butterfly・butterfly


――背に舞う蝶は夢を見る。


―1―






 四大精霊に愛され豊かな大地を持ったファナティカル王国に嫉妬した魔女ベルーサは、ファナティカルの大地に呪いをかけた。

 その呪いを嫌った精霊たちはファナティカの土地を次々と離れていき、精霊たちの愛を失った大地は枯れ果てファナティカル王国の人々は困窮を極めた。

 ファナティカル王レティシアは、七日の夜と朝と昼、一睡もすることなく精霊たちの愛を取り戻してほしいと天に祈り続けた。 

 輝かしき方、王の祈りに心を動かされ、ご自分の御子である女神アステアをファナティカル王レティシアに嫁がせた。

 呪われし大地はアステアのおかげで清浄化し、精霊たちはアステア愛し、再びファナティカル王国に豊かな大地が戻った。

 だが、ベルーサの呪いが完全に解かれたわけではなかった。

 大地に下ったアステアだったが、レティシアの命が尽きた時、輝かしき方の元へと戻らなければならなかった。

 アステアの愛が大地から薄れ始めると、その呪いは再び大地を犯し始める。

 輝かしき方もそして女神アステアも、愛したファナティカルをそして愛した人々を助けるため、ファナティカルが荒廃し始めると降臨させるのだ。

 四大精霊に愛され、そして呪いを封じる力を持つ――己の分身とも呼べる“祝福の神子”を。



――ファナティカル歴史書レティシア記第一〇章よりの抜粋




 そして今、何代目かの“祝福の神子”崩御し、二〇〇年が過ぎたファナティカルの大地は、目に見えて荒廃の道へと歩みを始めていたのだった。













 ファナティカル王宮、王の間。

 王族専任占い師であるジャルジャが、水晶から目を離し立ち上がった。

「王! ついに“輝ける星”が光りました! “祝福の神子”が降臨されたのですっ!」

「そうか! やっとか…! なんとしてでも探し出せ! 他国に奪われる前に――」

 現ファナティカル王リオナード三世は、ジャルジャの言葉に長年の苦しみから解放されるのだと知り、力が抜けたように玉座に体を預けた。

 ファナティカル王家にはどうしても必要な“祝福の神子”を探すため、リオナード三世の人生は費やされたと言ってもいい。

 特に、ファナティカルの大地が目に見えて衰えていくのが顕著に表れ始めた最近は、既に老齢の域に達しているリオナード三世への精神的負担は日々増していた。

 その苦しみから、やっと解放されるのである。

 王はもちろん、その場にいた人間すべてが安堵したのだ。

 側近たちは、王の命令を受け即座に動き出す。

 騒然とした中で、王はゆっくりと片手を上げた。

「ジィンよ…」

「はい、こちらに」

 王の側に跪いたのは、このファナティカル王の長男であり皇太子のユージィンだ。

 レティシア王の再来と呼ばれているこの王子は、銀髪に碧色の瞳という伝説の王レティシアと同じ色を纏い、少々鋭いが涼しげな眼もとに整った顔立ちをしている。

 彼を初めて見る人間は皆一度かれに見惚れるほどだった。

「ジィン…お前が祝福の神子を娶るのだ。これでやっと私も救われる」

「王…」

 元々苛烈さはなく穏やかな王であったが、ここ数年の衰弱ぶりはひどかった。

 弱まる国土。

 狙う近隣諸国。

 リオナード三世は、祝福の神子を息子であるユージィンに娶らせることができれば、退位も考えていた。

「さぁ、ジィン。お前が先頭にたって祝福の神子を探すのだ。判っているな」

「……」

 王であり父であるリオナード三世の言葉に、ユージィンは無言で返した.






 王の間から退いたユージィンには、すぐに側近のキリアスが傍についた。

「…ついに、お告げが下ったそうだ」

「祝福の神子ですか」

「ああ」

 苛立った口調のユージィンに、キリアスが冷静に反す。

「あなたの妻となる神の子でしょう? 直ぐにでも探さないと」

「…本気で言っているのか?」

 ユージィンの言葉に、キリアスは口の端をあげて笑った。

「私はあなたの側近として、あなたの望みをかなえるだけですよ」

「この国は…レティシアの亡霊を引きずりすぎている」

 すべての国民は、王でさえも、レティシア王の伝承を信じ、祝福の神子に救われることを信じている。

「それでも、ずっと伝承されてきたことでしょう? 実際に祝福の神子が我が国を守ってきた」

「他の方法だってあるはずだ。呪われているのなら呪いを解く方法だって。それを一切探そうとせず、先祖たちは祝福の神子に頼るだけだ。いつ、神が見放すか…精霊たちが見放すか分からないというのに」

 ユージィンは現実主義だ。

 精霊に愛されたファナティカルは、精霊に愛されるもの――精霊から力を与えられその力を使うことができる人間たちがいた。

 そのせいもあって、女神アステアと精霊の力を頼りすぎる傾向がある。

 呪いを解こうとせず、精霊とアステアの守りに頼っている――その事実がユージィンは気に入らない。






「祝福の神子なんて――私はいらない」





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