100000hits記念 「視線」シリーズ番外編 |
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目を開けると、肩口に暖かい吐息を感じた。 「英治・・・」 思わず愛しい人の名前を呟く。 一瞬、睡眠を妨げたかとドキッとしたが、愛しい人は俺の胸の中で小さな寝息を立て続けていた。 ホッとしたような、残念なような複雑な気分のまま、彼を起こさないように俺はゆっくりと起き出した。
この春、俺は無事希望大学に合格し、たっての願いだった『一人暮らし』を始めた。 “一人暮らし”といっても、俺はほとんど自分の部屋にいることはなく、同時期に引っ越してきた隣人宅へ入り浸っている状況だ。 当たり前のようにこの部屋の鍵を開け、帰ってきたこの部屋の住人に『おかえり』を云い、俺が作った夕食を二人で食べ、二人で1日あったことなどを語らい、そして二人で眠る。 コレがこの春から始まった・・・俺がずっと望んでいた“二人での生活”だった。
熱いシャワーを浴びて完璧に目を覚ますと、脱ぎ捨てていたジーンズだけをはいて、濡れた頭を拭きながらバスルームを出た。 ワンルームの部屋の半分近く占めているベットに視線を向けると、愛しい人はまだ夢の世界のようだ。 俺はタオルを洗濯カゴに投げ入れると、冷蔵庫を開けた。 ―――卵とベーコンがあるな。 ベーコンエッグを作ろう。そういえば、野菜がイロイロ余っていたはずだ。ソレを横に付けて・・・。 俺は彩りを考えながら、冷蔵庫から材料を取り出した。 そして、朝食には欠かせないコーヒーを入れるため、ミルに豆をスプーン2杯入れスタートボタンを押す。 ウィーンという音がして、しばらくするとコーヒーの香ばしい匂いがあたりに漂った。 流し台に戻ると、トマトやキュウリ、レタスなどの野菜を洗う。 用意した皿にレタスを敷き、スライスしたトマトとキュウリを乗せる。 ―――さて、と。後はメインだな。 トーストを2枚オーブントースターに入れ、メモリを2分に合わせる。 パンはコレでよし、と。 ガスレンジの前に立ち、フライパンを置いて火を付ける。 温まったところで、オイルを入れてベーコンを置いた。 ジュウジュウと焼けた音がし、ベーコンのいい匂いがしてくる。 卵を割って次々とベーコンの上に落とすと、一段と音が増した。 英治の好み通り、コショウをたっぷり振ってやる。 そしてコップに入れた水を、頃合いを見計らってフライパンに注ぐ。 そのまま蓋を閉めて、俺はフーと一息ついた。 ―――と、その時。 腰にするりと2本腕が伸びてきた。 「お、はよ。」 耳元に心地よい声。 背中に感じる、暖かい熱。 「英治、起きたんだ・・・」 振り向く俺の唇に、彼はチュッと自分の唇を合わせてきた。 そのまま彼が仕掛けるバードキスを、俺はウットリと受ける。 英治は俺が高校を卒業してこうして一緒に暮らすようになってから、以前より積極的になった。 あの頃は俺が一方的に甘え、ベタベタを身をすり寄せていっていたが、今ではこうして彼も甘え、こういうスキンシップをしてくれるのだ。 「いー匂い。」 鼻をクンクンと動かしあたりを匂っている英治が可愛くて、俺はクスリと笑ってしまった。 「英治、パン、トースターから出して。こっちも出来上がるから、食べよう。」 「OK」 英治がパンを皿に載せている間に、俺は出来上がったベーコンエッグを黄身を壊さないように二つに切り、先ほど野菜を乗せた皿に盛る。 マグカップにコーヒーをたっぷり入れ、お盆に乗せてテーブルに運んだ。 「お、美味そう―――」 既にパンを運んで、胡座をかいて待っていた英治は、嬉しそうな顔を俺に向けた。 テーブル・・・といっても、冬は重宝するコタツのテーブルなのだが。 狭い部屋では、その小さなテーブルがとても便利で、食事をとるのも何をするのもこのテーブルを使っている。 「いただきますっ」 英治はさっそくパンにバターを塗って、あーん、とパンにかぶりついた。 パクパクパクと、一心不乱に食べる英治を見ていると、俺も幸せになる。 「亨、美味しいよ」 この言葉を聞けるだけで、俺は幸せ者だと思う。 男二人の朝食は、アッという間に終わった。 「さて、と。今日はどうする?何処か行くか?」 日曜日。基本的に教師は休みだ。 もちろん、学生も。 英治は今年から副担任になって何かと忙しそうにしているが、今日はゆっくり出来ると昨日から聞いていた。 「俺は英治と二人で居たいから、家にいる」 「お前は、いっつもそうだなぁ」 あきれたように英治が云うのだが、俺の気持ちは1つだ。 英治と共にいたい。 英治の隣にいたい。 英治に触りたい。 英治と・・・。 俺の気持ちを満たすためには、家にいるのが一番なのだ。 二人で外にでていくのもいいが、外ではやはり二人の間にはある一定の距離を置かなくてはならない。 手を握りたいのに、握れない。 キスをしたいのに、出来ない。 英治は、教師だ。 間違っているとは思わないが、世間一般では決して認められない俺達の関係。 ソレがばれると、一番困るのは英治。 大切な人を追いつめるわけには行かない。 その為、外では“友達”を装う。 だけど・・・、やはり好きな人に触れないのは、辛いししんどい。 だから、外に出るより、好きなだけ彼に触れられる家が好きなのだ。 「んー、じゃあ天気もいいし洗濯するか。」 「シーツも貯まってるしね」 俺がニヤリと笑うと、彼は顔を紅くして「ばっ、か・・・」と呟いた。 理由は云わなくてもわかると思うが、俺達はシーツを週に何度も代える。 普通の家よりは、シーツの量も多いのだが、それでも1週間洗濯をしなければ足らなくなってくるのだ。 「じゃ、俺は洗い物が終わったら、掃除をするよ。英治は洗濯ヨロシク。」 「OK。終わったら、スーパーに買い出しに行こう」 「うん。」 俺は、食べ終わった食器を流し台に運ぶ。 英治は貯まった洗濯モノで一杯になった洗濯かご持ってをベランダの洗濯機へ向かう。 何気ない休日。 何気ない日常。 だけど、俺達にはかけがえのない―――『甘い生活』
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