一樹は不安だった。
あのストーカー事件から、一ヶ月。
“クールビューティー”藤岡零と付き合いだしてから、一ヶ月・・・。
藤岡は、一樹に触れてこようとはしないのだ。
いや、キスはする。
軽く触れるキス。
舌を絡ませ、口腔内を刺激する、熱く激しい官能的なキス。
だが・・・・・。
それ以上は進まない。
―――要するに、藤岡は一樹を抱こうとしないのだ。
何度もそういう雰囲気にはなった。
先日だって・・・
お互いを見つめ合い、激しいキスを交わす。
藤岡の唇は、一樹の唇から、顎・耳朶・項・首筋と落ちてきて・・・・鎖骨をチュッと音を立てて吸った。
「あ・・・・」
一樹は思わす声を上げて顎を逸らした。
この後のことを考え、一樹自身も熱く高ぶりかけていた。
しかし・・・・・・。
「ごめん・・・」
耳元であのバリトンが響き、頬に熱い唇の感触を一樹に残し、藤岡は部屋から出ていってしまったのだ。
―――オレの好きと・・・
零の好きは、もしかして違うのか?
一樹は好きだから、触れて貰いたい。
好きだから・・・・・
自分の男だという矜持を捨ててでも、抱かれたい。
抱いて欲しい。
零になら・・・・・。
でも、零は?
あんな事になった、俺に同情して?
同情だから、抱く気にならない?
それとも
―――寛と関係していた俺の躰には触れる気が起こらない?
違う―――――――!!
零はそんな・・・
一樹は自分の考えを打ち消すように、必死に首を振った。
明日、藤岡は一樹に勉強を教えるために一樹の家に来る。
一樹にはラッキーなことに両親はいない。
明日、明日に――――。
*****
約束通りの時間に、藤岡は一樹の家に訪れた。
「おはよう、一樹。よく起きてたな。」
藤岡は開口一番、ニヤリと笑いながら、いつも結構夜更かしで、休日は昼間で寝ている一樹を揶揄った。
「ちゃんと、起きてたよ!」
頬を赤くしながら、一樹は自分をからかう男をキッと見上げた。
「そうか・・・?エライ・エライ」
藤岡は一樹の髪の毛をクシャクシャとしながら、玄関に上がった。
どうも、藤岡は一樹を子供扱いする所がある。
今まで、文学少年で、人より大人っぽい考えを持っていた一樹は、あまりそう言う扱いをされたことがな
かった。
―――藤岡にしてみれば、可愛くて仕方がないだけなのだが。
その事が、藤岡との差を年齢だけでなく見せつけられるようで嫌なのだが、どこかでその無条件に甘え
させてくれる所が、嬉しかったりもする一樹だった。
***
「ちゃんと出来てるじゃないか。」
「だって頑張れば、頑張れるんだよ。いちおー、松華学園に入学できたんだからな。」
数学の教科書を前に、一樹は胸を張って答えた。
一樹は根っからの文系人間で、数学と科学の成績が地を這っていた。
折角、国語、古文、社会等の文系の成績はトップクラスなのに、この理系の教科のせいで、中の中まで下がってしまっていた。
そこで、文系・理系ともオールマイティーな藤岡にテスト前の勉強を見て貰うことにしたのだ。
「そろそろ休憩しようぜ。昼飯持ってくるよ。」
一樹はさっと立ち上がり、藤岡の答えも待たず、振り返りもせず部屋を出たのだった。
変じゃなかっただろうか・・・。
声、震えてなかったかな・・・?
顔は・・・。
一樹は震える手をグッと握りしめ、計画を進めるためバスルームへ向かった。
***
「か・・・一樹?」
藤岡の目は驚愕のため見開かれた。
昼ご飯を取りに行ったはずの一樹が、バスローブ姿で藤岡の前に立っていたのだ。
「・・・零」
顔を少し赤らめ、瞳は羞恥のため潤み始めている。
藤岡は思わず視線を外した。
「零―――」
一樹はそのまま部屋の扉の所から藤岡に近付いてきて、ベットの上に腰掛けていた藤岡の膝の上に座る。
腕を首に回し、何も言えず固まってしまっている藤岡に唇を合わせた。
ありったけの思いを込めて、藤岡に舌を絡ませる。
好きだ。
好きだ。
こんなにも・・・
こんなにも・・・
愛してるんだ。
歯列の裏をなぞり、舌を甘噛みする。
藤岡から流れてきた唾液を、一樹は喉を鳴らして嚥下した。
「ん・・・」
藤岡から甘い声が漏れ、一樹は体中が熱くなった。
藤岡の表情が見たくて、閉じていた目を少しずつ開けてみる。
目と目があった。
その瞬間、藤岡の瞳が・・・
いつもはどこか醒めた目をして冷静な色を湛えている瞳が・・・
カッ、と野獣的な目つきになり、瞳の奥で炎が燃え上がった。
「ふぁ・・・うん・・・・・んぁ」
一樹はベットに押し倒され、狂ったように口付けられ、満足に呼吸もできない。
舌を激しく絡ませ、一樹の口腔内を刺激し続ける。
あふれ出た唾液は、口の端から鎖骨にかけていくつもの筋をつくる。
藤岡の冷たい手が、バスローブの合わせ目からの一樹の肌に滑り込んだ。
その冷たさに、思わず一樹の躰がビクッッと震えた時、藤岡の動きが止まった。
「零・・・・・・?」
一樹は恐る恐る藤岡の顔を見上げた。
藤岡は何かを吹っ切るように、眉間に皺を寄せ、唇を噛んでいた。
「悪い・・・」
一樹とは目を合わせずに、ベットから起きあがろうとした。
ダメだ・・・
ここで手を離したら、今までの二の舞だ。
