたのは、3階の奥の部屋。
 久井はドアをあけ、渚に入るように促す。
 渚は視線で肯くと、その部屋に入った。


 ―――入った部屋の正面に渚が視線をあげた途端、後ろで扉と鍵の閉まる音が耳に響いた。


 視線に入ってきた男を、渚は半眼で睨みつける。
 その視線を受けた男は、ゆったりと起きあがり、渚に向かって両腕を広げた。










 「待ってたぜ、ダーリン」









-3-








 「これは、どういう事かな。久井さん」
 ドアの向こうに立っているであろう男に、渚は質問を投げかける。

 『―――もうしわけございません。』
 久井の返事に、渚は額に手を持っていき大きなため息をついた。





 ―――久井は、子供のころから博隆の面倒を見ていた人間でもある。

 結局、博隆のお願い(というか、わがまま)には、弱いのだ。
 渚は博隆の命令で久井が動き、己は騙されてここに連れてこられたことをしみじみと悟った。


 ―――毎度の事だが、本当にこいつには・・・・。
 渚は相変わらず目の前で手を広げている男を冷たく見やった。




 「―――俺は忙しいんだ。帰る。」
 冷たい恋人の一言に、男はベットから慌てて立ち上がる。

 「待てよ、おい」
 男の慌てた言葉を背に受けながら、渚はドアを開こうとすた。

 ―――しかし。

 ガチャガチャ
 何度引っ張っても押しても、ドアは開かない。

 「この部屋は外から鍵をかけれるんだぜ。」
 背後から笑いを含めた声色で話しかけながら、男は渚の肩に手をかけた。

 「うっ。」
 その瞬間、渚の肘が博隆のわき腹に入る。
 無防備な博隆がまともにその肘鉄をくらい、蹲ったのを横目で確認しつつ、渚はドアをたたく。

 「久井さん、ここ、開けてください」

 しかし、久井の返事は―――
 「すみません・・・・。」

 渚はその返事に「クソッ」と舌打ちをして髪の毛をガシガシと右手で乱暴になでると、蹲っている男へ向き直った。


 「博隆。今、すぐ、開けろ」
 「・・・・・・・・」

 反応しない男に、渚はもう一度蹴りでも入れてやろうかと動いた瞬間、男の手が渚の足首にかかった。
 引き離そうと、後ろに引いた―――が、瞬間遅かった。



 「っ―――!」

 足首を強引に引っ張られて、バランスを崩す。
 思わず頭を庇いつつ受身を取ったが、渚の躰は無防備に床に倒れこんだ。

  渚は躰全体に走った痛みに、顔をゆがめながらその原因である男を睨みつける。
 「おとなしく、できのーか。お前は」
 腹部を抑えながら、男は肉食獣の目をして、舌で唇を潤しながら渚に一歩ずつ歩み寄っていく。

 「それ以上、近寄るな―――」
 「びびってんのか、渚」
 「近寄って、お前は何をする気だ」
 ニヤニヤする男に、渚は必死で威嚇する。

 ―――博隆の考えていることなんて、手に取るようにわかる自分が憎い。



 「ダーリンのお望みどおり、ベットはやめて、床プレイとしましょうか。」
 男は、ニヤリと犬歯を見せる。


 倒れている渚の目の前にサラリと落ちた男のシャツを、渚は絶望的な気分で見つめていた。









-4-










 「おらっ、もっと足あげろ。」
 「―――ふざ、けん・・・・うぁっ!」



 渚は男に両足を肩抱え上げ、躰の奥を開かれるという屈辱的な格好を取らされていた。

 「ギチギチ締め付けやがるぜ、お前のココはよっ。そんなに俺が欲しかったのか?んっ?」
 男はペロリと上唇を舐めると、渚の腰を両手で掴み己の腰を使い出す。

 「・・・っ。うっ・・・あっ・・・」

 久しぶりに男を受け入れる渚に、負担は大きい。
 男は、いっぱいいっぱい開いている渚の内壁をさらに広げようと、グングン中で大きくなっていく。
 
 開かされている入り口が、痛い。
 圧迫感が、苦しい。
 背中も床に擦れて、熱い。

 己の上に乗りかかる肉食獣が、渚は憎くて憎くて堪らなかった。

 「おらっ、感じろよ。ココだろう、お前のイイ所は。」

 そして、渚の躰を知り尽くしている男は、渚がもっとも感じる部分を、己自身で擦り上げる。

 「あぁっ―――」

 渚の躰は、陸に上がった魚のようにビクビクッと跳ねた。
 そこを刺激されると、否が応でも反応してしまう。
 痛みに反応を示していなかった渚自身が、グッと力を持ち起ちあがる。

