楽園番外編
70万ヒット記念

歌舞伎町の、長い夜。








「そんなに若いのに、社長様だなんて凄いわ〜」
 手渡されるグラスを受け取りながら、渚は曖昧な笑みを浮かべた。
「いや、凄いんだよ、瀬野社長はさ・・・」

 背中がむず痒くなるような賛辞。
 嘘と偽りの世界。
 仕事、と割り切らなければ、今すぐ立ち上がって帰っていただろう。






「ありがとうございました〜」

 数人の美女に見送られながら、店を出る。
『こんどは、1人でいらして下さい。サービスします』
 手を握り締め渡された名刺を、渚は握り潰して捨てた。
 仕事以外で、こういう所に来ようとは思わない。

―――商売女は、どうしても母と重なってしまう。

 だから、苦手だった。



「社長、もう一軒行きましょう! いい所ですよ〜。歌舞伎町なんですけどね・・・」
 夜は、まだまだこれからだ。
 渚を接待している会社の社長とその部下達は、4軒目の店へ行こうと渚を誘う。
 さすがに疲れた渚は断ろうとしたが、結局押し切られる形で連れて行かれる事となった。








△▼△▼△








 不況と言っても、夜の街・歌舞伎町は凄い人だった。
 あちこちでかかる呼び込みの声。
 酔っ払ったサラリーマンが、地面で眠っている。
 道の端で、ごみを漁る人。
 現在の世情を、この街で全て知る事が出来るのだ。

 社長は馴れたように、渚を案内した。
「この店、可愛い子が多いんですよ。歌舞伎町で1・2を争う店なんです」



 いらっしゃいませ〜という声と共に、迎えられる。
 案内された場所に、社長は不満を漏らした。

「VIP室って言ったじゃない。なんで、ココなの?」
「すみません、VIPは先客がいらっしゃいまして・・・」
「あけてよ」
「申し訳ございません。どうか、ココで・・・」
 何度も頭を下げる店の責任者に、社長は結局諦めた。
「ミサコちゃん連れてきて。ユリちゃんも」
「申し訳ございませんん、生憎ミサコとユリは・・・」
「何?! いないの?」
「後で必ずご挨拶させますので・・・今は、ちょっと・・・」
「私もいいかげん、こちらとは長い付き合いさせてもらってると思ってたけど、そっちはそうじゃなかったワケだね」
「いえ、そんな事は決して。社長様にはいつもいつも良くして頂いて・・・」
「もういい。いい子見繕って連れてきてくれ。こっちも大事な席なんだ」
「かしこまりました」
 苛立ったように告げる社長に、何度も頭を下げた責任者はその場を去った。

「申し訳ないです。いつもは、こんなんじゃないんですが・・・」
「いえ、お気になさらず―――」
 既に冷め切ってる渚には、どうでもいい事なのだ。
 隣にいた志野が、渚の耳に囁いた。
「もうちょっと、愛想よくして下さい」
「これ以上、どうしろって言うんだよ。お前の言う通り、ここまで来た。それで許してくれ」
 渚の言葉に、仕方ないと言う風に志野は肩をすくめた。



「いらっしゃいませ〜」

 次々と女性が現れ、渚達の間に座っていく。
 志野との会話も、途切れた。






△▼△▼△






「やんっ、社長さんったら〜」
「ユキちゃん、ベタベタになってきたよ〜」
「社長さんのえっちぃ」
「社長さんって、誰のこと〜?ココには2人の社長さんがいるんだよ〜」
「そんなのぉ、きまってるじゃない〜。あぁん」

 鼻の下を延ばして、女性のスカートの下に手を伸ばす社長を見ながら、渚はグラスをあけていた。

「こっちの社長さんったら、寡黙なのね・・・」
 渚の横に座った女性が、渚の腕を持って己の胸を押し付ける。
 横に視線を移すと、志野が自分についた女性と濃厚なキスをしていた。
 ココはそういう店なんだから、楽しめ―――と、志野は視線で渚に告げている。
「ね、ルミ・・・魅力ない?」
 覗きこんできた女性に、視線を戻す。
 綺麗な女性だった。
 唇の下にある小さなホクロが、彼女の色気を醸し出している。
「社長さん・・・ね?」
 ルミと言った女性は、渚の股間へと手を伸ばす。
「いいの、持ってる・・・。ね、社長さん、あとでルミと・・・」
 渚の股間を揉みながら、ルミは唇を寄せてきた。
 流石に、それをかわす程渚も野暮ではない。
 そのぽってりとした唇を受け止めた。
 差し込まれてきた舌に、事務的に答えてやる。
 