「待って、零!」
一樹は離れていこうとする藤岡の躰にしがみつく。
「オレとするのは嫌?」
「・・・そんな事ナイよ」
「じゃあ・・・して」
一樹は羞恥心も、男としての自尊心もかなぐり捨てて必死に訴えた。
「それは、まだ・・・・」
藤岡の戸惑った声。
一樹は絶えられずに、心の奥にあった一番不安な気持ちを口にした。
「やっぱり、オレの躰は汚い?だから触りたくない?」
その瞬間凄い力で、すがりついていた藤岡のからだから引き離され、軽く頬を叩かれた。
「このバカが・・・」
「零・・・・・」
藤岡は本気で怒っていた。
「お前は綺麗だと言っただろう。俺の言うことが信じられないのか?」
「ううん・・・」
「お前が自分を蔑むと、俺の大切なものを侮辱されている気持ちになる。もう二度と言うな。」
「―――零」
大切なもの・・・・・・
大切なものと言ってくれた。
無意識なのに、涙が溢れた。
オレは零の前では泣いてばっかりいるような気がする。
「お前との関係はゆっくり創っていきたかったんだ。お前の傷が癒えるまでは触れる気はなかった」
藤岡は溜息をつきながら語りだした。
「なのに、お前と来たら・・・・・・俺の理性の飛びそうな事ばかりする」
口の右端を上げ、苦笑した。
「さっきだって、俺の前にその姿で現れたときは、必死に頭の中で般若心境を唱えたぞ」
いつだって、零はオレのことばかり考えてくれる。
皮肉な口調の裏に、オレを包み込んでくれる優しさがあった。
何をオレは不安になっていたんだろう。
こんなに、この人に大切にされてるのに。
「傷なんて・・・もうナイよ」
「一樹・・・」
「零と一言話すだけで、零に触れて貰うだけで、零とキスを交わすだけで、オレの傷は癒えていくんだ。」
「一樹・・・」
「零・・・・・・抱いてほしいんだ」
藤岡は目を瞑って、大きな溜息をついた。
「もう・・・止まらないぞ」
***
「も・・・やぁ・・・・・・」
一樹は甘い啼き声を上げた。
藤岡の愛撫は、甘く、優しく、それでいて執拗で・・・
一樹を快感の海に投げ込んでは、引き上げる。
引き上げては、投げ込むという行為を繰り返した。
イキそうなのに、イケない。
宮下の直線的な・・・自分の快楽だけを求めるsexの経験しかなかったから
藤岡の、幾度と繰り返される、一樹の快感を引き出す甘く焦れったい快感は経験が無く、
一樹は藤岡の愛撫に身も心も翻弄されていた。
「もっ、零・・・・ほしぃ」
自分でも何を口走ってるのか判らない。
ただ・・・零が欲しくて。
「だめだよ、濡らさなきゃ後でお前がキツイだろう?」
藤岡の余裕な笑みに一樹は悔しくなる。
この人は・・・
こんな時にまでイジワルだ・・・・・・!!
「ヒッ!」
奥の部分にざらっとした感触を感じる。
藤岡の舌だ。
それが判った一樹は、力の入らない躰で必死に抵抗をする。
「だめっだ!れ・・・い・・・ぁ・・・そんな所・・・汚いよぉ」
「お前の躰で汚い所なんかナイよ。それに濡らさないとお前を傷つける。」
塗れた舌の感触を直に感じて、一樹は翻弄され続けた。
口に入れられた藤岡の指に舌を絡ませ、夢中で舐る。
その指を一樹の奥に差し込まれ、一樹は背筋を突っ張らせた。
「はや・・・くぅ」
もうこれ以上は絶えられない。
一樹が潤んだ瞳で藤岡を見上げると、藤岡も少し切なそうな顔をしていた。
「一樹・・・」
一樹の唇に優しく藤岡の唇が振ってきて、一樹は全身から力を抜いた。
「あ・・・あぁ・・・んあ・・・」
普段より1オクターブ高い一樹の声が部屋中に響き渡る。
「零・・・れ・・い・・・・もっと・・・」
浅く繰り返される抽送に、思わずねだる声を上げてしまう。
またその言葉が恥ずかしくて、ピンク色に染まっていた肌は真っ赤になっていく。
「もっと・・・?」
自然と流れ落ちた涙の筋を舐め上げながら、藤岡は一樹の顔をのぞき込んでくる。
「ん・・・・・・・」
一樹はもう必死で、コクコクと何度もうなずいた。
その途端、一樹を藤岡は深く突き上げた。
「ふぁあ・・・!!」
いきなりの刺激に悲鳴を上げる。
けれど、気持ちいい。
もっと、もっと、もっと・・・零を感じたい。
激しくなった動きに、一樹も限界が見え始める。
でも、どうしてもこの言葉が言いたい。
そして聞きたかった。
「んあっんっんっ・・・・・零・・・・・愛して・・・る」
「――――――」
藤岡は無言で零を揺すぶり続けている。
「零・・・れ・・いは・・・・・・・?」
「―――一樹、オレはその言葉を今のお前にはやれない」
「れ・・・い・・・?」
衝撃の言葉に、一樹は快楽の海から必死に浮上して、瞼を開ける。
目のあった藤岡の瞳は、ひどく辛そうで・・・・・・。
「だが、覚えておいてくれ。」
「は・・・ぁあ・・・・」
「俺はいつでも、お前だけを想っている。」
零―――――――――!!
一樹はその言葉に応えようとしたが、藤岡の激しい動きと甘い愛撫の中で
快感の海にもう一度引き戻され、翻弄されて・・・そのまま意識を失ってしまった。
――――お前だけだ。いつでもお前だけを想っているんだ。
耳元に熱い囁きを感じながら。