 「まわして欲しいか、突いて欲しいのか。お前の望むように動いてやるぜ?」

 ニヤリと笑い発達した犬歯を見せ付ける男は、渚に屈辱的な言葉を投げかけた。
 
 ―――ブッ殺してやりたい。

 心の中で毒づいても、現実世界では渚はキレギレの喘ぎ声をあげるのが精一杯だ。
 男の激しい動きに、久しぶりで悲鳴をあげる躰で必死に耐える。

 「こうか―――?」
 「ひっ・・・あぁ・・・」

 「それとも、こっちか?」
 「あっ・・・うぁ・・・・」

 何かに縋ろうと、床を引っかく。
 
 「やめろ、爪が傷つく。」
 男は床を彷徨う渚の手を掴むと、その手首に歯をたてた。

 「あぅ―――。」

 その微妙な刺激から逃れようと、渚は必死に暴れるが、掴まれている腕は離れない。

 「そろそろ、俺も限界だぜ。久しぶりだから、早えぇな。」

 ―――十分だっ!
 と叫びかけた渚の言葉は、さらに激しく動き始めた男に阻まれてしまった。


 「ひっ―――。あぁっ・・・・!」
 「こんな・・・もんじゃ、ねぇぞ―――!ほぅらっ、啼けっ!啼けっ!」
 「やっ・・・もぅ・・・・あふっ―――ふぁっ、あっ、あぁっ・・・・」

 全体重をかけて乗りかかり、獣のように男は最後の求愛ダンスを踊る。
 着いていけない渚は、振り落とされないように男に取りすがるしかない。
 好きなだけ暴れまわった男自身は、その熱い塊を渚の奥に解き放つ。
 渚も、男の肩に爪をたて、達していた。
 






 「痛い。」
 「―――ん?」

 荒い息を吐いていた二人だが、渚は少し落ち着くと、己の躰の上に圧し掛かっていた男をにらみつける。

 「背中が、痛い。今すぐ退けよ。」

 男はふふんっと笑うと、渚の腰を持ち上げ己の躰の上に乗せた。
 ちょうど対面座位の格好だ。

 「なん、だ。この格好は。それより、抜けよ。」
 言葉とは裏腹に、渚は力なく男にもたれ掛かった。
 自分の躰を支える体力さえ、残っていないのだ。

 男は、渚の言葉をにやりと笑うと無視した。

 「甘いピロートークっつーやつを、お前はする気ねぇのか?」
 「お前相手に、する気はないね。それに、お前・・・よくも・・・」
 
 渚は嘘をつかれて呼び出された事を、ココにきて思い出した。
 現状でかなり怒っていたが、さらに不機嫌度は倍増される。


 「ダーリン、今日は何日だ?」
 「4月1日だ」
 「というと、何の日だ。」

 ん?
 と、覗き込んでくる男の顔を見ながら、渚は頭を抱えたくなった。

 ―――なるほど、エイプリルフールだな。仕方がないなぁ。
 とでも、云って欲しいのか。この男は。

 この、俺が。
 そんな反応するなど、皆無という事を、10年も付き合ってきたら判るつーものだろう?
 これ以上相手にしていても、頭が痛くなるだけだ。

 渚はそう判断して、とりあえずこの男から―――


 「抜けっ!なぜ、でかくなってるんだ、お前はっ!」
 渚の中で、どんどん回復していく男自身に、渚は焦って男の上でもがき始める
 そんな渚に、男はペロリと紅い舌で己の乾いた唇を舐めると、

 「第二ラウンドに決まってるだろう?」
 
 渚の首筋をも舐めあげた。






 ―――ああ、さっきの時点で、蹴り倒しておくんだった。
 それよりなにより・・・俺は、なぜこんな所に来てしまったんだろう。






 渚の嘆きは、己の口から出る喘ぎ声に消されていったのだった。







終わり




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