「るっみーちゃーん?! ココかな〜」
「キャッ」

 個室とまではいかないが、壁で遮られている部屋に、突然男が乱入してきた。

「ルミちゃん、いた〜! こっち来いよ。俺らの所に。さっきから探していたんだぜ」
男がずかずかと、渚の隣にいたルミに近付いてきた時、後ろからやってきた黒服が慌てて男を引き止めた。
「何しやがる、離せ」
「申し訳ございません。ルミは後で必ずそちらへ向わせますので」
「今連れて行く。俺を誰だと思ってるんだっ」

 男は、カタギの雰囲気ではなかった。
 その部屋にいた人間は、固唾を呑んで黒服と男のやり取りを見ていた。

「ルミ〜こっちこいよ」
 男は強引にルミの腕を引いた。
 ルミは怯えた顔をして、渚に縋ってくる。

 基本的に渚は、フェミニストだ。
 女性が頼ってきたら、助けるのが当たり前だと思っている。
 たとえ、相手がどのような人間でも。

「嫌がっている。離したらどうだ?」
 渚がルミの腕を掴んだ男の手を払いのけた。
 その場の雰囲気が一瞬凍る。

「なにぃ〜てめぇ! 表出やがれ」
 男がシャツを掴んできたので、またその手を払う。
 この場で暴れるわけには行かないので、立ち上がって店を出ようとした時

「何をしている、飯田」

 背後からかかった低い声に、渚の目の前にいた男は見る見る真っ青になっていく。
 渚は、どう考えても聞き覚えのある声に・・・顔を顰めた。

―――博隆。

 視線を上げると、ふてぶてしい男が渚を見ていた。
 お互い視線を交わすと、男は飯田と呼んだ男の腕を持ち部屋から引きずり出す。
「失礼した」
 一言そう云うと、男はその場を去っていった。






「なんだったんだ・・・アレは」
「ヤクザ・・・か?」
 渚を連れてきた社長達は驚いた風に、男が出て行った方向を見ていた。

「渚・・・」
「偶然だ」
 博隆の存在を知っている志野は探るように渚を見てきたが、まさに偶然だったので渚もそれ以上言い様がない。

―――まさか、こんな所で博隆に逢うとは。

 歌舞伎町は、確かに博隆達の街だろう。
 和泉組の店も何軒もあるはずだ。
 だが、何もこんな所で逢わなくても―――。

 お互いが、お互いの仕事に干渉することはない。
 だから先ほども、二人は視線を交わしただけで・・・名前を呼び合う事などなかったのだが。





「社長さん、素敵・・・」
 渚が庇ったルミは、渚に見惚れている。
 危ない所を救った王子様を見ているかのように。

 黒服達が、数本のボトルを持ち込んだ。
「頼んでないぞ?」
「先ほどご迷惑をおかけしました・・・と、和泉様より差し入れでございます」
 並んだボトルは最高級のものばかり。
 そこにいた人間は、驚きに目を見開いた。
「さ・・・さぁ、仕切りなおしで飲みなおしましょうか」
 やっと口を開いた社長の言葉が出るまで、皆その場で固まっていた。








△▼△▼△







「じゃ、私達。先行ってますので〜」
 上機嫌の渚を接待に誘った社長は、気に入った女性の腰を持って店の出口へと向っていった。
 皆が皆、酒に呑まれるように飲み、男達は女性を連れて夜の街へと出て行こうという事になったのだ。
 もちろん渚にはルミという女性がべったり着いていて、しきりに誘ってきていた。
 渚も、据え膳は食わない人間ではないので、二人で店を出るつもりだったが、その前にトイレへと向ったのだった。


「ふー」
 結構、飲んだな。
 渚は洗面台に両手をついて、肩で息をする。
 博隆に差し入れされた酒はかなりの量で、それを飲み干した頃にはその場の全員が出来上がっていた。
 渚も薦められるがまま、かなりな量を飲んでいた。
 ザルなので、酔っ払うという事はなかったが。

 流しっぱなしの蛇口を閉めようと手を伸ばした時、背後から腰をつかまれた。

「なっ」
 気配を殺して背後から襲ってきた人間に、渚は反射的に肘で脇腹を殴ろうと右腕を振り上げた。

「待て待て、ダーリン」
 抑えられた右腕と、耳元に囁かれた男の声。
 敵ではない事を知って、躯から力が抜ける。

「離せよ、博隆」
「なんだよ、つれないな。せっかくこんな所で逢ったんだから」
「本当に・・・こんな所で、な」
 夜の街は、確かに博隆達の世界だ。
 逢わない・・・という、可能性はない事もないが、逢いたくはなかった。

