「視線」シリーズ番外“同棲”編
頑張れ楽園(爆)編
Dolce Vita IV





「帰れよ。俺にもプライバシーってモノがあるんだ。」
突然の恋人の台詞に、亨は言葉を失った。



いつも通り・・・亨は大学が終わると、その足で二人の甘い生活の場であるアパートに戻り、夕食を作りながらひたすら恋人の帰りを待っていた。
普段なら、学校が終わるとそのまま帰ってくる恋人が、その日はなかなか帰ってこない。
イライラと心配でゆっくり座ることも出来ず、アパートの部屋をウロウロしていたところに恋人はアルコールの匂いをさせながら帰ってきた。
そして、ホッとした顔で「おかえり、遅かったね・・・?」と玄関で迎えた亨に向かって恋人が最初にはなった言葉が―――



「英治・・・?」
語尾が震える。
優しい恋人に、こんな言葉を投げかけられたのは初めてだった。
理由が・・・・・わからない。
今日も朝まで、二人はいつもの如く新婚のように甘々で・・・。
照れる英治に”いってらっしゃいのキス”というのも、しっかりとした。

―――何故?

困惑した表情の亨に、英治は更に言葉を続けた。

「一応、俺にも俺のプライベートとプライバシーってもんがある。お前はいいよ。お前は自分の部屋がある。一人になりたければ、俺の部屋に来なければいいんだもんな。だが、俺が一人になりたいときは?俺の部屋には、お前がずっと居る。寝ても醒めても、お前が居る―――」
「・・・え、英治は、俺と一緒にいたくないって事か?」

亨は英治の言葉に、かなりのショックを受けていた。
英治が吐いたセリフは、拒絶の言葉。

二人が真に付き合いだしてから、亨は英治から拒絶されたことがなかった。
なぜなら、英治は亨がソレを凄く恐れているのを知っていたからだ。
拒絶から始まった二人の関係。
その始まりの所為で未だに、亨は不安に陥ることが多々あった。
そのたびに恋人は繰り返す。

―――愛してる。
―――お前だけを、愛してる。

その言葉を耳元で囁き続け、優しく包み込み、自己嫌悪と後悔で心の深淵へと落ちてしまう亨を、英治は救い続けていた。

だが今、亨の言葉に英治は何も応えない。
答えない。

―――ということは、その質問は“是”というコトであり・・・・・・。

亨は無言で立ち上がり、玄関へと向かった。

『ゴメン、亨。冗談だよ』
という、恋人の言葉を待ちながら。

だが、亨がその部屋を出て扉を閉めても、待っている言葉は遂に投げかけられなかった。


◆◇◆◇◆


―――パタンッ

ドアが締まる音を背中越しに聞きながら、英治は持っていた鞄を床に投げつけた。

「クソッ」

全てのイライラを、亨にぶつけてしまっている自分が腹立たしい。
最低の言葉で、亨を傷つけてしまった。
“拒絶”は、亨が一番恐れていることだと判っているのに―――。

全ては今日聞いた同僚の一言が発端だった・・・・・・。



『やっと明日休みですねぇ』
『今週も長かったです』

放課後、職員室でのんびりと教師達で会話をしていた。
『明日は、娘孝行で遊園地ですよ〜休めない休めない』
一児の父である体育教師が、ヤレヤレをお茶を啜る。
ソレを笑いながら聞いていた英治に、突然話が振られた。