「ちょ、お前・・・」
 腰を押し付けてきた男の、熱いモノが臀部に当たる。
 こんな所で、冗談じゃなかった。
「しようぜ、渚」
「ふざけるな、よ」
 店の、トイレだ。
 誰が、何時、入ってくるか判らない。

―――というか、そんな問題じゃない。

「離せ、約束があるんだ」
「ルミか? あの女ゆるいぞ。お前にゃ、満足できねぇよ」
 ニヤニヤと笑いながらそんなことに口出ししてくる博隆に、渚は苛立つ。
「お前には、関係ないだろう。離せっ!」
「お前が満足できるのは、コレだけだろ?」
 前を捕まれ、ベルトはカチャカチャと外される。
 臀部に押し付けられたものは、どんどん大きくなってるのが布越しにも判った。
「博隆、嫌だっ!」
「すぐに、イイって言わせてやるよ」
 そう言うと、男は渚の抵抗などものともせずスラックスと下着を一気におろした。
 そのまま秘部に指を差し込まれる。
 ヌチャという音と冷たい感触に、渚の背筋がピンと伸びた。
「お、前。なんで、そんなもの持ってるんだ」
 ジェルの感触に、渚は目の前の鏡から男を睨む。
「男の、嗜みでしょう」
 何処でもデキるようにな。
 ニヤニヤ笑う男を殺してやりたいと思うが、腰を抱いている腕を引き離そうとしてもびくともしない。
「うぁっ!」
 渚の躯を知り尽くしている男は、渚の抵抗を削ぐ為に、奥の感じる所をその人差し指と中指で刺激した。
 崩れ落ちる躯を、洗面台に両手をついて、耐える。
 男の指は2本から3本に増えて、渚の内部を激しく犯していた。

「・・・ひ、とが」
 ドアの外が気になって仕方がない。
「来ねぇよ。立ち入り禁止にしてある」
「なっ」
 男は用意周到に、使用禁止の札をかけて来たのだ。
「お、前・・・最初から・・・」
「当たり前だろ? せっかくお前を見つけたんだ。チャンスは逃さねぇ。挿れるぞ」
 指が抜かれ、天に向って起立した男のモノが渚の蕾に触れる。
「あ・・・っ、ああ・・・!!」
 グッグッと腰を突き上げられ、男が挿ってくる。
 渚は息を吐き、その圧迫感に耐えるしかない。
「相変わらず、締め上げてくるぜ」
 荒い息を吐きながら、男は耳元で囁いた。
「俺のコレが欲しかったんだろ? 中に欲しいって言ってる」
「ふ、ざけんな」
 渚の内壁が、男を取り込むように蠢いているのは、渚自身もわかっていた。
 そんな躯にしたのは、他でもないこの男だ。
 その事実が、更に渚を苛立たせる。
「オラオラ。そんな可愛い口きけねぇように、してやるよ」
 そう云うと、男は激しく前後運動を始めたのだった。

「うッ・・・! あっ、くぅ」
 激しい男の動きを、渚は必死で受け止める。
 前のめりになりそうなのを、黒い洗面台を掴んで耐えていた。

 ふと、渚は視線を上げる。
 すると、目の前の鏡に自分と男の姿が映っていた。

 快楽を一心に追う、野性的な男の顔。
 そして、目元を紅くして半開きの口から絶えず喘ぎ声を漏らす自分・・・。
 ゾッとして、視線を外して首を振る。

 なんだ、今の顔。
 まるで―――女のように喘いでいる、自分の姿。



「なんだよ、渚。余裕じゃねぇの? 集中してねぇなんて―――」
様子がおかしくなった渚に気付いた博隆は、渚を揶揄った。
「う、るさい」
「なら、もっともっと激しくしてやるよっ」
「やっ…!」

 やめろ。
 これ以上、俺をおかしくさせないでくれ・・・。





 渚の叫びが、博隆に届く事もなく。
 歌舞伎町の夜は、まだまだ長かった。




END?





会社の営業さんから聞いた、キャバクラの話がこんな所で役立つなんて(笑)
因みに水貴、歌舞伎町行ったことないんで、夜の街は大阪の宗右衛門町をモデルにして書きました。
だから、歌舞伎町とは全然違うかもしれません・・・うーむ。
2003.4.21



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