『麻生先生も、明日はデートとかですか?』

思わず明日亨との約束を思い出し、一瞬詰まった英治に他の教師達もすかさずツッコミを入れてくる。
『おお!麻生先生はデート。いいですなぁ、若いってのは』
『な、なんですか・・・その若いってのは・・・・』
あわてて話題を逸らそうとするが、人生の先輩でもある年輩の教師達に英治が敵うわけもなく・・・・。
『若いって云うと、先日もねぇ・・・見ましたよ。』
『誰をですか?』
『水島ですよ。去年卒業した。水島亨』
老年の化学教師から出た恋人の名に、思わず英治は視線をその教師に向けた。
『この学校では大人な雰囲気で、どちらかと云えば硬派で通っていたんですが・・・やはり大学に行き出すと、変わるモンですかね〜。女の子を何人も周りに侍らせて街中を歩いていましたよ』
『あ・・・水島がですか?!』
思わず”亨”と云いそうになり、英治は水島と云い直した。
『ええ、流石に見間違うわけもないですよ・・・彼はこの学校でも有名人でしたしね。あの顔は、なかなか同性でもいい男と認められる顔ですから』
忘れるわけありません。
やはり、若い娘さんもいい男を放っておかないというコトですかな?
いやはや、最近の娘はなかなか積極的らしいですし・・・。

などと、数人の教師達は”近頃の娘さん”の話題で盛り上がっていたが、英治の耳には全くその会話は届いていなかった。

亨が・・・・・・数人の女の子に囲まれて・・・・・街中を歩いていた?

大学・・・大学の友達だろう。
あの容姿だ。
女の子達だって放っておかないだろう。
この学校に居たときだって、梅華の生徒にはもてていたじゃないか。
なのに、なんだ・・・・この動揺。
亨が浮気するわけ・・・・。
するわけ、ないじゃないか。
もっと大学で友達を作れと云っていたのは、自分だ。
きっと亨は、自分の言葉を実行に移しているのだ。
なのに、何だこの焦りは。

焦り?
焦燥?
戸惑い?
苛立ち?

―――英治はグッと唇を噛み締める。

たかだかこんなコトで、ここまで動揺するなんて。
これからは、もっともっとこんなコトは起こりうることで・・・・。

女の子達だって放っておかないだろう・・・・。
放っておかない。
そう、そして亨だっていつかは・・・・・・。

馬鹿なことを。
馬鹿なことを考えている。
亨と付き合い始めた頃に、覚悟していたはずじゃないか。
閉じられた世界しか知らない亨が、広い世界に出たとき。
閉じられた世界の幻に、気付くとき。
自分は、彼の枷には決してならない。
広い世界に飛び出していく、彼の枷には。
彼が自分を見つめるあの視線・・・あの瞳の色が変わったときには。
繋いでいる手を、自ら離そうと。
そう、決めていた。
決めていたのに・・・・・・。
実際、目の前にそんな事態が起きそうになった途端。
なんなんだ、この気持ちは。
そう、理性で押さえきれないこの感情は・・・・・・
このドロドロした感情は・・・・・。

英治は大きく息を吐き出した。


◆◇◆◇◆


判らない。
判らない。
判らない。

突然のあの言葉。
朝までは、今までと変わらない優しい恋人だったのに。
突然、突き放された。

何故?
何故?

亨は電気もつけず、自分の部屋で自問自答を繰り返す。
秀才と呼ばれ続けた自分の頭脳でも、答えは出てこない。

愛してる。
愛してる。
愛してる。
彼に捨てられたら・・・・・もう、生きていけない。

情けないことを考えてしまう自分に苦笑する。

なんて、弱い自分。
英治に出会うまで、英治を知るまで・・・自分がこんなに弱いとは、知らなかった。
ここまで英治に依存していたなんて。
英治がソバにいないと、息をするのも苦しい。
英治が居るから―――

トントン

ドアを叩く音。

亨の肩がビクリと震えた。

トントン。
トントン。

亨は、期待と恐怖で胸を震わせながらL、立ち上がった。



ドアを開けると、待ち望んでいたが・・・・・・会うのが恐かった人が立っていた。

「英治・・・・・」

もう一度あの拒絶の言葉を聞くのだろうか。
恐い。
聞きたくない。
もう、一生聞きたくない言葉。

「亨・・・・・・ゴメン。」
英治はそういうと、かすかに震えていた亨の肩を引き寄せ抱きしめた。
「え・・・いじ」
肩から、力が抜ける。


◇◆◇


「お前には、八つ当たりしただけ・・・なんだ。」
「・・・英治?」
亨の肩に埋めていた顔を英治はあげる。

視線をあわせ、英治は苦笑した。

「俺も、もっと大人だと思ったんだけどな。」
「英治―――?」

話が見えない。

英治は熱い息を亨の耳元に吹きかける。

―――ゾクリ

背中が震える。

「お前が女達に囲まれて歩いていたのを見たって云われて―――」

―――ゾクリ

英治は優しく亨の耳朶を噛む。

「・・・・・・嫉妬した」

ピンッと亨の背筋が張る。
躰中に熱いモノが駆けめぐる。
ダイレクトに、下半身に血が集まる。

―――嫉妬。

英治がその言葉を亨に云ったのは、初めてだった。
亨自身、たびたび沸き上がる嫉妬で自分と英治をも苦しめてきたが―――。

嫉妬。
それは、自分を愛しているからこそ起こる感情。
英治が自分を愛しているからこそ嫉妬してくれている・・・・・。
甘い、響き。
ゾクゾクする。

「英治、嫉妬してくれたんだ。女なんかに・・・・・。」
「女なんかって、お前―――」
「俺は、英治しか見えてない。英治しか興味ない。英治だけを想ってる。」
「亨―――」
「キスして、英治。」
目を閉じて、ちょっと強請ってみる。
英治が苦笑したのが、空気越しに亨に伝わってくる。
そして近付く吐息。
重なり合う甘い唇。

「ふっ・・ん・・・」

我慢しきれず、舌を絡ませるのはいつも亨の方。
ピチャ・・・と真っ暗な部屋に、響く音。
亨は、英治のシャツの間に手を滑らせる。
ピクリと英治の躰が震えた。
そのまま肌に手を這わせ、胸の突起物を探り当てる。

「ん・・・」

摘み上げ、押しつぶすとピンッと立ち上がった。

「舐めたい」
首筋に口付けを落としながら、亨は熱っぽく囁く。

「あ、きら―――」

英治も積極的に亨のシャツを脱がしていく。
絡み合いながら、二人はお互いの服を脱がせあう。
フラフラと、二人はベットのおいている方へ向かった。
二人の後方には点々とお互いの衣服が落ちている。

ドサリッ

ベットに二人して倒れ込むと、英治は腰を浮かし亨は英治の下着ごとスラックスをはぎ取る。
自分のジーンズも脱ぎ捨て、英治に被さった。

「余裕ないや。英治、欲しい―――」
「俺も・・・・欲しいよ、亨」
亨は英治の下半身に手を伸ばし、その奥を探る。

「んっ。」

痛みで眉を寄せた英治をみて、亨は英治の足を抱え上げるとその奥の蕾に舌を這わせた。

「やっ・・・あき・・・」
ペチャピチャ・・・・淫猥な音に、英治は恥ずかしさを増す。
解すように舌を差し入れ、自然には濡れることのないその部分を濡らしていく。
指を差し入れ、ゆっくりと動かす。
慣れた快感の予感に、英治の腰は自然に動く。
「英治、腰揺れてるよ・・・・・」
「バッ・・・馬鹿・・・・・・もっ・・・・亨」
奥の奥を探る亨に、英治は顔を寄せ唇を合わせる。
「英治・・・どうして欲しい?」
「・・・・・亨っ!」
「ヒクヒク動いてるよ、ココ」
クイッと英治の奥で指を折り曲げる。
「あぅっ・・・」
ビクンと英治の腰が飛び上がった。
「どうして欲しい?云って・・・・・」

自分が主導権を握れるのは、この時だけ。
あとはいつも英治の手のひらの上。
だから、この時だけは―――
己の欲望も、我慢しきれないほど英治を求めているけど。
英治が自分を求める言葉を聞きたいから・・・

「挿れてっ、亨―――」
その言葉を聞いた瞬間、亨は熱く猛りきった己自信で英治を貫いたのだった。



嫉妬―――
それは、やっかいな感情。
だが、恋人達には、甘い媚薬。



END

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